魔導の書

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エピローグ

 その後一行はワードナの部屋を後にした。
 バンパイアロードに教えてもらった座標から現在地を割り出し、アイーシャのマロールで一気に地上まで戻る。
 一行は寺院へ戻るとすぐさま大僧正の部屋を訪れ、主にラウドの口からワードナ捜索の結果について報告をした。
 話の内容、特にホムラの死と蘇生に関する事柄に、大僧正は驚きを隠せないようだった。
 しかし、命の書の発見という功績に終始ご満悦の様子であった。
 一通りの報告が済んだ頃合いを見計らって、それまで黙っていたアイーシャが口を開いた。
「大僧正様、ひとつ進言したいことがあるのですが」
「申してみよ」
「マハマンを使っての死者の蘇生です。それはしばらくは見合わせるべきかと思います」
「ふむ、してその理由は?」
「今回の件でよく分かりました。あの魔法を使って死者を生き返らせるというのは、まさに神の所業にも等しいと言えるでしょう。それを寺院の権威拡大のためなどに利用すべきではありません。
 それに、マハマンでの蘇生は相手を強く想う気持ちがなければ決して成功しないでしょう。見せ物的に死者の蘇生を試みたとしても、それはきっと失敗に終わってしまうはずです」
「なるほど、な」
 アイーシャの言葉に深く頷く大僧正、そこへラウドも同調する。
「それについては僕も同意見ですね。マハマンを使っての死者の蘇生については少し考え直してみましょう。
 その代り・・・
 この命の書の中にも死者の蘇生を扱う魔法についての記述があります。今後はこちらの研究を進めてみてはいかがでしょうか。もちろん、その使用目的や方法については・・・」
「もう良い。そちたちにそう言われては、こちらとしても考えざるを得ないだろう。今後のことは寺院としてももう一度検討することにしよう」
 マハマンを習得し、死者の蘇生を実現させ、更には命の書まで発見したアイーシャらの功績はあまりにも大きい。
 大僧正とて無視するわけにはいかないだろう。
「それともうひとつ、お願いがあるのですが・・・」
「今度は何だアイーシャ? 申してみよ」
「ホムラとエアリーに騎士の位を与えてやってはもらえないでしょうか」
「なっ・・・」
「き、騎士の位ぃ?」
 アイーシャの提案に驚くホムラとエアリー。
「そうだ。ホムラはマイルフィックの強力な魔法から私の命を護ってくれた。魔導師の命を救った功績は大きい。騎士と呼ぶにふさわしいだろう」
「あたいは?」
「エアリーも頑張ってくれたな。マイルフィックを引き付けて時間を稼いでくれたおかげでマハマンを使ってホムラを生き返らせることができた」
「えへへ」
 アイーシャに褒められ、思わず頬が緩むエアリー。
「なるほど、分かった。寺院から王宮に執り成して、正式に手続きをしてもらうとしよう」
 大僧正がアイーシャの提案に快諾した。
「ねえ、アイーシャとラウドは? どうせならみんなで一緒に騎士の位を貰おうよ」
 エアリーがはしゃぐ。
「いや、私はこのまま寺院直属の魔導師として置いてもらいたい。これからも魔法の修行を続け、魔導の書の力を最大限に引き出すことが私の使命だ」
 今も地下迷宮の奥底で眠り続けるワードナに想いを馳せるアイーシャ。
 500年後、多くの者が魔法を操り、あのワードナの居室を目指すという。
 ならば自分はそのための礎となろう、少しでも魔法の研究を重ね、広く普及しようではないか。
 アイーシャはそう決意していた。
「僕も、このままで良いかな。寺院直属って身分は何かと便利だからね」
「ええー、それじゃあもうあたいとホムラは、アイーシャたちと一緒に行動できなくなるの?」
「そんなことはないぞエアリー。これからも一緒に戦ってくれ」
「エアリー、頼んだよ」
「うん。あたい、これからも頑張るからね」
「ホムラも、良いか?」
「ああ。俺がいなかったら魔導師は魔導の書に集中できないんだろ?」
「まあ、そうだな。ホムラもようやく盾の役割が板に付いてきたところだ。これからもその役割を果たしてもらうぞ」
 少しおどけたような口調のアイーシャに、その場にいる者全員から笑い声が上がった。

 数日後、王宮にてホムラとエアリーに騎士の称号が贈られる式典が開かれた。
 これで二人は今までの寺院に雇われていた身分から、王宮が認める騎士へと昇進したのだ。
 緊張した様子で式典に臨むホムラとエアリー。
 アイーシャとラウドは参列者の席から二人の様子を見守っていた。
「騎士ホムラ」
「はっ」
「騎士エアリー」
「はいっ」
 生まれて初めて国王と対面し、その手から直接勲章が授けられる。
 騎士に憧れて実家を飛び出したホムラ。
 魔導師だった姉を失いながらも、大道芸人として健気に生きてきたエアリー。
 二人にとって、それは正に夢のような瞬間だった。
 多くの拍手に包まれ、ホムラとエアリーはこの上なく誇らしい気分に浸っていた。
 無事に式典が終わると、アイーシャとホムラは都市を見下ろす小高い丘の上に来ていた。
 冬の終わりを迎えた丘には、所々に夕陽を浴びて赤く映える残雪が見られた。
 ゆったりとした時を過ごす二人、やがてアイーシャが口を開いた。
「ホムラもこれで騎士だ。夢が叶ったな」
「ああ。これもアイーシャのおかげだな。初めて会った時はどうなるかと思ったがな」
「それは私も同じだ。まさかこの男が騎士になるだなんて、あの時は夢にも思わなかったぞ」
 くすりと笑うアイーシャ。
「だが良かったのか?」
「何がだ?」
「今後のことだ。私たちと、いや私と組んでいる限り、ホムラはずっと盾の役目だぞ」
「それも悪くねえだろう。何たって俺は騎士だからな。騎士はその背中に護るべき者を負うものだ」
「騎士だから、か・・・」
「何だ、不満か?」
 ホムラの視線にアイーシャはしばし逡巡するものの、やがて意を決して話し出した。
「ホムラは騎士として魔導師である私を護るのか?」
「どういう意味だよ」
「だから、だな・・・『男は惚れた女を護る』ぐらいのことは言って欲しかったぞ」
 思わずホムラから視線を逸らすアイーシャ。
 ホムラもアイーシャの言わんとすることが分かると、どうにも視線が定まらなくなる。
「相変わらず素直じゃねえなぁ。『惚れた男に護ってもらいたい』って言ったらどうだ?」
「わ、私は別に、だな・・・」
 お互いにどうにも素直になれずに、言葉に詰まる二人。
 それでも自然に身体を寄せ合う。
 ホムラの手がゆっくりとアイーシャの肩に回されようとしていた・・・
 その時。
「あー、二人ともこんなところにいたんだ」
「ひゃっ!」
「うっ・・・」
 エアリーの声に、反射的に飛び退くアイーシャとホムラ。
「あれ? 二人ともどうしたの」
「あ、いや・・・」
「別に、なあ」
 不思議そうなエアリーに、アイーシャもホムラも歯切れが悪くなる。
 不自然に距離を取り、お互いに目を合わせないように必死に視線を彷徨わせていた。
 そこへ
「エアリー、どうやら僕たちはお邪魔だったみたいだよ」
 ラウドである。
 二人のことなどとっくにお見通しとばかりに、意味深な笑みを浮かべている。
「そんなことはないぞ、ラウド」
「そうそう。全然、なんにもないから、な」
 何故か焦るアイーシャとホムラ。
 常に冷静でアイスドールと呼ばれたアイーシャがここまでうろたえる姿は、長年一緒にいたラウドでも初めて目にするものだった。
「まあまあ、そんなこと言わないで」
「せっかくだから、二人をくっつけちゃおうか」
 ラウドとエアリーが、強引にアイーシャとホムラを押して二人をくっつけようとする。
「やめろ、二人ともよせ」
 照れもあって、懸命に抵抗するアイーシャだったが、やがてホムラに寄り添う形にされてしまった。
「ど、どうする、ホムラ?」
 頭一つ分高いところにあるホムラの顔を見上げるアイーシャ。
 いつもは白いはずのアイーシャの頬が赤く染まっているのは、何も夕日に照らされたことだけが理由ではないだろう。
「まっ、たまには良いんじゃねえか」
「そうか。そうだな、うん」
 ホムラの言葉にアイーシャの緊張も解け、その顔にはふわりとした笑顔が浮かんだ。
「さて、それじゃあ食事にでも行きますか。今日は騎士になったお祝いだからね。もちろん、アイーシャとホムラのおごりだからね」
「何故そうなる、ラウド? だいたいだなあ・・・」
 仲間の笑い声と共に丘を下るアイーシャ。
 その足元には、冬の終わりと春の訪れを告げる雪割りの花が、ひっそりと咲いていたのだった。

魔導の書・・・END