サマナ☆マナ!2

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 あたしたちが立っているのは、断崖絶壁という言葉がピッタリな崖の頂上だった。
 何しろ、目の前数メートルのところで突然地面がなくなっているんだからね。
 特に柵とか仕切りのようなものもなくて、もしも突風にあおられたらと思うと危険極まりない場所なのは間違いないわね。
 そして前方50メートルくらい先かな、向こう側にも同じような切り立った崖がそびえている。
 対岸の崖を見ると、その高さも50から100メートルくらいはあるんじゃないかしら。
 絶壁で形成された谷、閉じられた世界。
 その谷間が、右手を見ても左手を見ても、どこまでも延々と続いている。
 谷間の壁面は、西日に照らされて赤く色づいている箇所と、日が当たらずに影になった暗い箇所とのコントラストがとても綺麗。
「ハーダリマス渓谷か。なるほど、たしかにこれは渓谷と呼ぶにふさわしい景色だわ」
「確かに。絶景だな」
「なんだか絵はがきのような世界ですね」
 三人でしばし、自然が創りあげた雄大で幻想的な風景に酔いしれる。
「さて、いつまでも感傷に浸っている暇はないわよ。早くスミッティって人に会って話を聞かなきゃ」
「そうですね、でもどこに行けば良いのか・・・」
 あたしたちの目的は渓谷観光なんかじゃないわ。
 ブラッドストーンを見つけるために、ベアさんの知り合いの人に会わないとなんだけど、その人が何処にいるのか分からないんだっけ。
「どうしましょう?」
「うーん、そうね・・・」
 パロさんと二人、辺りをキョロキョロと見回していると
「おーい、こっちこっち! ここに何かあるぜ」
 少し離れたところからシン君が手を振りながら叫んでいた。
「行ってみましょう」
「ハイ。おーい、シンくーん」
 走ってシン君のいる所へと駆け付ける。
 するとそこには、木造の小さな小屋のような建物があったの。

「この小屋、何かしら?」
「それが俺にもよく分からないんだよ。あそこに何か書いてあるんだけどさ」
「やだなあシン君、書いてあるなら分かるでしょ? えーと・・・」
 あたしはシン君が指差す先を見てみた。
 小屋の入口に打ち付けられた看板、そこにはこの小屋の名称かしら、何だか難しい言葉が並んでいたの。
「あれ? あの字何て読むんだっけ・・・パロさん、読めますか?」
「あれはね、『縄状鋼鉄線動滑車巻き上げ式渓谷竪穴内部多階層移動専用自動稼働上昇及び下降兼用装置改良乙三型』って書いてあるの」
「な、なわ・・・? 何ですか?」
「さっぱり意味が分からん」
 パロさんに看板を読んでもらっても、あたしもシン君もチンプンカンプンだった。
「簡単に言うと、『ワイヤー巻き上げ式のエレベーター』ってとこかな。魔法の力を使わない、機械式のエレベーターよ」
「なんだ、だったら最初からそう書いてくれればいいのに」
 パロさんの説明でようやく合点がいったわ。
 それにしてもパロさん、よくあんな難しい言葉を理解できるわよねえ。
 あたしももっとお勉強しなきゃかな。
「要するにこれを使うと」
「渓谷の下に下りられるんじゃないかしら」
 シン君とパロさんでその長い名前のエレベーターを調べ始める。
 あたしにはよく分からないから、ここは二人にお任せかな。
 それにしても、さっきのオオカミとの戦いは危なかったなあ。
「おっ、ここに説明が書かれてるぜ」
「本当ね。どれどれ・・・」
 ボビ太たちも頑張ってたけど、さすがに相手が多過ぎたわね。
「読むわよ。『諸君、この縄状鋼鉄線(中略)乙三型は、縄状に編まれた鋼鉄の・・・』」
 あたしももっと頑張らないとよねえ。
「『移動するためのものである』」
「って、名前をそのまま説明しただけだな」
「まだ続きがあるわ」
 たとえば、新しい召喚モンスターと契約するとか。
「この『縄状・・・』」
「パロよ、いいかげんこの装置の名前の部分は読み飛ばしてもいいんじゃないか?」
「それもそうね。えーと・・・」
 でも新しいモンスターって、そう簡単にはいかないのよねえ。
「『安全装置を設定前の状態までもどさなければならぬが、そのためには・・・』」
 ボーパルバニーの数を増やしたほうがいいかしら?
「『上昇及び下降兼用装置内部にある・・・』」
 でもやっぱり全然違うタイプのモンスターと契約したほうが、戦いの幅が広がるかしらね。
「『棒状の突起を元からあった状態に引き戻すわけだが・・・』」
「棒状の突起って、このスイッチみたいなヤツか?」
 そうね、今度チャンスがあったら新しい召喚モンスターとの契約も挑戦してみよう。
 って、ずいぶん時間がかかっているんじゃない?
「あのー、パロさん?」
「マナ、ちょっと黙ってて。今話し掛けられると訳が分からなくなるから」
「すぐ終わるから、待っててくれよな」
「はい・・・」
 パロさんとシン君は、小屋の奥に書かれたエレベーターの使用説明書とにらめっこの真っ最中。
 とてもあたしの相手なんてできる雰囲気じゃないみたい。
 仕方ないのでそのまま待つことしばし。
「暗くなってきたな。もう字が読みにくいぜ」
「明るくしましょう。ミルワ!」
 灯りの呪文に照らされて、部屋の中がほわっと明るくなる。
「えーと、どこまで読んでたっけかな」
「ここよ。『装置内の乗降する人員の安全を確認した後に・・・』」
 やがて。
「やっと分かったわ」
「ああ、ったく面倒な説明しやがって」
「分かったんですか?」
「ええ。要するに『安全装置を外して起動スイッチを押せ』って」
「それだけ?」
「ああ。たったそれだけなのに、ずいぶん長ったらしい説明だったぜ」
 忌々しそうに説明書をジト目でにらむシン君でした。
「でもね、収穫もあったわ。ここを見て」
 パロさんが説明書の一番下を指差した。
「何ですか? えーと『縄状・・・』」
「そこは良いから、一番最後」
「はい。えっと、最後さいご・・・『乙三型管理人・スミッティ』、これは!」
「そうね。どうやらこの装置を管理しているのがスミッティって人らしいわ。これで一番下まで行けば会えそうね」
「早速行ってみましょう!」
 そうと決まれば即行動よ。
 エレベーターに乗り込んで説明書の通りに操作する。
「ちょっとシン〜、操作を間違えないでよ」
「こんなんで間違うかよ。ホラ安全装置解除、起動スイッチ押すぞ」
 シン君がエレベーターの壁面に設置されたレバーを下げてから、その隣にあるスイッチをポチっと押す。
 するとエレベーターは低く唸りながら、ゆっくりと下降し始めたの。
「操作って、それだけだったの?」
「ああ。レバーを下げる、スイッチを押す。たったそれだけ」
「それなのにあんなに長々と説明するのって、一種の才能ですよねえ」
 へぇーって、妙なことに感心したりしてね。

 エレベーターは、渓谷の壁の中に掘られた縦穴を伝って下まで移動している。
 その動きはかなりゆっくりで、もし今ここで止まったらと思うと、少しドキドキする。
 閉鎖された空間のせいかな、何となくお話する雰囲気にもならずに、みんな無言の時を過ごしたの。
 そして、エレベーターの動きが止まった。
「やっと着いたみたいね。行きましょう」
 エレベーターを降りると、そこは洞窟の奥深くといった感じの場所だった。
「スミッティさんはどこかしら?」
「おっ、案内が出てるぜ」
 シン君が案内の看板を見つける。
 もう慣れたもので、長ったらしい説明の部分は適当に読み飛ばして・・・
「どうやらここを少し進んだところにスミッティの家があるらしいな」
 三人で顔を見合せて、ウンと頷く。
 ここは洞窟の中だし、どんな危険があるかも分からないから、慎重に歩き始める。
 そして、洞窟の通路が左に折れた時だった。
「てやんでぃ、こんちくしょうー!」
 カーン
 通路の先のほうから、男の人の怒声と、何か金属を打ち付けたような甲高い音が響いてきたの。
「へっ、今のナニ?」
「誰かいることは間違いないわね」
「ちょっと見てくる」
 シン君が素早く移動し、通路の先へと消えていく。
「ふざけんな、バカ野郎!」
 カーン
 シン君がいない間にも、変な声と音が聞こえてくるし。
「シン君大丈夫かしら・・・」
 ちょっと不安になって、シン君が消えた通路のほうを覗き込む。
 すると
「おーい、こっちこっち。早く」
 通路の向こうからシン君が手を振ってあたしたちを呼んでいる。
「シン君! パロさん、行きましょう」
 あたしとパロさんもシン君の後を追ったわ。
「見てみ」
 シン君が自分の後ろを指差す。
 見ると、岩壁をくり抜いたところに重そうな鉄製の扉がはめ込まれていて、そこにプレートが掛けられていたの。
「『スミッティの家』、それじゃあここが」
「どうやら間違いないみたいね」
「よし行こう。すぐ行こう。ブラッドストーンのありかを聞きだそうぜ」
「落ち着きなさいシン。とにかくあなたは黙っているように。変なことを口走って相手を怒らせでもしたら、元も子もないんだからね」
「ヘイヘイ」
 シン君を落ち着けたところで、パロさんが扉に手をかける。
「何しに来やがった、このスットコドッコイが!」
 カーン
 妙な声と音は相変わらず。
 スミッティさんていったいどんな人なのかしら?
 ちょっと怖いな。

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