小説ウィザードリィ外伝1・「姉さんのくれたもの」

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STAGE 3

ニーズホッガーとの戦闘でわたしたちが得たものはとても大きかった。
まず最強のドラゴンを倒したという経験から来る自信。
この経験の積み重ねがわたしたちを少しずつ強くしていく。
宝箱からは多額のゴールド。
そして一振りの刀があった。
ブラックの鑑定によると、この刀こそが侍のみが扱いを許されたあの妖刀村正であるという。
さっそくクルーが使う事にしたのだけれども、これが半端じゃなくよく切れる。
今まで使っていた刀も悪くはなかったけれども、この村正はその数倍の切れ味だとクルーは満足気だった。
この妖刀村正によってパーティの戦力は大幅にアップしたと言って良いだろう。
そして・・・
あれから1週間、わたしたちは異次元迷宮の1階の探索を続けていた。
それなりに強いモンスターもいた。
ライカーガス、グレーターデーモンといった悪魔ども。
レスバーグという鳥に似たドラゴン。
地獄の番犬ガームなど。
しかし、ニーズホッガーとの戦闘で大きく成長したわたしたちは、それらのモンスターを次々と撃破していった。
そして今、このフロアの探索もあと1区画を残すのみとなっていた。

「ここが最後の扉になるかと思います」
ポーが手持ちのマップと迷宮の地形とをしきりに見比べている。
ここは異次元迷宮の1階の南西部に当たる。
わたしたちの目の前には扉がひとつ。
その向こう側にはまだ足を踏み入れてはいなかった。
言わば異次元迷宮の最深部であり、そこにソークス姉さんがいるだろうとわたしたちみんなが思っていたのだ。
「みんないいわね、それじゃあ行きますか」
わたしは目の前にある扉をゆっくりと開けた。
モンスターと出くわす可能性があるため迂闊には入れない。
わたしたちは向こうの様子を伺いながらゆっくりと、最後になるであろう玄室へと入って行った。
「いないようね」
フィナが言ったのはこの玄室を守るモンスターの事だ。
扉を開けるとたいていはモンスターと出くわす事になっているはずなのに・・・
「まあいないならいない方が良いだろう。無駄な戦闘はしない方ががいい」
「そうよね」
クルーの意見にわたしは素直に同意した。
さて、モンスターがいない事を再度確認した後、わたしは改めて玄室内を見渡してみた。
それほど狭くはないこの玄室は少し複雑な形をしているようだった。
何本かの石の柱が立っていて、一度に全体を見る事が出来なくなっていた。
「少し歩きましょう。簡単にマッピング出来るかと思います」
「分かったわ」
ポーの意見でマッピングを開始したものの、すぐに終わってしまった。
「何も無いわよ」
「おかしいですねえ。これでこのフロアのマッピングは完了したのですが・・・」
「本当かオイ? まだ何か忘れてるんじゃねえか?」
フィナやブラックがいぶかしがるのも当然な事で、ここに何かがあると踏んでいたわたしたちはすっかり拍子抜けしてしまった。
わたしも「困ったな・・・」と一見何も無いこの玄室内を眺め回していた。
柱の中に何かあるかも、とフィナはしきりにコンコンと叩いてみたけれど、どうやら何も無いらしい。
すると・・・
「レオナ、ちょっと」
玄室の隅で何かを調べていたルパがわたしを呼んだ。
「どうしたのルパ?」
「ここ」
ルパが指差すところをよく見てみると、壁の中に深い緑色をした宝玉のような物が埋め込まれてあった。
かなり巧妙に隠してあった上に、壁に生えた苔の色にまぎれて今まで気が付かなかったのだ。
「何だろう?」
わたしはその宝玉にそっと手を触れてみた。
するとどうだ?
宝玉が突然輝き始め、天井目掛けて一筋の光を放ったではないか。
宝玉から発せられた光を受け、今まで何も無かったはずの玄室の天井部分が突然輝き出した。
みんなが呆然とその天井を眺めていると、それはやがて魔方陣の形を描き出していた。
そしてその魔方陣から光に包まれたものが真っ直ぐに降りてきた。
先端部分が迷宮の床に着くとやがて光は薄れていく。
完全に輝きを失ったそれはまぎれも無くハシゴだった。
「ここを昇れって事か」
わたしは今は輝きを失っているそのハシゴに手を掛けてみた。
強度的には問題は無いらしい。

「まだあるのお?」
「ここが地下1階部分だから、これを昇ると何処に出るんだ?」
また新しいフロアを一から探索しなければならないのかと、みんな少しうんざりしているようだった。
「仕方無いわ、行きましょう」
わたしはそのハシゴを昇り始めた。
「待って」
突然ルパがわたしを呼び止めた。
「ん、どうしたのルパ?」
「感じる・・・人の気配。
何だかレオナと似ているみたい。この上、すぐそこに」
「わたしに似ている気配って・・・」
「ソークスの事じゃないのか」
「それじゃあこの上にソークスがいるのね!」
わたしたちの矢継ぎ早の質問にルパは少し戸惑いながら
「多分」
とだけ答えた。
「行こうぜ、レオナ」
「うん」
本当にここにソークス姉さんがいるのだろうか?
わたしははやる気持ちを押さえながらゆっくりとハシゴを昇っていった。
そして。
ハシゴを昇りきったわたしたちの目の前に、ソークス姉さんは確かにいたのだった。

階段を上がったそこは質素な書斎風の部屋になっていた。
部屋の中央には回転椅子、そこには一人の女性が向こうむきに腰掛けていた。
その椅子がゆっくりと回り始める。
こちらを向いた女性の顔を見たとたん、みんなが驚きの声を上げた。
「アイラス!」
目の前にいるその女性は、リルガミンの女王でありわたしの姉さんでもあるアイラスにそっくりだったからだ。
「こんな所にいたんだね、ソークス姉さん」
2年ぶりの再会だった。
熱いものがこみ上げてくるのを必死に堪え、努めて冷静さを保とうとした。
「この人がソークス? そっか、確かアイラスとは双子だって・・・」
フィナはようやく状況を察したようだった。
「そう。この人がソークス、わたしの姉さんだよ」
本当ならば今すぐにでもソークス姉さんに駆け寄って再会した喜びを噛み締めたかった。
しかし、わたしにはまずしなければならない事があった。
「姉さん、どうして・・・?」
わたしがしなければならない事、それはソークス姉さんに失踪の訳を問いただす事だ。
わたしたちみんながソークス姉さんの反応をじっと見守っていた。
しばしの沈黙。
その沈黙に耐えられなくなったわたしはグッとソークス姉さんに詰寄った。
「姉さん、どうして?」
「このような所までよく来てくれましたね、レオナ」
2年ぶりに聞く姉さんの声はわたしが知っている声とは違ってとても冷たい感じがした。
まるで何の感情も持っていないかのような・・・

「あなた方の活躍はいつもここで見ていましたよ」
「ここで?」
フィナの疑問に答えるためにソークス姉さんは部屋の奥にあるテーブルを指差した。
そのテーブルの上には人の頭程の水晶玉がひとつ。
姉さんがスッと手をかざすと今この部屋にいるわたしたちの姿が映し出されていた。
「あれだけの試練を乗り越え、よくぞここまで辿り着きましたね」
「その水晶玉であたしたちを見てたんだ」
「その通りです」
取りあえずフィナは納得したようだった。
しかしわたしはそんな水晶玉になんて何の興味も無かった。
「姉さん、どうして? 何のためにわたしたちの前から姿を消したの?
こんな所で一体何をしていたの?」
姉さんはじっとわたしを見つめ、どう答えるべきか考えているようだった。
そして静かに話し始めた。
「わたしが失踪した理由、それはこの世界を再構築する為です」
「えっ?」
あまりにも意外な、誰も予想だにしなかった答えだった。
「この世界はあまりにも酷過ぎます。
戦争、貧困、飢餓、流行り病、人間の欲望と憎悪。
これらのものがはびこるこの世界を再構築する事がわたしの目的です。
その為には今あるこの世界をいったん破壊してしまわなければなりません」
「姉さん、何言ってるの・・・」
わたしには姉さんの言っている事は理解不可能だった。
「その目的達成の為には手段は選びません。
わたしは魔界から魔神を呼び出さなければならないのです。
たとえ妹のレオナだとて邪魔は許しません」
ソークス姉さんの思ってもみなかった厳しい口調、こんな物言いをする姉さんは初めてだ。
そしてソークス姉さんは何やら呪文を唱え始めた。
あの呪文は確か・・・
「ちょっと姉さん、待って!」
わたしは何とか姉さんを引きとめようと歩み寄った。
しかし、あと1歩の所で姉さんの身体が私の目の前からフッと消えてしまったのだ。
「マロールですね」
ポーの説明を聞くまでもない。
ソークス姉さんも子供の頃から修行を積んだ一流の魔法使い、マロールの呪文などはお手の物なのだ。
「ボォっとするな。レオナ、追うぞ!」
「うん」
クルーの一言で我に返ったわたしは姉さんを追う為にこの部屋へと昇ってきたハシゴを降りた。
が、ハシゴを降りたわたしたちを待っていたのはライカーガス、グレーターデーモンらの群れだったのだ。
「こんな時に・・・」
今までもこいつらとは何度か戦ってきた。
強敵ではあるが勝てない相手ではない。
ただ、仲間を呼ぶというグレーターデーモンの性質の為に戦闘が長引く事が多いのだ。
今は少しでも時間が惜しい。
だからと言って逃げ場は無い。
わたしたちは目の前の敵を倒さなければならなかった。
「手っ取り早く片付けましょう」
フィナは素早くグレーターデーモンに飛び掛っていた。
フィナの手刀が正確にグレーターデーモンの急所を断ち切っていき、あっという間に3体を始末、グレーターデーモンは全滅してしまった。
「クルー、わたしたちは!」
「分かってる、ライカーガスだな」
わたしとクルーは続け様にライカーガスに斬りかかった。
まずわたし、そしてクルーの持つ妖刀村正がライカーガスを真っ二つに切裂いていた。
かつての強敵も成長したわたしたち、特にクルーの村正の前に敢え無く散っていったのだ。
ホッとしたわたしは
「フウ、さて行きましょうか」
と先を急ぐつもりだった、のだが・・・
「あっ、ちょっと待って。宝箱があるわ。開けてみましょうよ」
「フィナ、こんな時に宝箱なんて。ほおっておきなさいよ」
「いいから、いいから。ちょっとだけ待っててよ」
フィナは早くも宝箱の罠を外しに掛かっていた。

「それにしてもソークスはどこへ行きやがったんだ? ルパ、何か分かるか?」
「そう言えばそうね。ブラックにしては珍しくまともな事を言うのね」
「うるせえんだよ」
「どうルパ、何か分かる?」
「やってみる」
ルパはこっくりと頷くとじっと目を閉じて精神を集中させていく。
五感を、いやきっとそれ以上の感覚を研ぎ澄ませて辺りの雰囲気を探っているようだった。
ルパがソークス姉さんの気配を捉えてくれれば話は早いのだが・・・
しかしルパは大きく息を吐き出すと、首を横に振ってみせた。
「ゴメン、よく分からない・・・」
「そう」
パーティ全体に落胆の色が伺えた、その時だった・・・
フワッと身体を浮き上がらせるような感覚がわたしたちを襲ったのだ。
「えっ?」
「何だ?」
「フィナ、まさか!」
「ゴメン、テレポーター引いちゃった!」
「ゴメンじゃねえだろ、オメエ」
フィナが見事に引き当てたのは、パーティをどこか別の空間へと弾き飛ばしてしまうトラップ、テレポーターだった。
どこへ飛ばされるのかは・・・誰にも分からなかった。

「うっ・・・いったー」
床に身体ごと叩きつけられるような感覚でわたしは我に返った。
もしもさっきのテレポーターで石の中にでも放り込まれていたらパーティは全滅していたかも知れないのだけれども・・・
何とか生きているらしい。
「みんな、大丈夫?」
「ああ、助かったらしいな」
クルーの声にわたしは少しホッとした。
それにしてもフィナのヤツ、こんな時にテレポーター引くなんて、なんてドジなのよ。
「フィナよぉ、相変わらず下手だなあ、オイ」
「うう、ゴメン」
ブラックのツッコミに手を合わせて必死に謝るフィナ。
いつもなら「なによお」って感じなのに、さすがに今回は場合が場合だったからね。
結局さっきの宝箱からは小額のゴールドを得たに過ぎなかった。

「それにしても、ここ何処?」
わたしはキョロキョロと辺りを見回してみた。
「ちょっと待って下さい、今確認しますから」
ポーはパーティの現在地を確認すべくデュマピックの呪文を唱え始めた。
トントン。
ルパがわたしの肩を叩いてから、「あそこ」と少し遠くを指差している。
「何かあるの?」
わたしは視線をそちらに移した。
暗闇の中にボヤッと青白い光が浮かんでいる、ように見える。
「何だろう? ポー、現在地の確認出来た?」
「分かりました。ここはこのフロアの一番広いエリアです。
その東側になりますね」
「よし、それじゃああの光の方へ行ってみましょう」
わたしは周囲にモンスターの気配が無いのを確認してから、光の方へと歩き始めた。
みんながわたしに続く。

「ねえ、あれ何かな?」
青白い光までの距離が縮まった。
わたしはその光の中に何かこう・・・そう、人影のようなものを発見したのだ。
「女の人みたい」
とフィナ。
「それってひょっとして・・・」
「ソークス姉さん?」
わたしたちははやる心を押さえながらその青白い光の所までやって来た。
光の中にいる人物が口を開く。
「随分早かったわね、レオナ」
「ソークス姉さん、良かった。
もう会えなかったらどうしようかと思ったわよ」
わたしはホッと胸を撫で下ろした。
「テレポーター引いたあたしのおかげかな」
「カンケーないって」
相変わらずのフィナとブラックだけれど、ここは敢えて無視。
「姉さん、もう帰ろう。アイラス姉さんも待っているよ」
「アイラスがわたしを待っている? 冗談じゃないわ」
怒りを帯びたソークス姉さんの声が高らかに響いた。
「本来ならば長女であるわたしがリルガミンの王位を継承するはずだったのに。
あれはわたしを出し抜いてまんまと女王の座に就いたのです。
わたしはアイラスの顔など見たくもありません。
それにわたしにはなさねばならぬ事があります。
早急にここを立ち去りなさい、レオナ」
「姉さん・・・」
ソークス姉さんのこの返事は正直ショックだった。
ソークス姉さんがアイラス姉さんの事をそんな風に思っていたなんて・・・
「アイラス姉さんが王位に就いたのはリルガミンの賢者達による公正な会議の結果なのはソークス姉さんも分かっているでしょ?
それに、世界を破壊するなんて訳の分からない事言わないで」
わたしは何とかソークス姉さんを説得しようと食い下がった。
けれども姉さんの反応は冷たいまま。
そして、姉さんはついにわたしとの決別の言葉を発したのだ。
「レオナならもしかして、と期待していたのですが・・・
やはり分かってはもらえないようですね。
それならばそれで構いません。
しかし、わたしの邪魔は許しませんよ。
かかってきなさいレオナ、わたし自らあなたを始末して差し上げます」
姉さんは冷たい表情のまま何やら呪文を唱え始めた。

姉さんの後ろの空間がグニャリと歪んだ。
歪んだその空間の中に青白く巨大な影が浮かぶ。
それは、姉さんの召喚呪文によって呼び出された4体のグレーターデーモン。
「やばいぞフィナ、グレーターデーモンだけでも片付けるんだ」
「分かった」
ポーとブラックは呪文障壁を作るコルツを、ルパは防御力を上げるバマツの呪文を唱えてパーティを守る。
その援護を受けてクルーとフィナはグレーターデーモンに攻撃を始めていた。
しかしわたしは動けない。
剣を握り締めたままその場に立ち尽くしていた。
「姉さん、どうして? どうして戦わなければならないの?
わたしたちは姉妹でしょ」
「わたしの邪魔は許さない、それだけです」
「姉さんのしている事が一体何になるっていうのよ!」
「もはや問答無用」
姉さんはそう言い捨てるとラダルトの呪文を唱えた。
強烈な吹雪がわたしたちを襲う。
しかしコルツによる呪文障壁のおかげてたいしたダメージは受けなかった。
わたしはまだ動けない。

「レオナ、何やってるんだ。あいつは敵だ。
お前を殺そうとしているんだぞ」
クルーたちはとっくにグレーターデーモンを始末してしまっていたらしい。
そんな事も気付かないくらいにわたしは呆然としていたのだ。
「レオナ、お前がやらないんだったらオレがやる」
そう言って姉さんに対して村正を構えたクルーをわたしは手で制した。
「わたしがやる」
わたしは1歩、また1歩と姉さんに近づいて行った。
姉さんの表情に「まさか」という驚きの色が浮かぶ。
「わたしを斬れますか、レオナ?」
姉さんの声は少し上ずっているようだった。
わたしはその声に応えるように顔を上げ、じっと姉さんの目を睨んだ。
「斬れます」
わたしはカシナートの剣を構え直し姉さんに向かった。
姉さんの表情が驚きから恐怖に変わったのがはっきりと見て取れた。
わたしは恐れられているんだ、実のお姉さんに。
2年の空白を経てようやく再会出来たのに・・・
悲しかった、せつなかった、どうしてこんな事になったのか分からなかった。
でもやるしかなかった。
彼女は世界の破滅を考えている人だ・・・
彼女は凶悪な魔物を召喚してしまう危険な人物だ・・・
そして彼女は今、魔神までも呼び出そうとしているのだ・・・
えっ・・・魔神って一体・・・?
わたしの頭の中にはそんな考えがグルグルと渦巻いていた。
その時だった。

「ウォー!」
ソークス姉さんが手にした細身の長剣でわたしに斬りかかってきたのだ。
ハッ!
剣士の本能だろうか、わたしはとっさにその剣を下から上へ弾き返すと、返す刀で姉さんを肩口から斬った。
「ギャーーー」
姉さんの悲鳴が響く。
姉さんの着ていた法衣が血で真っ赤に染まった。
しかし、わたしの頭の中はそれとは逆に真っ白になっていた。
とっさだったとは言え、わたしは実の姉さんをこの手で斬ってしまったのだから・・・

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