小説ウィザードリィ外伝1・「姉さんのくれたもの」

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STAGE 8

「さあ、もう行きなさい。アークデーモンの所へはここを真っ直ぐに行けば良い」
わたしに伝説の兜の代わりとなるサークレットを与えてくれたバンパイアロードが奥の通路を差し示してくれた。
「バンパイアロード、どうもありがとう。
みんな行こう。四天王はあと1人」
「伝説の武具はあと2つ・・・ってあれ?」
「数が合わねえんじゃねえか」
フィナとブラックが不思議そうに首を傾げている。
「僕も最初から変だと思ってはいたんですけどねえ」
ポーは人事のように涼しい顔をしながらルパと顔を見合わせていた。
「バンパイアロード、1つ足りない。アークデーモンが2つ持ってるの?」
「そのような事は無いと思いますが・・・」
「それじゃあどうするのー?」
伝説の武具は5つ揃って初めて完璧な効果を発揮する、とフラックが言っていた。
それが全て揃わないとなると・・・
フィナやブラック、おまけにわたしまでもちょっとしたパニック状態に陥っていた。
「みんな落ち着け」
クルーがあくまで冷静にその場を静める。
これじゃあ誰がリーダーだか分からないよね。
「とにかくアークデーモンを倒してしまおう。もしかしたらヤツが最後の2つを一緒に隠し持っているかも知れないだろう。
もし無かったら、その時はその時でまた新しい手掛かりを探せばいい。
それで良いだろう、レオナ」
「ハ、ハイ!」
クルーに言われてわたしの心臓がまたドキンと鳴った。
あれ・・・わたし何緊張してるんだろう?
何だか妙にクルーの事を意識しているみたいで・・・
昨夜クルーと2人で話した事が思い出されてくる。
あの時も心臓がドキンと鳴って・・・
ってイケナイ、イケナイ!
今は次の戦いに集中しなくちゃ。
わたしはバンパイアロードに別れを告げてから奥の通路へと歩き出した。

程なく扉の前に辿り着く。
「ここか」
わたしは扉を前に大きく深呼吸をした。
ここにはソークス姉さんの命を奪ったあのアークデーモンが待ち構えているはずである。
落ち着け、落ち着くんだ・・・
焦ったり力んだりしたらそれこそ相手の思う壺だ。
もう1度呼吸を整える、よし。
「よしっ、行くぞみんな」
わたしの気持ちが落ち着いたのを見計らって、クルーが扉に手を掛けようとした。
すると・・・
バタンと扉の方から勝手に開いてしまった。
「何?」
「どういう事?」
みんなが顔を見合わせてしまった。
「何だか誘われているみたいね。行ってみようか、レオナ」
「油断しちゃ駄目よフィナ。もう少し様子を見ましょう」
開いている扉から玄室の中の様子を伺ってみる。
それにしても、扉が勝手に開くなんて・・・
フィナじゃないけど本当に誘われているみたいで気味が悪い。
さてどうしたものかと考えていると
「どうしました、お入りなさい」
聞き覚えのある、イヤ、絶対に忘れる事の出来ない声が玄室の中から聞こえてきた。
「アークデーモン!」
思わずその声の主の名前が口を衝いて出て来た。
「行きましょう」
「ちょ、レオナ・・・」
わたしはフィナが止めるのも聞かずに玄室の中へと入って行った。
みんながわたしに続く。
「これはこれは。ようこそ。お待ちしておりましたよ」
そこにいたのは紛れも無い、ソークス姉さんを死に至らしめた悪魔だった。
「約束通り来てやったわ」
「ありがたい事です。わざわざ死にに来て下さるなんて」
「さあ、そううまくいくかしら」
わたしの目は、いくら憎んでも憎みきれないこの悪魔から決して離れる事無く、じっと睨み付けていた。
「このアークデーモンを前にしてそれだけの軽口が叩けるとはたいしたものです。
しかしそれもいつまで、ですかな」
アークデーモンの顔に冷たい笑みが浮かぶ。
「うるさい、お前だけは絶対に許さない!」
わたしはカシナートの剣を抜き、構えた。
それが戦闘開始の合図となった。

ポー、ブラックは呪文障壁を作り出すコルツを、ルパは直接攻撃を緩和するバマツの呪文を素早く唱えた。
そしてわたし、クルー、フィナの3人がアークデーモンに攻撃を仕掛ける。
しかし・・・
わたしの剣に気負いがあったせいだろうか、アークデーモンはそれを難なくかわしてしまう。
いやわたしだけではなかった。
クルーの村正も、そしてスピードが命のフィナでさえもアークデーモンを捉える事が出来ないでいた。
「あなたがたの実力はこの程度ですか。これでよくまあマイルフィックやホーンドデビルを倒したものです」
悪魔は明らかに笑っていた。
力無き愚かな挑戦者を退けるなどはたやすい事と。
「次はこちらから行きます」
言うやアークデーモンは手にした炎のムチを翻す、一筋の炎が真っ直ぐにわたし目掛けて飛んで来た。
わたしはとっさに左手に装備していた伝説の盾でそれを受ける。
ガツーン!
わたしの身体は盾ごと勢い良く弾き飛ばされ、そのまま壁に激突してしまった。
「大丈夫か、レオナ」
クルーがわたしの所へ駆け寄って来てくれた。
「うっ、うう・・・効いたぁ」
わたしはブルブルっと2、3度頭を振って意識をハッキリさせる。
「でも平気みたい。この防具のおかげね」
わたしは改めてダイヤモンドの武具の力を実感した。
今までの装備品だったらとても今の攻撃には耐えられなかっただろう。
鋭く飛んで来たあの炎のムチは、たやすく盾を破壊してわたしの身体を直撃していたはずだ。
「レオナ、危ない!」
フィナの叫び声がした。
アークデーモンのムチが再びわたし目掛けて飛んで来たからだ。
「クッ」
わたしはそれを伝説の盾で受ける。
後ろへ飛ばされそうになるわたしの身体をクルーが支えてくれた。
「フー、サンキュ」
「なんの」
わたしとクルーは再び剣を構え直しアークデーモンに向かった。
「こしゃくな」
2度にわたる攻撃をしくじった悪魔の表情に焦りの色が見えるのは気のせいだろうか。
しかし、だからと言ってわたしたちが有利になった訳ではない。
わたしたちはアークデーモンを捉える事が出来ないのだから。
勿論ポーたちの呪文もほとんど効果が無い。
ヤツの呪文無効化能力が非常に高い事を物語っている。

「さてどうしますかねえ。諦めて帰るとしますか?」
いつもの調子で冗談を飛ばしているかのように振舞うフィナ。
でも違うよね、あれは彼女の精一杯の強がりなんだよね。
「ポー、間違ってもマハマンなんて使わないでよ」
「わ、分かってますよ」
慌てて応えるポー、どうやら図星だったらしい。
今またポーに倒れられたらそっちの方が大変だからね、釘を刺しておいて良かった。
無駄に動けば体力も呪文もどんどん消費してしまうだけだ、とにかくわたしたちは追い詰められていた。
「こうしていても仕方ない。フィナ、スピードでヤツを掻き回してくれ。
ルパはフィナの守備力を上げてやってくれ。
レオナ、何とか隙を見つけて攻めるしかない」
「分かった」
クルーの作戦に従って攻撃再開。
ルパは呪文を唱え、フィナは懸命に飛び回っている。
何とかしてアークデーモンの隙を誘い、わたしたちに攻撃のチャンスを与えようとしてくれている。
「ええい、うるさいハエめ!」
思いの外のわたしたちの粘りに半ば怒り始めているアークデーモン、フィナを叩き落とそうと炎のムチを振り回す。
バチーン!
ムチが空中にいたフィナの左足を掠めた。
「キャッ!」
バランスを崩したフィナはそのまま地面へと叩き付けられるかに思えた。
しかし、そのフィナを正に激突寸前でさっと受け止めた者がいた。
その人物はフィナを抱いたまま1回転すると華麗に着地を決める。
「やはり苦戦しているようですね」
フィナは恐る恐る自分を抱き止めてくれた人物を見上げた。
「あなた・・・バンパイアロード」
フィナを助けてくれたのは、あのバンパイアロードだったのだ。

「さあ、立てますか」
バンパイアロードはフィナをわたしたちのそばにサッと降ろした。
「ええ、平気です・・・」
バンパイアロードに見詰められてフィナの顔が少し赤くなっていると思ったのはわたしだけかな・・・
「オメエ、何顔赤くしてんだよ」
「そ、そんな事ないわよ!」
おもしろくなさそうに突っ込みを入れるブラックもブラックだけど、必死に抵抗するフィナもフィナだよね。
「まあまあ2人とも、そのくらいにしてよね。ルパ、フィナの足診てやって。
ところでバンパイアロードさん、どうしてここに?」
わたしは、突然のバンパイアロードの乱入に驚いている様子のアークデーモンを警戒しながら聞いた。
「アークデーモン相手です。苦戦していると思いまして」
「その通りみたいね」
わたしはフッと肩をすくめてみせた。
「私が何とかしてみましょう」
バンパイアロードはマトンをひるがえしながらアークデーモンへと近づいて行った。
「いつから人間共のイヌになったんだ?」
既にアークデーモンの表情に驚きの色は無く、いつでもバンパイアロードを迎え打てる体勢になっていた。
「こちらにも色々と都合がありまして。
あなたが持っているダイヤモンドの武具を彼女達に渡してもらえませんか?」
「ふざけているのか?」
「本気です」
「そのようなたわごとは聞けぬわ!」
アークデーモンは怒りの形相で炎のムチを振り上げ、バンパイアロード目掛けて叩き付けた。
それを紙一重でかわしたバンパイアロードは素早くアークデーモンの後ろに回りこみ、鋭い爪を突き出す。
突き出されたその爪は、身体をよじってかわしたアークデーモンの法衣を掠めただけに見えた。
しかし・・・
アークデーモンの胸元の部分が大きく切裂かれ、その素肌がチラリと覗いていた。
「おのれ・・・」
アークデーモンは後ろへ飛び距離を取る。
四天王同士の戦いはわたしたちの想像を遥かに超えたレベルで繰り広げられていた。
迂闊に手を出す事すら出来ないわたしたちは、ただ両者の戦いに息を呑むばかり・・・

バンパイアロードとの距離を取り自分の間合いになったアークデーモンは呪文を唱え始めていた。
「呪文などこのバンパイアロードに効果は無い!」
バンパイアロードは間合いを詰める為に一気に飛び込んだ。
しかしアークデーモンはニヤリと笑っている、バンパイアロードが飛び込んで来るのを今や遅しと待ち構えているようだ。
「ダメー、下がってー!」
フィナが叫ぶ。
しかしバンパイアロードは構う事無くアークデーモンへと襲い掛かる。
バンパイアロードの爪が再びアークデーモンを捉えようとしたその寸前、アークデーモンの左手がカウンターでバンパイアロードの右肩に食い込んでいた。
ジャストのタイミングで呪文の詠唱を終えたアークデーモン。
その呪文はアークデーモンの左手から直接バンパイアロードの体内へと送り込まれる。
「ウォーーーー!」
バンパイアロードの呻き声が響いた。
いくら呪文無効化能力が高くても、直接体内に送り込まれたら無効化は出来ない。
「フッ」
アークデーモンに浮かぶ会心の笑み。
それに対してバンパイアロードはもう虫の息といった感じになっていた。

「何の呪文を使ったんだ?」
このクルーの疑問は最もなものだった。
あのバンパイアロードを一瞬にして瀕死の状態にしてしまったのだから。
「ジルワンじゃないでしょうか」
ポーがポツリと答えた。
ジルワン。
魔法使い系6レベルに属するその呪文はアンデッドモンスターの身体を粉々に砕いてしまうというものだ。
アンデッドモンスターにしか効果が無いのだが、逆に敵がアンデッドモンスターならば絶大な効果を発揮する。
バンパイアロードは全てのアンデッドモンスターの頂点に立つ存在、いわば不死王である。
その不死王でさえも、このジルワンをまともに食らっては大ダメージはまぬがれない。
苦しげに胸元を押さえ、もがくバンパイアロード。
バンパイアロードを瀕死の状態に追い込んだアークデーモンはとどめを刺すべくムチを振り上げた。
「この人間のイヌめ!」
そのムチがバンパイアロード目掛けて放たれようとしていた。
しかし、「うっ!」とアークデーモンは大きくバランスを崩して倒れてしまった。
「何?」
アークデーモンの驚きの声。
「借りは返したわよ」
とっさにアークデーモンの背後からタックルを決めたフィナがバンパイアロードにウインクしている。
「助かりました」
バンパイアロードはフィナにお礼を言ってから倒れているアークデーモン目掛けて再び飛び掛る。
強力な体力回復能力を持っているバンパイアロード、既に動けるぐらいには回復していたようだ。
バンパイアロードの爪が今度こそアークデーモンの首筋に深々と食い込む。
「これはほんのお礼です」
「グ、グォォォォ」
今度はアークデーモンに苦悶の表情が浮かぶ、エナジードレインだ。
クルーが受けたマイルフィック以上のエナジードレイン能力を持つバンパイアロードの得意技である。
アークデーモンは精気を奪われぐったりとなっていた。
「レオナ、ソークスの仇を!」
フィナがわたしに叫んだ。
「うん!」
わたしは、いまだにバンパイアロードに組み敷かれているアークデーモン目掛けて飛び出して行った。

「レオナ姫、早く!」
わたしを促すバンパイアロード。
しかし、バンパイアロードがわずかに視線をわたしに向けたその一瞬の隙をアークデーモンは見逃さなかった。
バンパイアロードの身体を突き飛ばし転がりながら距離を取るとゆっくりと立ち上がる。
「おのれ・・・」
肩で大きく息をしながらわたしとバンパイアロードを睨み付けるアークデーモン。
バンパイアロードは「しまった」という表情を見せている。
やはりジルワンによるダメージはまだ完全には回復していなかったのだろう、身体中の力が抜け落ちたかのように、ガクンと膝を付いてしまった。
「バンパイアロードありがとう。後は任せて!」
わたしはアークデーモンへと立ち向かって行った。
援護にとクルーとフィナも飛び出して来た。
しかしわたしは
「待って、わたし1人でやる」
と2人を制した。
そう、コイツだけは、ソークス姉さんを殺したこの悪魔だけは何としてもわたしの手で倒したい。
わたしはカシナートの剣を上段に構え、思いっきり踏み込むと同時にアークデーモンへと斬り付けた。
「グッ・・・」
手応えあり。
わたしの繰り出した一刀はアークデーモンの胸元を斬り裂いていた。
悪魔特有の青い血が滴り落ちている。
クルーがそうであったように、エナジードレインによって受けたダメージはそう簡単には回復しない。
満足に身体を動かす事も出来ず、その顔からは精気が失われている。
アークデーモンは明らかに追い込まれていたが、それでも懸命に炎のムチを振るう。
しかし繰り出されるそのムチには、以前のような鋭さは見られない。
わたしは難なくムチをかわすとアークデーモンの手元を払った。
アークデーモンの手を離れたムチがフラフラっと舞い上がりやがて地面に落ちる。
燃え盛っていた炎は次第に消えていった。
「うぉぉぉ」
武器を失ったアークデーモンは最後の手段とばかりにわたしに組み付いてきた。
「えっ!?」
アークデーモンの予想外の攻撃にわずかに反応が遅れてしまった。
わたしとアークデーモンはもつれ合ったまま地面を転がる。
そして・・・
転がるのが止まった時、上になっていたのはわたしの方だった。
アークデーモンに馬乗りになったまま、わたしはカシナートの剣を逆手に持ち変えた。
『ソークス姉さん』
そのまま渾身の力を込めてカシナートをアークデーモンの胸に突き立てる。
「グワッ・・・」
アークデーモンの最後の呻き声が響いた。
『仇は取ったよ・・・』
わたしの目にはまた涙が滲んでいた。

「バンパイアロードありがとう。お陰で姉さんの仇が取れたわ」
「良かったですね」
だいぶ体力が回復した様子のバンパイアロードだ。
「さーて、最後の四天王も倒した事だし、お宝を戴くとしますか」
フィナは宝箱の罠を外しに掛かった。
「これで最後だろう。この宝箱に伝説の武具が2つ入ってないと全部揃わねえ事になるな」
ブラックの言う通り、伝説の武具はあと2つ。
剣と篭手だ。
全て揃わないと完全な力を発揮しないってフラックが言っていたっけ。
「どうだ、フィナ?」
みんながフィナに注目した。
「あったよー、2つ。ホラ!」
とフィナが取り出したのは一対の篭手。
「1つしか無いじゃない」
「篭手だから右と左、合わせて2つ」
「へっ?」
「お前なあ・・・」
みんなしばし呆然。
「なーんてね」
フィナはペロッと舌を出して笑ってみせた。
それを見ていたわたし。
「プッ、ハハハハハ、アハ、アハハハハハ」
思いっきり笑い出してしまった。
「そ、そんなにおかしかった?」
「オイ、どうしたんだよレオナ?」
突然わたしが笑い出したものだからみんな驚いたみたい。
「ハハ、ごめんごめん。緊張の糸が切れちゃって」
「しっかりしてくれよな」
ハア、とブラックは溜息交じり。
「ハーイ。それよりフィナ、早くその篭手をかしてよね」
わたしはちょっと恥ずかしかったのをごまかそうとフィナから篭手を奪い取るように受け取った。
早速両手に着けてみる、もう言うに及ばずって感じかな。
白銀に輝き丈夫で軽い。
スッと手に馴染んできて手の甲に当たる部分にダイヤモンドの結晶があった。
左右2つで一組だから、鎧や盾のものと比べるとやや小さめだ。
鎧、盾、兜の代わりのサークレット、そして篭手。
ダイヤモンドの武具は4つまで揃った。
「さて、あとは剣ね」
「どうする? フラックの所へ行って相談するか、それとも・・・」
クルーがそこまで言い掛けた、その時。

ゴゴゴゴゴゴ!!!

と物凄い音が起こった。
「な、何の音?」
「マズイ、デーモンロードが来ます!」
バンパイアロードのその言葉にわたしたちは愕然となった。
どうやら剣を探しに行く暇は無いらしかった。

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