サマナ☆マナ!3

戻る


12

 大広間から繋がる螺旋階段目指して一目散に走る。
「マナちゃん、悪いけどもうしばらくここにいてもらうよ。ドラゴン全てを手中に収めるまで、誰にも邪魔をされたくないんだ」
「そんなことはさせないから!」
 マーカスさん、ううん、もう「さん」なんて付ける必要はないわ。
 あたしはマーカスの声を背中に聞きながら、必死の思いでそれを振り切る。
「それじゃあ、これでどうかな?」
 後ろでマーカスがニヤリと笑ったような気がした。
 それと同時にあたしの目の前に浮かび上がる赤い魔方陣。
 ひとつ、二つ、そして三つ目。
 三つの魔方陣にぐるりと囲まれてしまった。
「うそっ・・・」
 一瞬躊躇する。
 魔方陣が更なる輝きを放つと、そこからは数頭のコモドドラゴンが姿を現した。
 見た目はかなり巨大なトカゲといった感じのこのドラゴンは、群れを形成することで知られている。
 一頭ずつならそれ程の脅威にはならなくても、数で来られるとその破壊力は一気に跳ね上がる。
 地下迷宮でコモドドラゴンの大群に襲われて壊滅したパーティの噂は結構あるそうなの。
 もちろん、今のあたしがコモドドラゴンの群れを薙ぎ払うことなんか絶対に無理!
 何とかして突破口を見つけて、とにかく逃げることだけを考えなくちゃ。
 じりじりとコモドドラゴンがあたしに向ってすり寄って来る。
 決して動きは早くない。
 でも完全に囲まれてしまったら、もう身動きが取れなくなっちゃう・・・
「何か・・・脱出の方法は・・・?」
 焦りながらも必死に知恵を巡らす。
「そうだ、あれなら」
 ハーダリマス渓谷へ抜ける森の中で、オオカミの群れに襲われた時のことを思い出す。
 あの時あたしは、ほんの少しだけドラゴンの血を目覚めさせて、オオカミの群れを退けたっけ。
「やってみよう・・・」
 相手はオオカミと違ってドラゴンだけど、あたしがパパから受け継いだのはドラゴンの神様の血だ。
 ただのドラゴンとドラゴンの神様とじゃ、格が違うはず。
 やってみる価値はあるわ。
 でも、やり過ぎるとあたしの身体が持たないと思う。
 ドラゴンの血が目覚め過ぎないようにうまく抑え込まないと・・・
 一か八か、これは賭けよ。
(私の中で眠っているドラゴンの血よ、ほんの少しだけ、そう寝返りをうつくらいで良いの、ほんの少しだけ目覚めて。そしてアイツらを驚かせてやって!)
 心の中で強く念じる。
 どくん。
 あたしの心臓が一気に跳ね上がるのが分かった。
 身体がかぁっと熱くなり、頭もぼぅっとしてくる。
 一瞬だけ目覚めたドラゴンの血が、あたしの身体の中を駆け抜けたんだ。
 クラクラする頭を振って大きく深呼吸、懸命に意識を保つ。
 そして・・・
 コモドドラゴンたちは何かに脅えるかのように、少しずつ後ずさりを始めたの。
「今だ!」
 群れの包囲網が緩んだ隙を突いて一気に走りだす。
 大広間を抜け、細い通路を辿り、そして螺旋階段へ。
「はあ、はあ・・・」
 ドラゴンの血を目覚めさせた影響だと思う、それほど走ったわけでもないのに心臓が苦しい。
 螺旋階段を半分くらい駆け下りたところで上を見た。
 マーカスが追ってくるかと思っていたけど、どうやらその気はないみたい。
 あたしがパパたちを呼びに行くギリギリまでドラゴンとの強制契約を続けるつもりなのかしら。
 まさかここにいるドラゴン全てがマーカスの手中に・・・
「そんなことさせないんだから」
 息を整えると再び階段を駆け下りる。
 短い通路を抜ければそこは。
「地底湖。瓶詰めの船は・・・あれ?」
 そこではっと気が付いた。
「船・・・マーカスが持ってたんだ!」
 冷静になって思いだす。
 湖を渡って船から降りた後、あたしは船を回収していなかったはず。
 マーカスが船を回収して、自分の懐にしまった・・・?
「船が目当てだったんだ・・・」
 今になって気が付いた。
 あたしをこの洞窟に誘ったのも、最初から船が目当てだったのよ。
 マーカスなら無理でもあたしなら、ママから自然に船を借りて持ち出すことができるもの。
 船がなかったら湖を渡れない。
 湖を渡れなかったらドラゴンのいる大広間へも行けない。
 だからマーカスはどうしても船が必要だった。
「それが分かっていれば・・・」
 今更悔やんでも後の祭りだわ。
 それよりも、今はどうやってこの湖を突破するかを考えなきゃ。
 泳いで渡るなんて無理。
 周囲の崖に張り付いて移動するのもまず無理よね。
 もう、いっそ飛び越えることができたら・・・
「って、飛ぶ・・・? はっ、そうだ!」
 そうよ、そうだった。
 あたしは空を飛ぶことができるじゃない。
 正確に言うと、あたしが召喚したモンスターの力を借りれば空を飛べる、だけどね。
 この際そんなことはどうでも良いわ。
「サモン、ローック!」
 召喚の言葉と共に輝く魔方陣、そこでは巨大な鳥があたしの呼び掛けに応えるべく翼をバサリとはためかせた。
「お願いカンベエ、あたしを対岸まで運んで!」
 ケーン。
 甲高い鳴き声が地底湖に響き渡る。
 あたしが大きな身体に手を掛けるとカンベエのほうも慣れたもので、くちばしを使って器用にあたしの身体を自分の背中へと押し上げてくれる。
 カンベエの背中にまたがって体勢を安定させたところで「飛べ!」の号令。
 ケーンと更に甲高く鳴いたカンベエの翼が、力強く空気を捉える。
 ふわりと浮かび上がる感覚が何だか気持ち良い。
 地底湖の天井まではそれ程高さはないけど、カンベエが飛ぶには十分よね。
「カンベエ、行けー!」
 あたしが対岸を指差して叫ぶと、カンベエはすぅと前進する。
 地底湖には呪文の効果を封じる結界が張られた場所が何箇所かあるけど、召喚モンスターがその影響を受けないことは分かっているわ。
 だって、島を出る前にすでに召喚契約を済ませていたボビ太たちと、ママの船に乗って何度も湖を渡っていたもの。
 人間なら渡るのが大変なこの湖も、空を飛べる鳥にとっては全く問題はないはず。
「これならあっという間に対岸に渡れるわ」
 あたしがホッと胸を撫で下ろした、その時。
 カンベエの前方の水面に、またもや禍々しくも赤く輝く魔方陣が浮かび上がったの。
「あれはまさか・・・マーカスの召喚陣?」
 果たしてあたしの予想は正解だった。
 召喚陣からはマーカスに強制契約されたモートモンスターたちが、次々と水上に顔を突き出してきたの。
「ウソでしょ・・・マーカスはまだ上にいるはずなのに」
 信じられないけれどきっと事実。
 マーカスの強制契約の効果範囲は、あたしが普通に召喚契約する時の何倍もの広さを有しているらしいわ。
 だから、実際に対象のモンスターを目の前にしなくても召喚契約できてしまう。
 召喚師としてのレベルや技術なら、マーカスのそれはあたしなんかよりも遥かに上なんだわ。
 でも、今はそんなことを感心している場合じゃない。
 マーカスがこのタイミングでモートモンスターを召喚したのは、言うまでもなくあたしとカンベエを捕まえるためだ。
「カンベエ、右っ!」
 あたしの指示を受けてカンベエが翼をグイっと捻ると、進路が大きく変わる。
 その直後、さっきまでカンベエがいた場所に、モートモンスターが水面から長い身体を伸ばして跳び付いていた。
「あ、危なかったぁ・・・」
 もしもカンベエの回避が遅れていたら、モートモンスターにパックリと食いつかれて湖に引きずり込まれてしまうところだったわ。
 しかし、一度相手をかわしたからってそれで逃げ切れるわけじゃない。
 モートモンスターは群れを成しながら、次々とカンベエに襲い掛かる。
「カンベエ左っ! あっ、右よ!」
 おそらくあたしの指示なんて必要ないと思う。
 カンベエは的確に、モートモンスターの追撃をかわし続けていた。
「もっと天井が高かったら・・・」
 そう、もう少しだけでも天井が高ければ、モートモンスターの頭の上を悠々と飛んで逃げられるのに。
 あたしを天井にぶつけないように、カンベエはギリギリの高度を保ちながら飛行を続ける。
 もう一度ドラゴンの血を目覚めさせてやれば、このモートモンスターの群れを追い払えるかもしれない。
 でもそんなことをしたら、今度こそあたしのほうが持たないわ。
 きっとカンベエの背中にまたがったまま気絶しちゃう。
 それだけは避けなきゃ・・・
 何かうまい手段はと考えながら湖の周囲をキョロキョロ。
 でも何もなく、ただ湖の外周を取り囲む切り立った岩肌の崖があるだけ。
「崖・・・そうだ! カンベエ、壁沿いギリギリを飛んで」
 ケーン。
 あたしの指示を受けたカンベエが一鳴きすると、進路を大きく左に向けた。
「高度も下げて。そう、モートモンスターが狙い易いようにね」
 カンベエは切り立った崖の、それも水面ギリギリのところを飛行する。
 そこへ襲い掛かるモートモンスター。
「カンベエ、少しだけ上に!」
 あたしの指示に的確に応えるカンベエ、少しだけ身体を上昇させる。
 するとカンベエのすぐ下を勢い余ったモートモンスターが岩の崖に激突。
 そのまま水の中に沈んでしまった。
 これで驚いたのか、モートモンスターの追撃が緩んだわ。
「今よ。カンベエ、対岸へ!」
 一瞬できたモートモンスターの隙間をすり抜けて、カンベエが対岸へと向かう。
 モートモンスターも気を取り直して追い掛けてくるも、水中を行くモノと空を飛ぶモノとでは、どう考えても空を行くほうが早いに決まっているわ。
 ついにモートモンスターの包囲網を突破したあたしとカンベエ、そのまま洞窟の出口を目指す。
 やがて目の前には、神殿と洞窟とを遮るレリーフの裏側。
「大丈夫よカンベエ、あのレリーフはすり抜けられるから。あたしを信じて突っ込んで」
 カンベエはスピードを落とすことなく、レリーフへと飛び続ける。
 そしてそのくちばしがレリーフに触れると、レリーフは大きく波紋を打ちながらカンベエの巨体を通してくれた。
 洞窟から解放されたあたしとカンベエを南の島の大気が迎えてくれた。
 カンベエがさらに翼をはためかせると、一気に高度が上がる。
「カンベエ、このままあたしの家へお願いね」
 ケーン。
 こうしてマーカスの追撃を振り切ったあたしは、ようやく我が家へ戻ることができたんだ。

続きを読む