サマナ☆マナ!2
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「儲け話だなんて、そんな簡単に金が稼げるなら誰も苦労はせんよ」
ベアさんはそこで言葉を切ると、奥様が淹れてくれた紅茶を一口すすった。
奥様はベアさんと同じドワーフ族で、薄いとはいえお顔にヒゲが生えているの。
女性なのにヒゲなんて、初めて見た時は驚いたけど、ドワーフではこれが当たり前なんだって。
奥様はとても家庭的な優しい人で、淹れてくれるお茶は美味しいし、あたしがローブを買った時もリボンを縫い付けてくれたりしたわ。
あの後、あたしたちのあまりの迫力に、「落ち着きましょう」という奥様の提案でお茶の時間になったの。
パロさんが中心になって今回の借金騒動について一通り説明したところでのベアさんの感想がさっきのセリフね。
それはそうよね。
簡単にお金が稼げるくらいなら、今回だってこんな苦労しなくて済むもの。
でも、だからといってこのまま何もしないでいるなんてできないわ。
何とかしてお金を作って、シン君を自由の身にしてあげなくちゃ。
「そこをお願いします。何かお金になるような話はありませんか?」
とにかく必死にベアさんに頼み込む。
今のあたしにできることはこんなことしかないもの。
「そうさな、冒険者が金を稼ぐとなると、やはり冒険ということになるだろうが・・・」
「しかし、普通にやっていては稼ぐどころか赤字になる一方で」
パロさんがバツが悪そうに応じる。
「そうでもないぞ。小物ばかりを狙うから赤字になるんだ。もっと大物を狙わにゃあな」
「大物、ですか。でもそんな高価なアイテムなんてそうそう手に入るものでもないですし」
「それに、今のあたしたちじゃ高価なアイテムを隠し持っていそうな、とても強いモンスターなんて倒せません」
「だよなあ・・・」
大物を狙えというベアさんの意見にも、イマイチ乗り気になれないわ。
「いや、大物は必ずしもモンスターが隠しているとは限らんぞ」
「何か心当たりでも?」
「そうさな・・・宝石なんてどうだ? たとえばブラッドストーンの結晶なら、モノによるが5万〜10万で買い取っても構わんよ」
「ブラッドストーン?」
「5万から・・・10万!」
怪しげな宝石の名前に首を傾げるあたしと、思いもかけない金額に跳び上がるシン君。
「ブラッドストーンって呪われた宝石という噂ですが・・・なんでそんなモノが、そんな高値で取引されているのですか?」
「ふっ、世の中には物好きが多くてな。呪われたアイテムのコレクターなんて奇特な者も多いんだよ」
「へえ、そうなんですか」
呪われたアイテムを集めていったい何が楽しいのか、あたしにはまったく理解できない話だわ。
「で、そのブラッドストーンはどこにあるのですか?」
思わぬ話の展開に、いつも冷静なパロさんもグッと身を乗り出す。
「そうだな、ここから馬車で三日ほど行った先にハーダリマス渓谷というところがある。そこにワシが昔から世話になっているドワーフの爺さんがいるから、その人に聞けば何か分かるかもしれんなあ」
「馬車で三日。借金返済の期限は一週間だから、ギリギリですね」
指を折って返済までの日程を確認する。
馬車での移動に往復六日、残りの一日でブラッドストーンを探し出せば、何とか間に合いそうだわ。
「よし行こう! 今すぐ行こう。ブラッドストーンとやらを見つけに行くぜ」
シン君が意気揚々と立ち上がる。
「まあ待てシンよ。うまい話には落とし穴が付き物だ」
「うっ・・・」
ベアさんがシン君の肩を掴んで強引に椅子に座らせた。
身長でいえばシン君のほうが高いけど、力ならベアさんのほうが強いのよね。
「で、その落とし穴とは?」
「うむ、そのことよ。まずはブラッドストーンなんてそう簡単に見つかるものでもないってことだ」
「産出量が少ないということですね」
パロさんが納得とばかりに首を縦に振る。
それはあたしでも予想できる話だったわ。
貴重な宝石故に高価で取引されるんだものね。
「そしてもう一つ、最大の問題が・・・」
「問題が?」
「さっきも話に出た通り、ブラッドストーンは呪われている」
「そうなんですよねえ・・・」
「呪いっていうとアレか、装備すると外せなくなるっていう・・・」
ベアさん、パロさん、そしてシン君の三人が難しい顔をしてお互いの顔を見回している。
「いやそれだけではないのだ。ブラッドストーンの呪いはさらに性質が悪くてな」
「と、言うと?」
「うむ、持ち歩くだけでどんどん体力を吸い取られてしまうのだ。そんな物騒なものを馬車で三日も掛けて、果たしてここまで持ち帰れるかな」
「それはヤバいぜ。持ってるだけで体力を吸い取られるなんて。持ち帰るだけで自殺行為だ」
「そうね。いくらお金になるからって、命には代えられないわ」
「だから無理は言わん。この際ブラッドストーンなんてモノは諦めてだなあ・・・」
「だよなあ」
「ですね。やはり危険な橋は渡れませんから」
ベアさんに諭されて、シン君もパロさんも諦めかけている。
「あのぉ・・・」
そんな雰囲気の中、あたしはおずおずと手を挙げた。
「ん? どうかした、マナ」
「はい、そのブラッドストーンの呪いなんですけど・・・あたし、大丈夫かもしれません」
「呪いが大丈夫って、どういうこと?」
「だって、魔族ってそういった呪いの類に耐性があるって言われてますよね」
「そうだけど・・・」
「あたしはハーフデビリッシュです。だから完全とは言わなくても、ある程度なら平気だと思うんですけど」
そうなの。
そもそも魔族一般、アイテムに込められた呪いの類を一切受け付けない特徴を持っているのね。
そして、あたしのパパは純粋な魔族。
ママは普通のヒューマンだから、その間に生まれたあたしは魔族と人間のハーフ。
冒険者登録の時、この件でとても苦労したのよね。
結局ジェイクさんの計らいで、ハーフデビリッシュとしてやっと登録が認められたのは記憶に新しい話だわ。
魔族の血を引いたあたしなら、たとえブラッドストーンが呪われていても、その影響を受けずに持ち帰れると思うの。
「その話、本当か? よし、ちょっと待っていろ」
言うやベアさんが店の奥に引き下がる。
そして待つことしばし、手に細長い箱を持って戻って来た。
ベアさんはその箱をテーブルの上に置くと、「不用意に触るなよ」と注意してから慣れた手つきで蓋を開ける。
「捻じれた杖だ。呪いの程度は軽いが、こんなものでも一度呪われてしまうと厄介なことになるのは間違いないぞ」
試してみるか? とばかりにベアさんが、捻じれた杖の入った箱をあたしの前に差し出した。
「やってみます」
あたしは箱へと手を伸ばす。
きっと大丈夫、だってあたしにはパパが付いててくれるもの。
「行きます!」
ええいっとばかりに箱の中へ手を差し入れ、中にある捻じれた杖をガシっと掴んだ。
杖を箱から取り出すと、しっかりと両手で持ってみる。
「マナ、平気? 気分悪くなったりしてない?」
「マナ・・・」
パロさんとシン君が心配そうにあたしを見つめている。
それに対するあたしの応えは・・・
「平気・・・みたいです」
あたしは捻じれた杖を右手で持ったり、左手に持ち替えたりしてみせる。
正直、あたし自身イチかバチかだったんだけど、どうやら大丈夫だったみたいね。
「驚いたな。呪われたアイテムを平気で扱うとは」
これにはさすがのベアさんも驚きを隠せないみたい。
でも、その顔はすぐに真剣なものに戻ってしまった。
「だがな、ブラッドストーンの呪いは捻じれた杖の比ではないぞ。何と言ってもその昔、神と悪魔が戦争をした時に流した血が凝固して宝石になったと云われるモノだからな。
無理だと思ったら諦めることを忘れるな」
「ハイ!」
あたしはまだ、捻じれた杖を抱きしめたまま、ベアさんの忠告を心に刻んだの。
と、その時。
「マナぁ、スマン! 俺のためにありがとう」
「ひゃあ!」
突然、感極まったシン君に抱き付かれて、あたしの心臓が跳ね上がった。
だってシン君、顔近いよ!
「あーお前さんがた、いちゃつくのは構わんが・・・」
「へっ・・・」
「わっ、悪い、マナっ」
ベアさんに冷やかされて、慌ててシン君から飛び退いた。
シン君も顔を真っ赤にしてるし、もう。
「話が決まったなら善は急げだ。今なら朝一の馬車に間に合うぞ」
「そ、そうですね。い、急ぎましょう」
どもったりして、あたしってばまだ動揺してるし。
「マナ、落ち着きなさい。シンも良いわね? それじゃあ行くわよ!」
「おう!」
「はいっ!」
あくまで冷静なパロさんの号令に声を上げるシン君とあたし。
それじゃあ出発とばかりに席を立ち、イザお店の扉を開けて外へ出ようという時になって
「あっ・・・」
とパロさんが立ち止ったの。
「ん? どうかしたんですか、パロさん」
「どうしたんだよパロ? 早く出ないと馬車に遅れちまうぜ」
「そうなんだ、けどね・・・」
そう呟くとパロさんは、頭をかきながらお店の中へ逆戻り。
そしてベアさんの前まで行くと、ペコリと頭を下げたんだ。
「あのーすみません、馬車代貸してください」