小説ウィザードリィ外伝1・「姉さんのくれたもの」

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STAGE 6

地獄へと続く扉は異次元迷宮の5階にある。
以前このフロアを探索していた時、どうしても開ける事が出来ない扉があった。
その扉こそが地獄への入り口だったのだ。
今、その扉はあっけない程簡単に開いた。
まるでわたしたちを地獄へと誘っているかのように。
玄室の奥には光り輝く渦巻きがあった。
この迷宮に何箇所かあるワープゲート。
ここをくぐるとどこか他の場所へテレポートしてしまう・・・
どこへ行くかは分かっている。
そう、デーモンロードらの待つ地獄だ。
わたしたちは迷わずゲートをくぐった。

「暗くて冷たくて嫌な所ね」
フィナのこの感想は地獄のイメージを最も的確に表現していた。
「いかにもって感じだよな」
「ここに四天王がいる訳ですね」
とみんな口々に感想を述べている。
「おしゃべりしている余裕は無いわよ。みんな、行こう」
ポーにマッピングの準備が出来たのを確認してから、わたしは先頭にたって歩き始めた。
フロアの床、天井、壁、そしてそこに漂う空気までもが今までとは明らかに違っていた。
何て言うか・・・重い。
息が詰まりそうだ。
額に汗が滲み出てくるのが分かる、気温はそう高くないはずなのに・・・
わたしは大きく息を吸って、そしてゆっくりと吐いた。
そうする事で少しでも気分が楽になればと思って。
フロアの造りはそれほど複雑ではなかった。
あっけなくマップは埋まっていく。
ただし、まだ1度もモンスターとは出くわしてはいなかった。
その事が余計にわたしたちにプレッシャーを与える。
1度でも戦闘をして勝利すればだいぶ気分も楽になるのだが。

いつしか誰も言葉を発しなくなっていた。
言葉を発する事を躊躇させるくらいにこの場の空気は重いのだ。
しかし・・・
「あ、ああ!」
ルパの様子がおかしい。
「どうしたのルパ?」
「強烈なエネルギーがこの先に・・・」
夏場でも色白なルパの顔が更に青くなっている。
「何かいるのね」
「何か・・・とても邪悪な意思が・・・」
「邪悪な意思、ねえ。こりゃいよいよ四天王のお出ましってやつかな」
「ブラック、ちゃかさないで!」
「へいへい」
別にブラックがふざけている訳ではないのは分かっている、いるんだけど・・・
ゴメンねブラック、わたし少し気が立っているみたい。
「とにかく行ってみよう。この先だな」
わたしに代わってクルーが先頭を歩き始めた。
わたしは、何となく足元がおぼつかないルパの手を取りながらクルーの後に続いた。
程なく扉の前に辿り着く。
「ルパ、ここね?」
わたしの問にルパは首を縦に振った。
「よし、行くぞ」
クルーは中の様子を伺いながら慎重に扉を開けた。

ゴォーーーとおなかの底まで揺るがすような音が玄室内に響いていた。
「な、何の音?」
わたしたちは皆一様に驚いていた。
今までこんな事は無かったからだ。
「オイ、見ろ」
ブラックがある一点を指差した。
始めは床に落ちていた石ころがほんの少し動いただけだった。
やがてそれはゆっくりと、しかし確実に渦巻き状に動いていった。
渦巻きが次第に速く、そして大きくなっていく。
直径1メートル程にもなった渦巻きは周囲の空気を巻き込みやがて巨大な竜巻を創りだした。
人間の背丈の2倍はあろうかというその竜巻は、ゴォーーーと唸りながらわたしたちを威圧していた。
さっきの轟音はこの竜巻が発生する前触れだったのだろう。
やがて竜巻は急速に衰え、中に人影のようなものが浮かんで見える。
「あれは何?」
フィナは、今は完全に消滅してしまった竜巻から現れたものを睨みつけながら聞いた。
それは大きな翼を背負ったバケモノだった。
頭には鳥類のとさかのような突起がある。
くぼんだ目、耳まで裂けた口。
体格は、グレーターデーモンなどから比べると多少華奢な印象を受けるものの、それでもそのものが放つ威圧感はすさまじいものが感じられた。
「あれはまさか・・・パズズ!」
初めて見るモンスターの名前を言い当てるルパの知識量はたいしたものである。
「迂闊だったわ。マイルフィックの正体がパズズだったなんて・・・」
ルパの表情が恐怖で凍り付いている。
「マイルフィック、それじゃあコイツが四天王の1番手か」
クルーは早くも村正を構えている。
「ルパ、強いの?」
わたしはいつものごとくルパに敵の情報を求めた。
「本来なら人間が勝てる相手じゃない・・・」
マイルフィック、またの名をパズズと呼ばれるその大悪魔は、かつて人間界や天界をも圧倒したものの、神々との戦いに破れた後、魔界の奥底に封印されたという。
今もその封印の効力の影響下にあるために本来の能力を発揮出来ないでいるのだと。
それだけの情報を聞き出すのが限界だった。
ルパの話を遮るかのように、マイルフィックのブレスがパーティを襲う。
しかし、わたしたちも何度も激戦を潜り抜けている。
とっさにブレスを避けるぐらいはたやすい事だ。
「これ以上おしゃべりしている時間は無い、か。ならば行きますか」
といきなりマイルフィックに立ち向かうフィナ。
「フィナ待って! ポー、ブラック、援護お願い」
わたしが言うより早く、2人は呪文障壁を作るコルツの呪文を唱えていた。
ついでにルパもバマツでパーティの守備力を高める。
ルパの顔色がさっきよりも良くなっている、戦いに集中している証拠だ。
わたしとクルーは援護の呪文が完成したのを見計らってからフィナの後を追った。
フィナはもう既にマイルフィックと格闘を始めていた。
しかし、マイルフィックの堅い表皮は、フィナの一撃を容易に弾き返してしまう。
「フィナ、どけ」
見かねたクルーが村正を振りかぶってマイルフィックに飛び掛った。
マイルフィックの頭部を村正が捉えんとしたその寸前、マイルフィックの指先から伸びた鋼のような鋭い爪がクルーを薙ぎ払う。
ドスーンと地上に叩きつけられたクルー、ピクリとも動けないでいる。
顔が真っ青になっていた。
「ルパ、クルーお願い」
わたしはクルーの治療をルパに指示してからマイルフィックに向かって行った。
クルーが復帰するまで何とか時間を稼がないと・・・

素早くクルーの元へ駆け寄り状態を確認するルパ。
そのルパが戸惑いの表情を浮かべているのにポーが気付いた。
「ルパ、どうしたんですか?」
「ダメ、治せない」
「治せない?」
「エナジードレイン。それも3レベル分」
「3レベル分・・・それじゃあクルーは?」
「死ぬような事は無いけど、でも・・・」
エナジードレイン。
最も恐怖すべきこの特殊攻撃は、それを受けた者の生命力を大きく吸い取ってしまい、結果的にレベルを下げてしまうというものである。
当然戦力はダウンする。
今のわたしたちにとってこの戦力ダウンは余りにも痛い。
1レベル程度ならまだしも(それでも大変な痛手ではあるが)、3レベルとなると元通りに回復する為には多大な時間を要してしまう。
「どうしよう・・・」と困惑しているルパ。
「仕方ありませんね。ボクが何とかします」
そんなルパの様子に見かねたのか、何かを決心した様子のポーが静かに呪文を唱え始めた。
今までに聞いた事の無い呪文の詠唱が響く。
そしてそれが終わった時、ポーは全身の力が抜け落ちてしまったかのようにその場に崩れ落ちてしまった。
「ポー!」
2人のやり取りを横目に気にしながらマイルフィックの相手をしていたわたしの耳に、ルパの絶叫が飛び込んで来た。
「どうしたのルパ?」
「ポーが、ポーが・・・」
わたしとフィナはいったんマイルフィックとの距離を取り、ルパの所まで様子を見に下がった。
ポーはガックリと気を失っている。
それに対してクルーはというと・・・
「うっ、うう」
と意識を取り戻し始めていた。
「クルー、大丈夫?」
「ああ、一体どうしたんだオレは?」
「分からない、けど・・ポーが代わりに」
わたしは意識を失って倒れているポーへと視線を落とした。
その時だった。
もう一度「ポー」と涙声でその名を呼びながら、ルパは倒れているポーの傍らにひざまづきしっかりとポーの身体を抱え上げたのだった。
ルパの目には大粒の涙が溢れている。
その涙がルパの頬を伝い、ポーの顔へと落ちていく。
普段から涙もろくて泣き虫なルパだけど、こんなに大泣きするのは初めて見たような気がした。
そうか、そうだったんだね。
ルパはポーの事が・・・なんてわたしは一人感傷に浸っていた。

「ポーはどうしちゃったのよ?」
「マハマンを使ったな」
フィナの問に答えたのはポーと同じく魔法使いの呪文を全てマスターしているブラックだった。
「マハマン? あの禁断の呪文と云われている・・・」
「そうだ。神の洗礼と言ってもいい呪文だが、人間が使うにはちと荷が重過ぎる。
だから使った者はホレ、この通り自分の生命力を大きく削られてしまう。
結果的に1レベルドレインされたのと同じだな」
ブラックはルパに抱かれたまま依然意識を失っているポーを見ながら続けた。
「マハマンの効果に、吸い取られたレベルを回復する、というものがある。
それでクルーを助けたんだろうよ。
ったく、自分の事も考えずにな」
「ポーは自分の身を犠牲にしてクルーを助けたんだ」
わたしは少し目頭が熱くなっていた。
「ポー、仇は取るぜ」
クルーは手にした村正を握り締め、振り返って歩き始めた。
そう、忘れちゃいけない、まだマイルフィックとの戦闘中だ。
ポーが倒れてから随分時間が経過したような気もしたけれども、実際はほんの1、2分といったところだろう。
もちろんその間もマイルフィックの動きに対して警戒していたのは言うまでも無い。
マイルフィックにしても、わたしたちが動きを止めて集まった事に対して警戒していたようで、下手に動こうとはしなかった。
「フィナ、わたしたちもクルーに続くよ。ブラックは援護お願い」
「よしっ」
ブラックは今度は守備力を上げるバマツを唱えた。
敵の呪文よりも直接攻撃に対して備えた訳である。
わたしとフィナはクルーと共にマイルフィックに攻撃を仕掛けた。
まずフィナが素早くマイルフィックの後ろに回りこみ一撃を加えた。
たいしたダメージは与えられない、が、これはフェイント。
フィナに気を取られたマイルフィックはわたしとクルーに背中を向ける恰好になってしまったのだ。
フィナが作ってくれたわずかな隙を見逃す事無く、わたしが飛び掛る。
その気配に気付いたマイルフィックが慌てて振り返ったけれどももう遅い。
わたしはマイルフィックの胴体を横殴りに、上下真っ二つに切裂いた。
ギャアーーー
悲鳴をあげながらよろめくマイルフィック。
そして今度はクルーが頭から首、胸元、胴体と真っ直ぐに村正を振り下ろした。
グギャアーーーーー
マイルフィックの断末魔の雄叫びが響く。
さすがの大悪魔も身体を十文字に切裂かれては生きてはいられない。
完全に絶命してその場に崩れ落ちてしまった。

「ポー、仇は取ったぞ」
ルパに抱かれたまま依然として気を失っているポー。
自分を助ける為にポーが犠牲になったとクルーは済まなそうな顔をしていた。
「まあ死ぬわけじゃないんだし、そんなに気にしなさんな」
フィナはクルーの肩をポンポンと叩いている。
「フィナー、ちょっと気楽過ぎるよ、それ・・・」
「細かい事はいちいち気にしないってね。それがあたしの長所なのよ」
うーん、なんとも楽天的な性格。
だけど、フィナはフィナなりにクルーに気遣っているんだろうな。
「さーてと宝箱。ブラック、カルフォしてよ。
失敗出来ないんだから」
「了解」
フィナとブラックは宝箱の罠の解除に取り組み始めた。
ところで、カルフォというのは宝箱に仕掛けられた罠を見抜く呪文の事で、より確実に宝箱を開けたい時などに使うものだ。
それはさておき。
「クルー、ルパってひょっとして・・・」
わたしはまだポーを抱き上げているルパを見ながら言った。
「ん、ルパがどうかしたのか?」
「イヤ、だからね・・・」
侍という職業柄、相手の気を読むのが得意なはずのクルーもこういう事になると意外とニブイなあ。
「ルパがポーの事をね」
わたしが話を続けようとした時
「これだあ!」
とフィナのおっきな声がしたのだ。
「どうしたの、フィナ?」
「これでしょ、これ。伝説の鎧って!」
「ああ、間違いないな」
フィナの手から鎧を受け取ったブラックが、その鎧の正体を見極める。
ビショップであるブラックだけが持つ特殊能力だ。

それは白銀に輝く鎧だった。
肩当は3重構造、鎧全体に筋彫りのような紋様が施してある。
胸元には大きなダイヤモンドの結晶が埋め込まれていた。
これがかつてダイヤモンドの騎士が身に着けた鎧なんだ。
ロードであるわたしはやはり剣や鎧などの武具には一際興味を引かれる。
しげしげとその鎧に見入ってしまっていた。
単にダイヤモンドが美しいとか云うだけでなく、この鎧には何か不思議なものを感じる。
言葉ではうまく説明出来ないけれども、この鎧に刻まれてきた歴史やかつてのダイヤモンドの騎士の記憶みたいなものを。
つまりはそれだけの存在感を持って、その鎧はそこにあった。
「ホラよ、レオナ」
ブラックが鎧をわたしに差し出してくれた。
「わたしが装備していいの?」
わたしは恐る恐る聞いてみた。
それは・・・わたしだってこの鎧を身に着けてみたい。
でもこれはパーティの問題、わたしひとりのわがままを通す訳には行かないからね。
「そんなの当たり前じゃない、ねえクルー」
「レオナが装備しなかったら誰が装備するんだよ、なあ」
フィナとクルーはわたしが鎧を装備する事を快諾してくれた。
「分かった、ありがとう」
わたしはブラックから鎧を受け取り、早速装備してみる事にした。
一応男子達には後ろを向いてもらって、自分も背中を向けてから身に着けていたマントや剣を外し、今までの鎧を脱いでフィナに預けた。
鎧の下に着ていたシャツが汗でぐっしょりと濡れていてちょっと気持ち悪いけど構わない事にする。
そして伝説の鎧を身に着ける。
見かけによらず軽くて動き易い。
小柄なわたしの身体にもピタリとサイズが合っている。
まるで鎧の方からわたしの身体になじんでくれているような感覚があった。
それに何とも不思議な力が身体の奥から湧きあがってくるようだ。
戦いの疲れすらも癒してくれるような。
「どう?」
「いいみたい。とても軽くて」
わたしは軽く飛び跳ねながら応えた。
「それは良かった。
ところでレオナ、これからどうするんだ?」
クルーはわたしに先に進むのかそれとも戻るのかを確認する。
「そうねえ・・・ルパ、ポーの様子はどう?」
「もう少し休ませてあげたい」
「そっか」
ルパってポーの事を本当に心配しているんだね。
「それじゃあ今日はもう戻りましょう。ブラック、マロール使えるでしょ」
「オーライ」
元魔法使いのブラックは全てのメイジスペルを習得している。
わたしたちはブラックの呪文で地上へと戻った。

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