サマナ☆マナ!3

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 ダリアを出港してから五日目の夕方になって、あたしたちを乗せた船はようやくアルビシアに到着した。
 うまい具合に潮の流れと風に乗ったものだから、一週間かかるところを五日で来れてしまったわ。
 その代わり、帰りはやっぱり一週間かかるそうだけど。
 一番に桟橋を渡って島の土を踏みしめ、四か月ぶりに帰って来た故郷の空気を思いっきり吸い込む。
「んー、懐かしい匂いがするー」
 南の海が運ぶ夏の風はダリアの街では感じることのできない、どこか懐かしい記憶を呼び覚ましてくれるわ。
「はっはっは。マナちゃん、懐かしさに浸るのはそれくらいにして。案内を頼むよ」
 あたしの次に船を下りたのは、濃いサングラスに夏用のローブを着たマーカスさん。
 肩から例のカメラの入ったバッグを下げ、軽快な足取りでアルビシアに上陸したわ。
「さあ、パロさん」
 と、桟橋を渡っているパロさんに手を差し出すのも忘れないのよね。
「ありがとう」
 パロさんが差し出された手を取り、静かな足取りで桟橋を渡って島に下りる。
 日焼け対策に白を基調とした長袖の法衣と手袋、そして唾の広い帽子で完全装備。
 手には日傘のみを持ったその姿は、まるでどこかのお金持ちのお嬢様みたい。
「それにしても良いところだ。これなら最高の写真が撮れるだろうね」
 海岸線の景色を眺めながら、満足そうなマーカスさん。
「でしょ、でしょ」
 なんて、あたしも故郷の島を褒められて、すっかり良い気分。
「でも、本当に私に写真のモデルなんて勤まるんでしょうか?」
「大丈夫ですパロさん、あなたには才能があります。僕が保証しますよ」
 いよいよ写真撮影の時が迫って緊張しているパロさんに、マーカスさんが優しい声をかける。
 写真を撮られるのに才能が必要なのかは分からないけど、マーカスさんに褒められればパロさんだってリラックスして撮影にのぞめるはずよね。
「おーい、待ってくれ・・・」
 最後に船を下りたのがシン君。
 写真撮影用の機材やらパロさんの衣装が入ったスーツケースやらを担ぎ、重い足取りを引きずるようにしてようやく桟橋を渡り終えた。
 まさか島に上陸するのに上半身裸ってわけにもいかないから、一張羅の冬用のトレーナーを着ているの。
 南の島の暑さの中でそんな恰好をして、おまけに重い荷物を担いでいるものだから、額にはもう玉のような汗が浮かんでいるわ。
 後でパパにお願いして、夏物のシャツを貸してもらわなきゃね。
「マナ、家は遠いのか? はやくこの荷物だけでも・・・」
 息も絶え絶えに訴えるシン君。
「あたしの家は海岸から少し離れた山の中腹にあるの。少し歩くけど・・・シン君大丈夫?」
「なっ・・・山の中腹だってぇ? 勘弁してくれよぉ」
「泣きごと言わない。撮影のお手伝いがシンの仕事でしょ」
「そうそう。必要な荷物を運ぶのも立派なお手伝いだよね。シン君頑張って!」
「そ、そんなあ・・・それじゃあさ、カンベエを召喚してくれよ。みんなでカンベエに乗ってマナの家までひとっ飛び」
「無理言わないでよ。カンベエじゃこの大人数は運べないわ」
「それじゃあティアちゃんでもいいや。少しでも荷物を持ってもらえれば」
「シーンー、ティアちゃんはアンデッドモンスターとは言え女の子よ。女の子に荷物を持たせるなんて、男として最低ね」
「くっ、結局俺は孤独だ・・・」
 パロさんとあたしにいじめられてその場にガックリと崩れ落ちるシン君。
 ウチのパーティは女二人に男一人だから、どうしてもシン君が貧乏くじを引かされるの。
 クスっ、ちょっとイジワルだったかしらね?
「だけど、召喚モンスターは人間のために働くのが仕事なんじゃないのかな?」
 そんなあたしたちのやり取りを見ていたマーカスさんが聞いてきた。
「そうですね、そう言う人もいると思います。でもあたしは召喚モンスターは家来だなんて思ってませんよ。って、これ、船の中でも言いましたね」
「そうだったね。マナちゃんは召喚モンスターを友達とか仲間だと思っているわけだ」
「はい、その通りです。だから、人間の都合で無理やり仕事を押し付けたりとか働かせたりなんかは、できるだけしたくはありません」
 あたしは自信を持って答えたわ。
 だって三匹のボーパルバニーも、ロックのカンベエも、そしてバンシーのティアちゃんも。
 みんなあたしの大切なお友達なんだから。
 そりゃあ、時には危険なお願いをすることもあるわ。
 召喚モンスターたちは、そんな無理な命令にも素直に従ってくれる。
 でもそれは、召喚師と召喚モンスターとがお互いに信じ合っているからこそ、なのよね。
 信頼のない、ただ命令する者とされる者といった主従関係にだけはなりたくはない。
 これは召喚師として生きていくあたしの信念なの。

 海岸に沿って造られた町並みを通り過ぎると、もう道が傾斜し始める。
 アルビシアは小さな火山島だから、海岸部以外の島のほとんどが山なんだ。
 そしてそこには、うっそうとしたジャングルが広がっているの。
 ママが初めてこの島を訪れた時は、ジャングルにはあまり道も整備されていなかったそうなの。
 だけどドラゴンの神殿が一般に開放された現在では、石畳の立派な道が造られていて歩くには不自由しないかな。
 それでも、重い荷物を背負ったシン君の足取りは相変わらずゆっくりで、普通なら15分くらいで家に着けるのにたっぷり30分もかかっちゃった。
 もちろんその間も、あたしたちは楽しいおしゃべりをして過ごしたわ。
 ドラゴンの神殿にほど近い山の中腹、昔はこの辺りも岩がむき出しになってゴロゴロしていたそうなの。
 だけど今ではたくさんの樹が植えられて、豊富な緑に囲まれた快適な環境があたしたちを迎えてくれた。
 そして、ようやく見えてきたわ。
 木造平屋一戸建て。
 決して大きくはないけれども、パパとママとあたしの三人の想い出がたくさん詰まった懐かしい我が家が、あたしが島を出た時そのままの姿でそこにあった。
「パパとママいるかしら? ちょっと見てきますね」
 家の前にパロさんたちを待たせて、まずはあたし一人が玄関を開ける。
「ただいまー」
 家の中も何も変わっていない。
 窓にかけられたレースのカーテンも、お部屋に飾られたたくさんの可愛いお花もあたしが家を出た時のまま。
 あたしがいない間も、一生懸命に家の中を掃除してくれたパパの姿が目に浮かぶわ。
 そして奥にあるキッチンでは、こちらに大きな背中を向けたパパが何やら作業中だったの。
 きっと晩御飯の下ごしらえ中ね。
「ただいま」
 パパの背中に向かってもう一度声をかける。
「お帰り。早かったじゃないかエイテリウヌ・・・」
 ママの名前を呼びながらこちらを振り返ったパパの言葉が止まったわ。
 そこにいるはずのない娘の姿に、目を白黒させて驚いているみたい。
「もうパパったら。いくらママを愛しているからって、娘を間違えないでよね」
「マナ、マナじゃないか。どうしたんだ」
「うん、ちょっと帰ってきたの」
 パパはあたしのほうへと駆け寄ると、エプロン姿のまま軽いハグ。
「マナ、大きくなったんじゃないのか?」
「そうかな。パパも元気そうで良かったわ」
 パパは胸に病気を持っているから、島を離れている間は気がかりだったの。
 でもこうやって直接顔を見られて安心したわ。
「それはそうと、お客さんがいるのよ」
「お客さん?」
「ええ、あたしの仲間たち。家の外で待ってもらっているから呼んでくるわね」
 あたしがパパにそう答えた、その時だったの。
「あらあら、あなたたちどちら様でしょう。家に何かご用でも?」
「ママ!」
 突然聞こえたママの声に、慌てて家から飛び出した。
 家の前にはパロさんたちを相手に不思議そうな顔をしたママがいたわ。
 伝説のバルキリーから譲り受けたという自慢の槍を片手に、胸のところに東洋の文字で「夏女」ってプリントされたピンクのタンクトップ姿。
「ママ、ただいま」
「マナ・・・どうして? マナよね。本当にマナよね?」
「うん、本当にあたしだよ」
「マナー!」
 感極まったママ、手にしていた愛用の槍をその場に放り投げ、あたし目掛けて走り出す。
 そしてガバっとあたしに抱き付いてきたわ。
「ぐふっ!」
「マナ、会いたかったわ」
「ちょ、ママ苦しい・・・」
 ママに強烈に抱きしめられて、瞬間息ができなくなる。
 それでもママの抱擁はゆるむことなどなかったの。
「マナ、帰ってきてくれてママ嬉しいわ」
 ママの腕にさらなる力が込められる。
 するとあたしの顔は、パロさんにも負けないくらい立派なママのお胸に埋まるような形になってしまい、完全に呼吸ができなくなってしまったの。
「うっ・・・うぅぅ、うー!」
 言葉が出せない代わりにママの手や背中をバンバンと叩き、必死になって苦しいことを訴える。
「マナ、大丈夫?」
「ママさん、ヤバいって!」
 パロさんとシン君の叫び声。
 それでママも気付いたみたいで、ようやくのことであたしを解放してくれたの。
「ぜえ、ぜえ、はあ、ちょ・・・ママ! 危うく窒息死するところだったじゃない」
「ゴメン。でもママ嬉しくて」
「もう、ママったら」
 相変わらずのママの様子に思わず笑っちゃったわ。

 この時のあたしは、パパやママに久しぶりに会えた嬉しさに、すっかり舞い上がってしまっていたの。
 だから、周りの様子が全然目に入らなくなっていたのね。
 そのことに気付いたのは、ずっと後になってからだったんだ。

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