サマナ☆マナ!3

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 それは、浅黒く日焼けした肌に背中まで伸びた黒い髪が印象的な男の人だったの。
 髪の毛には軽くウェイブがかかり、ちょっとオシャレな感じに流しているわ。
 身長はシン君やパロさんよりももっと高くて、男の人ってやっぱり大きいんだなって思っちゃう。
 男の人の年齢ってよく分からないけど、彼は20代の後半くらいかしら。
 シン君よりもずっと大人っぽいけれども、ジェイクさんよりは若い、よね?
 紫を基調としたゆったりとしたローブのような衣服に、胸元や耳にもシルバーのアクセサリー。
 そして大きめの濃い色のサングラスが、チャラチャラした遊び人ぽい雰囲気を醸し出しているわね。
 男の人がそのサングラスを外すとスッと通った目鼻立ち。
 その顔に笑顔が浮かぶと白い歯がキラリと輝いたの。
 一見さわやかな好青年といった感じだけど、逆にそのさわやかさが胡散臭いような気もしてして・・・
「あのぉ、どちら様ですか?」
 パロさんがおそるおそるといった感じで男の人に話しかける。
 ううん、パロさんだけじゃないわ。
 あたしやシン君、ベアさんと奥様、そしてジェイクさんまで。
 つまりはこのお店にいる全員の視線が、突然やって来た謎の来訪者に注がれたんだ。
「これは失礼しました。僕はこういう者です」
 男の人が懐から名刺を取り出しパロさんに差し出した。
 その名刺を受取ったパロさんが、一文字ずつ確かめるように書かれている言葉を読み上げる。
「『カメラマン マーカス・・・』お名前はマーカスさんとおっしゃるのですね?」
「ええ、僕はマーカスといいまして、カメラを仕事にしている者です」
 マーカスと名乗った男の人は、肩にかけている黒くてごついカバンをトントンと叩いてみせた。
 ひょっとしたらあの中にカメラが入っているのかしらね。
「カメラのお仕事って、こんなふうにですか?」
 思わず手にしていた雑誌を開いて聞いてしまうあたしでした。
 だって写真の話をしていた時に、その写真を扱うお仕事をしている人が現れるだなんて・・・
「ああ、その雑誌見ていたんですね。僕もその雑誌を見て来たんですよ」
 次にマーカスさんが懐を探って取り出したのは、正にあたしたちが見ていた「冒険者友の会」だったの。
「このページに皆さんが写ってますよね」
「ええ、それは確かに私たちです」
「この写真を見てピンと来ました。パロさん、是非とも私の写真のモデルになってください」
「写真のモデルって、どんな・・・?」
「それは、こんな感じの写真なんですが」
 マーカスさんはさらに懐を探って、数枚の紙片を取り出したの。
 それをお店のカウンターにパッと広げて並べてみせる。
「これは?」
「これは!」
「これは・・・」
 言葉は同じでもあたしたち三人が思ったことは全然違ったみたい。
 マーカスさんが広げたのは、何て言うか色とりどりの水着を着た女の人たちの写真だったの。
 そこに写っている女の人たちはみんな美人で、そしてお胸なんかもとても大きくて・・・
 それがどういう物なのか首を傾げるあたしと、女の人の水着姿を見て何故か興奮するシン君。
 そして、汚らわしいものでも見るような感じで顔をしかめたのがパロさんだったの。
「僕は主にグラビア写真の撮影を仕事にしています」
「グラビア・・・つまり私にこんなふうに水着姿の写真を撮らせてほしい、ということですね?」
「ええ、その通りです」
 さわやかな笑顔を崩さないマーカスさんに対して、パロさんの表情は依然として険しいまま。
 もちろん真面目なパロさんがこんな話を受けるはずもなく。
「申し訳ないけど、他を当たってくれるかしら」
 当然のようにその話を断ったの。
 しかしマーカスさんもそれくらいじゃあ引き下がらなかったわ。
「この雑誌に写ったあなたを見て閃きました。あなたにはこの世界でやっていける才能がある。
 メガネの奥に秘められた知的な美貌。そしてそのスタイルの良さ」
 うんうん、確かに。
 エルフ族には美男美女が多いって聞くけど、パロさんもその例にもれずとても美人なのは言うまでもないわよね。
 それに何よりお胸もどーんと大きくてスタイルも良いわ。
 それは今見せられた写真の女の人たちにも決して劣ってなんかいないどころか、むしろパロさんのほうが素敵なんじゃないかって思っちゃうくらい。
「あなたの素敵な姿を多くの人に見てもらいたいとは思いませんか?」
「でも・・・」
 マーカスさんは必死になってパロさんを口説くけれども、パロさんはやっぱり決心がつかないみたい。
 それもそうよね。
 あんなふうに水着姿の写真を撮られるなんて、女としてはとても恥ずかしいんだから。
 そこへ。
 場の空気が読めるんだか読めないんだか分からないシン君が、唐突に話に割り込んできたの。
「なあ、写真を撮らせてくれってタダじゃないんだろ? お礼とか報酬のようなものは・・・」
「もちろんです。写真撮影の折には報酬として3万ゴールドお支払します」
「「「3万ゴールド?」」」
 今度は三人の言葉も気持ちもピタリと揃ったわ。
 だって、シン君の5万ゴールドの借金を返済するためにあんなに苦労したのよ?
 それを思えば、ちょっと写真を撮ってもらってその謝礼が3万ゴールドだなんて・・・
 これにはさすがのパロさんも、心がグラリと動いたみたい。
「あの・・・本当に私でもできるんでしょうか?」
「ええ。あなたじゃないとダメなんです。パロさん、僕は是非ともあなたのような素敵な女性の写真を撮りたいのです」
「本当に写真を撮るだけなんですね?」
「ええ」
「その他に、何か変な、イヤらしいこととかは・・・」
「もちろん、そんなことはいたしません。写真を撮るだけです」
「分かりました。それじゃあ」
 真顔でマーカスさんに迫られて、どうやらパロさんも気持ちが決まったみたいだわ。
 でもそこに異を唱えた人がいたの。
「どうも胡散臭い話だな」
「ジェイクさん?」
「写真を撮って3万ゴールドか。何だか裏があるんじゃないのか?」
 ジェイクさんはお金にはちょっと厳しい人だから、こう思うのも当然と言えば当然かも。
「滅相もない。裏だなんて何も」
 そんなジェイクさんに対しても、マーカスさんは笑顔を崩さずに応対するの。
 この辺りは、かなり度胸が据わっているんだなと感心しちゃう。
 しかしジェイクさん、さらに意外な追及をしたんだ。
「ところでお前、実は冒険者なんじゃないか? それも呪文を扱う・・・」
「・・・」
 マーカスさんの笑顔が一瞬だけ凍り付いたように見えたのは、あたしの気のせいかしら?
 それでも次の瞬間にはさっきまでの笑顔を取り戻すマーカスさん。
「敵いませんね。確かに僕は昔冒険者をやってました。とは言っても少しばかりの呪文を扱える程度でしたけどね。今では引退していますよ」
「お前、確かマーカスっていったよな。マーカス、マーカス・・・どこかで聞いた名前のような・・・」
「よくある名前ですからね」
「まっ、それもそうか」
 それだけ言うとジェイクさんはもう興味はないとばかりに、また紅茶に口を付け始めたの。
 お店の中の空気が一瞬にして重くなったわ。
 でも、やっぱりそこはシン君の一言が雰囲気を変えてくれたりして。
「でもよお、この季節に水着ってのはシャレにならないぜ」
「それもそうよね」
 季節はもう晩秋から冬へと移ろうかっていう時期だもの。
 それに、写真を見るとみんな屋外で撮影されているものばかり。
 今の季節に屋外で水着姿になるのはちょっと辛いんじゃないかしら。
「それならご心配なく。撮影はアルビシア島にて行う予定ですから」
「アルビシアですかぁ!?」
 突然出てきた故郷の島の名前に、誰よりもあたしが飛びあがってしまったわ。
「君はマナちゃんだよね。この雑誌によると、マナちゃんはアルビシアの出身なんだって?」
「はいそうです」
「南の海に浮かぶアルビシア島なら、一年中夏みたいなものだ。違うかい?」
「そうですね。アルビシアなら水着の撮影も大丈夫だと思います」
「それに、マナちゃんは親元を離れて一人で島を出て来たんでしょ? そろそろ島に帰りたくないかな」
「それは・・・」
 アルビシアを出てもう四か月、その間一度もパパやママの顔も見ていない。
 帰りたい。
 そして、パパとママに成長したあたしの姿を見せたい。
 ううん、それ以上にあたしがパパとママに会いたくて、仕方がなくなってきたの。
 あたしの表情からそれを読み取ったマーカスさんが一気に話を進める。
「どうでしょうパロさん。マナちゃんの里帰りも兼ねてアルビシアへの撮影旅行というのは」
「そうね・・・マナ、本当に島に帰りたい?」
「はい。できれば一度帰りたいです。パパやママに会いたいな」
 パロさんの問い掛けに、コクリと頷くあたしでした。
「でもさ、船の料金とか、結構かかるんじゃねえの?」
 と、これはシン君。
「その点もご心配なく、費用の半分くらいならこちらで負担しますよ」
 マーカスさんのこの一言が決め手になったわ。
「それは助かります。あとはブラッドストーンを売った時の残りがあるから、旅の費用は十分あるわ」
「それじゃあ・・・」
「ええ。マナの里帰りのついでに私の写真撮影。そしてお小遣いも稼いじゃいましょう」
「やったー!」
「ジェイクさんも一緒にどうですか? アルビシアにはお母様のお墓があると聞いてますが」
「いんや。オレは面倒だからパスな」
 パロさんが誘うも、いかにも面倒くさいとばかりに手をヒラヒラと振るジェイクさん。
「もうジェイクさんたら。一緒に来てくれたらママだって喜びますよ」
「エイティによろしく言っといてくれや」
「仕方ないなあ。それじゃあジェイクさんは抜きにして」
「もちろん俺は行くからな。来るなって言われても行くからな」
「分かってるわよ。三人で行きましょう。マーカスさん、良いですよね」
「ええ。彼には撮影の助手でも頼むことにします」
「よし決まり。みんなでアルビシアへ行きましょう」
「おー!」
 こうして、あたしの里帰りを兼ねた撮影旅行が急きょ決まったの。
 久しぶりにパパとママに会えると思うと、今から心がわくわくするわ。

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