サマナ☆マナ!2

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「赤字だわ・・・」
 あたしの後ろでパロさんが「はぁ」と大きくため息をついた。
「赤字って、何がですか?」
 ゆっくりとお鍋をかき回すお料理の手はそのままに、パロさんに聞いてみた。
 今日の夕食はキノコをメインに季節のお野菜を使ったシチュー。
 それにトリのお肉が安く買えたので、油でカラっと揚げてみた。
 あとはお肉にそえるサラダ。
 サラダにかけるドレッシングも、もちろん手作りなんだから。
 あたしが生まれ育ったアルビシア島は南海に浮かぶ孤島で、言ってみれば年中夏みたいなものだ。
 だから季節ごとに食材が変わるなんてこともなかったわ。
 でもこちらに出て来てからは、島にいた時には見たこともないような食材も多くて。
 おかげで料理のレパートリーがかなり増えたのは、この家の家事を担当する者として素直に嬉しいのよね。
「マナ〜、そんなの決まってるじゃない。パーティの財政状況のことよ」
 パロさんがあたしの名前を呼びながら、事の次第を説明してくれる。
 そう、あたしの名前はマナ。
 15歳の女の子で駆け出し召喚師。
 この夏に故郷のアルビシア島を出て、このダリアの街にやってきたばかり。
 街での生活も3か月を過ぎ、ようやく慣れてきたって感じかな。
「そんなにひどいんですか?」
 火の加減を弱火に調整してから後ろへと振り向いた。
 テーブルの上に家計簿を記録したノートと何枚もの領収書を広げたパロさんが、右手に鉛筆を持ったまま左手でメガネのズレを直していた。
 エルフのビショップのパロさんは年齢や経験などから、今やパーティのリーダーとしてあたしたちを引っ張ってくれている。
 お金の管理なんかもみんなパロさんに任せているのよね。
「やっぱりねえ・・・この各種治療薬の支出がバカにならないのよ」
「あー、シン君昨日もやってくれましたしねえ」
 昨日の冒険を思い出す。
 もうひとりのパーティの仲間、盗賊のシン君はどうにも運が悪くて、ねえ。
 かなりの確率で宝箱に仕掛けられた罠の解除に失敗してしまうという、ちょっと困った特技を持っていた。
「私がラツモフィス、いえせめてディアルコが使えたらまだ楽になるんだけど」
 そう、パロさんはビショップという職業柄、呪文の習得が遅いという悩みを抱えているの。
 魔法使いと僧侶の二つの系統の呪文を同時に習得しているとはいえ、それはどちらも2レベルの呪文まで。
 パロさんはレベル10に達しているので、本来なら魔法使いの3レベルの呪文を習得していてもおかしくないはずなんだけど・・・
 もともとが僧侶志望だったので、どうも魔法使いの呪文はあまり得意じゃないんだって。
 じゃあなんで僧侶にならずにいきなりビショップになったかというと、二つの系統の呪文を同時に習得できればお得じゃないのって、あまり深く考えずに気楽に決めちゃったらしいの。
 でもまさかこんなに呪文の習得が遅いなんてって、散々後悔したそうよ。
 生粋の魔法使いや僧侶なら、レベル10ともなればかなりの高位の呪文を習得して、パーティの中でも一目置かれる存在になっているはず。
 だけどいつまでたっても下位の呪文しか扱えないパロさんは、どこのパーティに行ってもお荷物にしかならなくて、悔しい思いをしてきたそうなの。
 そんなパロさんもあたしたちと出会った。
 何も分からない新米冒険者のあたしと、罠を外すのが下手でそれまで所属していたパーティをクビになったシン君。
 誰にも何も気兼ねなんてする必要のない3人は、運命的な出会いを経てパーティを組んだの。
 なんだけどね・・・
 半端モノの集まりのパーティが、そうそう華々しい戦果を上げられるはずもない。
 そもそも、パーティの前衛を務める戦士系の職業がメンバーにいないのは痛過ぎる。
 結局我がパーティの前衛は、あたしが召喚した三匹のボーパルバニーが務めることになるの。
 ボビ太、ボビ助、ボビ美の三匹が繰り出す息の合ったコンビネーションは、立ちはだかるモンスターたちを次々となぎ倒してくれるわ。
 でも、攻撃はできてもボビ太たちに護りまで期待するのは酷ってもので。
 本来なら後衛を務めるビショップや盗賊や召喚師が、敵の攻撃に直接さらされる状態。
 これじゃあ洞窟の奥深くへ出向いて行って凶悪な魔物を倒し、高く売れる貴重なアイテムを持ち帰るなんて夢のまた夢だわ。
 結局あたしたちは手近なダンジョンへ出掛けては、二束三文にしかならない剣や鎧を見つけるのがやっとだった。
 その二束三文にしかならないアイテムの類も、ほとんどは宝箱に入っているわけで・・・
 なのに宝箱担当のシン君が、それに仕掛けられた罠に見事なくらいに引っ掛かるのよねえ。
 お金を稼ぐためには宝箱を開けなければならないのに、宝箱を開ける度に高価な治療薬を消費してしまう。
 そして手に入るのは、治療薬代には遥かに及ばない安モノばかり。
 まさに悪循環の見本よね。
 でもね、そんなパーティの財政を今まで支えてくれていたのも、やっぱりパロさんだったの。
 訓練場で登録できる全職業の中で、唯一ビショップだけが有する能力。
 それが、正体不明のアイテムの鑑定なの。
 宝箱から見つかったアイテムは、たいていの場合、その正体がよく分からないものがほとんど。
 もしもそのアイテムに呪いが掛けられていたりしたら大変だし、第一ほとんどの商店では正体不明な状態のアイテムは買い取ってくれないのよね。
 熟練のパーティでもビショップがいないところは案外多いもので。
 そんなパーティは商店に高い鑑定料を支払う羽目になってしまう。
 だけどビショップのパロさんなら、正体不明のアイテムをたちどころに鑑定してしまう。
 通常、商店が取る鑑定料よりも破格に安い手数料だけで鑑定するとなれば、多くのパーティがパロさんに鑑定を依頼しにくるのも頷けるわ。
 そのアイテム鑑定の手数料で細々とやってきた我がパーティだけど、いよいよそれも限界に達したらしい。
「やっぱりシン君に宝箱を開けるのをもっとうまくなってもらわないと、ですよねえ」
「そうね。でもねマナ、問題があるのはシンだけではないのよ」
「どういうことですか?」
「いったい何なの、この衣装代は?」
 パロさんは数枚の領収書をあたしへと差し出した。
 それには、ここしばらくの間にあたしが買った品物のリストが記されてあったの。
「ローブが三着に帽子が五つ? ブーツまで買ってるじゃない」
「あ、あはははは・・・」
「笑ってる場合じゃないでしょ」
「ごめんなさい。でもローブは季節の変化に合わせて必要だし、帽子もとっても可愛いデザインだったんですよ」
 そうなの。
 シン君もシン君だけど、あたしはあたしでイロイロ買い物とかしちゃってるのよね。
 ローブだって夏から秋に季節が変わればどうしたって新しいものがいるし、帽子にいたっては一点ものと言われるとついつい手が伸びてしまって。
「でもパロさんだって、この前メガネを新しくしましたよねぇ?」
「あれはしょうがないじゃない。だってモーニングスターを振り回したら勢い余ってメガネに当たったんだから・・・」
 最後は言葉に詰まるパロさんでした。
 結局、あたしたち三人ともが、何だかんだでお金を使ってしまったのは間違いないみたい。
 これは真剣に考えないといけないわね。
 と、その時。
 玄関のドアが鈍い音を立てたと思うと、重い足取りで中に入って来た男の人が一人。
 その人はあたしたちがいるキッチンに来ても、挨拶ひとつせずにその場に立ち尽くしてしまっていた。
「シン、どうかした?」
「シン君、何だか顔色が悪いよ」
 その人こそが、さっきから噂のシン君。
 でも様子がおかしいわ。
 普段のシン君はもっといたずらっ子のような笑顔を見せてくれるのに・・・
 今のシン君は、まるでそのいたずらが見つかって大目玉を食らったかのような、どんよりと沈んだ顔をしていたの。
「か・・・、貸・・・てく・・・かな・・・」
「えっ? シン君今なんて」
 シン君の声はとても小さく、そしてぼそぼそとしたものだったのでうまく聞き取れなかった。
「シン、何があったのか、はっきりしなさい」
 パロさんも、これはただ事ではないと、シン君に問いただす。
「カネ、貸してくれ」
 振り絞るようなシン君の声。
「カネって、お金?」
「なんでまた? いったいいくら必要なの? 何に使うつもり?」
 あたしとパロさんの矢継ぎ早の質問に、シン君は相変わらずうつろな表情のまま。
「とにかく落ち着きましょう。シン、そこに座りなさい。マナ、シンにお水を出してあげて」
「は、ハイっ」
 パロさんに言われて慌ててコップに水を汲むと、身体に力が入っていない様子ながらも何とか椅子に腰かけたシン君の前に差し出した。
 シン君はそのお水をグイっとあおってから、ゆっくりと話し始めた。
「カードで負けたんだ。借金ができちまった。5万ゴールド、一週間で用意しなきゃ・・・」
「カードって、トランプ? 借金が5万ゴールドって・・・」
「シン、貴方自分が運が悪いって少しは自覚なさい」
 愕然とするあたしと、はぁとため息をつくパロさん。
 楽しいはずの夕食の席は一変、重苦しい雰囲気に飲み込まれてしまったの。

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