サマナ☆マナ!2

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13

 シン君を追ってシュートに飛び込むと、落ちたところは光の差さない真っ暗な場所だったの。
「明るくするわ」
 パロさんがミルワの呪文を唱える。
 効果時間は短いけど、少しでも視界が利くのと利かないのとでは全然違うもの。
 その分、回復呪文を使えなくなるのが痛いけどね。
「ボビ太たちはどこかしら・・・」
「シンのヤツ、どこへ行った?」
 灯りの呪文が照らす範囲に目をこらしても、シン君やボーパルバニーたちの姿は見当たらなくて。
 でもその代わりに・・・
「うぎゃあー」
 ものすごい声のシン君の悲鳴が聞こえてきたの。
「あっちよ」
「はい」
 その悲鳴のしたほうへ向かうと、
「シン君! ボビ太ボビ助ボビ美、何してるの!」
「た、たすけてくれ、マナ・・・」
 力ないシン君の声。
 それもそのはず、三匹のボーパルバニーがシン君の肩、おしり、足にガブリと喰らいついているんだもの。
 かろうじて急所は外れているものの、アレはかなり痛そうだわ。
 ひょっとしてあの子たち、あたしの命令を口実にして、シン君に爆弾の爆発音で驚かされた時の仕返しをしているんじゃないでしょうね?
 とにかく、これ以上暴れるのは、召喚主として見過ごせないわ。
「ボビ太ボビ助ボビ美、やめなさい! 今すぐ召喚陣に帰りなさーい!」
 あたしが怒るとさすがに我に返ったのか、三匹は浮かび上がった召喚陣に慌てて姿を消した。
 ようやくボーパルバニーのお仕置きから解放されたシン君。
 パロさんが簡単に傷の治療をして、ようやく立ち直れたの。
「あー、ひどい目に遭ったぜ。で、ここはどこだ?」
「それはこっちが聞きたいわね。私たちはシンを追って来たんだから」
「そうです」
 後先考えずにシュートに飛び込んだものだから、現在地はもちろん、帰る道も分からない。
「ひょっして・・・迷子ですか?」
「んー、そうなるかな」
 パロさんがメガネを直しつつスミッティさんから貰ったマップを見直す。
 でもこんな場所はマップにも載っていないみたいで、どうにも分からないみたい。
 どうしたものかと考えていると
「うっ、ううっ・・・」
 押し殺したような女の人の声が聞こえてきたの。
「な、なんだ?」
「女の人、ですよね」
「泣き声なんじゃないの」
 何故か三人で顔を寄せ合って、ヒソヒソと話す。
「行ってみましょう」
 パロさんを先頭に、声のするほうへ移動し始めた。

 それは、なんと言うか、とっても美人なお姉さんでした。
 でも普通のお姉さんじゃないのは、雰囲気で分かるよね。
 腰まで伸びた赤系の髪に、この季節には似合わない薄手のスリップドレス。
 ミルワの呪文に照らされた顔はどことなく青白くて。
 それに何より、さっきから目に涙を浮かべて泣き続けているのが、もうただ事じゃない。
「あなた・・・誰?」
 警戒心を隠さない鋭い声。
 パロさんのメガネの奥の瞳が輝いたような気がしたのは気のせいかしら?
 それに対して美人の泣き虫さんは
「あなたたち・・・死ぬわよ」
 とんでもないことを口走る。
「俺たちが死ぬってどういうことだよ?」
「待ってシン。こいつはバンシーよ」
 憤るシン君をなだめてから、パロさんが美人の泣き虫さんの正体を言い当てる。
「バンシーって、あの嘆きの精」
「そう、よく知ってるわねマナ。バンシーは人の死を予兆して涙を流すっていうわ」
「そのバンシーがあたしたちの死を予兆しているってことですか?」
「目の前の状況を素直に受け取ればそうなるわね」
 あくまで冷静に対応するパロさん、その態度はさすがだわ。
「冗談じゃないぜ。俺はそんなのは信じない。何が死の予兆だ!」
 パロさんとは対照的に、いきり立っているのがシン君。
 確かにシン君の気持ちも分かるわ。
 だって、いきなり「死ぬ」とか言われても、そう簡単に受け入れることなんてできないもの。
 でもあたしたちは冒険者、いつ何時そんな不幸に襲われるのか分からないのよね。
「バンシーさん、教えてもらえるかしら? どうして私たちが死ぬというの?」
「それは・・・」
 するとバンシーのお姉さんは、自分の身体をすっとずらして半身の体勢になると、後ろの壁を指差したの。
「それは・・・まさか?」
「おい、マジかよ?」
「あった・・・ありました!」
 あたしたちが一斉に驚くのも無理はない話で。
 だってそこには紅く煌めく岩石が、洞窟の壁の中に埋もれていたんだもの。
 その大きさは、見えている部分だけで優に男の人の握りこぶしくらい、埋まっている部分も含めたらどのくらいになるのかしら?
「あれが・・・」
「間違いないよな」
「ええ、そうですね」
「「「ブラッドストーン!」」」
 三人の声がピタリと揃いました。
「でもどうして? ブラッドストーンと死ぬことと、一体何の関係が・・・」
 そこまで言いかけて、あたしは「はっ」と思い当たったの。
 この旅にでる前にベアさんが言っていたわよね。
『ブラッドストーンは呪われている』って。
「そうか」
「なるほどな」
 どうやらパロさんとシン君も状況が飲み込めたみたい。
「でもそれなら大丈夫なんだろ? マナはハーフデビリッシュだから、アイテムの呪いは受け付けないって」
 シン君があたしの顔を見て勝ち誇ったように笑う。
「うん・・・でもシン君、この石の呪いはちょっとやそっとじゃないみたい」
「どういうことだよ?」
「ベアさんのお店で捻じれた杖を持った時とは全然違うよ。なんて言うか、呪いの強さが桁違い」
 そうなの。
 確かにあたしはベアさんのお店で捻じれた杖を持ってみた。
 その時は何ともなかったけど、今目の前にあるこの赤い岩石は、放っている雰囲気というか気配というか、とにかくとんでもない呪いを秘めているのは間違いないわ。
「そしてその石の呪いは、それを持つ者の体力、生命力を容赦なく吸い取る。やがては命までも、ね。これがバンシーの死の予兆の正体か」
 パロさんの説明に、背筋が凍りそうになったわ。
「さあどうする? 死を覚悟してこの石を持ち帰る? それとも諦めて帰る?」
 バンシーさんがあたしたちに決断を迫った。
 その瞳も涙に濡れていて・・・
「ねえバンシーさん、どうしてあなたは泣いているの?」
「えっ、それはあなたたちの死を予兆して・・・」
 突然のあたしの質問に困惑するバンシーさん。
「あたしが死んだら悲しいのかな? あたしとバンシーさんはさっき会ったばかりだよ。それなのに悲しんでくれるの?」
「それは・・・」
 言葉に詰まるバンシーさん。
 そうよね、嘆きの精なんだから泣くのが当たり前だと思っていたのに、そんなことを聞かれるなんて。
 でもあたし、分かっちゃった。
 このお姉さんは怖い人じゃないって。
 あたしはゆっくりとバンシーさんに近付いて行った。
「マナっ! レベルを吸い取られるわよ」
「エナジードレインか。マナ、戻れ!」
 パロさんとシン君があたしに戻れと叫んでいる。
 でもあたしはそんな気にはなれなかった。
 だってこのバンシーさんは、とっても優しい人なんだもの。
「寂しかったんだよね。そして辛かった。だからあなたは悲しいんだわ」
 あたしはバンシーさんにギュッと抱き付いたの。
「わたしは嘆きの精よ。死を予兆する者よ。あなた・・・わたしが怖くないの?」
「怖くなんかないわ。だってあなたはとっても優しい人だもの。
 だって、自分のことじゃないんだよ。あたしたちが死ぬかもって思って、それで涙を流してくれたの。
 自分のことや家族のことなら誰だって泣けるわ。でも見ず知らずの初めて会った人のために泣ける人なんて、そうそういないでしょ。
 あなたはきっと、今までも多くの人の死を見てきたんだと思う。そしてその度に、何もできない自分が歯がゆくて、それで泣いてきたんじゃないかしら?」
「うっ、ううう・・・」
 あたしがバンシーさんを抱き締める手に力を込めると、バンシーさんもギュッと抱き返してくれて。
 そして次の瞬間、異変が起こったの。
 あたしとバンシーさんの周りに強烈な光を放って浮かび上がる魔法陣。
 それは、バンシーさんがあたしに対して心を開いてくれた証。
「バンシーさん、あたしのお友達になってくれるかな?」
「ええ、喜んで」
 嘆きの精のバンシーさんが、目に涙を浮かべながらも笑顔を見せてくれたわ。
 あたしもそれに応えて笑顔を見せて、そして二人で頷き合ったの。
「汝、我を主と認め、我が命に従うことを誓いなさい。召喚契約、バンシー!」
 召喚陣が更に強く輝いて、これであたしとバンシーさんの召喚契約が成立。
 また一人、あたしのお友達が増えたんだ。

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