魔導の書

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20

「エアリー、ラウド待たせた」
「二人とも、済まなかったな」
 アイーシャとホムラがマイルフィックとの戦線に復帰した。
「ホムラ! 良かったよ・・・」
「無事で何より。それより、僕たちはもう限界で・・・」
 ホムラの生還を喜ぶエアリーとラウド、その顔にはマイルフィックとの激闘による疲労の色がありありと浮かんでいた。
「ああ、二人ともよく頑張ってくれたな。後は私たちに任せておけ」
「頼んだよ」
 二人が後方へと退く。
「ホムラ、目が覚めたばかりのところ悪いが、もう一度身体を張ってもらうぞ」
「元よりそのつもりだ」
 ホムラはアイーシャの前に立つと、グッと盾を構える。
「野郎、よくも俺をコケにしてくれたな」
 ギンとマイルフィックを睨み付けるホムラ。
 その瞳には、どんな攻撃が来ても受け止め弾き返して、アイーシャを護るという決意が漲っていた。
「始めるぞ」
「おう」
 アイーシャが魔導の書を広げる。
 そこには、新しく書き込まれた第6ランクの魔法の発動式が記されてあった。
 マイルフィックがじわりと間合いを詰める。
『まだいたのかこの死にぞこないが』
 果たしてマイルフィックがそう思ったかは分からないが、ホムラはゴクリと息を飲んだ。
 マイルフィックの巨大な腕が振り下ろされ、太く長い爪が迫り来る。
 ホムラはそれをガンと盾で受け止めた。
「この野郎・・・舐めるな!」
 気合一閃、マイルフィックの爪を弾き返すと腰に下げた剣を抜き、力任せに叩き付けた。
 どすん、と重い音を残し、マイルフィックの指が一本地面に転がった。
 反射的に手を引くマイルフィック。
 人間に指を落とされたことで、怒りに目を見開いているようだった。
 マイルフィックが再度襲い掛かる。
 盾を構えるホムラ。
 両者の距離が極限まで接近したその時、アイーシャは発動式を完成させていた。
「ラダルト!」
 魔導の書第6ランクに属する、氷系の最強魔法がマイルフィックを襲った。
 その威力はマダルトの比ではない。
 絶対的な冷気がマイルフィックの身体を凍らせ一瞬にして体力を奪い、氷の塊を含む猛烈な嵐がその身体を切り裂き傷付けていく。
「すげえ・・・」
 その威力には、今までアイーシャの魔法を間近で見ていたホムラも驚くばかりだった。
 元々が氷系の魔法を得意とするアイーシャである。
 炎と氷の違いこそあれ、その破壊力はマイルフィックが見せたティルトウェイトと同程度と言えるだろう。
 マイルフィックの巨体が両膝から崩れ落ちる。
「ホムラ、行けー!」
 アイーシャが叫ぶ。
 もう盾の必要はない、攻撃に転じろ、と。
「うぉぉぉ!」
 ホムラは盾を捨て、剣を構えてマイルフィックへと走った。
 ホムラの持つ剣から炎が噴き上がる。
「あれは・・・まさか、魔法剣か?」
 アイーシャが驚くのも無理はない。
 剣と魔法の融合など、常識ではありえない話だからだ。
 そもそも、剣と魔法はお互いに相対するものと考えられていた。
 水と油のように、決して混じることのない存在であったはずだ。。
 しかしホムラはそれをやってみせた。
 剣に込められていた炎の力を解放し、剣の切れ味に魔法の破壊力を上乗せしたのだ。
 常識では決してありえないもの。
 しかし、常識を遥かに超えたところにあるものならどうか?
 今もアイーシャの手にある魔導の書こそが、正にそういった存在だったはずである。
 となると、ホムラの持つあの剣は・・・
「あれも古代魔法文明の遺産、なのか・・・?」
 ホムラの持つ剣と魔導の書とを交互に見つめながら、アイーシャがぽつりと漏らした。
 アイーシャの視線の先では、ホムラがマイルフィックに肉薄していた。
 ホムラが軽く飛ぶと、その目の前には無防備に晒されたマイルフィックの頭部。
「でやぁぁぁ!」
 両手で振り上げた剣をマイルフィックの頭頂部に叩き込むと、炎が更に吹きあがる。
 そのまま一気に頭をかち割り上半身へと貫くと、その切断面は炎で焼かれ炭化していた。
 ホムラは攻撃の手を緩めず、渾身の力で剣をグイっと捻じる。
 胸部に達した魔法剣の先端が、マイルフィックの心臓をえぐった。
 確かな手応えと共に、マイルフィックから離脱するホムラ。
 すると。
 マイルフィックの足元が突然輝き出し、そこに巨大な魔方陣が浮かび上がった。
 悲鳴を上げることもなく、マイルフィックはその魔方陣へと吸い込まれていく。
 初めはゆっくりと、そして次第にその速度を上げて。
 まるで大型船が沈没するかのように、地の底へと沈みゆくマイルフィック。
 やがてその巨体が全て魔方陣の中に消えてしまうと、魔方陣そのものも消失してしまった。
 戦いが終わったその後は、ただ静寂だけがその場を支配していた。

「いや驚いた。まさか本当にマイルフィックを撃退できるとはな」
 ふと気が付くといつからいたのか、ワードナの眠るガラスの棺の前にバンパイアロードとバンシーの姿があった。
 バンシーの胸に下げられた魔よけがチカチカと明滅している。
 まるでワードナがアイーシャたちの戦いに対して拍手をしているようだった。
 しかしそんなワードナの賛辞など、アイーシャにとっては憎らしく思えこそすれ、決して歓迎できるものではなかった。
「これで満足したか? ワードナ」
 アイーシャが忌々しそうに吐き捨てるも、ワードナは応えない。
「500年後だか何だか知らないが、勝手にしろ。私は私で勝手にやらせてもらう。この魔導の書はもう少し借りておくからな」
 もう興味はないとばかりに、魔よけから視線を外すアイーシャ。
 その様子を見届けたバンパイアロードが、おもむろに話し始めた。
「ワードナ様はさぞ満足されたことだろう。ところでだ、この部屋まで辿り着き、マイルフィックを倒した君たちにはご褒美をあげなければならぬな」
「ご褒美? それって何かな」
 嬉しそうに飛び付くエアリー、マイルフィックとの戦いでかなり消耗したはずだが、かなり回復しているようだ。
「これを」
 バンパイアロードが取り出したのは、一冊の書物だった。
 それは魔導の書と色合いこそ違うものの、明らかに同じような装丁で作られていた。
「それは・・・ひょっとして」
 ラウドの目が見開かれる。
「そう、命の書だ。魔導の書と対をなすもの、と言えば分かるだろう」
 魔導の書が攻撃用の書物であるのに対して、命の書は治療回復用の書物である。
 寺院は懸命にこの書物の行方を捜したが、ついに見つけられなかったのだった。
「まさか、こんなところにあったとはねえ。いくら寺院が血眼になって探しても見つからないはずだよ」
「君たち聖職者は我々不死族にとっては天敵と言うべき存在だ。そう簡単に力を貸してやるわけにはいかないからな」
「それじゃあ、どうしてこれを僕たちに?」
「ワードナ様のご意思には逆らえない」
「なるほどね」
 肩をすくめながらラウドが命の書を受け取る。
 すると、命の書がまばゆく輝き、ページがパラパラとひとりでにめくれていった。
 やがて光が収まると、命の書の各ページに様々な魔法の発動式が記されていたのだった。
「そうか・・・僕はアイーシャと一緒に修行を積んでいたから」
「その成果が一気に出たというわけだな」
 感慨深くページに見入るラウドと、納得とばかりに頷くアイーシャ。
「これはありがたく貰っておくよ。でもね、後悔してもしらないからね」
 勝ち誇ったように、ラウド。
「人類がその書物に書かれた魔法を自在に操れるようになるまで、もうしばらく時が必要だろう。
 私はここでその時を待つことにする。ワードナ様と共にな」
「クソジジイ伝えておけ。500年後を楽しみにしていろ、とな」
「伝えておこう」
 バンパイアロードと目が合い、ふっと微笑むアイーシャだった。

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