サマナ☆マナ!2
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翌朝早く、あたしたちはベアさんのお店を訪れていた。
朝とはいっても季節はもう秋も深まっているからまだ辺りは真っ暗で、夜明け前の澄んだ空気に包まれた街の中はシンと静まり返っている。
それでもお店からは、温かな明かりが漏れてきていた。
さすがに24時間営業とはいかないけれども、朝も夜もない冒険者を相手にした商売だから、お店のほうも朝早くから夜遅くまで営業している。
「おはようございまーす」
「ういっす」
「お世話になってます」
まずは明るい朝の挨拶をしてからお店のドアを開けて中に入る。
「いらっしゃい。おやマナちゃんたちじゃないか。こんな朝早くからどうしたのかね?」
あたしたちを出迎えてくれたのはこのお店のマスターのベアさん。
若い頃はママやジェイクさんとパーティを組み、腕利きの戦士として活躍したそうよ。
ママがパーティを抜けた後は現役を退き、奥様と結婚して武器屋を開いたんだって。
お店の中には様々な武器防具がズラリと並んでいて、その迫力にはいつも圧倒されそうになる。
ちなみに今あたしが着ているローブも、もちろんこのお店で買ったものだ。
だいぶ寒くなってきたから、秋冬用の長袖のピンクのローブ。
胸元にしつらえた白くて大きな飾りのリボンがかわいいの。
ローブは少したっぷりしたサイズのものを選び、ウエスト周りをキュッとベルト代わりの長めのリボンでしぼって着てみる。
あたしだって女の子だもの、胸がなくてもそれをカバーして、ちょっとでもスタイル良く見せたいからね。
ローブの裾は長めにして、防寒用の厚手のタイツとブーツ、そしてマント。
帽子は赤い本体部分に白い羽が飾られたもの。
とてもかわいくて、一目で気に入って思わず買っちゃったんだ。
そして右手の薬指には、きらりと指輪が光っている。
これは以前、クレイディアの洞窟での指輪探し大会の後、ダリアの女王陛下でいらっしゃるクレア様からいただいたものなの。
最初はごく普通の指輪だと思っていたんだけど、身に付けていると聖なる力でわずかながらも守備力を上げてくれていることが分かったんだ。
クレア様の温かい心づかいがとても嬉しいわ。
普段家事をする時はセーターにスカートといった平服姿だけど、今日はバッチリ冒険者スタイルを決めている。
冒険者になってもう3か月、この格好もそろそろ板に付いてきたところかしらね。
パロさんはチョコレートカラーの法衣を着ている。
あたしが服を選ぶとどうしてもかわいいものになりがちだけど、ああいったシックな服を着こなすあたり、パロさんはやっぱり大人の女性よね。
シン君は秋物のスエットの上に革鎧を装備。
三人とも夏物から冬物に衣替えはしているけれども、防具の性能としては全然進歩していないのが冒険者としては痛いところよね。
武器はパロさんはモーニングスター、シン君は短剣。
そしてあたしは、ジェイクさんから貰った炎の杖。
これもあたしが冒険者になった頃から変わってないわね。
「実は、折り入ってベアさんに相談したいことがあるのですが」
パロさんが丁寧に話を切り出す。
昨夜のジェイクさんの時はいきなりだったからね、あれでジェイクさんもかなり困惑したと思うんだ。
だから今日は慎重に話を進めようって、あらかじめ打ち合わせしておいたの。
その打ち合わせ通りに、パロさんが話を進める。
「相談というか、お願いなのですが・・・」
「それは例の5万ゴールドの件かね?」
「どうしてそれを・・・」
「ふっ、ここに何人の冒険者が出入りしとると思ってるんだ? 昨日酒場であったことがワシの耳に入らないとでも思っているのか」
ベアさんはさも愉快そうに笑っている。
「お願いとは『金を貸して欲しい』ということかな。しかしさすがに5万ゴールドは貸せんなあ。
だいいちアンタがたは、先週の治療薬の代金もまだ未払いのままだろう」
「それを言われると返す言葉もありませんが・・・」
あちゃあ・・・
パーティの財政が赤字なのは知っていたけど、まさか治療薬の代金をまだ払っていなかったなんて。
それでもパロさんは負けずにベアさんに食い下がる。
だって今日の話はお金を借りることが目的じゃないんだから。
「いえ、今日お伺いしたのはそういうことではなく、ですね。何かお金を稼げる良い話がないかと・・・」
パロさんがそこまで話を持って行った、その時。
「おおっ、ちょうど良かった。パロ、ここにいたのか」
お店のドアが開いて数人の男の人が入ってきたの。
男の人達はもちろん冒険者姿で、あたしも酒場とかで何度か顔を見たことがあったかな。
その人達がツカツカとパロさんに近付いて来る。
「今迷宮から戻ったところなんだ。未鑑定のアイテムがいくつかある。頼めるか?」
「私は構いませんが、でも・・・」
パロさんはそこで視線をベアさんへと向けた。
「ワシなら構わんよ。どうせウチで鑑定をしたところで何の得にもならんしな」
「そうですか。では」
パロさんは男の人達からいくつかのアイテムを受け取ると、じっと見つめている。
アイテムの鑑定は、美術品の鑑定に通じるものがあるそうよ。
ホラ、普通の人は絵画を見ても、それが風景画だなとか人物画だなとか、その程度なら分かるけど、それ以上のこととなるとなかなか分からないじゃない。
でも専門家に見てもらえば、それがいつの時代の誰が描いた作品で、どのくらいの値が付くのか、たちどころに言い当ててしまうでしょ。
迷宮で宝箱から見つかるアイテムの数々も、最初はよく正体が分からないことが多いの。
なんて言うのかなあ、魔法のベールで包まれていて、その中身までは見通せない感じかしら。
剣とか鎧とか、おおまかな種類は分かるんだけど、その正体を特定するとなると普通の人では無理。
でも、専門の勉強をしたビショップなら、たちどころにそのアイテムの正体を鑑定してしまうの。
今のパロさんがまさにそうよね。
正体不明のアイテムは、鑑定されることによって初めて魔法のベールが解かれ、一般の人でもその正体を見分けることができるようになるのね。
未鑑定のアイテムはお店で買い取ってもらえないから、冒険者がアイテムを売却する時は、必ず鑑定作業をして、その正体を特定する必要があるってわけ。
でも、どのパーティにも必ずビショップがいるとは限らないわよね。
そんな時は他所のパーティに属しているビショップにお願いするか、商店に鑑定を依頼することになるの。
ところが、お店で鑑定してもらうと、その鑑定料がバカにならないんだ。
何しろ、そのアイテムの売却価格と同額なんだもの。
鑑定料と売却価格が同じということは、支出と収入が同じってことよね。
つまり、冒険者としてはまるっきり儲け無しになっちゃう。
苦労してアイテムを見つけてきても、儲け無しだなんてバカバカしいでしょ。
なんでこんなに鑑定料が高いのか、ベアさんに聞いたことがあるわ。
その答えはこうだったの。
各商店は中央にある「アイテム管理センター」なるお役所と提携しなければ商売ができない。
そのアイテム管理センターから、アイテム鑑定装置というものをレンタルするんだって。
魔法回線でセンターと繋がったその装置に未鑑定のアイテムをかざすと、センターに登録されているデータベースと照らし合わせて、たちどころにアイテムの正体が判別する・・・
のは良いんだけれどね。
その時のセンターへ払う手数料が、いわゆるアイテムの売却価格と同額なの。
要するに、お店で鑑定したところで、ベアさんにとっては何の儲けにもならない。
だから、目の前でパロさんが鑑定作業を始めることを了承してくれたのね。
ああ、説明が長かったわ!
あたしがそんなことを考えている間に、どうやらパロさんの鑑定作業が終わったみたい。
「ごく普通の剣が2本、短剣と短刀が各1本、それに腐った革鎧と毒消しの薬ね」
「なんだ、カスばかりだな。まあ毒消しの薬だけはありがたく持ち歩くとしよう」
「手数料は売却価格の1割貰うわよ」
「ああ、その程度なら構わんよ」
男の人はパロさんから返してもらったアイテムを、早速ベアさんに売却。
そして受け取ったお金の中から、わずかばかりの手数料をパロさんに支払って店を出て行った。
パロさんが受け取ったのは、20ゴールドにも満たない金額だった。
「ふう、こんな地味な鑑定の手数料だけじゃ、とてもじゃないけど5万ゴールドなんて稼げないわね」
「ですよねえ」
パロさんの手にある数枚のコインを眺めて、はぁとため息をつく。
「うおお、それじゃあやっぱりオレは船に乗せられるのかー!」
それまでおとなしくしていたシン君が突然叫び出す。
お店に入る前に、とにかくシン君は黙っているように言い含めておいたんだけど、ここに来てそれも限界に達したみたい、
やっぱり、そうとう追い詰められているんだろうなあ。
「落ち着きなさい、シン! ベアさん、そういう訳で、何とかして5万ゴールド作らなければならないんです。何か良い方法はないでしょうか?」
暴れるシン君を制しつつ、ベアさんと話を進めるパロさん。
この辺りは、もうすっかりパーティのリーダーとしての貫録が備わってきているようで、とても心強いわ。
「お願いします、ベアさん!」
「オヤッサン、頼む!」
あたしとシン君も最後の追い込みとばかりに、手を合わせたり頭を下げたりしてベアさんに食い下がる。
「まあ待て、お前さんがた・・・」
そのあたしたちのあまりの迫力に、かつての歴戦の戦士もタジタジになってしまっていたの。