サマナ☆マナ!2
12
水の音とタマゴが腐ったような臭いに誘われて洞窟を突き進むと
「あったー! ほら、ありましたよ、お風呂です」
なんとそこにはお風呂があったの。
ゆらゆらと湯気を上げながらポコポコと湧き上がるお湯が、うまい具合にくり抜かれた洞窟の岩のくぼみに程よく溜まっていて。
これって誰がどう見たってお風呂よね。
「これは・・・自然に湧いた温泉かしら」
「ホントか? すげえな」
さすがに驚くパロさんとシン君。
「ちょっと待った。危険がないか調べてみる」
まずは盗賊の仕事とばかりに、シン君が温泉を調べ始める。
こんなふうにダンジョンの中で湧いている泉には、様々な効果を及ぼすものがあるわ。
体力や魔力を回復してくれたり、傷を癒してくれたりするものが多いけど、中にはマヒや毒などの状態にされる怖い泉も少なくないから。
小石を投げ込んだり、少しだけ手を入れたりするシン君。
そして。
「大丈夫だ。普通の温泉みたいだな」
「それじゃあ入れるのね?」
「ああ、問題ないだろう」
「やったー!」
お風呂だ、お風呂だ。
まさかこんなところでお風呂に入れるなんて思わなかったな。
「きっとここは、自然にお湯が湧いているのを、ドワーフたちが岩を削って作った温泉ね」
「なるほど。ここでのお仕事の後で、温泉に浸かって身体を休めたんですね」
パロさんの説明に納得とばかりにウンウンと頷くあたしでした。
というわけで、これよりお風呂タイムです。
でも気になることが・・・
「シン君、覗かないでよね」
そうなの。
お風呂はうまい具合に洞窟の奥まった場所にあるから、そちらから何かに襲われる心配はないわ。
でもそれ以上に心配なのは、やっぱり男の子の視線じゃない?
お風呂に入るとなるとどうしても全部脱ぐことになるから、そこをシン君に見られたら大変だもの。
「シン、覗きなんかしたら後でどうなるか、分かってるわね?」
あたしとパロさんに迫られて、タジタジになるシン君。
「分かってるって。そんなことしないから・・・」
そう言いつつも、なんだか目が泳いでいるんですけど。
「んー、信用できないなあ・・・そうだ、ボビ太たちに見張っていてもらいましょう
サモン、ボーパルバニー!」
召喚の言葉と同時に浮かび上がり、輝く召喚陣。
貴重な呪文使用回数を消費するのは痛いけど、シン君に覗かれることを考えたらこれは譲れないわ。
三匹のボーパルバニーが現れたところで、その配置を指示する。
「えっと、シン君は向うの岩陰に移動して。はいそこで良いわ。ボビ太、ボビ助、ボビ美、シン君に対してトライアングルフォーメーション!」
ビシッと敬礼を決める三匹、お風呂から死角になった場所で一人立つシン君の周りを取り囲み、三角形の陣を形作る。
「オイオイ、これはどういうことだよ?」
「だから見張りだよ、シン君。そこから動いたらボーパルバニーに噛み付かれるわよ」
「ウサギに見張られるなんて・・・屈辱だ」
その場にガックリと座り込むシン君。
「さあ、これで安心してお風呂に入れますね。パロさん、行きましょう」
「そうね。ところでシン、あなた大きいのとカワイイのとはどっちが好みかしら?」
「へっ? 大きいのとカワイイのって何が・・・」
「またまた。男だったら分かってるでしょ」
パロさんがウィンクすると、シン君の視線があたしたちに向けられたの。
まずはパロさん、そしてあたし。
そのシン君の様子を見て、あたしにもようやくパロさんの言葉の意味が分かったわ。
シン君の視線は、立派に膨らんだ胸と申し訳程度しかない胸の間を、行ったり来たりと彷徨っているようで・・・
「やっぱり男だったら大きいほう、かな」
わずかに視線をパロさんに向けながら、ポツリとそう言いやがった。
うっ、と思ったけど怒らない、怒らない。
「そうなんだぁ、シン君は大きいのが好きなんだ。ふうん」
シン君に対して必要以上にニッコリと笑ってみせるあたし。
「あっ、いや、マナも可愛くて、だなあ・・・」
「そうだよねえ。あたしのなんか可愛くて、あんまり興味ないよねえ」
「もしもし、マナさん?」
「ボビ太、ボビ助、ボビ美、シン君が一歩でも動いたら容赦なく噛み殺しなさい。フンっ!」
「噛み殺せって・・・さっきは噛み付くだけだったじゃねえか」
「知らない! パロさん行きましょう」
シン君を尻目にズカズカとお風呂に向かうあたしでした。
シン君の視線がないことを確認してから、着ているものを全部脱ぐ。
温泉では銀製のアクセサリーなんかが黒く変色してしまうことがあるの。
だから、クレア様からいただいた指輪も外さないとね。
そしていよいよ湯船に。
温かいお湯に身体を沈めると、これがまた何とも言えずに気持ち良い。
ここからはお風呂での様子だけど、音声だけでお送りします。
そこのキミっ! エッチな想像しちゃダメだよ。
「ゴメンねマナ、ちょっとシンをからかうだけのつもりだったんだけど」
「別にパロさんが謝ることじゃないですよ。それに、シン君の好みなんてあたしには関係ないですから」
「あら、そうなの?」
「だって・・・シン君てエッチですよね?」
「そう? あれくらいの年頃の男だったら普通でしょ」
「そうなんですかぁ。あー幻滅。男性不信になりそう」
「それは大変だ」
「でもやっぱり女の子としては、もう少し欲しいんですよ。あーあ、パロさんが羨ましいなぁ」
「マナはまだまだこれからでしょ」
「そうでしょうか。でも全然育ってる感じが・・・」
「焦らない、焦らない」
「はーい。だけど、こうしてパロさんと一緒にお風呂に入っていると、島でのことを思い出します」
「島って、故郷のアルビシア?」
「はい。アルビシアは島全体が火山島なので、あちこちに温泉が湧いていたんですよ。ママと一緒にこうして温泉に浸かってました」
「マナのお母さん、エイティさんよね。一度会ってみたいわ」
「ええ、是非会ってやってください。きっとママも喜びます」
「島まで船で一週間だっけ?」
「そうなんです。遠いですよねえ・・・」
パロさんとこんなおしゃべりをしていたら、アルビシアやママのことを想い出して、ちょっとだけ寂しくなっちゃった。
あーあ、ママに会いたいなあ・・・
お風呂で十分に温まって、身体も顔も一通り洗ったところで湯船から上がる。
タオルで丁寧に水気を拭き取って、たたんでおいた服を着る。
洗濯したわけじゃないから服は相変わらず汚れたままだけど、それでもお風呂でスッキリしたからずいぶん気分が違うわ。
クレアさまからいただいた指輪も忘れずに。
温泉の成分で黒くなったりしなくて良かったわ。
支度が完了したら戻りましょう。
「シン、お待たせ」
「シン君ゴメンね」
あたしたちが戻ると、すっかりふて腐れた様子のシン君は、ボビ太たちに囲まれたままその場にあぐらで座っていたわ。
「おせえよ。風呂ぐらいパパっと入れば良いのに」
「シン、女の子のお風呂は長いものなのよ。覚えておきなさい」
「へいへい。それじゃあ行こうぜ。急がないとブラッドストーンを探す時間がなくなるだろ」
シン君がよっと立ち上がり、三匹のボーパルバニーの囲いから一歩踏み出した、その時だったの。
ボビ太、ボビ助、ボビ美の目がキランと輝き、シン君目掛けて一斉に突撃!
「なっ、なんだ? なんで俺は襲われなきゃならないんだよ!」
シン君は素早くかわすものの、三匹のボーパルバニーの追撃はそう簡単に振り切れるものじゃないわ。
「いっけなーい! まだ命令を解いてなかったわ」
そうなの。
ボビ太たちは「シン君が一歩でも動いたら噛み殺しなさい」というあたしの命令を忠実に守っている最中だったの。
あたしがその命令を解かない限り、シン君は命を狙われ続けるんだわ。
「マナ、早く! コイツら何とかしてくれー」
「分かったわ。ボビ太、ボビ助、ボビ美、もういいから、ストッープ!」
慌てて命令を解く命令をするあたし。
だけど、興奮した三匹はそのままシン君を追い続ける。
「わっ、ぎゃ、うわー! 助けてくれー」
悲鳴を上げながら逃げ続けるシン君。
次の瞬間、その悲鳴がさらにひときわ高く上がることになったの。
「うわっ、わーなんだコレーーーー!」
そのままあたしたちの目の前から、シン君と三匹のボーパルバニーの姿が消えちゃった。
「えーと、一体何が・・・」
「シンたらシュートに落ちたのよ」
「シュートって落とし穴ですよね。シン君、なんて運の悪い人なのかしら・・・」
この数時間にシン君の身に起こったことを思い返してみる。
オーガに襲われ、カンベエに鷲掴みにされて、お約束のように宝箱の罠に引っ掛かって、ボビ太たちに監視されるという屈辱を味わい、その上命を狙われて、最後はシュートで落とされるなんて。
並みの運の悪さじゃ体験できないわよね。
「感心している場合じゃないわよマナ。早く追わなきゃ」
「そ、そうでした。シン君だけじゃなく、ボビ太たちも一緒なんだから」
「このままだとシンのヤツ、ウサギ君たちに殺されるわよ」
「たーいへーん! シン君、今行くからね」
あたしとパロさんもシン君が落ちたシュートの落とし穴へと飛び込んだ。
シン君、無事でいて!