小説ウィザードリィ外伝1・「姉さんのくれたもの」

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STAGE 1

目の前には一人の剣士がいた。
彼はじっとわたしを見据えるとやがてゆっくりと刀を構える。
わたしの手には一振りの剣、とはいってもこれは単なる木太刀でしかないのだが。
その木太刀をギュッと握り締めると「ハァーッ!」とばかりに気合一閃、目の前の剣士へと振り下ろした。
彼はそれを自分の刀、イヤ、やはりこちらも木太刀で軽く払うと返す刀でわたしの右腹へ打ち込む。
ピタリ。
彼の木太刀はわたしの右腹寸前で正確に止められていた。
もしもこれが真剣だったら、そしてもしも彼が本気で打ち抜いていたら、わたしの身体は上半身と下半身に綺麗に分かれていただろう。
「オレの勝ちだな、レオナ」
さっきまでの緊張が嘘のように消えたクルーの顔に笑みが浮かぶ。
「まーた負けたかー」
がっくりと肩を落とし、わたしはその場にペタンと座り込んでしまった。

ここは冒険者の宿の中庭。
まあ庭と言うほどのものでもないかも知れないけれど、ちょっとした広場になっている。
太陽の光をたっぷりと浴びた夏草の薫りが疲れた身体に心地よい。
もう夕方になろうかってのに中庭はまだ昼間の熱気を残していた。
迷宮探索を日頃の常としているわたしたち、オフの時わたしはたいていクルーと剣の稽古をしていた。
今日はもう1時間ほども汗を流したかな。
と、そこへ
「やってるわね、二人とも」
タンクトップ姿のいかにも涼しげな恰好で現れたのはわたし達のパーティのメンバーの一人、フィナだった。

「どうレオナ、わたしともう一番?」
「いいわよ」
わたしは立ち上がるとフィナに向かって木太刀を構える。
「で、今日は何を賭けるの?」
「そうねえ、今晩のビール1杯ってとこかな」
「OK、じゃあ行くわよ」
わたしは木太刀をはすに構えながらじっとフィナの動きを伺った。
それに対してフィナはじっと立ったままである。
木太刀はおろか棒切れ1本持っていない。
忍者であるフィナは普段から武器の類は一切使わずに常に素手で戦うのだ。
いつでもどうぞ、と言わんばかりにこちらをじっと見ている。
ならば・・・
わたしはフィナの左肩を目掛けて木太刀を振り下ろした。
しかしフィナはそれを見切っているのか、紙一重でサッとかわしてしまう。
2度、3度と繰り返されるわたしの攻撃も全くフィナに当たらない。
「しょうがない」
わたしは最後の手段としてフィナの足を払いに行った。
木太刀が地面スレスレを走り、まさにフィナの足を捉えたかに思った、その時。
フィナの足がその場から消えていた。
「えっ?」
目標を失って大きく姿勢を崩したわたしはフィナの姿を見失ってしまった。
スタン!
わたしの後ろに何かが降り立ち、わたしの首筋に何かがピタリと当たった。
振り向いて確かめるまでも無い、わたしの頭上を飛び越えたフィナがわたしの急所を捉えたのだった。
伸ばされたフィナの右手の先端が確かにわたしの首に触れている。
わたしは背中に冷たいものが伝い落ちて行くのをしっかりと感じていた。
「勝負あり!」
傍らで見ていたクルーがわたしとフィナの戦いにジャッジを下した。
そう、今度ももしもフィナが本気だったなら、わたしの急所を貫いてわたしを絶命させる事だって出来たのだ。
完璧にわたしの負けと言わざるを得ない。
「今晩のビールいただき!」
「はあー、クルーにもフィナにも勝てないなんて、わたしって才能無いのかなあ?」
「まっ、そう気を落とさずにね。今晩よろしくー」
すっかり上機嫌のフィナは後手に手を振りつつ宿屋の中へ入って行ってしまった。
その後姿を見送っていたクルー。
「すごい反射神経だよな、フィナは。オレでも勝てないかもな」
「ウソでしょお?」
「本当だって。まったく敵じゃなくて良かったよ。
あいつが敵だったら命がいくつあっても足りねえぞ」
「そ、そうよね」
実際のところ、わたしはフィナにはたまにしか勝たせてもらえないもんね。
そんなのが敵だったらわたしの命はとっくになくなっていたかも知れない。
とにかく、フィナがわたし達のパーティにいるってのはラッキーな事だと思う。

と、わたしがそんな事を考えていると
「よー、まーた負けたみてーだな」
わたしを冷やかすのはパーティいちのお調子者、ブラックだった。
「うっさいわねえ。あんたフィナに勝てるっての?」
「オレは接近戦は関係ねーからな」
たっくう。
たしかにビショップのブラックは接近戦なんて関係ないだろうけど、だからって無関係決め込んで人を冷やかす事はないでしょうが。
「まっ、そんな事よりメシ食い行こーぜ」
はー、こいつ人の気持ち全然考えてないんだから、もう!
「そうだな、オレも腹減ったよ」
クルーはそう言い残すとブラックと2人、さっさと宿へ引き上げて行った。
もはや何も言う気になれない。
わたしはその場に独り、ぼーぜんと立ち尽くしていたのだった。

わたしたちの夕食はいつもここ、ギルガメッシュの酒場と決まっていた。
なんと言っても安くておいしい料理が魅力。
ここは多くの冒険者達の溜まり場になっていて、パーティの仲間を探すならギルガメッシュで、というのが合言葉になっているくらいだ。
「レオナ、こっち」
店に入ったわたしをいち早く見つけてくれたクルーが手招きをしている。
わたしはスッとそのテーブルへ行くと彼の隣の席へ座った。
せっかくみんな集まっているのだからここで簡単にメンバー紹介をしてしまいましょう。

まずはクルー。
職業は侍、20歳。
黒い髪に黒い瞳がりりしい。
わたしよりもずっと背が高い。
まあ、わたしが低いほうなんだけれどもね。
冒険の時の装備は達人の刀、極上の鎧、マント。
正義感が強くて曲がった事が嫌いな性格。
そして剣の腕はピカいち。
なんとも頼りになるんだよね。

次はフィナ。
忍者で19歳。
明るいブラウンの髪をポニーテールにまとめている。
赤いリボンがお気に入りらしい。
装備は特に無し。
レオタードの上に極々軽い胸当てといった最低限のものだけだ。
さっきの練習でも分かるように、抜群の反射神経の持ち主。
敵を一撃で仕留める技能を持っている。
宝箱の罠を外すのも彼女の仕事なんだけど、こちらはあまりうまくない。
明るい性格なんだけれども少しドジなところも。
パーティのムードメーカだよね。

さっきはいなかったけれども、ルパ。
僧侶、18歳。
彼女だけがエルフ族。
背中まで伸びたブロンドの髪にブルーアイ。
同性のわたしから見てもとても美人だと思う。
装備はローブの上に胸当て、武器は持たない主義みたい。
とてもおとなしい性格で口数も少ない。
エルフだからだろうか、とても頭が良く、またカンが鋭い。
パーティのレーダー代わりとなってこれまで何度もの危機を予知してきた。
治療呪文と併せてパーティに欠かせない戦力。

そしてポー。
魔法使い、19歳。
短くカットしたブラウンの髪、クリっとした目が印象的な男の子だ。
装備は魔法使いでも使える小型のクロスボウ、ローブ、マント。
生真面目で慎重な性格でとても優しい。
魔法使いの呪文はもちろんすべてマスターしている。
魔法戦の要だ。

そしてさっきも出て来たブラック。
ビショップ、21歳。
短く刈った髪をツンツン立てた個性的な髪型をしている。
本人には何かこだわりがあるらしいんだけど。
髪の色は黒。
装備は皮の鎧のみ。
パーティいちのお調子者。
酒好きで、困った事に女の子が好きでちょっとエッチ!
ルパはしょっちゅう、わたしだって何度かおしりを触られているんだぞ。
いつか覚えてろー。
でもさすがにフィナには手を出せないらしい。
そんな事をしたら命の保障が無いからね。
魔法使いからビショップにクラスチェンジしたブラックはすべての魔法使いの呪文と6レベルまでの僧侶の呪文を習得している。
昔はポーと同じ師匠の下で修行したって言ってたけど・・・
なのにこの性格の違いってどこから来るのだろう?

最後はわたし、レオナ。
ロード、19歳です。
肩くらいまでのブラウンの髪で目も同じブラウン。
装備はカシナートの剣、極上の鎧、鉄の盾、マント。
一応このパーティのリーダーをやらさせてもらってます。
でも剣ならクルーに適わないし、呪文もポーやルパには到底及ばない。
それなのにわたしがリーダーでいいのかしらと時々思う事もある。
まぁみんながいいって言ってくれているんだけどね。

わたしの話はこれくらいにして、以上がわたしたち6人パーティであります。

「姉さんがみんなに来て欲しいって言ってたんだけど」
みんなの食事が終わるのを見計らってわたしは話を切り出した。
「アイラスが?」
「フィナ、アイラス様はこの国の女王陛下だぞ。呼び捨てにするとは・・・」
「まあまあクルー、固い事言わないで。いいよね、レオナ?」
「本人が良いって言ってるんだからいいんじゃないかな」
わたしはちょっと首をすくめてみせてから
「それよりどうする?」
あらためてみんなに聞いた。
「あたし行くよ」
「あっ、オレも」
フィナとクルーはあっさりOK。
「ルパは?」
わたしが聞くとルパは顔の前で小さく手を振った。
「そっか。で、ポーは?」
「僕は行くつもりですが、アイツはどうするんですか?」
ポーは、すっかり酔いが回ってあっちこっちの席をフラフラしながら次々と女の子に愛想を振り撒いているブラックを指して聞いた。
「ほおっておきなさいよ、あんなヤツ」
フィナの冷たい一言。
「そうすると、ルパをここに置いて行って平気ですか?」
「それはちょっとマズイんじゃ・・・」
「よし、一緒に行こう、ルパ」
わたしが言うとルパもこっくり頷いて席を立った。
結局、ブラックの事は(一応)酒場のマスターに頼んで5人で行く事になった。
で、どこに行くのかと言うと・・・
さっきクルーが言ってたけれども、わたしの姉さんのアイラスはこの国の女王なのです。
だから行き先はリルガミン王宮という訳で。
ところで、女王陛下の妹であるわたしも当然王家の人間という事になるのだけれども、わたしは何時の間にか冒険者になってしまっていた。
まっ、どうでもいい事だけどね。

それから30分程後、わたしたち5人は王宮の中にある応接室にいた。
普通の冒険者が女王に目通りするなら謁見の間に通されるのだろうけど、わたしの事を知っている執事がこの部屋へ通してくれたのだ。
普段わたしたちが寝起きしている宿屋の部屋の10倍はあろうかっていう広さ。
豪華なシャンデリアや調度品、趣味の良い小物などが室内を飾っている。
いかにも姉さんらしい趣味だ。
さて、その部屋で待つ事しばし。
ガチャッとドアの開く音と共に室内に入って来たのは白いドレスに身を包んだ女性。
豊かなブラウンの髪、そして頭上にはゴールドのティアラを冠している。
そう、彼女こそがこの国の女王にしてわたしの姉さんのアイラスなのだ。

「レオナ、みんなもよく来てくれたわ」
「姉さんも元気そうね」
わたしと姉さんはいわゆる「久しぶりに会った姉妹の挨拶」を交わした。
「おじゃましてまーす」
フィナは相手が女王だろうとなんだろうとマイペースを崩さない。
それに対してクルーはかしこまっているし、ポーやルパは何だか緊張しまくっているみたい。
「フィナ、少しは控えろ。陛下の御前だぞ」
とクルー。
「まあいいからいいから。それに陛下なんて堅苦しい呼び方しないで。
名前でいいわ。レオナの姉のアイラス、ねっ」
姉さんはいつもこんな感じだ。
女王と言っても気取ったそぶりを見せるでもなく、それでも決して女王としての品格を失う事無く振舞っている。
「ほーら見ろ」
姉さんの言葉を聞いて得意顔のフィナ。
「そうですか、では」
クルーもようやく了解したらしい。
「早速なんだけどレオナ、迷宮探索のほうはどうなの?」
姉さんの表情がさっきまでとはうって変わって厳しくなった。
予想はしていたけれど、やっぱりその話だったのね。
「ええ、もう少し。
今探索しているフロアのどこかにソークス姉さんは・・・」
「そう。早いわね、あれから2年か・・・」
そうか、もう「あれ」から2年も経っているんだ。

さてここで、今わたしたちが挑んでいる迷宮探索について少し詳しく説明しておきたいと思う。

全ての始まりは2年前、アイラス姉さんが女王に即位した日の事だった。
その日は朝から物凄い暴風雨が吹き荒れていた。
嵐がおさまったのがそれから2日後。
その時、アイラス姉さんとは双子のソークス姉さんがいなくなっている事が分かった。
国をあげての大捜索にも関わらず、とうとうソークス姉さんの行方はつかめなかった。
その上、わたしたちのリルガミンの街を外敵から守護しているニルダの杖の輝きが衰えていった。
リルガミンに張り巡らされていた結界は効力を失い、外敵からの攻撃が国を度々襲った。
そして王宮付きの魔法使いでもあり、わたしや姉さんのたちの師匠でもあるタイロッサムが旧王宮の地下に広がる呪いの穴に身を潜め、魔物を呼び出し始めた。
ソークス姉さんの失踪、タイロッサムの背信。
アイラス姉さんはすっかり元気を失ってしまった。

王宮の兵士達が魔物討伐の為に迷宮に降りたけれども、狭い迷宮内では指揮系統が乱れて満足に戦えない。
そこで王宮は莫大な報奨金を出すという事で冒険者を募り、迷宮を探索させタイロッサムを打たせる事にしたのだった。
こうして冒険者による迷宮探索が始まったのが今から1年前。
すっかり元気を失ったアイラス姉さんを見てきたわたしは迷わず迷宮に降りる事を決めた。
クルー、フィナ、ブラック、ポー、ルパとパーティを組んだのだった。
わたしたちの迷宮探索は順調だった。
そして3ヶ月後、全6層にも及ぶ迷宮の最深部にいるタイロッサムを見つけ出した。
わたしは何とかタイロッサムを説得しようとしたが駄目だった。
わたしたちは止む無くタイロッサムを打った。
しかしまただソークス姉さんの行方は分からないまま。
その時、わたしたちの目の前に異次元の迷宮の5階へと続く入り口が現れた。

そして今、わたしたちはこの異次元迷宮の1階を探索している。
この迷宮に、このフロアに、ソークス姉さんがいる事を、信じて。

「これがこのフロアのマップです。もう1週間程で隅々まで探索出来ると思うのですが」
探索の時はマッパーも兼ねるポーが姉さんにマップを見せながら説明している。
そのマップには迷宮内のありとあらゆるトラップ、テレポートの始点、終点、アイテムを入手したポイントなどが細かく書き込まれてあった。
ポーの几帳面な性格をよく表している。
おそらく彼の頭の中には、迷宮内のマップが正確に入っているんだろうな。
「分かりました。
レオナ、そして皆さん、ソークスを見つけ出して。もう一度ソークスに会わせて」
アイラス姉さんはそのマップから視線をこちらに移すとわたしたちに深々と頭を下げた。
「まかせといてよアイラス」
「そうだな、何とかなるよな、レオナ」
「うん、何とかなる、よね」
ルパなんて目にうっすらと涙を浮かべている。
泣き虫さんなんだよね。
もう少し、もう少しで何とかなる。
その場にいた全員がそう信じていた。

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