小説ウィザードリィ外伝1・「姉さんのくれたもの」

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STAGE 2

翌日の朝。
わたしとフィナ、ルパー、そしてポーの4人は街外れにある迷宮入り口の前にいた。
ここはわたしたちだけでなく、たいていのパーティの待ち合わせ場所になっているのだ。
少し前までは迷宮に挑むパーティはかなりの数だったけれども、今ではわたしたちのパーティ他数組しかいない。
今は他のパーティの姿もなく、ここにいるのは4人だけだった。
もちろん4人とも迷宮へ降りるための装備でバッチリ身を固めている。

「ポー、クルーとブラックは?」
待ちくたびれた様子のフィナが聞いた。
「実はブラックが二日酔いで」
「またあ?」
「ええ、それでクルーがブラックを叩き起こして連れてくる事になっているんですけど」
ポーはいたって涼しい顔で応えている。
それに対してフィナは「はぁー」と大きくため息をついてみせた。
フィナがまたかと呆れるのも無理からぬ事で、ブラックが二日酔いで遅刻する事はしょっちゅうだった。
ブツブツ言っているフィナをなだめながら待つ事しばし・・・
「あっ、来たみたいよ」
ふらふらの足取りをしているブラックをクルーが必死に押して来ている。
「お待たせー」
「クルー、遅ーい!」
「しょうがないだろう。コイツなかなか起きないんだから」
フィナとクルーがやり合っているのを横目で見つつも
「ブラック、具合どう?」
わたしはブラックの様子を伺った。
「う・・・ダメ・・・吐きそう」
ブラックは真っ青な顔をしながら頭を押さえている。
はぁー、ダメだな、こりゃ。
「しょうがないな。ルパ、ラツモフィス頼むね」
ルパは「うん」と小さく頷くとブラックにラツモフィスの呪文を唱え始めた。
ラツモフィスというのは身体の中の毒素を取り去る解毒の呪文の事。
それと同時に血液をきれいにする効果もある。
だから、血液中のアルコールを消し去る事も出来るのだが、二日酔いの治療にこの呪文を使っているのはうちのパーティくらいのものだろう。
「こんな事でラツモフィスを使うなんてもったいないよ」
もっともなフィナの意見である。
「オメエが罠を外すのをしくじらなきゃ大丈夫だよ」
呪文が効いたのか次第に顔色が良くなっていくブラック、早速悪態をついている。
「何ですってー!」
「何だよ?」
あー、これから迷宮に降りるってのに喧嘩している場合じゃないだろ。
「まあまあ、2人とも、喧嘩は止めて。行くわよ」
「はあい」
「分かってるよ」
迷宮に降りる前からこれだ。
ホーント、先が思いやられるよなあ。

地下迷宮。
わたしたちがここに挑み始めてからもう1年にもなるけれども、未だにこの重く湿った空気は好きになれない。
コツコツ・・・というわたしたちの足音だけが迷宮内に響いている。
地上から降りたばかりのこのフロアでは、どんな魔物が出て来ても問題にはならないだろう。
でも無駄な戦闘は出来るだけ避けたいものだ。
幸いにも近くにモンスターの気配は感じられなかった。
それでも油断する事なく、わたしはパーティの先頭を歩いていた。

わたしたちが今探索しているのは異次元迷宮の1階。
そこへ行く為にはちょっと面倒な手順を踏まなければならない。

まずこの「呪いの穴」の地下1階の中央部にある小部屋へ向かう。
そこで異次元迷宮で手に入れた「オーディンの瞳」というアイテムを使う事になる。
手の平に収まるくらいのこの宝玉を小部屋にある祭壇に捧げると、目の前には異次元へと繋がる抜け道が現れる。
その抜け道を通ると出た先は異次元迷宮の2階にあるちょっとした広さの玄室だ。
その玄室内にある祭壇にもう一度「オーディンの瞳」を捧げると今度こそ異次元迷宮の1階へと辿り付けるのだ。
何とも面倒ではあるが、瞬間移動の呪文、マロールを節約出来るのはありがたい。
こうしてわたしたちは今、異次元迷宮の1階に辿り着いた。
ここまで足を踏み入れているパーティは他には無い。
全て自分達で探索しなければならないのだ。
どんな地形なのか? どんなトラップがあるのか? どんなモンスターがいるのか?
全てはわたちたち自身が手探りで付きとめていくしかなかった。

「さてポー、今日はどこから?」
わたしはマッパーを兼ねているポーに聞いた。
ポーは特にマップを広げるでもなくスッとある方向を指差した。
今日の探索のプランはすでに頭の中、という訳ね。
「向こうです。ちょうど迷宮の南部に当たりますね」
全員がポーの指している方を見つめた。
「それじゃあ行きましょうか。ルパ、何か異常は無い?」
「特に無いわ」
エルフ族であるルパは周囲の異常を感知する不思議な能力を持っていて、特に初めての場所を探索する時にはこの能力は絶大な効果を発揮する。
「よし、みんないいわね」
わたしは自分を元気付けるようにわざとみんなに大声で呼びかけてから歩き始めた。

フロアの壁自体がうっすらと発光しているので特に明かりは必要無い。
しかし、それもほんの数ブロック先までだ。
その先は闇。
何があるのか全く分からない世界。
その闇の中から今にも何かが襲い掛かって来るような、そんな威圧感を常に発し続けている。
一瞬にして人の生死すら分けてしまう事もある、迷宮とはそういう世界だ。

やがて。
わたしたちは扉の前に来ていた。
たいていの場合、この扉を開けるとモンスターと出くわす事になっている。
「何かいるな」
クルーだ。
熟練の冒険者ともなればたとえ扉の向こうにいるモンスターでもその気配を感じ取る事が出来る。
侍は特に「気」に関する技術が他の職業より優れているのだ。
「でも数は多くないみたいね。1匹かな」
「そうみたいだけど・・・ルパ分かる?」
周囲の異常を感知出来るルパの能力はこういう時に絶大な効果を発揮する。
わたしはルパに扉の向こうにいるモンスターについて聞いてみた。
ルパはじっと目を閉じ神経を集中させている。
そしてその目がパッと開いた。
「1匹・・・いるわ。そう、ドラゴンが」
「ドラゴンが1匹。それなら大丈夫ね」
今までも何度かドラゴンとは戦っていた。
その経験からドラゴン1匹なら勝てるとフィナは思ったのだろう。
わたしだってそう思っていたもんね。
「種類は分からない? アイスドラゴン? それともオロチかしら?」
ついでにドラゴンの種類も分かっていたほうがやり易い。
わたしは今まで戦ってきたドラゴンの名前を挙げてみた。
それに対してルパは何やら深刻な顔をしている。
「違う」
「え?」
「今までに戦った事の無い、今までのドラゴンとは比較にならないくらい強いわ」
「何それ、特徴は分からないの?」
「ごめんなさい・・・」
今までに戦った事のないドラゴン、それも今までのとは比較にならない程強い、か。
わたしは少し躊躇していた。
「どうするんだ、レオナ」
わたしの気持ちを素早く察したクルー、彼はわたしに決断を求めていた。
大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐き出す。
一呼吸おいてから
「行くわ。どうせ行かなきゃならないんだし」
その声は間違いなく自分に言い聞かせる為のものだった。
リーダーのわたしがこんな所で尻込みしていたら、パーティの仲間は誰も付いて来てくれないよね。

わたしは扉に手を掛ける。
そしてそれをゆっくりと押して中に入った。
みんながわたしの後に続く。
そこはちょっとした広さの玄室になっていた。
そして玄室の中央部に黒い大きな影が・・・
影がゆっくりと動き出す。
その影こそが、ルパの言う「今までに戦った事のない強敵」だったのである。

影はゆっくりと首を持ち上げたかと思うとじっとわたしたちを見入っていた。
自分のテリトリーに侵入する愚かな者共、とでも思っているのだろうか?
クチバシのある鳥のような、それでいて餓えた獣のような凶悪な顔。
恐ろしいまでの眼差し。
剥き出しになっている牙。
太い手足には、わたしの腕くらいはありそうな鋭い爪が生えている。
太く長い尾。
全身は漆黒の鱗に覆われ、背中には巨大な翼まである。
「まさか、これはニーズホッガー!」
普段から古い伝承などを熱心に勉強しているルパはたいていのモンスターについての知識を持っていた。
「ニーズホッガー?」
「そう。強力な呪文にブレス、高い攻撃力。
耐久力もズバ抜けているバケモノよ」
わたしたちは皆一様にニーズホッガーに視線を注いだ。

「いけない、みんな散って!」
フィナの声でハッと我に返る、わたしたちはその場から四方へ散った。
ゴォーーーーー!!!
さっきまでわたしたちがいた場所をニーズホッガーのブレスが襲った。
「ポー、ブラック、コルツを!」
「分かってる」
「オーライ!」
コルツというのはパーティの周りに強力な呪文障壁を作ってしまう呪文だ。
敵の唱える呪文やブレスからパーティを守るのである。
そんな攻撃を仕掛けてくる相手には、まずこの呪文で守りを固める事が戦闘の定石となっている。
ポーとブラックがコルツを唱えたのを確認してから、わたし、クルー、フィナはニーズホッガーに攻撃を始めた。
が、さすがに最強のドラゴン。
わたしたちの攻撃などまるで受け付けない。
それほどまでに皮膚が固いのだ。

「バディ!」
見かねたルパが今までに何体ものドラゴンを仕留めてきたバディの呪文を唱えた。
これは敵の心臓を止めてしまい即死させる、まさに「死の呪文」だ。
単体にしか効果が無いものの、単体で出現する事が多いドラゴン相手にはかなり有効な呪文である。
しかし、その呪文ですらニーズホッガーには効かなかった。
呪文無効化と呼ばれるモンスターが持っている能力の為で、どんなに強力な呪文でも無効化してしまえば無傷という訳だ。
ニーズホッガーはどうにも攻めあぐねているわたしたちをあざけ笑っているかのようだった。
そして・・・
急激に室内の温度が下がったかと思うと、猛吹雪がわたしたちを襲った。
ラダルト。
冷気は時として炎以上の破壊力を生み出す。
まさしくこの呪文は冷気によって相手に大ダメージを与えてしまうものだ。
バリバリバリ。
「やばいぞレオナ、コルツの呪文障壁がもうもたねえ!」
絶叫するブラック。
「だったらもう一度唱え直して」
わたしがそう叫ぶより早く、ポーが再びコルツを唱え始めていた。
しかし。
ポーが呪文を唱える終わる前に再び、ニーズホッガーの呪文がわたしたちを襲う。

それは七色の光線だった。
放たれた七色の光線が、わたしたちの頭上から降り被ってきたのだ。
「クッ・・・」
わたしは一瞬頭が割れるんじゃないかと思う程の痛みを感じていた。
体中の力が抜け落ち、ガックリと膝から落ちる。
少しずつ意識が遠のいて行くようだった。
「ポー!」
後ろでルパの叫び声がしてハッと我に返る。
這いつくばったまま振り返って見ると、なんとポーが石になっているではないか・・・
ニーズホッガーが唱えたのは恐怖の呪文バスカイアーだったのだ。
敵をマヒさせたり石にしたり、ひどい時には即死させる事も出来るという。
こんな呪文、使われたほうはたまったもんじゃない。
さっきのラダルトで半ば壊れかけた呪文障壁を突き抜けてパーティを襲ったバスカイアーの光線はポーを石に変えてしまったのだった。
剣を杖代わりにして立ち上がる。
「ルパは早くポーの治療を。ブラックはもう一度コルツ!」
わたしは何とかみんなに指示を出しながら、この最強のドラゴンをどうやって倒せばいいのか考えていた。
そうだ・・・

「フィナ、あいつの急所はどこ?」
「レオナ、何か策があるのか?」
クルーの問にわたしは
「フィナ次第よ」
とだけ答えた。
「一番分かりやすいのは眉間ね。やつの目と目の間、額の辺り」
フィナは自分の眉の間をトントンと指で叩いてみせた。
「わたしとクルーで何とかそこにキズを付ける。
そうしたらフィナ、あとはあなたがそのキズの奥の急所を断ち切ってヤツを絶命させて」
「一点突破って訳ね。分かったわ」
そう打ち合わせるとわたしとクルーはニーズホッガーの額目掛けて飛び上がった。
「ハッー!」
渾身の力を込めてカシナートの剣を叩き込む。
ガツーンという激しい音が響いた。
剣を持つ手に痺れが走る。
それでもまだニーズホッガーの額にキズを付けるには至っていない。
間髪入れずにクルーの持つ達人の刀が弧を描いてニーズホッガーに斬り付けていた。
「どうだ?」
「見て」
クルーより先に着地していたわたしはニーズホッガーの額を指差した。
固い皮膚がクルーの一刀によって裂かれ、傷口からは赤い血がにじみ出ていた。
ドラゴンに苦悶の表情が伺える。
「フィナ、今よ」
しかしわたしの言葉よりも早く、フィナはニーズホッガー目掛けて飛んでいた。
目の前で飛び回る目障りなハエを追い払うかのように、ニーズホッガーの巨大な前足がフィナを襲う。
しかしフィナは空中で身体をひねってそれをかわす。
その姿勢からニーズホッガーの肩の部分でワンステップ、一気に額のキズへと飛び掛った。
フィナは自らの手刀を振るいニーズホッガーの額のキズへと斬り付けたかと思うと素早くその場を離れ、もうすでに着地していた。
まさに目にも止まらぬ早業である。

グギャアーーー!!!
ニーズホッガーは最後の雄叫びをあげるとその後一瞬だけ痙攣(けいれん)したようだった。
そして・・・
そのままズドーンと崩れ落ちてしまい、もうニ度とは動かなくなっていた。
「やったか・・・?」
「やったよね」
わたしとクルーはお互いに顔を見合わせる。
フィナは自信ありといった表情でVサインなんかしていた。
「やったな、オイ!」
ブラックがフィナの背中をバシバシ叩いて喜んでいる。
ルパの治療呪文でポーも石化から回復していた。
全員の視線が倒れているドラゴンに集まる、しかしもうそのドラゴンからは生きているという気配は感じられなかった。
パーティ全員から歓喜の声が上がった。
わたしたちは勝ったんだ。
最強のドラゴンと言われたあのニーズホッガーに勝ったんだ。
わたしは剣を鞘に収め、額の汗をクッと拭った。

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