サマナ☆マナ!3
15
「はっはっは。マナちゃん、ここで決着を付けようじゃないか。
僕は召喚師としての意地と誇りを賭けて、このファイアードラゴンで勝負する。
だからマナちゃんも、マナちゃんの『お友達』で勝負を受けてもらおう」
高らかに叫ぶマーカス。
「くっ、なんて人なの・・・」
思わず怒りが込み上げてくる。
「マナ、あんなの受ける必要ないぞ」
「そうよマナ。挑発に乗っちゃダメ」
シン君とパロさんがあたしの前に出てファイアードラゴンに対峙する。
二人とも分かっているんだ、あたしの操る召喚モンスターではあの真紅のドラゴンには勝てないってことを。
「どうしたマナちゃん? そっちにやる気がなくてもこっちは行かせてもらうよ。ファイアードラゴン、やるんだ!」
ぐおぉぉぉ。
マーカスの指示を受けてファイアードラゴンが吠える。
でもその鳴き声は、何だか辛そうに聞こえてくるわ。
「あの子、苦しがってるんだ・・・」
「どういうこと、マナ?」
「あのファイアードラゴンは、本当は戦いたくなんかないんです。それをマーカスの命令で無理やり戦わされて」
「そりゃ酷いな。何とかならないのか?」
「あたしにもどうしたら良いのか分かりません。でも・・・助けてあげたい」
見上げるファイアードラゴンは小さな子どもがイヤイヤをするように首を大きく振り回し、必死に何かに抵抗しているようだわ。
早く何とかしてあげなきゃ。
でも、マーカスはそんなファイアードラゴンをさらに苦しめる。
「どうしたファイアードラゴン、戦うんだ。早くブレスを吐け。呪文を唱えろ。そして尻尾を振り回すんだ」
強制契約で縛られているファイアードラゴンにとって、召喚主の命令は絶対のもの。
命令を履行しようとする意識と、それに抵抗しようとする意識が、ファイアードラゴンの中でせめぎ合っているんだ。
「ブレスだ、ファイアードラゴン!」
マーカスの非情とも言うべき命令が下される。
抗いきれなくなったファイアードラゴンは、ついにその軍門に下ってしまった。
大きく口を開け周囲の空気を吸い込む。
それはドラゴンが灼熱のブレスを吐く前兆行動。
「いけない、ブレスが来ます!」
「みんな、逃げて」
「けど・・・間に合わねえ!」
ヘビに睨まれたカエルのように身動きも取れず、三人でその場に凍りつく。
そこへ絶対的な熱量を誇る紅蓮の炎が、あたしたち目掛けて襲い掛かってきた。
「くっ・・・」
もうダメかと、きゅっと目をつぶる。
しかしとっさに反応したのはパロさんだったの。
「コルツ!」
ゴールドドラゴンとの戦いでパパが使ってみせたコルツの呪文。
魔法使いの3レベルに属し、パロさんにとっては未収得だったはずの呪文が展開された。
あたしたちの目の前に煌めく呪文障壁が作り出された直後、ファイアードラゴンのブレスがその呪文障壁に直撃。
バリバリっと、呪文障壁に亀裂が走る音がする。
「お願い、持ち堪えて・・・」
パロさんが魔力高め、呪文障壁の維持に集中する。
やがて障壁にぶつかって渦を巻いていた紅蓮の炎は、水が蒸発するように消えてしまった。
それと同時に、パロさんが作った呪文障壁も消滅。
おかげであたしたちは全員無傷でファイアードラゴンのブレスを切り抜けることができたの。
「パロさん、今の呪文・・・」
「ええ、とっさだったけど、できちゃったみたいね」
パロさん自身信じられないでいるみたい。
だって今まで習得しようと懸命に修行してきたのに習得できなかった呪文が、この場面で使えちゃったんだから。
「まさか・・・パロさんは魔法使いの2レベルの呪文までしか使えないはず。それなのに今のは・・・」
驚いているのはマーカスも同じだったみたい。
でもね、気を抜いているとファイアードラゴンのコントロールがお留守になるわよ。
ファイアードラゴンの動きが止まった隙に、パロさんが再度呪文を唱え始めた。
護りで敵の攻撃を凌いだら、次は攻撃に転じる時。
「マハリト!」
パロさんの口から、魔法使い3レベルに属する火炎の呪文の名前が告げられた。
同じく2レベルに属するメリトの火球なんて目じゃないくらい。
ううん、私が使っている炎の杖から生み出される炎よりも数倍の勢いを持つ業火がファイアードラゴンへと走った。
呪文の習得こそ遅れていたものの、パロさんの持つ魔力自体は決して低いものではなかったはず。
そんなパロさんが放ったマハリトの火炎は、通常の威力を遥かに凌駕して1ランク上のラハリトと同程度の熱量を生み出しているのね。
マハリトの炎がファイアードラゴンを包み込む。
ファイアードラゴンはその名の通り炎の属性を持つドラゴンだから、あの程度の炎でどうこうなるわけではないわ。
それでも動きをひるませるには十分だし、何よりファイアードラゴンを操っているマーカスが完全に動揺してしまっている。
「よしパロ、もう一発お見舞いしてやれ!」
意気揚々と叫ぶシン君。
しかし、パロさんの返事は何とも素っ気ないものだったの。
「もう無理。今のマハリトで呪文切れだわ」
「なっ、あと少しだってのに・・・」
「仕方ないでしょ。今まで使えなかった呪文が使えただけで良しとしてよ」
メガネの奥に潜む瞳を閉じて、静かに首を横に振るパロさん。
一見冷静に見えるけど、右手が小さくガッツポーズしていたのを見逃さなかったわ。
パロさんも内心は飛び上がりたいくらいに喜んでいるんじゃないかしらね・・・
それはともかく。
せっかく呪文が使えるようになっても、魔力が尽きてしまったらどうにもならないわ。
何とかマーカスが落ち着きを取り戻す前に次の手を考えなきゃ。
「でもどうしましょう。ボビ太たち? カンベエ? それともティアちゃん・・・」
次々と召喚モンスターの名前を挙げて次の作戦を考えるも、どれも決め手に欠けるわ。
その時。
あたしたちの目の前に召喚陣が浮かび上がったの。
「これは・・・モモちゃん! そうか、モモちゃんがいたんだ」
突然浮かび上がった召喚陣、それはモモちゃんが呼んでほしいってあたしに訴えていたものなの。
「モモちゃんて、あのドラゴンパピーか。マナ、いつの間に・・・」
「詳しい話は後よ。マナ、お願い」
「ハイ。サモン、ドラゴンパピー!」
ピー!
あたしが叫ぶと召喚陣が緑色の光を放ってまばゆく輝き、そこからドラゴンパピーのモモちゃんが飛び出してきた。
さっきドラゴンの洞窟で召喚契約したばかりのモモちゃん。
まだ子供とはいえドラゴンはドラゴン。
それもマーカスが強制契約で操っているファイアードラゴンと同じ種だから、期待できるかもしれないわ。
って、同じファイアードラゴン・・・?
「はっ、まさかあのファイアードラゴンは・・・」
ピー。
モモちゃんはあたしが何か指示をする前に、もうファイアードラゴンの前に進み出ていた。
でも特に攻撃するでもなく、ただピーピーと懸命に鳴いているだけ。
「モモちゃんのお母さんなんだ」
何故その可能性に気付かなかったのかしら。
モモちゃんが懸命に呼び掛ければ、母親であるファイアードラゴンはきっと自分を取り戻してくれるはずよね。
「モモちゃん、お願い・・・」
祈るような気持ちって、まさにこういうものなんだと思う。
ここはモモちゃんに任せるしかないわよね。
「何をやっている? 早くそんなドラゴンのガキなんか蹴散らしてしまえ」
しかしマーカスは、なおもファイアードラゴンに命令を下す。
ぐおぉぉぉ。
わが子の呼び掛けと召喚主からの命令の板挟みに合い、ファイアードラゴンが苦しみの咆哮を上げる。
「もう止めて! これ以上あのドラゴンを苦しめないで」
あたしには分かる。
あのファイアードラゴンは今、本当に苦しんでいるの。
なのにどうして、どうしてマーカスにはそれが分からないの?
「お願い、もう止めてあげて・・・」
気が付いたら涙交じりになって、必死に訴えていた。
ピー、ピー!
モモちゃんも懸命にお母さんに呼び掛けているわ。
しかしマーカスには、あたしたちの思いは届かなくて。
「やるんだ、ファイアードラゴン!」
非情な叫び声と共に、ファイアードラゴンの周囲に禍々しくも赤く輝く召喚陣が浮かび上がる。
マーカスが更なる魔力を注ぎ込んで、ファイアードラゴンに対する支配力を上げた証拠だ。
ぐおぉぉぉ。
闇の支配から逃れることのできなかったファイアードラゴンが動き出す。
ゆっくりと尻尾を振り上げ、一気に振り下ろした。
その尻尾の描く軌道の先にいるのは、もちろんモモちゃん・・・
「危ない、モモちゃん逃げて!」
とっさに叫んだけれども、あたしの声は間に合わない。
ずん、と太い尻尾が叩き付けられると、モモちゃんの身体はあっけなく弾き飛ばされてしまった。
モモちゃんはそのままバシャーンと海に落ちて、水しぶきが飛び散る。
「いけない。モモちゃん、戻って!」
まだ水の中にいるモモちゃんを召喚陣に収容して保護する。
ケガをしているかもしれない。
気を失っているかもしれない。
でもゴメンね、今はそれを確かめてあげられる暇がない。
「マーカス、もう許せないわ!」
その時、あたしの中で、プツンと何かが切れた音がした・・・