サマナ☆マナ!2
15
「ダニー!」
「テメエら、どうしてここに・・・」
「あなたたち、冒険者資格をはく奪されたはずでしょ?」
あたしたちにブラッドストーンを渡すように迫って来たのは、あのクレイディアの洞窟の指輪探し大会でも指輪を奪おうとした、ダニーとその仲間たちだったの。
予想もしなかった・・・? ううん違うわ。
確かスミッティさんが「近頃ツラの悪い5人組の男たちがうろついてる」って言ってたじゃない。
あの時嫌な予感はしてたの。
でも突然のダニーたちの登場に、あたしはすっかり動揺してしまっていた。
だけど、それは向こうも同じだったようで・・・
「まさか、お前たち!」
「なんでこんなところに・・・」
まさか声を掛けたのがあたしたちだとは知らなかったみたい。
何しろクレイディアの洞窟では、ドラゴンに変身したあたしに殺されそうになったんだからね。
「どうする、ダニー?」
「あの小娘は・・・」
なんてヒソヒソやってるし。
「とにかく、あの小娘を怒らせるな。ドラゴンに変身さえさせなければ、あとは問題ない」
「そうだな。その通りだジョニー」
黒いローブを着た魔法使い、名前はジョニー? があたしを見てニヤリと笑ったの。
まったく、よく言うわ!
あの時はあの魔法使いがあたしをいやらしい手つきで掴んできたのが、ドラゴンに変身したきっかけだったっていうのに。
「もう一度聞くわ。冒険者資格をはく奪されたあなたたちが、どうしてこんなところで冒険者まがいの活動をしているのかしら?」
毅然とした態度で対応するパロさん。
「冒険者資格だぁ? そんなもの関係ねえよ。城塞都市の認可だの保護だのなんざクソくらえだ。俺たちは俺たちで勝手にやるだけさ」
ゲヒヒと笑うダニーたち。
地下迷宮でも、戦士や魔法使いといった、いわゆるヒューマノイドタイプと呼ばれるモンスターに遭遇することがある。
その正体はきっと、こんな風に落ちぶれた冒険者くずれの悪党なんだわ。
「マナちゃん、あの人たち、悪い人?」
「うん、そうなの。前もあたしたちから指輪を奪おうとしてね」
「それじゃあ、倒しちゃって良いんだよね」
「ティアちゃん?」
バンシーのティアちゃんはふっと笑うと、ダニーたちの前に悠然と歩いて行った。
「あなたたち、この石が欲しいんでしょ?」
左手に持ったブラッドストーンを差し出し、ウフフと笑う。
「それだ! オイ女、その石を俺たちに寄こせ」
ダニーの仲間の盗賊がティアちゃんへと手を伸ばす。
その時、ティアちゃんの瞳から大粒の涙が零れ落ちたの。
「あなた、死ぬわよ」
「なんだと?」
一瞬盗賊の動きが止まる。
そこへすかさずティアちゃんの右手が伸び、盗賊の首を絞める。
「うがっ・・・ぎゃあ!」
盗賊が悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。
「ケニー!」
倒れた仲間の名前を叫ぶダニー。
ティアちゃんに首を絞められた盗賊、名前はケニー? は、すっかり白眼をむいて気絶していた。
「ティアちゃん、ひょっとしてエナジードレイン?」
「うん、得意技」
まだ目に涙を浮かべながらも、フフっと笑うティアちゃん。
「さあ、次は誰かしら?」
ティアちゃんが次の獲物を求めて、ダニーたちへと一歩を踏み出した。
「ダメよティア、深追いしないで!」
「パロさん?」
パロさんがティアちゃんに止まるように叫ぶ。
それと同時に
「アッ、アアー!」
ティアちゃんが悲鳴を上げながら苦しみ出したの。
「ティアちゃん、どうして?」
直接攻撃されたわけでも呪文を食らったわけでもないのに、どうしてティアちゃんは苦しんでいるのかしら。
「ディスペルよ。マナ、ティアを早く戻してあげて。そうじゃないとあの娘、消滅しちゃうわ!」
「消滅・・・そんな」
ディスペル、それは僧侶やビショップなどの聖職者が有する特殊技能で、アンデッドモンスターを操る闇の力を解き放ち、地に返してしまうものだわ。
「よくやったぞ、トミー」
「ヘヘっ、あの女はバンシーだ。このくらいは雑作もない」
僧侶のトミー? が聖職者とは思えない下劣な笑い声を上げる。
「ティアちゃん、もう良いわ。召喚陣へ戻って!」
「ま、まなちゃん・・・」
涙を流しながら、召喚陣へと吸い込まれるティアちゃん。
そして、ティアちゃんが立っていた場所に、ポツンと置き去りになった紅い宝石。
「もらった!」
ダニーの仲間の戦士が素早く反応し、ブラッドストーンを拾い上げる。
「ダメですっ! その石は普通の人が触ったら・・・」
「ぎゃあー」
とっさに叫んだけれども間に合わなかった。
強力な呪いを持ったブラッドストーンは、触れるだけでその人の体力を奪い取ってしまうものだわ。
それを知らずにいきなり手で掴むから・・・
「サミー!」
慌てたダニーが倒れた戦士、名前はサミー? に駆け寄った。
どうでも良いけどあの人たち、怖い顔の割にお互いをトミーとかサミーとか、可愛いニックネームで呼び合っていたのね。
なんて、そんなことに感心している場合じゃないわ。
ティアちゃんがいない以上、ブラッドストーンを持てるのはあたししかいないんだから。
仲間が倒れて動揺しているダニーの傍らをすり抜けて、地面に転がったままのブラッドストーンへ走り寄る。
少しでもダメージが軽減されるように、被っていた帽子を脱いでその中に紅い石を収めた。
「うっ・・・」
帽子越しとはいえ、ブラッドストーンが放つ呪いは強力だわ。
一瞬頭がクラっとなったけど、でも大丈夫。
「パロさん、逃げましょう」
「そうね、逃げるわよ」
「マナ、こっちだ」
シン君に手を引かれ、重い足を引きずってダニーたちから逃げ出す。
「くっ、待ちやがれ!」
しかしダニーたちは諦めない。
向うだって負傷者がいるはずなのに、それでもあたしたちを追ってきている。
ブラッドストーンは少しずつ、でも確実にあたしの体力を奪い取っていく。
意識が朦朧として、もう走ることもできない・・・
そんなあたしたちに、ダニーたちが追い付くのは時間の問題だったわ。
切り立った崖の壁面に追い込まれて、もう逃げ場もなくなった。
「くそっ、やいお前ら、マナには指一本触れさせねえぞ」
シン君が短剣をダニーに向けて威嚇する。
でも相手だって冒険者くずれとはいえ熟練の戦士だから、そんな脅しに怯むはずもない。
「おとなしく石を渡してもらえば、それ以上の手荒なことはしないぜ」
「へんっ、石を貰っても掴めないんじゃねえのか?」
「くっ・・・」
さっきブラッドストーンを素手で掴んだ戦士のサミーはいまだ気絶したまま、僧侶のトミーに背負われている。
ダニーもそれが分かっているから、おいそれとは手を出せない状況だ。
でもこっちもダニーたちを撃退してこの場を逃れるのは難しそう。
たとえボーパルバニーを召喚しても通用しないのは、指輪探しの時で分かっている。
ここはやっぱりあたしがドラゴンに変身するしかないかな・・・
そう思って、右手の薬指にはめられた指輪をチラリと見た。
それはクレア様からいただいた大切な指輪、むやみに感情を見失ってドラゴンに変身しないという約束の証。
あたしが迷っていると、パロさんが小声で耳打ちしてきた。
「マナ、変身なんかしちゃダメよ」
「そうだぞマナ」
「でも・・・」
「マナ、落ち着いて。急いでロックのカンベエを召喚なさい。その背中に乗ってここから脱出しましょう。スミッティさんの家まで逃げ込めば何とかなると思うわ」
「分かりました」
パロさんの指示を受け、召喚の言葉を口にする。
「サモン、ろっ・・・」
「マナ! どうした?」
ロックを召喚しようとして途中で止まったあたしに、シン君が心配そうに声を掛けてくれたの。
「うまく・・・集中できなくて・・・」
あたしはブラッドストーンが入った帽子を差し出して見せた。
ブラッドストーンの呪いで体力を奪われ続けている状況では、召喚の言葉を唱えるための集中力が維持できない。
「だったら寄こせ。俺が持ってやる」
「でも、シン君・・・」
「いつまでもマナだけに辛い思いをさせられるか。いいから寄こせ」
シン君があたしの手から強引に、ブラッドストーンの入った帽子を奪い取った。
「うっ、うぎゃあーーー!」
呪いに当てられ悲鳴を上げるシン君。
「シン君、やっぱりダメ!」
ブラッドストーンの呪いは、やっぱり普通の人には刺激が強過ぎる。
あたしはシン君から帽子を返してもらおうと手を伸ばした。
「マナ、シンは大丈夫。早くロックを」
「でもシン君・・・」
「俺なら平気だ・・・うっ・・・早く、マナ・・・」
「マナ、シンの気持ちを無駄にしないで!」
「分かりました」
シン君とパロさんに見つめられて、あたしも決心がついたわ。
「サモン、ロッーク!」
目の前に召喚陣が浮かび上がり、ロックのカンベエがその姿を現した。