サマナ☆マナ!3

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10

 夕方になって二日目の撮影が終わったら、迎えの馬車で家に帰って賑やかな夕食。
 そして今はお風呂の時間。
 でも、とにかく人数が多いからね。
 時間の掛かる女性陣は後回し。
 まずは男の人たちに、手早くお風呂を済ませてもらったの。
 マーカスさん、シン君、パパの順でお風呂が終わったら、次はパロさん。
 あたしの番までもう少し。
 特にすることもなく窓辺で夜風に当たっていると、マーカスさんが話し掛けてきたんだ。
「マナちゃん、ちょっと付き合ってもらえるかな?」
「付き合うって、何処にですか」
「うん、もう一度ドラゴンたちを見てみたいんだ」
「洞窟ですね。分かりました。それならママに船を借りて・・・」
 あたしがママから瓶詰めの船を借りようとすると
「それなら案内しようか?」
 と、これはパパ。
 でも、ママが割り込んでくるんだなあ。
「もう、パパったら。娘のデートに付いていく親が何処にいるのよ」
「で、デートなのか、マナ!」
「そ、そんなわけないじゃない。ママも変なこと言わないでよ。とにかく、ちょっと行ってきまーす」
 ママから瓶詰めの船をむしり取るようにして受け取ると、マーカスさんと一緒に家を飛び出した。
 もう、ママったら家族をからかうのもいい加減にしてほしいわ。

 月灯りに照らされたドラゴンの神殿では、立ち並ぶドラゴンの像たちがひっそりと出迎えてくれていた。
 ドラゴンの像たちを横目に神殿の奥まで進み、巨大なレリーフに手を付いてすり抜けて洞窟へ入る。
 しん、と静まった洞窟の中。
 いつもの冒険と違ってTシャツ1枚を着ただけの格好だから、洞窟の中はちょっと寒いくらいかしら。
 それによく考えたら、暗闇に男の人と二人きりになっちゃったのよね。
 ちょっと軽率だったかしらと思ったけど、ここはマーカスさんを信用しなくちゃ逆に失礼よね。
 それに、ママたちには行き先を告げてあるわけだし・・・
 うん、大丈夫でしょう。
「マナちゃん、滑らないようにね」
「ありがとうございます。
 マーカスさんがさりげなく差し出した手を取る。
 ちょっとドキドキするけど、男の人の手って大きいんだなあなんて、妙なことに感心したりしてね。
 こういった女性に対するさりげない気配りなんかは、シン君にも見習ってほしいものだわ。
 やがて地底湖までやってきたら、ママから借りてきた瓶詰めの船の出番。
 船をそっと水面に浮かべて大きくなったところに、マーカスさんが乗り込む。
「さあ」
 と差し出された手をとって、あたしも船へ。
「僕が操縦しても良いかな」
「できますか?」
「マナちゃんのお母さんの様子を見ていたからね。きっと大丈夫」
 マーカスさんはニコリと笑うと操縦席へ。
 羅針盤に手をかざすと、船は水面を滑るように動き始めた。
 そのまま二人で遊覧船の旅。
 湖の反対側でモートモンスターの群れが、あたしたちの乗る船を見送ってくれていたわ。
 対岸に渡ったらマーカスさんが船を回収してくれた。
 そしてそのまま通路を進み、螺旋階段を上った先に、ドラゴンたちが生息する大広間があるの。
「うーん、何度見てもスゴイ光景だね」
「くすっ。マーカスさん、本当にドラゴンがお好きですよね」
「そうだね。これでも元冒険者だから。冒険者にとってドラゴンは、憧れの象徴だったりしない?」
「あっ、それ分かります。特にあたしは召喚師ですからね。いつかはドラゴンと召喚契約をって思いますから」
「この前は残念だったね」
「そうですよねえ。でも、あたしがまだまだ未熟な証拠です。パパだってそれを分かっていてあんなことをしたんだと思います」
 一昨日の夜、ここでガスドラゴンに挑戦したけど、結果は散々だった。
 と、そこへ。
 ピー、ピー。
「あっ、モモちゃん!」
 あたしが名前を付けたドラゴンパピーのモモちゃんが、あたしたちを見つけて近付いてきてくれたんだ。
「よしよし、元気にしてた?」
 ピー。
 あたしが頭を撫でてやると、モモちゃんは元気にお返事。
「ははは。すっかり懐かれているじゃない。その子なら本当に召喚契約できるんじゃないかな」
「そうですね。でもパパに止められているし・・・」
 あたしはしばらくモモちゃんとのスキンシップを楽しんだの。
 
 さてと、モモちゃんと遊ぶのはここまでにしましょう。
「マーカスさん、何かお話があるんですよね?」
「あっ、気付いてたかな」
「なんとなくそうかなって」
「それなら話が早い」
 マーカスさんはそこで真顔になって、あたしのことをじっと見据えた。
「マナちゃん、今日はちょっと様子がおかしかったよね。マナちゃんだけじゃなくて、パロさんも」
「えっ、パロさんもですか?」
「気付いてなかった?」
 こくり、と頷くあたし。
 あたしはともかく、パロさんの様子がおかしかったかなんて、全然気付かなかった。
 それだけあたしがボーっとしていたってことなのかな。
「何か気になることでもある? それとも悩み事とか。話したくなければ別に良いんだけど」
「いいえ。聞いてもらえますか」
 ちょうど良い機会だと思う。
 マーカスさんも以前冒険者だったのを写真の仕事に転職したんだから。
 その辺りのことを相談するのは、うってつけかもしれない。
「実はですね・・・」
 あたしは、パロさんが冒険者を辞めるかもしれないこと、それと同時にパーティが解散してしまうかもしれないこと。
 あたし自身はずっと三人でやっていきたいけど、パロさんの将来のことだからどうしたら良いか分からなくて、なんてことをマーカスさんに話した。
 マーカスさんはあたしが話している間、ただじっと話を聞いてくれていたの。
「そうか。それは僕にも責任があるかもしれないね」
 そうよね。
 パロさんにモデルの仕事を持ち掛けたのはマーカスさんだし、パロさん自身も今後マーカスさんと一緒に活動していくつもりなんだと思う。
「どう思いますか?」
「そうだね。僕がどうこう言える立場じゃないんだけど・・・本人が後悔しない選択をするのが一番だと思う」
「パロさんが、後悔しない選択・・・」
「確かに、パロさんは魅力的な女性だ。モデルとしてやっていく才能もあると思う。
 でもね、僕が見る限り、まだ冒険者としての活動に未練もあるんじゃないかな」
「冒険者に、未練ですか」
「そう。それは呪文を習得しきれなかったことかもしれないし、マナちゃんたちの今後かもしれない」
「あたしたちがもっと自立しないと、ってことですね」
「僕はパロさんじゃないから、本当のところは分からないけどね」
 あたしを見つめるマーカスさんの表情がふっと和らいだ。
「マーカスさんはどうだったんですか? 冒険者を辞めることに迷いとか未練とかは・・・」
「僕? そうだね・・・」
 マーカスさんがあたしから視線を外すと、その先にはドラゴンの群れ。
「正直言うと、迷っていたんだ。このままカメラマンとしてやっていくか、それとも・・・」
「それとも?」
「冒険者として出直すか」
 現在はカメラマンとして活躍しているマーカスさんも、冒険者を辞めてしまったことを後悔しているのかしら?
 それならさっきの「本人が後悔しない選択を」という言葉が出るのも頷ける話だわ。
「実はね、今回マナちゃんたちに声を掛けたのは、自分の気持ちを確認するためだったんだ」
 マーカスさんの声が低く響いた。
 今までのさわやかだった印象はすっかり失せてしまたような気がして、少し怖いくらい。
「どういうことですか?」
 恐るおそる、話の先を促す。
「例の雑誌、覚えているよね」
「冒険者友の会ですよね。それが何か・・・」
「あの雑誌を見て君たちに声を掛けようと思った」
「パロさんをモデルにスカウトするため、ですよね」
「ああ。でもそれは理由のうちの半分にすぎないかな」
「半分? それじゃあ残りの半分は・・・」
「マナちゃん、君だよ。マナちゃんに興味があって、君たちに近づいたんだ」
「!」
 ぞくり、と背中に冷たいものが走る。
 思いもかけないマーカスさんの告白に、思わず身体がすくんでしまった。
 あたしに興味って、一体どういうことよ。
「あの雑誌に、マナちゃんがアルビシア島の出身だと書かれてあったね。そして、アルビシアがドラゴン伝説の島だ、とも」
「ええ、それはその通りです」
 話が見えない。
 確かにあたしはアルビシア島の生まれだし、この島にはドラゴン伝説があり、実際にドラゴンが存在してる。
 でもそれと、マーカスさんを結ぶ線が、あたしには分からなかった。
「この島に来た目的は二つあったんだ。
 ひとつはパロさんをモデルにして写真を撮ること。自分がカメラマンとしてやっていけるのかを確かめたかった」
「もうひとつは?」
「もうひとつの理由はね、実際にこの目でドラゴンを見たかったんだ。そして、冒険者としての自分に未練がないのかを確かめたかった」
「だからあたしたちに声を掛けた。
 モデルとしてのパロさん、そしてドラゴンの島出身のあたし」
「もうひとつ、大切なキーワードが抜けている。マナちゃんは単にドラゴンの島出身というだけじゃないだろう」
「それって・・・召喚師?」
「そうさ。ドラゴンの島出身の召喚師、こんな胸躍る人はいないんじゃないかな」
 ここに来てようやく分かってきた。
 それを確実なものにするために、あたしには聞かなければならないことがあった。
 何故今まで誰もこの話題をしなかったのか、そっちのほうが不思議なくらいじゃない。
「マーカスさん、聞きたいことがあります」
「何でもどうぞ」
「マーカスさんは現役の冒険者だった時、その職業は何だったんですか?」
「それは・・・もう気付いているんじゃないのかな」
 マーカスさんはそこで言葉を切ると、あたしから離れて歩き出した。
 その向かう先には、たくさんのドラゴンたち。
 マーカスさんが短い呪文を詠唱する。
 するとその足元に、赤く輝く光の輪が浮かび上がったの。
 魔方陣・・・
 いいえ、あれはあたしたち召喚師の命とも言うべき召喚陣に間違いないわ。
「やっぱり! マーカスさんは召喚師だったんですね」
「そう。僕はマナちゃんと同じ召喚師だったんだ。今回この島に来て実際にドラゴンを見て、そして自分の気持ちに蹴りが付いた」
「マーカスさん、一体何を・・・」
「僕はもう一度冒険者として、召喚師として活躍したい。そのためには、この島のドラゴンたちが必要なんだ」
 マーカスさんの言葉が終わると、目の前にはさらに巨大な召喚陣が浮かび上がる。
「さあ、ドラゴンたちよ、我が足元に集え。そして我と主従の契約を交わすのだ!」
 マーカスさんが叫ぶと同時に、目の前にいたドラゴンたちが次々と召喚陣に吸い込まれていった。
 今ハッキリと分かったわ。
 マーカスさんの真の狙いは、この島に生息するドラゴンたちだったんだ・・・

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