サマナ☆マナ!3

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16

 もう十分だ。
 強制契約でドラゴンたちを無理やり連れ出し、そしてあたしたちを襲わせた。
 戦う意思のないドラゴンたちに辛い戦いを無理強いし、結果モモちゃんを傷つけた。
 マーカスはあたしを怒らせるのに十分なことをやったわ。
「マーカス、あたしはアナタを許さない。覚悟なさい!」
「マナ、お前、目が・・・」
「瞳が真っ赤に。まさか・・・」
 シン君とパロさんがあたしの顔を見て驚いているわ。
 そうね、あたしの瞳は今や真っ赤に燃えているはずだもの。
 そして二人には、この瞳の意味が分かるわよね。
「パロさん、お願いがあります。シン君を連れて離れていてください」
「マナ、アレをやる気なのね?」
「ええ。マーカスはどうしても許せません」
「分かったわ。それじゃあ、存分におやりなさい」
「マナ、大暴れしてやれ」
 パロさんとシン君があたしから離れていく。
「ほら、シンは少しあっち向いてて・・・」
「わあってるよ・・・」
 少し後ろのほうから二人の声がする。
 良かった。
 パロさんはともかく、シン君にはあの瞬間を見られたくないからね。
「ふん。マナちゃん、一体何をする気なんだい? もうキミには手はないと思うけど」
「マーカス、何か言い残すことはないかしら?」
「ふざけるな! 僕が何を言い残すって言うんだい」
「そう。それじゃあ、あの世で後悔するが良いわ。サモン、バンシー」
 召喚の言葉と共に、ティアちゃんが現れる。
「マナちゃん、お呼びね」
「ええ。ティアちゃんにお願いがあるの」
(クレア様ごめんなさい。マナは約束を破ります)
 心の中でクレア様にお詫びをしてから、右手の薬指にはめられた指輪をゆっくりと引き抜いた。
 この指輪は封印だわ。
 あたしが我を忘れてしまわないための封印。
 でも今、その封印を自らの手で解いたの。
「ティアちゃん、これを預かっていて。それと、あたしの前に立ってマーカスから隠してくれるかな」
「分かったわマナちゃん」
「ティアちゃんには初めてアノ姿を見せることになるけど・・・あたしのことを嫌いにならないでね」
「そんな心配は必要ありません、マイマスター。
 あなたは私の召喚主。それはどんな姿になろうと変わりはないわ。それに、私はあなたを心から信頼しているもの」
「ありがとうティアちゃん。それと、モモちゃんはどうしてる?」
「それも安心して。ちょっと気を失っただけだから。すぐに回復するわ」
「そう、良かった。それじゃあ行くわよ」
「ハイ。いつでもどうぞ」
 会話が一区切りついたところで、ティアちゃんがあたしの前に出る。
 マーカスの前に立ちはだかるティアちゃん。
「今頃バンシーで何をするつもりだい? エナジードレインくらいじゃファイアードラゴンは倒せないよ」
「いいえ、私の役目はファイアードラゴンと戦うことではなくてよ。ただアナタの汚れた目からマナちゃんを隠すだけ。何しろマナちゃんはこれから、一糸まとわぬ姿になるんだから」
「なっ・・・それはどういうことだ?」
「それは、アナタ自身の目で確かめると良いわ。それと・・・」
 そこまで言うとティアちゃんがチラリとこちらへ振り返った。
「アナタ、死ぬわよ・・・」
 その瞳に浮かぶのは大粒の涙。
 死を予兆する者。
 バンシーの死の預言が、マーカスに下されたんだ。
「ふざけるな! いったい何が起こるって・・・」
「精々苦しんで死ぬが良いわ」
 ティアちゃんがマーカスの相手をしている間に、あたしは自分の中で眠るドラゴンの血に語り掛けていた。
(眠れるドラゴンの血よ、目覚めなさい。その姿を見せるのよ)
 ドクン、と熱いものがあたしの身体を駆け抜けた。
 身体の中から炎が燃えているように熱くなり、あたし自身の意識が遠のいていく。
「うあぁぁぁぁぁ!」
 自分の声とは思えない雄叫びを上げる。
 そして次の瞬間、身体が一回り膨らむ感触に包まれた。

 着ていたTシャツは裂け、全身をドラゴンの鱗が覆った。
 背中からは巨大な翼が生え、手も足も信じられない太さに膨れ上がる。
 顔の形も変わり果て、頭からは角が伸びる。
 四つん這いの姿勢になったかと思うと、お尻からは尻尾が長く伸びていた。
 あたしは今、エメラルドグリーンに煌めくドラゴンへと変身を遂げたの。
 かつてドラゴンの神様の血を飲んだというパパから受け継いだもの。
 あたしの身体の中で眠っていたドラゴンが、今完全に目覚めたんだわ。
「な、何なんだ・・・」
 愕然とするマーカス。
 それはそうでしょうね。
 人間が突然ドラゴンに変身したら、誰だって驚くわ。
 しかもそのドラゴンに襲われるとなればなおさらよね。
 それでもマーカスは必死に抵抗を試みる。
「ファイアードラゴン、やるんだ! あのバケモノを倒せ」
 ファイアードラゴンに命じるマーカス。
 でも無駄ね。
 恐怖で我を忘れたアナタの言うことを聞く召喚モンスターなんているはずがないわ。
 最初から信頼関係のない、ただ力で押さえ付けただけの召喚契約。
 そんな薄っぺらいものに、いつまでもドラゴンたちが服従するわけがないじゃない。
 戦う意思のないファイアードラゴンは、あたしが近付くと自然と後退してマーカスの前からいなくなったわ。
 そう、それで良いの。
 あたしも貴女と戦うつもりはないわ。
 あたしが用があるのは、マーカスただ一人。
「来るな・・・来るな!」
 悲鳴を上げ、逃げ惑うマーカス。
 でも何処へ行くつもりなのかしら? そっちは島とは反対の海よ。
 マーカスの身体が次第に沈んでいき、波に飲まれ始める。
「うっぷ、くそっ・・・」
 それでも何とか泳ごうともがいているわね。
 このまま放っておいても溺れて死ぬかもしれないけど、それじゃああたしの気が済まないわ。
 あたしは大きく踏み出すと前脚をマーカスがいる近くの海面に差し入れた。
 そのまま海水ごとマーカスをすくい上げ、海面へと放り投げる。
「う、うわぁー」
 バシャーンという派手な音を立てて、水しぶきが散った。
 まるでネズミをいたぶるネコのように、海の中でマーカスをもてあそぶ。
 繰り返し海面に叩き付けられて全身ボロボロ、おまけにたっぷりと海水を飲んで息も絶え絶え。
 あたしはそんなマーカスを砂浜に投げ捨てたわ。
 さあ、次はどう遊んでやろうかしら?
 尻尾で薙ぎ払おうかしら、それともブレスで焼き尽くす?
 一番簡単なのは、脚で踏み潰してやることよね。
 あたしは大きく一歩を踏み出し、マーカスへと迫った。
「助けてくれ・・・殺される」
 もう虫の息になったマーカスの最後の命乞い。
 甘いのよ、今さらそんな戯言に耳を貸したりはしないわ。
 マーカスの頭上へ右の前脚を持ち上げた。
 後は何も考える必要もないわ。
 この脚を下ろしてしまえば、それで終わりよね。
 さようなら、マーカス。
 あたしが今まさに脚を下ろそうとした、その時。
「マナー、もう良いわ! 殺しちゃダメよ」
「ストップだマナ!」
 パロさんとシン君があたしを止めに入ったの。
 二人とも大きく手を広げて、マーカスの前に立っている。
 あれあれ? これじゃあ何もできないじゃない。
 そこでふっと気が抜けちゃった。
 次の瞬間・・・
 すぅとあたしの身体が急激に小さくなる感覚に包まれる。
「シン、見ちゃダメよ!」
「見ないでくださーい」
 パロさんとティアちゃんがシン君の目をふさいでそっぽを向かせてくれた。
 そっか、今のあたしってば、何も着ていないんだった・・・
 火照った身体にアルビシアの海からの夜風が気持ち良い、なんて思ったりして・・・
「マナ、大丈夫?」
「うん、平気です。ちょっと疲れちゃいましたけど」
 パロさんがあたしを優しく抱き上げてくれた。
「パロさん、お願いがあるの・・・」
「何?」
「冒険者、辞めないでください。あたし、まだまだパロさんやシン君と一緒にいたいです」
「そうね。そうだよね」
 パロさんのメガネの奥の瞳に、うっすらと涙が滲んでいるわ。
 そこへ。
「マナー、マナー!」
 海岸へ走って来たのはママだった。
 ママはパロさんに抱かれているあたしの姿を見つけると、全力で駆け付けてくれて
「マナっ!」
 パロさんから奪うようにして、あたしを抱きしめてくれたの。
「ママっ、ちょ、痛いってば・・・」
「もう、心配させないでよ。神殿のほうが片付いたから追い掛けてきたら、マナが変身したドラゴンが見えたから気が気じゃなかったわ」
「ごめんなさい」
「謝る必要なんかないの。平気? どこか痛いところはない?」
「うん。でもちょっと疲れたから、少し眠りたいな」
「そう、それじゃあ後のことは私たちに任せて、マナはゆっくりとおやすみなさい」
「そうだね。それじゃあお休み、ママ・・・」
 あたしはママの腕の中で意識を失ったの。
 ああ、良い匂い。
 それに、何だか懐かしい。
 子供の頃を思い出させてくれる懐かしいママの匂いが、疲れ果てたあたしを優しく包んでくれたわ。

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