小説ウィザードリィ外伝1・「姉さんのくれたもの」

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STAGE 5

「そう、ソークス助からなかったの・・・」
「ごめんなさい、約束守れなかった」
「仕方ないわ。本当によくやってくれました。感謝しています」
地上へ戻ったわたしたちはその足で王宮へと向かい、アイラス姉さんに事の次第を報告した。

ソークス姉さんに出会えた事。
わたしがソークス姉さんを斬ってしまった事。
アークデーモンと名乗る悪魔の事。
デーモンロードと四天王の事。
姉さんの蘇生を試みたけれども失敗に終わってしまった事。
そして、形見の剣の事。
話す事は山ほどあった。
姉さんはわたしの話にいちいち頷きながら、そして時折質問を挟みながら、真剣に聞いてくれていた。
さすがに女王らしい毅然とした態度で涙こそ流さなかったけれど、ふと見せる悲しそうな表情が今回の事件に対する姉さんの心の痛みを表しているのだろう。
そんな姉さんを見ながら話すのはとても辛かったよ・・・
「ソークスにはソークスなりの考えがあっての事だったのでしょう。
わたしはその事についてはもう何も言いません。
今はソークスが安らかに眠ってくれる事を祈るのみです」
アイラス姉さんは両手を組んで目を閉じるとじっと祈りを捧げている。
魔法使いの呪文の修行をしてきたソークス姉さんに対して、アイラス姉さんは子供の頃から僧侶の呪文を勉強していた。
そのせいもあってか、アイラス姉さんはわたしたち3姉妹の中では一番信心深い性格だ。
姉さんが祈るのに合わせて、わたしたちもじっと黙祷する。
ソークス姉さんが安らかな眠りについてくれる事を願って・・・

アイラス姉さんの祈りが終わった。
閉じていた目を開き、わたしたちに視線を戻す。
「レオナ、そして皆さんもお疲れ様でした。今はゆっくりと休んで下さい」
「それなんだけど・・・」
わたしはそこでいったん言葉を切ってみんなをグルッと見回した。
クルーもフィナも、ルパもポーもブラックも、みんながわたしに熱い視線を注いでいる。
そう、みんなもわたしと同じ気持ちなんだね。
「それなんだけどね、わたしたちもう少し迷宮に降りてみるつもりなの」
「えっ、どうして?」
「デーモンロード、ううん、アークデーモン。
姉さんを殺したアイツだけはどうしても許せない。アイツだけは絶対に倒しておきたいの」
「そんな・・・
皆さんはどうなのですか? レオナと同じ気持ちなの?」
姉さんは心配そうにわたしたちを見ている。
「もちろんレオナと同じ気持ちよ」
とフィナ。
「レオナがそう言ってくれてホッとしたわ。
もしこれっきり迷宮には降りないなんて言い出したらどうしようかと思っていたもの」
「そうだよな、アイツだけは許せないよな。レオナ、行こうぜ」
とクルー。
「地獄だろうとどこだろうと、オレにかかりゃどうって事ねえしな」
「調子いいわねえ、ブラックは」
わたしはクスリと笑ってしまった。
「もちろん僕も行きますよ」
とポー。
そしてルパもわたしを見て頷いてくれている。
「ありがとうみんな。わたしと一緒に行ってくれるのね」
「当たり前だろ、オレたちはパーティの仲間なんだから」
パーティの仲間、か。
なんて勇気の出る言葉なんだろう。
「姉さん、聞いた通りよ。わたしたちもう一度迷宮に降ります。
そしてソークス姉さんの仇を討ってきます」
わたしはキッパリと宣言した。
姉さんはまだ少し驚き戸惑った様子だけれども、それでも何とか納得してくれたみたい。
「分かりました。それでは女王としてわたしからあなたたちに一つ命令します」
「命令?」
「そうです。必ず生きて帰ってきなさい。命令はそれだけよ」
今度はわたしがその内容に少し驚いた。
驚いたけれども、でもとても嬉しかった。
そう、その「命令」は今の姉さんに出来る最高の思いやりなんだね。
「分かったわ。姉さん、心配掛けてごめんね」
「いいのよ。そうだレオナ、このソークスの形見の剣、これあなたが持って行きなさい」
アイラス姉さんは、わたしたちが持ち帰ったソークス姉さんの形見の剣を差し出した。
「えっ、でも・・・」
「あー、それは魔法使いでも扱えるような軽いだけが自慢の細身の長剣だぜ。
ロードのレオナが使うには少し物足りないだろう」
ビショップのブラックはアイテム関係にはめっぽう詳しい。
「使わなくても良いじゃない。ただ持って行くだけでも。
いつもソークスと一緒にいると思えば、それだけでも勇気が湧くでしょ」
「そうだけど・・・いいの?」
「ええ、持って行きなさい。そのほうがソークスも喜ぶわ」
「うん分かった。ありがとう」
わたしはソークス姉さんの形見の剣を受け取り、しっかりと握り締めた。
身体の奥から勇気がどんどん溢れてくるような感じがしてなんだか不思議だった。

「ねえ、少し寄りたい所があるんだけど」
翌日、迷宮に降りてすぐわたしはみんなに提案した。
「寄りたい所って?」
「フラックの所なんだけどね」
「フラック?」
「何でまた?」
わたしの答えにみんなが驚いた、まあ予想はしていたけれどもね。
「うん、何か話が聞けるんじゃないかと思って」
「レオナがそう言うんだったら行ってみるか」
クルーが同意してくれた事で今日の方針が決まった。
「それなら行きましょうか」
言うやポーは早速マロールを唱え始めた。
わたしたちは、いつもの重力が消えてしまうかのような感覚に包まれていった・・・

フラック。
地獄の道化師として恐れられているこの妖魔は、かつてタイロッサムの護衛を務めていた。
わたしたちがタイロッサムを討った時ももちろんフラックと戦って倒している。
しかし、倒しても倒しても地獄から舞い戻って来るらしく、タイロッサム亡き今も玄室を守護しているという訳だ。
わたしたちはフラックを修行の相手として何度も何度も戦ってきた。
そのフラックから話を聞こうと言うのだ、みんなが驚くのも無理ないよね。
そして。
わたしたちはフラックの待つ玄室へと実体化したのだった。

「いきなり来るかもしれないから気を付けて」
わたしはみんなに注意を促した。
何しろ闇の中からいきなり襲い掛かったかと思うとあっという間に首を撥ねてしまうようなヤツだ。
いくら用心してもし過ぎという事はない。
玄室の奥で何かが動いているような気配がしたかと思うと突然、緑と赤の道化服に身を包んだ小男がわたし目掛けて飛びかかってきた。
わたしは、フラックの放つ剣戟ををわたしが持つカシナートの剣で払ってから
「待って」
と叫んだ。
フラックの動きが止まる。
「わたしたちよ、分かるでしょ」
「ケケッ、お前さんがたかい。オレはもうあんたらとはやりたくねえ。
用がねえならとっととけえりな」
道化師の声は何とも甲高く迷宮内に響いた。
今まで何度もやり合ってきたから、フラックとわたしたちは既に顔なじみと言っても良かった。
で、わたしたちが何度もフラックを倒してきたので、もうわたしたちとは戦いたくないという事なのだろう。
「用があるから来たんだけどな」
「何だ、その用ってのは?」
「デーモンロードと四天王について知っている事があったら教えて欲しいの」
「デーモンロードだと・・・」
フラックの表情が一瞬凍りついたように感じられたのは錯覚だろうか?
「何か知っているらしいな」
クルーもわたしと同じ事を感じたらしい。
そう、フラックは知っているんだ、デーモンロードについての何かを。
知っているなら教えて欲しい、今は少しでも情報が欲しいのだから。
「ねえ、教えてくれないかな」
「そんな事を聞いてどうするんだ?
まさか戦いを挑もうってわけじゃあないだろうが」
「こっちはそのまさかのつもりよ」
地獄の道化師相手にこんな事を堂々と言ってのけるフィナだった。
フラックはしばし呆れたような顔をしていた。
地獄の道化師の呆れ顔なんてそう滅多に見られるものじゃないけど。
そして「カッカッカッ」と高笑い。
「そんなにおかしい?」
「まさかデーモンロードに戦いを挑もうなんて人間がいるとは思わなかったワイ」
フラックはまだ笑っている。
笑われたフィナの方は反対にふくれっつらだ。
わたしは異次元迷宮でソークス姉さんに再会してからの事をフラックに説明した。
「なるほど・・・ソークス殿は死んでしまったか・・・
よし、オレの知っている事を話そう。
デーモンロードはその名の通り、悪魔の中の王、言わば魔界の神と言ってもいいだろう」
「魔界の、神・・」
わたしはソークス姉さんが言っていた「魔神」という言葉を思い出していた。
「そして四天王はデーモンロードに仕える最強の悪魔どもだ。
マイルフィック、ホーンドデビル、バンパイアロード・・・
おっと、こいつは正確には悪魔ではないがな。
そしてアークデーモンだ」
「アークデーモン・・・」
絶対に忘れる事の出来ない名前だ。
「どいつもべらぼうに強いぞ。
オレも昔は四天王の仲間になろうとしたがダメだった。
まるで話しにならん、奴らはそれくらい強い」
「フラックがまるで相手にならないだなんて」
「そうだ。デーモンロードはその四天王の更に上を行く強さだという。
実際に戦った事はないからよくは知らんがな。
そんなのに戦いを挑むつもりなのか、お前らは?」
「わたしたちでは絶対に勝てない、と?」
わたしは少し、ううん、かなり、いやとっても不安になってきた。
「まず勝てな・・・」
フラックはそこまで言うと何か思いついたらしい、わたしの顔をじっと見つめていた。
「イヤ待てよ・・・
お前さん確かリルガミンの姫さんだったな?」
「ええ、そうだけど」
「なら知っているんじゃないか? ダイヤモンドの騎士の伝説を」
フラックの言葉にわたしの心臓が一瞬だけ「トクン」と鳴った。
そう、わたしはその「伝説」を知っていたからだ。

ダイヤモンドの騎士。
王家に古くから伝わっている話として子供の頃からよく聞かされていた。
「レオナ、ダイヤモンドの騎士って?」
フィナがわたしの顔を不思議そうに覗き込んだ。
「うん、昔ね、リルガミンの王家を転覆させようとした者がいたの。
その者に追い落とされた若き王子は苦しい修行の末、数年後には王家を奪還する戦いを挑み、そして勝利したの。
その時に身に付けていたのがダイヤモンドの騎士の武具だったのよ。
その後もリルガミンが危機に陥る度にダイヤモンドの騎士が現れて国を救ってきたっていう・・・」
「その通りだ」
とフラック。
「もしもその伝説の武具、剣、鎧、盾、兜、そして篭手を全て集めて姫さん、あんたがダイヤモンドの騎士になればあるいは」
フラックはわたしの顔を見つめてニヤリと笑った。
「わたしがダイヤモンドの騎士に?」
「そうだ、あんたダイヤモンドの騎士の末裔だろう」
「そっかー、レオナはその王子の子孫なんだね」
フィナがいかにも納得とばかりに頷いている。
「わたし・・・ダイヤモンドの騎士の・・・末裔?」
言われてみればその通り、なんだけど、何しろ実感が伴わない。
遠い昔の伝説、言わば御伽噺のようなものだと思っていたダイヤモンドの騎士にわたしがなれ、だなんて・・・
「で、フラックさんよ、その伝説の武具とやらはどこにあるんだ?」
呆然としているわたしをほっといて話を進めるブラック。
「お前ら何年迷宮に潜っているんだ?
貴重な武具は強力な魔物が隠し持っているものだろう」
「となると、四天王ですか?」
「さすがにエルフの娘はカンがいいな」
フラックはさも満足気だった。
「調度いいじゃねえか。
どうせ四天王は倒すんだし、そのついでに伝説の武具とやらも戴こうぜ」
「そうね。わざわざ探す手間が省けるってもんよね」
ブラックとフィナの2人は相変わらず気楽だよなあ。
「やろうぜレオナ。四天王を倒してダイヤモンドの騎士になってみろよ」
クルーはいつもわたしを励ましてくれる。
「分かった。やろう、みんな!」
これでわたしたちの目標は決まった。
四天王を倒して伝説のダイヤモンドの騎士の武具を手に入れる。
そしてデーモンロードに挑むのだ。

気分はもう「ダイヤモンドの騎士」とばかりに意気込んでいるわたしの後ろで「あのー」とルパの声がした。
「フラックさん、ひとつ良いですか?」
こんな風にルパの方から人に話し掛けるのはちょっと珍しい事だった。
「何だ?」
「あなたがいつまでもここにいるのは単に冒険者を遮るためじゃないんでしょ?」
「どういう事、ルパ?」
「ひょっとして冒険者を遮るんじゃなくて、異次元迷宮の悪魔達がわたしたちの世界に入ってこないように見張っているんじゃないですか?」
「エエーー!?」
思ってもみなかったルパの発言にみんなが、そしてもちろんわたしも驚いていた。
その時だった。
その場の空気が大きく揺れるような感覚がわたしたちを襲った。
「クックックッ、本当にそのエルフの娘はカンがいい。
調度お客が来たようだ、そこで見物でもしてな」
フラックはクルリと踵を返すと玄室の奥へと向かって行った。
フラックが向かうその先には、ソークス姉さんが召喚魔法で悪魔達を呼び寄せた時のような、あの空間のゆがみが発生していたのだ。
「何か来る」
わたしはとっさにカシナートの剣を抜き、構えた。
「オレの獲物だ、邪魔すんじゃねえ!」
フラックが叫んだのと同時に、空間のゆがみから何者かが飛び出して来た。
「フォールンエンジェルとは嬉しいじゃねえか」
フラックがニヤリと笑う。
フォールンエンジェル、はるかな昔、天界から堕落したと云われる悪魔だ。
純白の法衣を纏った人間の女性のような容姿に大きくて白い翼、両手には背丈ほどもある槍を持っている。
そんな堕天使が3体、フラックの目の前に現れた。
フラックはまずブレスを吐き一体目を倒してしまった。
空中でブレスをかわした残りのフォールンエンジェルは、手にした槍でフラックに襲い掛かった。
フラックは少し身体を沈めただけでその槍をかわし、そして跳んだ。
キラリ、とフラックの剣が閃いたかと思うと、あっという間に残り2体の堕天使の首が胴体から切り落とされていた。
フォールンエンジェルが悲鳴を上げる間さえ無い、まさに一瞬の出来事である。
「おとなしくしてりゃあべっぴんさんなんだがな」
着地したフラックは足元に転がっていたフォールンエンジェルの首を脇へと蹴飛ばした。
わたしたちがポカンとその様子を眺めていると、フラックは戻ってきて言葉を続けた。
「ここはこの世界と異次元とを結ぶ場所だからな。
タイロッサム殿はここで異次元の悪魔どもを監視しておったわけだ。
また、未熟な人間が異次元へと迷い込まないようにとな、そっちの監視もしていたのだ。
魔物を召喚して放っていたのは、いつかそれらの魔物を打ち倒し、異次元へも乗り込めるような屈強の冒険者を育てる為だ、と言っておったわい。
タイロッサム殿亡き後もオレがここを守ってきたのも、まあそういう訳だ」
「そうだったんですか・・・」
ルパはいつ頃から気付いていたんだろう、わたしなんてそんな事考えもしなかったよ・・・
地上へ戻ったらアイラス姉さんにタイロッサムの事を話してみよう、姉さんもきっと分かってくれる。
わたしはそう信じていた。
「オレの話はこれくらいでいいだろう。お前らにはやる事があるはずだ、早く行け」
「ハイ、どうもありがとう」
「おおそうだ。ダイヤモンドの武具は5つ全て揃ってはじめて完璧な力を発揮する。
必ず全て手に入れろ」
「ハイッ!」
わたしたちはフラックの言葉を背にその場を離れ、そのまま異次元へと向かった。

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