魔導の書

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14

 アイーシャがマハマンを習得した翌日。
 一行はまたも地下迷宮第9層に来ていた。
 エレベーターを下りてすぐの所にある、例の開かずの扉の前である。
「わぁ・・・なんで扉が光ってるの〜?」
 エアリーが目を丸くして驚いている。
「昨日まではこんなことはなかったな」
「うん、僕も初めて見たよ」
 ホムラとラウドも不思議そうに首を傾げる。
「昨日と今日で何が違うかなど、分かっていることだろう」
 不思議がる三人を尻目に自信満々なのはアイーシャ。
「昨日と今日で何が違うのさ?」
「そんなのは決まっている。これだ」
 アイーシャは魔導の書を差し出してみせた。
「私が第7ランクの魔法を使えるようになったこと以外にあるまい」

 あの後、アイーシャのマロールで一行は無事に地下迷宮の出口までの転移に成功していた。
 まさに一瞬の出来事に、常に好奇心旺盛なエアリーは驚きを隠せないようだった。
 それは魔法を行使したアイーシャ本人も同じだったのだが、何とか顔には出さずに平静を装っていた。
 一行はすぐさま寺院内にある大僧正の部屋へと駆け込み、「マハマン解禁」の報告を行った。
 大僧正は喜び、そしてアイーシャに労いの言葉を掛けてくれた。
 しかし大僧正は目的を達成したばかりのアイーシャらに、新たな命令を下したのだった。
「マハマンでワードナという人物を生き返らせるのだ」と。
 果たしてワードナとは何者なのか?
 魔導の書と一緒に見つかった文献の中に、その名があるという。
 どうやら200年ほど昔の人物らしい。
 そもそも魔導の書を書き残したのが、このワードナらしいのだ。
 理由は分からぬが、地下迷宮の奥深くで永きの眠りに就いたと記されている。
 そして自ら「後の世にて復活する」と宣言したという。
 ならば、それを今の時代に生き返らせろというのだ。
 この命にはアイーシャも驚いた。
 てっきり大衆の前などでマハマンを使って、死者の蘇生をやってみせるのかと思っていたからだ。
 当然理由を問うた。
 すると大僧正は「魔導の書の著者であるワードナを生き返らせることができれば、更なる魔法の力を得られるはずだ」と答えた。
 寺院は当初こそマハマンによる死者の蘇生のみを目的に考えていた。
 その他の魔法など、そのための手段に過ぎなかったのだ。
 しかしアイーシャの活躍の様子を知ると、魔法そのものに興味を持ち出したのだった。
 魔法の力をもっと自在に操ることができれば、それは国を動かす力になる。
 何も死者の蘇生のような見せ物を行う必要などないだろう、と。
 そのためにワードナをこの時代に復活させて、魔導の書と魔法についてより詳しい知識を得ようというのである。
 それと大僧正は口にしなかったが、魔法の力をアイーシャ一人に持たせておくことに、寺院は少なからず危機感を覚えていた、という事実もあったのだが。
 しかし、とラウドは反論する。
 地下迷宮の中はすでに調べつくした、ワードナの亡骸などどこにも見当たらなかった、と。
 アイーシャもそれに賛同したが、エアリーがふと口にした。
「第9層に開かない扉があったよね・・・」
 ならばとばかりに、その開かない扉の再調査を命じられたのだった。
 アイーシャやラウドにとっては、寺院には孤児だった自分たちを見出し、育ててもらった恩義がある。
 決して寺院の意向に背くことなどできなかった。
 またホムラやエアリーにしても、アイーシャらと同行しなければ、ここにいる意味がないことは分かっていた。
 断れないし、断る理由もない。
 かくしてアイーシャらは、大僧正の命を受けることになったのだ。
 そして翌日になって一行が例の扉の前へ行ってみると、扉が淡く発光していて驚いた、というわけである。

「で、どうするんだアイーシャ? 昨日の転移の魔法で扉の向こうへ飛ぶのか」
「それもおもしろいが・・・少々危険ではあるな」
「危険?」
 ホムラが片眉を釣り上げて聞く。
「ああ。この扉が単なる飾りもので、向こうが何もない岩盤の可能性もあるだろう」
「なるほど、さすがは魔導師様だ。用心深いこって」
「茶化すなホムラ。失敗は許されないのだぞ」
 厳しい表情で、アイーシャ。
「じゃあどうするのさ? 鍵穴も無いんじゃあたいには開けられないよ」
 まさにお手上げとばかりに手を上へ投げ出すエアリーだった。
「そうだな。この扉は魔法で封じられていると思う。ならば魔導の書に聞いてみるか」
 アイーシャはそう答えると、左手に持った魔導の書を扉の前へと差し出した。
「さあ魔導の書よ、この扉をどうする?」
 すると、アイーシャの問いに答えるように魔導の書が発光し始めた。
 魔導の書はひとりでにページを開いていき・・・やがてあるページで止まった。
 それは魔導の書第2ランク、そこに今まで記されていなかった魔法とその発動式が浮かび上がったのだった。
 アイーシャが静かに発動式を読み上げる。
 ランクが2と低いこともあり、発動式自体はそれほど難しいものではなかった。
 だが、何故今までそれが記されていなかったのか、疑問は残る。
「デスト」
 最後に魔法の名前を告げると、扉は静かに動きだした。
「わっ、開いたよ。あたいがどんなにいじっても開かなかったのに」
「うん、驚いたね。魔導の書ってあんなこともできるんだ」
「ふっ、次から次へと。色々楽しませてくれる女だぜ」
 三人がそれぞれに感想を口にする。
「さあ扉は開いた。ホムラ」
「ああ、分かってる」
 アイーシャに促されると、ホムラは盾を構えてゆっくりと扉の中へ入っていった。
 これなら扉の向こうに魔物が潜んでいて突然襲い掛かってきても、盾で受け流せるだろう。
 盾を構えるホムラが慎重に部屋の中を見回すが、これといった異常は見られなかった。
「大丈夫だぞ」
「よし。行こうか」
 ホムラの報告を受け、ラウドが先へ進むよう指示を出す。
 エアリー、ラウド、そしてアイーシャの順で、今まで入れなかった部屋へと移動した。
 部屋の中はそれ程広くもなく、首を巡らせばすぐに室内の様子を確認できた。
 エアリーが壁伝いに室内を調べ始める。
 コンコンと壁を叩いたり耳を当てて音を確認したり。
「おかしいなあ、何もないよ」
 扉のある壁から右回りに、東側、南側、西側と来て最後に北側の壁に手を掛けた、その時・・・
「えっ、ひゃあー!」
 突然、エアリーの足元の床が消え、エアリーの身体がその空間に吸い込まれてしまった。
「エアリー!」
「いったい何だ? エアリーは何処へ消えた」
 アイーシャとホムラがエアリーの消えた場所へと駆け寄る。
「どうやら更に下の階層へと放り込まれたみたいだね。アイーシャ、ホムラ、僕たちも続こう」
「だが、どんな危険があるか分からないぞ」
「その危険があるかもしれない場所にエアリーは落とされたんだ。迎えに行ってやらないとね」
「分かった。行こう、ホムラ」
「ああ」
 三人はエアリーを追って床に開いた穴へと飛び込んだ。

「あー、良かったぁ。みんな来てくれたんだね」
「エアリー! 無事で良かった」
 果たしてエアリーはそこにいた。
 追い掛けて穴に飛び込んだ三人と合流できて、ホッと安堵の表情を浮かべている。
「でも・・・ここ、どこ?」
 ようやく落ち着いたエアリーが周囲の様子を確認する。
 先ほどのようなこともあるので、今度は下手に動き回らないのは賢明な判断だろう。
「どうやら第9層の更に下、第10層のようだね」
 いつもの落ち着き払った口調でラウド。
「ずいぶん余裕だな。俺たちは落とし穴に落とされたんだぜ。元の場所に戻れるのか?」
 一方ホムラは初めての場所に不安顔だ。
「それなら心配ないと思うよ。ねえアイーシャ」
「そうだな。イザとなれは昨日と同じように転移の魔法マロールで出口まで飛べば良いだろう。それに・・・」
 アイーシャはそこで言葉を切ると、落とし穴から出た場所からほど近い、通路の突き当りを指差した。
「そこに転移の魔方陣結界が張られている。どうやら地上へ運んでくれるものらしいな」
「分かるのか?」
「ああ。魔方陣に書かれた文字を読み取れば一目瞭然だ」
「へぇ、魔導師ってそんなことも分かるんだね」
「当然だ。そうでなければ魔導の書は使えない」
 平然と説明するアイーシャに、ホムラもエアリーも感心するばかりだった。
「どうする? 新しい階層を発見したことで満足して帰るって手もあるけど・・・」
「そんな間抜けなことを言う者はいないだろう。ここは先へ進むべきだ」
 アイーシャの蒼い瞳が、転移の魔方陣とは違う方向に暗く伸びた未踏の通路を射抜いた。
「うん、あたいもそれが良いと思うよ」
「そうだな。ここで帰るのもバカバカしい」
「決まりだね。行こうか」
 ラウドがそう結論付けると、一同顔を見合せてうんと頷く。
 そのままホムラを先頭に、通路の奥へと歩き出した。

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