ジェイク7

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エピローグ1

「ランバート、まさか・・・」
「ううん大丈夫。息はあるわ。ちょっと眠っただけみたいね」
「そうか」
 最悪の事態は免れたようでホッと胸を撫で下ろす。
「エイティ、さっきは助けてくれてありがとう」
「ううん。こっちこそ、ジェイクが時間を稼いでくれたおかげで自分の回復が間に合ったわ」
「そういえば、オッサンは」
「ベアも大丈夫みたいね。もちろんボビーも」
 見るとベアは金剛の戦斧を杖代わりに起き上がったところだった。
「ふう、肝心の時に役に立てなくて済まなかった。しかしこのミスリルの鎧はたいしたものだ。じっとしていたらそれだけで体力が回復するとはな」
「私の女神の胸当てもそうみたいね。きっとジェイクのローブも」
「ああ。ル'ケブレスから新しい装備を貰っていなかったら、ランバートの攻撃に耐えられなかったかもだよな」
 三人でル'ケブレスを見上げる。
『よくぞ困難を乗り越えた』
「よく言うぜ。元はと言えばアンタがランバートに血を与えたからじゃねえか」
『確かにそうだ。しかしそれはランバートはじめ汝らが望んだ故』
「そりゃあ、まあな」
「うむ、確かに・・・」
「おっしゃる通りです」
 そう、ランバートがダイヤモンドドレイクに変わったのはル'ケブレスの血のせいだけど、それを望んだのはランバート本人だ。
 そしてオレ達もそれに同意した。
 そこを指摘されると反論のしようがない。
『人は誰しも過ちを犯すものだ。しかし人はまた、その過ちを乗り越える力をも持っている。人とは素晴らしい生き物ではないか』
「そうかな」
『人として生まれたことに誇りを持つが良い。ジェイクよ、汝は女として生まれながら男として生きてきた、そうだな?』
「ああ、その通りだ」
『しかし、男だろうと女だろうと、人であることに変わりはない。人であることに誇りを持って生きるなら、男も女もたいした違いはないのではないか』
「よく分からないけど・・・そうだな、そうかもしれない」
 ル'ケブレスの話は大き過ぎてピンと来なかったけど、でも何となく分かるような気もした。
 男だろうと女だろうと人は人だ。
 別に女であることを嫌ったり恥ずかしがったりすることもないのかもしれない。
 ありのままに、自然体で。
 人であることに誇りを持って、そして肩肘張らずにごく自然に女として生きていくのも悪くない。
 そんな気がしたんだ。
「ところでル'ケブレス、もう一つ頼みがあるんだけど」
『頼みとは?』
「オレ達この洞窟から出る方法が分からねえんだよ。結界を解いてもらえればオレのマロールで脱出できるんだけど」
『そうか、そうよの・・・』
 ル'ケブレスはそこで言葉を切ると、オレ達を見詰めていた。
 エメラルドの瞳に射抜かれて、思わず背筋を伸ばしてしまう。
『我も久方ぶりに外の空気が吸いたくなった。どうだ、良ければ我が外まで送り届けるが』
「ル'ケブレスが?」
「外まで送って下さるんですか?」
「して、どうやって?」
 キョトンとするオレ達に構わず、ル'ケブレスは玉座に臥せったまま首だけをグッと下げてきた。
「乗れってことか?」
「そうみたい」
「うむ」
 エイティとベアに確認してから恐る恐るル'ケブレスの首に手を掛ける。
 角を掴み、鱗に足を掛けてようやくル'ケブレスの首によじ登った。
「ジェイク、ランバートをお願い」
「ああ、良いぜ」
 今度は意識を失ったままのランバートを乗せてやらなきゃならない。
 エイティとベアが下から持ち上げるのをオレが上から引き上げる。
 それが済んだらベアとエイティ、それにボビーも上がってきた。
 ル'ケブレスの首にまたがりしっかりと掴まる。
『振り落とされないようにな。それでは行くぞ』
 ル'ケブレスがエメラルドの翼を広げてゆっくりと羽ばたくと、その巨体がふわりと浮き上がった。

 玉座から浮き上がったル'ケブレスはそのまま真っ直ぐに上昇を続ける。
 この部屋は特に天井が吹き抜けて高くなっていたように思っていたけど、それがどこまで続くのかは分からない。
 それにここまで来ると、壁が神殿様式のものとは違ってゴツゴツとした自然の岩になっている。
「何処まで飛ぶのかしら?」
「そんなん知るかよ!」
 ル'ケブレスの首にしがみ付きながらも視線を上へ向ける。
 すると、もうすぐそこに岩肌が。
「危ない、ぶつかる!」
 しかしル'ケブレスは構わずに上昇を続けた。
 岩肌スレスレのところでオレの身体に後ろ向きにの力が掛かった。
 ル'ケブレスが垂直移動から水平移動に移ったんだ。
 オレ達を乗せたル'ケブレスはゆっくりと洞窟の中を飛びながら移動していく。
 やがてとんでもなく広い空間に飛び出した。
 下を見れば無限とも思える底無しの闇、そして上を見れば夜空。
「ここは・・・火口か?」
 どうやらル'ケブレスのいた部屋とこの山の火口とが繋がっていたらしい。
「えっ、ここって火口なの? だったら最初にここから洞窟に入ればあんなに苦労しなくて済んだんじゃないの?」
『ほっほっほ。さすがにそういうわけにはいかんよ。外からは入れぬように結界を張っておるからな』
「あっ、そうなんですか」
 エイティの素朴な疑問に愉快そうに答えてくれたル'ケブレスだった。
『さあ、外へ出よう』
 ル'ケブレスの翼に力が込められると、エメラルドグリーンの身体がグイッと浮かび上がった。
 そのまま真っ直ぐに上昇し、そして・・・
「うわぁ」
「素敵・・・」
「絶景だな」
 オレ達を乗せたル'ケブレスは島の上空へと飛び出していた。
 すでに日がくれていて、夜空にはぽっかりと浮ぶ満月。
 下界を見れば月明かりに照らされた海と島の人々の家々から漏れるほのかな灯り。
 そしてオレ達が挑んだ火山のシルエット。
 光と影による幻想的な風景がオレ達を迎えてくれたんだ。
 ル'ケブレスはゆっくりと島の上空を旋回してオレ達に景色を楽しませてくれた。
 やがてゆっくりと下降を始めると、眼下にあった景色が次第に迫ってくるように感じられた。
 そして静かに着地する。
 ル'ケブレスが下りたのは島の海岸にある砂浜だった。
「ありがとうな、ル'ケブレス」
 礼を言ってル'ケブレスから下りる。
 意識を失ったままのランバートを下ろすのは大変だったけど、上げる時よりは楽だったよ。
『それでは、皆達者でな』
「ル'ケブレス、またな!」
「お世話になりました」
 再びル'ケブレスが翼をはためかせて舞い上がる。
 オレ達は手を振って見送ったんだ。
 そこへ・・・
「ああ、あれはドラゴンの神様でねえか・・・」
「なしてドラゴンの神様がこんなところに」
「お前さんがた、ドラゴンの神様に乗って来たのかね?」
「おいっ、この娘さんは巫女様の衣装を着ているぞ」
「ドラゴンの巫女様だ」
「ドラゴンの巫女様とお供のご一行がドラゴンに乗って島にやって来られたんだ」
 ル'ケブレスが飛んでいるところを目撃した島の人達が海岸へとやって来たんだ。
 島の人たちは巫女のローブを着たオレをドラゴンの巫女と呼んで大騒ぎしている。
「いや、違う・・・オレは別にそんなんじゃ」
「違うんです、私達はドラゴンの使者とかじゃなくて・・・」
「皆の衆、ワシらは違うんじゃ」
 老若男女とはよく言ったものだ。
 島中の人達が出て来てオレ達を取り囲んでしまった。
 おまけに、いくら「違う」と言っても全く聞いてもらえない。
 海岸はもう、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
「巫女様達をお連れするんだ。歓迎の宴だ」
「さあ巫女様、こちらへ」
「ええ〜」
 島の人に連れて行かれてそのまま宴の席に座らされた。
「エイティ、どうする?」
「どうするったって・・・このまま楽しみますか」
「うまそうな酒もあるしな」
「だな」
 さすがのオレ達も目の前に並べられたご馳走の誘惑には勝てなかった。
 その夜は島の人達と飲めや歌えの大宴会になったんだ。
 エイティ達と話し合った上、光の水晶は島の長に預けることにした。
 オレが光の水晶を島の長に手渡すと宴は最高潮に達したんだ。
 こうしてその日の夜は更けていった。

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