小説ウィザードリィ外伝1・「姉さんのくれたもの」

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STAGE 4

「レオナー」
クルーが呼ぶ声でわたしは我に返った。
目の前には真っ赤な血に染まったソークス姉さんが倒れている。
「姉さん・・・」
わたしはその場にしゃがみ込んで姉さんの身体を抱え上げた。
「ごめんなさい、痛かったでしょう?」
わたしはそのまま姉さんをギュッと抱きしめた。
バカだバカだバカだ・・・
わたしはなんてバカなんだろう。
ソークス、アイラスの姉さんたちがいた為、女王の座とか後継ぎなんて全く考えていなかったわたしは勉強もそっちのけで子供の頃からずっと剣術をやってきた。
ソークス姉さんは魔法使いの呪文はスペシャリストだけれども、剣術ならわたしのほうがずっとうまいはずだ。
ソークス姉さん相手なら軽く剣だけを弾き飛ばしてやるだけで良かったのだ。
それなのに・・・いくらとっさだったからって、返す刀で姉さんを斬ってしまっただなんて。
深い後悔と自責の思い。
涙が溢れて姉さんの顔もよく見えない。
「ごめんなさい・・・」
わたしはしばらくそのまま姉さんを抱いていた。
すると・・・
「レ、オナ・・・」
わたしの腕の中の姉さんが本当に、本当にか細い声でわたしの名前を呼んだのだった。
「見せて」
事の次第を素早く察したルパはわたしから姉さんを引き取ると、姉さんの状態をじっと観察し始めた。
「傷はかなり深いわ。でも大丈夫、マディを掛けて少し休ませれば」
ルパは早速究極の治療呪文マディを唱え始めた。
ルパの手から溢れる見るからに温かそうな光が優しく傷付いた姉さんの身体を包んでいく。
「姉さん助かるのね」
わたしはホッと胸を撫で下ろした。
しかし・・・
わたしはまだ気付いていなかったのだ、背後からわたしたちを襲おうとしていた者の存在を。

「危ないレオナ、後ろー!」
フィナの悲鳴でわたしはとっさに身体を反らしながら後ろを振り返った。
避けたわたしの身体スレスレの所を一筋の熱い炎が突き抜ける。
あと一瞬でも避けるのが遅れていたら、わたしは炎の直撃を食らっていただろう。
わたしをかすめたその炎はまるで生きているかのように、真っ直ぐにルパと姉さん目掛けて伸びていった。
ルパはまだ姉さんに呪文を掛けている最中で、その場からは動けないままだ。
「危ない!」
一番近くにいたポーがルパの身体に飛び掛り、2人はそのまま転がって炎の急襲から逃れた。
しかし・・・
未だ傷の癒えないソークス姉さんは身動きする事さえ出来ずにいた。
炎はそのまま姉さんの身体を捉え、一気に包み込んでいく。
姉さんを飲み込んだ炎は瞬く間に業火へと膨れ上がった。
ポーが冷気の呪文ラダルトをぶつけてみても、炎の勢いは弱まる気配すらなかった。
この炎を創りだした者の魔力の高さがうかがえる。

「姉さん・・・」
わたしはまたもや全身の力が抜け落ちていくのを感じていた。
せっかく助かったと思ったばかりなのにこんな事って・・・
「しっかりしろレオナ。もうソークスは駄目だ。
それよりも敵に備えろ」
敵という一言がわたしを現実に引き戻してくれた。
もう姉さんは助からない。
そして今はそれどころではない、わたしたちを新たな敵が襲っているのだ。
「誰?」
わたしは周囲の様子に神経を配った。
クルーたちもわたしの周りに集まっていつでも戦闘態勢に入れるように構えている。

「クックックッ、まさかここまで辿り着きソークスを倒す者が現れようとはねえ。
たいした人達ですねえ、あなたがたは」
炎が、あまりにも巨大な紅蓮の炎がわたしたちの目の前に現れた。
炎はわたしたちを威圧せんとばかりに激しく燃え盛っている。
やがて、炎は少しずつ小さくなっていき普通の人間程の大きさになった。
炎の中に人のような姿が浮かぶ、いや、炎そのものが人の姿になろうとしているのだ。
そして。
炎は完全に消え、そこには緑の法衣を身に纏った一人の男が立っていた。
その顔は女性かと思える程に整っていた。
頭には羊の角を模したような冠、右手には炎で出来たムチ。
あのムチでわたしたちを襲ったに違いない。
男の目は氷のように冷たく尖っていた。
イヤ、冷たいのを通り越して邪悪な意思で満たされているとでも言うべきか。
悪魔だ、わたしは一目見て思った。
ただし今まで戦ってきた悪魔などとは強さの桁が違う、わたしの直感がそう訴えていた。
悪魔はうっすらと笑みを浮かべているようだった。
「あなたは、誰?」
迂闊に手は出せない。
わたしは細心の注意を払いながら目の前の悪魔に話し掛けた。
「アークデーモン、とでも申しておきましょうか」
悪魔は静かにそう名乗った。

「アークデーモン? ルパ、知ってる?」
わたしはいつものごとくルパに聞いてみた。
しかしルパは黙って首を横にふるだけ。
「ルパが知らないとなると・・・」
「今まで誰も戦った事が無いって事かしら」
ルパは文献などで記録に残っているモンスターについて熟知していると言っても良いくらいに普段から勉強していた。
そのルパが知らないという事は記録に残っていないという事になる。
「わたしの事をご存知ないのも無理はありますまい。めったに人前に姿を現す事はありませんからねえ」
悪魔は尚も話し続けた。
「それにしてもあなたがたは凄い。あのライカーガスやグレーターデーモンまでも倒してしまうとは。
いやはや、人間業ではない」
「お褒めに預かり光栄ですね」
わたしは皮肉たっぷりに応えてやった。
悪魔はわたしの返事を聞いて笑っている。
「クックックッ、確かに人間業ではない。
しかし、デーモンロード様配下の四天王のひとり、このアークデーモンの敵には非ず」
デーモンロード? 四天王?
ちょっと待ってよ、こんなのがまだ何人もいるっていうの?
わたしはひとりで勝手にパニックになっていた。
しかし悪魔はそんなわたしの気持ちなどお構い無しに話し続ける。
「お前たちをこの場所で叩き潰すのは簡単だ。しかしそれでは面白くない。
来るが良い、地獄へ。
そこで苦しみ、そして死ぬのだ。
この迷宮の5階に固く閉ざされた扉があった筈だ。あれが地獄への入り口。
扉は開けておく。
命が惜しくなければ来るがいい」
悪魔はそこまで言うと再び自らの姿を炎に変えた。
炎はいったん勢いよく燃え上がったかと思うとやがて急速に小さくなり、わたしたちの目の前からスッと消えた。
わたしたちはみんな、しばらく呆然としていた。
アークデーモン、デーモンロード、四天王といった言葉がわたしの頭の中で大きく渦を巻いている。
そこへ・・・
「地獄へ来い、だとよ。どうするんだレオナ?」
と言うブラックの声でわたしの意識は現実に引き戻された。
「どうするかはこれからみんなで考えよう。
取りあえず今は帰り・・・アッ、姉さん! どうなったの?」
炎に包まれた姉さんの事を思い出したわたしは、急いで姉さんが倒れている場所へ駆け寄った。

すでに炎は消えていた。
姉さんの身体はあれだけの炎に包まれたにも関わらず、思ったよりも綺麗だった。
身に纏っていた魔法の法衣が炎を退けていたのだろうか。
どうにか黒焦げになるのだけはまぬがれたようだ。
しかしよく見ると火傷の痕がかなりひどい。
生命活動は・・・明らかに停止していた。
わたしはガックリとその場にへたり込んでしまった。
こんな事って・・・こんな事って・・・
必ずソークス姉さんを連れて帰るってアイラス姉さんと約束したのに。
その約束ももう守れない、わたしは目の前が真っ暗になってしまった。
のだが・・・
「蘇生出来ませんか、ルパ?」
「蘇生?」
ポーの思ってもみなかった言葉がわたしの胸にもう一度希望の灯を燈したのだった。

蘇生。
呪文による治療が確立しているこの世の中ではまた、呪文によって死者を生き返らせる事も決して不可能ではないのだ。
しかしそれには条件がある。
ひとつは蘇生される者の生命力。
病気や老衰、か弱い子供などは蘇生呪文を試みても、たいていの場合は生き返る事は出来ない。
肉体そのものの生きようとする力が大切なのだ。
また当然の事ながら肉体が破損していない事も要求される。
そしてもうひとつは蘇生呪文を唱える者の信仰心。
神がかり的な力を必要とする蘇生行為は文字通り神の助けが、そしてそれを引き起こす信仰心こそがどうしても必要不可欠なのであった。
ロードであるわたしやビショップのブラックもいくらかの僧侶呪文は扱える。
ちょっとした怪我程度なら呪文で治療出来る。
しかし、死者の蘇生となると話は別だ。
わたしたちのパーティの中でそんな事が出来るのはエルフ族のルパしかいないだろう。
エルフ族は我々人間よりもずっと信心深い種族なのだ。

「何とか蘇生出来ませんか、ルパ?」
ルパは姉さんの遺体の状況を調べ始めた。
果たして蘇生に耐える事が出来るのかどうか・・・
「難しいと思う。生命力がかなり低い。
ずっと太陽に当たっていなかったせいか、身体が弱っていたみたい。
火傷の跡も・・・ちょっとヒドイかな。
ディじゃ無理ね。いきなりカドルトを使わないと」
遺体の状況が良ければディの呪文で蘇生出来る。
しかし失敗すれば遺体は燃え尽きて灰になってしまう。
それでもまだ絶望という訳ではなく、カドルトの呪文で蘇生出来るのだ。
ただしそれに失敗するともう2度と蘇生する事は出来なくなる。
今回は遺体がかなり傷んでいるのでいきなりカドルトを使うのだという。
失敗すればそれで終わり、チャンスは1回だけ・・・
ルパはわたしの顔をじっと見ている。
わたしは少し迷ってから答えた。
「お願い、やってみて」
「分かった」
ルパは呪文を唱え始めた。

わたしは祈った。
懸命に祈った。
今まで神様なんてろくに信じていなかったのに、こんな時だけムシがいいと思われるかも知れないけれど。
それでも一心に祈った。
神様お願い、姉さんを、姉さんをもう1度生き返らせて。

ルパの呪文の詠唱が終わった。
ルパの手から溢れた光がやがて姉さんの身体を包み、辺り一帯を明るく照らし出した。
光に包まれた姉さんの身体が一瞬、生気を取り戻したかに見えた、のだが・・・
次第に光は弱くなり、やがては消えてしまった。
辺りは再び闇へと戻っていく。
わたしたちはルパを、そして姉さんをじっと見守っていた。
ルパはまだ祈り続けている。
そして・・・
最後に「ハッ」と強く念じたようだった。
すると・・・姉さんの身体からまたも炎が噴出し始めたではないか。
「ルパ、どうなってるの?」
フィナの問にルパは視線をソークス姉さんから外す事無く答えた。
「生命エネルギーが再び燃え始めたの」
「それじゃあ成功したのね!」
「分からない・・・」
「えっ・・・?」
喜んだのもつかの間の事だった。
「やるだけの事はやったけどまだ分からないの。
このままうまく行けばいいけど、下手をすると・・・」
ルパの返事にわたしの心はまたも不安で一杯になった。
どうして? 駄目なの? どうなの?
そして。
姉さんの身体が、まるで焚き火の中に放り込んだ紙切れが燃え尽きてしまうかのように炎の中で消えてしまったのだ。
姉さんの身体が消えると同時に炎も消えた。

「どうなったの?」
ルパはグッと唇を噛み締めたまま答えない。
「ルパ、どうなったの?」
もう一度だけ、わたしは静かな声で聞いてみた。
その声が震えているのが自分でもよく分かるくらいだった。
「ごめんなさい、駄目だった・・・
生命力が燃え尽きてしまって・・・ソークス生き返れなかった。
ごめんなさい、わたしが未熟だから・・・ごめんなさい」
ルパは涙声で、それでも必死に答えてくれた。
「そう、駄目だったの・・・ありがとう、ごめんね、迷惑かけて」
わたしは必死に悲しみを堪えようとした。
なのに。
あれっ? どうして?
涙が止まらない。
次から次へと涙が溢れてくる。
泣いたら駄目なのに、こんな所で泣いてなんかいられないのに。
どうしても涙が止まらないよ。
「レオナ、大丈夫か・・・」
クルーが優しくわたしの肩を抱いてくれた。
わたしがくじけそうな時はいつも叱ってくれた。
わたしが落ち込んだ時は慰め、励ましてくれた。
そして今、悲しみに飲み込まれそうなったわたしをクルーは優しく励まそうとしてくれているんだ。
「クルー・・・」
わたしはそのままクルーの胸で泣いていた。
自分ではほんの少しのつもりだったのに。
けど後でフィナに聞いたら、いつ泣き止むか分からないくらいに泣いていたって・・・

しばらくして・・・
ようやく泣き止んだわたしにブラックが1本の剣を差し出してくれた。
「ソークスが持っていた剣だ。さっきお前に斬りかかったヤツだな。
まあ形見だと思って持ち帰ったほうがいいんじゃねえか。
辛いならムリにとは言わねえけど」
わたしはその剣をブラックから受け取るとしっかりと胸元で抱きしめた。
「うん、これは持って帰るわ。ありがとうね」
「礼なんかいいよ。さあ帰ろうぜ」
ブラックはなんだか少し照れくさそうだった。
「そうね、帰ろう。ポー、マロールお願い」
「ハイ、行きますよ」
瞬間移動の呪文マロールで身体がフワッと軽くなる。
こうして、わたしたちはようやくの事で地上へと戻ったのだった。

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