サマナ☆マナ!3

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11

 今、あたしの目の前で起こっていることが信じられなかった。
 あちらこちらで上がる、悲鳴にも似た咆哮。
 それと共に、次々と魔方陣に吸い込まれていくドラゴンたち。
 魔方陣はひとつだけに留まらず、点々と場所を変えながら浮かんでは消え、確実にドラゴンを飲み込んでいった。
 ガスドラゴン、ワイバーン、コモドドラゴン、ファイアードレイク、ファイアードラゴン・・・
 あらゆるドラゴンが、目の前から姿を消して行った。
「どうして・・・ドラゴンはマーカスさんと心を通い合わせたわけではないはず・・・」
 そう、召喚契約はモンスターと召喚師が心を通い合わせることが不可欠なはずなのに。
 どうしてマーカスさんは、次々とドラゴンたちをその配下に従わせることができるのかしら?
「マナちゃん、訓練場で強制契約って習わなかったかい?」
「強制契約・・・?」
 訓練場で冒険者登録をした時、召喚師に関する講義も受けていた。
 でもそんなことは教えてもらわなかったと思う。
 あたしは言葉なく、首を横に振った。
「そうか。訓練場では教えてくれなかったのか。きっとマナちゃんの性格を見越してあえて教えなかったんだろうね」
「あたしの、性格?」
「マナちゃんは言ってたよね。『召喚モンスターはお友達だって』」
「ええ、召喚モンスターは決して家来でも手下でもないわ。大切なお友達、そして仲間です」
「ふっ、いかにもマナちゃんらしい考え方だよね。でもね、世の中の召喚師すべてがそんな考え方をしているわけじゃないんだよ」
 マーカスさんがニヤリと笑った。
 そこにはもう、あのさわやかな笑顔は消えていて、邪悪とも思える不気味さがにじみ出ていたの。
「召喚師もある程度のレベルになるとね、モンスターの意思なんか関係なく強制的に召喚契約をできるようになるんだ。
 モンスターはお友達? 笑わせないでくれないかマナちゃん。ヤツらは召喚師の手駒にすぎない。我々の手となり足となり、死ぬまで戦うんだ」
「そんな・・・モンスターを使い捨てるようなこと、あたしにはできません」
「いずれ分かるようになるさ。凶暴なモンスターを従わせるには、これが一番簡単な方法だからね」
「マーカスさん、ひとつ聞いても良いですか?」
「なにかな」
「どうして冒険者を辞めちゃったんですか? 強制契約はかなりのレベルにならないとできないんでしょ。どうして・・・」
「簡単なことさ。冒険者をやっていく以上、どうしてもパーティを組まなきゃならない。ひとりで迷宮に挑むのは無謀だからね」
「それは当たり前じゃないですか」
「パーティを組めばどうしたって意見の食い違いが出てくる。仲間割れの末のパーティ崩壊。結局嫌気がさして冒険者を辞めたってわけさ」
「意見の食い違いって、強制契約をすることにパーティのメンバーから異論が出た、とかじゃなかったんですか?」
「・・・」
 あたしの最後の問いにはマーカスさんは肯定も否定もしなかった。
 でも、そこで言葉に詰まるってことは、認めちゃったのと同じことだわ。
「マーカスさん、これ以上の暴挙は同じ召喚師として、そしてドラゴンの洞窟を管理しているパパのためにも許せません。今すぐ強制契約を中止して、ドラゴンたちをすべて解放してください」
「僕が応じるとでも思っているのかい」
「応じてくれないなら、こっちだって力ずくです。サモン、ボーパルバニー!」

 あたしの掛け声に呼応して輝く緑の召喚陣。
 そしてそこから飛び出すのは、あたしにとって大切なお友達でもある三匹のボーパルバニーたち。
「ボビ太ボビ助ボビ美、マーカスさんを止めて!」
 号令と共に、三匹が一斉に跳ね出す。
 マーカスさんを倒したりする必要はないの。
 少しでも気を引いて、まずは強制契約を中止させることが先決だわ。
 ボビ太が、ボビ助が、そしてボビ美が、四方八方へと飛び回り、マーカスさんに襲い掛かるタイミングをうかがっていた。
 でもマーカスさんは少しも慌てない。
 それどころか、まるで何かに取り憑かれたかのように邪悪な笑みを浮かべていた。
 マーカスさんが右手をかざし、静かに言葉を発した。
「サモン、ガスドラゴン」
 あたしのとは違う赤い色の召喚陣の中に、見覚えのあるドラゴンがその姿を見せていた。
「まさか・・・」
 マーカスさんが召喚したのは、ボーパルバニーを追い払うのに最も適したドラゴン。
 それはつい先日、パパがあたしと戦わせた時の、まさにそのガスドラゴンだったの。
 三匹のウサギの前に、緑の巨体を誇るドラゴンが再度立ちはだかった。
 瞬間、ボビ太たちの足が急に止まったわ。
 あの子たちにとってガスドラゴンとの戦いは、まさに悪夢の記憶でしかないはず。
 いかにボーパルバニーと言えども、恐怖で身体がすくみ動きが鈍くなれば、ただのウサギと変わりがない。
 ウォォと、ガスドラゴンが吼えるとボビ太たちはパニックに陥り、それぞれがバラバラに逃げ出してしまった。
「みんなダメよ、散り散りにならないで!」
 あたしの叫び声は果たしてあの子たちに届いているのだろうか?
 ガスドラゴンの追撃を必死にかわし、ただ逃げ回るだけの三匹のボーパルバニー。
 もうダメだ。
 これ以上戦わせることはできない。
「みんな、戻って・・・」
 力なく命じると、ボビ太ボビ助ボビ美は召喚陣へと逃げ隠れてしまった。
「くっくっく、マナちゃんの言う『お友達』の力はこんなものかい?」
「くっ・・・」
 悔しい。
 何もできない自分が本当に悔しかった。
 しかし、そんなあたしなんかはお構いなしに、強制契約は続いた。
 ピー!
 マーカスさんが操る禍々しい恐怖の光の渦が、ついにドラゴンパピーのモモちゃんにも襲い掛かったの。
「モモちゃん! マーカスさん、モモちゃんはまだ子供なのよ。今すぐ解放してあげて」
「子供だろうとドラゴンはドラゴンさ。きっと僕の手駒となって働いてくれるはずだよ」
 このままじゃいけない。
 何とかしてマーカスさんを止めなくちゃ。
 でもあたしが真っ正面から挑んでもきっと勝てない。
 ボビ太たちも使えない。
 何か、あたしにできること・・・
「そうだ!」
 閃いたあたしは意識を集中させる。
 そして、今まさにマーカスさんに強制的に囚われようとしているモモちゃんに対して召喚契約を始めたの。
「モモちゃん、あたしの声が聞こえる? 意識をしっかり持ってあたしの声を聞いて。
 汝、我を主と認め、我が命に従うことを誓いなさい。召喚契約、ドラゴンパピー!」
 モモちゃんの足元に新たな召喚陣が浮かび上がった。
 二つの召喚陣は共に激しく輝きながら、モモちゃんを奪い合っている。
 赤く輝くのはマーカスさんによる強制契約のためのもの。
 そしてもうひとつ、緑に輝くのがあたしが新たに作りだしたもの。
 もしもモモちゃんが自分の意志であたしを選んでくれるなら、あたしの作りだした召喚陣に飛び込んでくれるはず。
 でも自分の意思を保ちきれなければ、マーカスさんの召喚陣に吸い込まれてしまうわ。
「モモちゃん、しっかり・・・」
 ピー!
 モモちゃんの鳴き声は、まるであたしに助けを求める悲鳴のようで。
 でもあたしには、もうできることはない。
 あとはモモちゃん次第。
「頑張って、モモちゃん!」
 マーカスさんの召喚陣に吸い込まれないように、必死に足を踏ん張るモモちゃん。
 そしてその目の前には、あたしの召喚陣が今や遅しと契約モンスターを待ち侘びていた。
 ピー
 最後の力を振り絞り、モモちゃんが一歩を踏み出す。
 するとあたしの召喚陣が更なる輝きを増した。
 そして、次の瞬間・・・
「あっ、モモちゃん!」
 モモちゃんの身体があたしの召喚陣にふわりと吸い込まれていったんだ。
「やったー、召喚契約成立よ」
 召喚陣から顔だけ覗かせたモモちゃんがピーと歓喜の声を上げる。
 一度契約された召喚モンスターは解約されないかぎり、他の召喚師による二重契約はできないことになっている。
 だからもうマーカスさんの強制契約の影響を受ける心配はないわ。
「くそっ、僕としたことが新米召喚師に遅れを取るなんてね」
「それは、あたしとモモちゃんが心を通わせたからよ。信頼のない力だけの契約になんて負けるはずがないわ」
「ふっ、まあ良いか。マナちゃん、そんなドラゴンパピー一匹で何ができるって言うんだい? 僕はすでに何頭ものドラゴンを手中にしているんだよ」
「それは・・・」
 確かにマーカスさんの言うとおり。
 ドラゴンパピーのモモちゃんだけで、マーカスさんが強制契約したドラゴンたちに立ち向かえるはずもない。
 となればあたしにできることは限られている・・・
「モモちゃんは召喚陣へ、逃げるよ!」
 あたしが命じるとモモちゃんは召喚陣の中へ完全に姿を隠してしまった。
 そしてあたしはマーカスさんに背中を向けると一目散に走り出す。
 そう、あたしにできることはこの洞窟から脱出することよ。
 外に出ることさえできれば、パパたちにマーカスさんの暴挙を知らせることができるはず。
 ドラゴンの扱いに長けたパパ、昔はバリバリの冒険者だったママ。
 そしてパロさんとシン君。
 みんなで力を合わせれば、きっと何とかなるはず。
 そのためにもあたしは、マーカスさんの手から逃げきらなければならないの。
 ううん、きっと逃げきってみせる。

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