魔導の書〜第二章〜

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 尖塔の登り口は、王宮の一階に設けられている大広間の奥にあった。
 侍女たちの話によると、パナソール王とソニア王女も普段は王宮の二階にある自室にて過ごすのだという。
 しかし、有事の際はこの尖塔の最上階にある部屋へ避難するのだとか。
 尖塔は大広間の東と西にひとつずつ建てられている。
 侍女たちの話によれば、王女が幽閉されているのは東側と見て良いだろう。
 尖塔の内部は多数の踊り場によって何度も折り返す構造になっていた。
 階段の一段一段が低く造られ、広さ的にもかなりゆとりがあるので、踵の高い靴を履いた女性でも楽に上れるだろう。
 とは言っても、最上階までとなると相当な段数である。
 アイーシャらも初めのうちは会話も交えながら上っていたのだが、次第に口数も少なくなってきていた。
 基本的に一本道なので迷う心配はないが、いつまで上り続けなければならないのかと思うと気が重くなってくるものである。
 ホムラを先頭に、エアリー、アイーシャ、そしてラウドといった順で並んでいたのだが、最後尾を歩いていたラウドが次第に遅れ始めていた。
「ラウド、大丈夫?」
「うん、平気だよ」
 何度かエアリーが振り返っては声を掛ける。
 その度にラウドは笑顔を浮かべるのだが、実際はかなり苦しそうである。
 ラウドたちエルフ族は、人間に比べると基本的な体力は低いと云われている。
 その上拷問を受けていたことで、体力を奪われた影響が出ているのだろう。
 踊り場に着く度に膝に手を当て、何とか呼吸を整え、必死に付いてきている状態である。
「ほら、後ろ押すから頑張って」
「あ、ありがとうエアリー」
 エアリーがラウドの後ろに回って背中を押す。
 それでラウドも次の一歩を踏み出すのだった。
 エアリーがラウドの後ろに下がったことで、自然アイーシャとホムラの位置が近くなった。
 ラウド程ではないが、アイーシャもかなり足に来ていた。
 それでも苦しいのを顔には出さず歩き続ける。
「ほらよ」
「何だ、ホムラ?」
 ホムラが手を差し出すのを、怪訝そうな表情で見るアイーシャ。
「何だ、じゃねえよ。手貸してやるから掴まれ」
「そんなものは必要ない。私は自力で上れるから大丈夫だ」
 ホムラの手を無視してアイーシャが次の一歩を踏み出す。
 しかし
「っ!」
「おっと」
 アイーシャが自分のスカートの裾を踏み、危うく体勢を崩しそうになる。
 そこへホムラが素早く手を伸ばし、アイーシャの手を取って引き寄せた。
 瞬間、ホムラがアイーシャを抱き寄せる形になり、二人の顔が接近する。
 お互いに目と目が合ってしまい、しばし見つめ合うような体勢になったが、どちらともなく身体を離す。
 何となく気まずくなって、二人ともに視線を彷徨わせる。
「無理するんじゃねえよ。こんな時は素直に手を引かれてろ」
「す、すまないホムラ」
 ホムラもぶっきらぼうだが、アイーシャの返事はそれ以上にぶっきらぼうだ。
 それでも、以後は黙ってホムラに手を引かれて階段を上っていくアイーシャだった。

 もう何度目になるか分からない踊り場に足を踏み掛けたところで、先頭を歩くホムラの足がピタリと止まった。
 後続のアイーシャたちの足も自然と止まり、一行に緊張が走った。
 ホムラが目配せで合図をすると、アイーシャたちも無言で頷く。
 この先に何かいる、と目だけで意思の疎通を図ったのだ。
 王女を幽閉しているとなると、当然のことながら見張りがいるはずである。
 果たして見張りは人間か、それとも魔物なのか・・・
 身体の小さなエアリーが踊り場の影からそっと顔を出し、上の様子を探る。
 それでも相手の様子が見えなかったので、慎重に階段を上っていく。
 数段上ったところで引き返し、指先の動きで「下へ行こう」と合図する。
 一行は足音を立てないように、そろりそろりと階段を移動し、踊り場をいくつか下っていった。
「骸骨だね。数はこれだけ」
 エアリーが小声で囁くと、指を二本だけ立ててみせた。
 地下通路で戦ったスケルトンソルジャーが二体、上の踊り場で見張りをしているのだ。
「大臣はいないのか?」
「うん。骸骨だけだったよ」
「見張りはいないと言っていたのだがな」
「食事を運ぶ時に骸骨が見張ってたら、侍女さんが気を失っちゃうよ」
「それもそうだな」
 自分なら気を失うどころか逆に倒してしまうのだがとアイーシャは思ったが、それは口に出さないでおく。
「どうする? 僕がディスペルで仕留めちゃっても良いけど・・・」
「私の魔法なら一発だ」
 敵の勢力が把握できたところで、ラウドとアイーシャが自分が片付けると名乗りを上げる。
「まあまあ。二人は塔を上ってくるので疲れちゃってるでしょ。ここはあたいたちに任せてよ」
「そうだな。相手が二体なら俺とエアリーだけでも簡単に倒せるだろう。俺も少しは良いところを見せないとだしな」
 エアリーとホムラが早くも自分の剣を抜き階段を上り始めた。
 単純に基礎体力だけで考えれば、普段から身体を鍛えているホムラや天性のバネを持つエアリーのほうが、アイーシャやラウドよりもずっと高いと言えるだろう。
 二人とも同じように階段を上ってきたにも関わらず、息ひとつ切らすことなく足取りもしっかりしていた。
「大丈夫なのか?」
「ここは二人に任せてみよう。大丈夫、あの二人もちゃんと成長しているからさ」
 何処か不服そうなアイーシャに対して、ラウドは涼しい顔で二人を見送った。
 ホムラとエアリーが初めて地下迷宮で戦った時は、数匹のコボルドを相手にするにも苦戦していたものだった。
 しかしその後の修業の成果は、確実に身に付いているはずである。
 ラウドはそれを信じていた。
 あの二人なら、この程度の敵に後れを取るようなことはない、と。
 それでもとっさの事態に備えるのを怠るようなことはしない。
 アイーシャはいつでも魔導の書を扱えるように集中力を高めているし、ラウドも治療とディスペルの両方に対応できるよう心づもりをしていた。
 後方からの支援がしっかりしているからこそ、ホムラとエアリーも前線で身体を張って戦えるのである。
 見張りに立つスケルトンソルジャーは踊り場を右に左に、規則正しく動き回っていた。
 それは、この骸骨たちが自分の意思ではなく、何者かによって操られていることを意味している。
 見た目の姿形にこそ驚かされるが、所詮この骸骨の兵士たちは、命じられた事を繰り返すだけの木偶人形に過ぎないのである。
 踊り場の影から様子を伺う。
 二体のスケルトンソルジャーが交錯し、片方の視界が遮られた瞬間を狙ってエアリーが飛び出した。
「てやあー!」
 階段を一足飛びに駆け上がると、低い姿勢のまま逆手に持った短剣を振り抜く。
 反応の遅れたスケルトンソルジャーが剣を突き刺して防ごうとするも間に合わない。
 一瞬早くエアリーの短剣が骸骨の左足を切断していた。
 いくら痛覚がないとはいえ、足を切断されたらまともに立ってはいられない。
 骸骨はその場にドっと崩れ落ちてしまった。
 それでも必死に剣を振り回して抵抗するのだが、エアリーはそれには構わずにさっと後退してしまう。
「うおぉぉ!」
 次に飛び出したのはホムラ。
 エアリーとは逆に上段に構えた剣を、もう一体のスケルトンソルジャーの頭上から叩き込んだ。
 骸骨の兵士は辛うじて剣を合わせてホムラの一撃を防いだものの、完全に押されてしまっていた。
 そこへホムラは剣を横薙ぎに振り抜く。
 初撃で体勢を崩していた骸骨は反応できず、ホムラの剣が背骨のところで上半身と下半身を真っ二つに切り裂いていた。
 ついでにエアリーが足を切断しておいた一体目の骸骨を、ぐしゃりと足で踏み潰す。
 しばらくはカタカタと動いていた骸骨の残骸が、やがてその動きを止めてしまった。
「あっけなかったな」
 戦いが終わったと見るや、アイーシャは魔導の書を持つ手を下げ集中を解いた。
 その時である。
「アイーシャ、後ろ!」
 エアリーの声に反応して振り返る。
 いつの間にそこにいたのか、スケルトンソルジャーが剣を振り上げアイーシャに襲い掛かろうとしているところだった。
「くっ」
 アイーシャはとっさに身を翻し、骸骨の兵士が振り下ろした剣を辛うじてかわした。
 転がった拍子に階段の角に身体を打ち付け、瞬間呼吸が止まり身動きが取れなくなる。
 その隙を逃さず、骸骨の兵士がとどめを刺すべくアイーシャへと一歩を踏み出した。
 そこへ。
「闇の力よ、消え去れ」
 ラウドの声が静かに響くと周囲に聖なる光が満ち溢れ、骸骨の兵士の身体を構成する骨がバラバラに崩壊していく。
 からんからーんと乾いた音を立てて、骨の残骸がアイーシャ後方の階段や踊り場に落ちた。
「アイーシャ!」
「ケガはない?」
 エアリーとラウドが心配顔でアイーシャに手を伸ばす。
「ああ、無事だ」
 二人の手を取り起き上がるアイーシャ。
 打ち付けた肩や腰に手を当て状態を確認するが、特に異常はないようである。
「すまんアイーシャ、危険な目に遭わせた」
 ホムラは詫びると目を閉じた。
 またアイーシャに頬を張られると身体を強張らせる。
「何故ホムラが謝る? 今のは途中で油断をした私のせいだ」
「怒ら・・・ないのか?」
「ホムラは私を何だと思っているのだ? 私に非があったのだ。どうしてホムラを怒る必要がある」
「あ、いや・・・そうか?」
 てっきり怒られるとばかり思っていたホムラだが、アイーシャのこの態度に狐につままれたような思いだった。
「ホムラ、アイーシャはちゃんと筋を通す女性だよ。理由もないのに怒ったりなんかしないから」
「あたいもそう思うな。アイーシャって本当は優しいよね」
「私は、別に、だなあ・・・」
 ラウドとエアリーの言葉に、ホムラから視線を逸らし、あさっての方向を向くアイーシャ。
 と、その時である。
「騒がしいですね、誰かいるのですか?」
 尖塔の最上階にある扉の向こうから、透き通るような女性の声が響いたのだった。

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