魔導の書〜第二章〜

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「突然失礼いたします。貴女はソニア様であらせられますね?」
「いかにも。わたくしはソニアです」
「御無沙汰しております。寺院のラウドです」
「まあ、ラウドですの? どうしてこのようなところに・・・」
 尖塔の最上階。
 ラウドの呼び掛けに対して、鉄製の黒塗りの扉の向こうから返事があった。
 その声は扉越しにも凛として澄み、気品に満ちているように感じられた。
「ねえ、ラウドと王女様って知り合いなの?」
「なんだエアリー、大僧正様が言っていたではないか。王女は度々寺院を訪れている。その時にラウドも会ってたからな」
「へえ、そうなんだ」
 ラウドとソニアのやり取りの後ろで、小声で囁くエアリーとアイーシャである。
「我々については後ほどゆっくりと。その前に、まずはこの扉を開けても宜しいでしょうか?」
「それが・・・鍵が掛けられているようで、開けられないのですが」
「それならあたいが」
 ソニアの返事を聞くと、エアリーが扉を調べ始めた。
 鍵穴に針金を差し込み、しばらくカチャカチャとやってはみたのだが・・・
「おかしいな、開かないよコレ」
 んん? と首を捻るばかりである。
「私が調べよう」
 エアリーに換わってアイーシャが扉の前に立ち、しばらく扉に掌をかざす。
「やはりな。この扉は魔法の力で封じられている」
「魔法の力って・・・それじゃああたいには開けられないはずだよ」
「ぼやくなエアリー」
 アイーシャはふっと笑ってから魔導の書を目の前に掲げた。
 そのページがパラパラとめくれ、第2ランクの項を開いて止まる。
 かの大魔導師が眠る地下迷宮の第9層にて、封じられていた扉を開けたあの魔法の発動式を読み上げる。
「デスト」
 発動式が完成すると静かに魔法の名前を告げる。
 すると。
 ぎぃと重い音が響き、ゆっくりと鉄製の扉が開いたのだった。
「失礼いたします」
 ラウドが一礼して部屋に入るのに、他の三人も続いた。
 部屋の奥にあるベッドを椅子代わりに座っていたのは、青みががった髪を肩口で揃えた黒いドレスの女性だった。
 年齢は18歳とアイーシャも記憶していた。
 少女のあどけなさを残しながらも大人としての品格も身に付けている、そんな印象の女性である。
 窓から差し込む月明かりが、王女を神秘的に照らしていた。
 初めて目にする王女の姿に、同性ながらエアリーもただ見惚れるばかりであった。
 王女は子供の頃に王妃でもある母親を亡くしているという。
 その為にとても信仰に熱心で、寺院を訪れ大聖堂で祈りを捧げることも珍しくなかった。
 その姿はアイーシャも何度か目にしていたものだった。
 黒いドレスを着ているのは、父親であるパナソール王の死を悼んでのことだろう。
 王女の首からは、大僧正によって清められた銀製の十字架が下げられてあった。
 夜明けにはまだ少し早い時間帯である。
 それでも寝具がきちんと揃えてたたまれているところを見ると、王女は一睡もせずにじっと時を過ごしていたようである。
「御迎えに上がりました、ソニア様」
「ええ、どうもありがとう。久しぶりですね、ラウド」
「ソニア様も・・・と申し上げたいところですが、色々と大変なことだったでしょう」
「そうですね、色々ありました。それより、貴方も大変だったのでは?」
「ええ、こちらも大変でしたよ。ですが僕のことよりもソニア様、御身体のほうは・・・食べ物は大丈夫でしたか?」
「はい。昨日のお昼までは、侍女が運んでくれました。その中からパンを残しておいたので、それを少しずつ。
 それにここは、有事の際の避難場所でもありますから。水や食料も多少の蓄えがありましたから」
「そうですか、それは何よりでした」
 心配だった王女の身が無事と判明したことで、ラウドのみならずアイーシャらもホっと胸を撫で下ろす。
「ソニア様、いったい王宮で何があったのか・・・お話願えますか?」
「分かりました。わたくしの見たこと聞いたことを全て話しましょう」
 王女ソニアが自らの体験を語り始めた。

 パナソール王が突然容体を崩し、息を引き取ったのは、二日前の夕食の席でのことだという。
 何の前触れもなく、本当に突然のできごとであった。
 王が胸を押さえて苦しみだし、そのまま意識を失い、ついに目を開くことはなかったのであった。
 専属の治療師がパナソール王の死を確認した。
 信仰心の篤いソニア王女である、突然の父の死に困惑しながらも弔いの準備をと気持ちを切り替える。
 自室にて喪服に着替えたところで、ビクトル大臣がやって来た。
 大臣は「王は何者かに暗殺された。王女の身も危ないので尖塔に隠れるように」と言い出したのである。
 それに対してソニアは「亡き父のそばにいたいから」と抗議した。
 しかし大臣はそれを聞き入れず、半ば強引にソニアを尖塔のてっぺんにある部屋へと連れて行った。
 王女が室内に入ると、「決してここから出ないように」と鍵を掛けて塔を下りたというのである。
 一夜が明けるとビクトル大臣はソニアを幽閉した部屋を訪れ、扉越しに「王を殺したのは寺院の者である」と告げた。
 寺院との交友もあるソニアは、もちろんそのような言葉は信じなかった。
 大臣は繰り返し寺院首謀説を繰り返したが、ソニアは決して聞き入れない。
 夕方になり「犯人を捕まえた。その名はラウドという」と大臣が言ってきたが、ラウドをよく知るソニアは「そんなはずはない」と大臣の言葉をはね付けたのである。
 それ以後大臣はソニアの下を訪れなくなった。
 そして、食事も運ばれなくなり、今に至るという。

「なるほど、今回の事件の全容がだいぶ見えてきましたね」
 ソニアの話を聞き終えたラウドの感想である。
「ラウド、わたくしがここにいる間に、王宮内では何があったのですか?」
「それでは今度はこちらの情報をお話します」
 ラウドは今まで得ている情報をソニアに説明する。
 ホムラと大臣が寺院を訪れ、ラウドを連行したこと。
 何故か大臣が命の書を持ち帰らなかったこと。
 アイーシャとエアリーが下水道を利用して王宮に忍び込んだこと。
 四人が合流したこと。
「そのようなことが・・・皆さんにはとても迷惑を掛けてしまいましたね」
 ソニアが四人に対して頭を下げた。
「えっ? はい、どうも・・・」
「あっ・・・うむ」
 王女の謝罪を受けるなど初めての体験である。
 エアリーとホムラはそれだけでどう対応したら良いのか分からず、おろおろしてしまう。
 それに対してアイーシャは、腕組みをしたまま難しい顔で何かを考えているようである。
「アイーシャ、考えはまとまったかな?」
「そうだな・・・まだ推測の域を出ないのだが、私の考えを話しても良いか?」
「うん、お願い」
 ラウドが答え、ソニアも深く頷いた。
「よし。それでは・・・
 大臣が魔物にすり替わっているというのは、間違いないと見て良いだろう。話の便宜上、これからもその魔物を大臣と呼ぶことにする」
 そう前置きしてから、アイーシャが事件についての推測を語り始めた。

 大臣に成り済ましている魔物の真の狙いは王宮ではなく、寺院に集う聖職者たちであると思われる。
 命の書がラウドの手に渡ったことにより、聖職者を天敵として恐れる不死の魔物の中に、危機感を抱く者がいたのではないか。
 その魔物こそが、今回の事件の首謀者である。
 大臣に成り済ました魔物は王を殺し、その犯人を寺院の関係者に擦り付けようとした。
 直接寺院に手を出さなかったのは、寺院が聖なる力によって守護されているからである。
 大臣は王宮と寺院を争わせることで、寺院の力を弱めようとしたのだろう。

「ちょっと待ってアイーシャ。王様を殺したのがその魔物だとして、どうして王女様も一緒に殺さなかったの?」
 アイーシャの話を制してエアリーが質問をする。
「良い質問だぞ、エアリー。その答えは王女の首に下がっている」
 アイーシャの答えに一同の視線がソニアの首元に集中した。
 そこには、銀の十字架が鈍い光を放っていた。
「王女が身に付けている銀の十字架は、大僧正様自ら清められたものだ。そうだったな、ラウド?」
「そうだね」
「大臣は王女を殺さなかったのではない。殺せなかったのだ。銀の十字架によって護られた王女には手を出せなかったのだろう」
「なるほどねえ」
「そうでしたか」
 納得とばかりに頷くエアリーと、自らの身に起こった奇跡を知って驚くソニア。
「そこまでは良いか? 話を続けるぞ」

 大臣はホムラから命の書についての情報を聞き出し、ラウドを連行した。
 そもそも大臣にとっては、誰が王を殺した犯人か? などはどうでも良いことなのである。
 何故なら、王を殺した真犯人は、大臣自身なのだから。
 とにかく、寺院の関係者の中から犯人をでっち上げればそれで良かったのだ。
 そして、ラウドが王を殺した犯人であると王女を説き伏せようとした。
 王女を殺せなかった大臣は、逆に王女を利用することにしたのだろう。

「わたくしを・・・どのように利用するつもりだったのでしょうか?」
 今度はソニアがアイーシャに問う。
「おそらくは、王女に寺院討伐の陣頭指揮に立ってもらいたかったのではないかと思う」
「なるほどな。王女様から直接命令されれば、王宮の兵士どもは何の疑いもなく寺院と一戦交えるだろうよ」
 アイーシャの説明に、王宮で兵士として務めていたホムラが忌々しげに吐き捨てた。
「わたくしが寺院を攻めるなど・・・何と恐ろしいことを」
 ソニアも大臣に成り済ました魔物の陰謀に、身も震える思いだった。
 アイーシャの話は続く。

 何とか王女を説き伏せようとするも、王女は大臣の話を聞き入れなかった。
 そこで大臣は王女を説き伏せることを諦めた。
 王女を殺すことすら考えたかもしれないが、王女はこの尖塔の最上階の部屋の中である。
 この部屋自体が聖なる力によって守護された、一種の結界として機能したのだろう。
 大臣は直接王女に手を下せなかったが、人間は何も食べなければそのうちに死んでしまう。
 そこで食事の差し入れを止めさせ、部屋の入口を手下の骸骨に見張らせた。

「そこへあたいたちがやって来たんだね」
「ああ。これでだいたいのことは話たと思う」
「なるほど。よく分かりました」
 アイーシャの説明を聞き終えたソニア、じっと目を閉じ何かを考えているようである。
「ソニア様、いかがいたしますか?」
「ラウド、ここまで大変な迷惑を掛けたのですが、もう少しわたくしのわがままに付き合ってもらえますか?」
「何なりとどうぞ」
「父を、パナソール王を殺害し、わたくしを幽閉した上に騙そうとした。王宮と寺院を争わせようなどとは、まったく以て許すわけには参りませぬ。
 ラウド、そして皆さんも、どうかわたくしに手をお貸しください。何としても魔物を討たねばなりません」
「ソニア様の仰せのままに」
 王女の命に、深々と頭を垂れるラウドだった。

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