ジェイク7

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 湖を突破したオレ達は、洞窟をさらに奥へと進んだ。
 何かアクシデントがあってもマロールで即脱出とはいかないからな、自然歩みは慎重なものになる。
 しばらく進んだところで、洞窟は行き止まりになっていた。
 その代わりに。
「縄梯子か」
 突き当たりの壁にぶら下がっていた縄梯子をランバートが発見した。
「ずいぶん古いものなんでしょ? 大丈夫なの?」
「俺に聞かれても分かるはずがないだろう。縄梯子を使うのがイヤならここに残っていても構わんのだぞ」
「誰がこんな場所に・・・」
 少しは打ち解けたかに思えたけど、エイティとランバートは相変わらずのようだ。
 仕方ない、助け舟を出してやるか。
「ランバート、ここは呪文無効には引っ掛からないんだろ?」
「ああ」
「それならオレがリトフェイトを唱えるよ。そうすればもしも途中で縄梯子が切れても安全だろ?」
「さすがジェイク。頼りになるわね」
「好きにしろ」
 二人の気が変わらないうちに事を進めてしまおう。
 浮遊の呪文リトフェイトを唱えると、身体が少し軽くなったような気がする。
 洞窟はちょっとした吹き抜けになっている。
 見上げると、上まではかなりの高さがありそうだ。
「誰から行く?」
「ワシが行こう。この中で一番重いのはきっとワシだ。ワシがつかまって平気なら大丈夫だろうよ」
 ベアが先陣を申し出た。
 体重でいったらランバートとどっこいどっこいなんだろうけど、さっきの船の上での戦いで全く戦力にならなかったことを気にしているんだろう。
「オッサン、気を付けろ」
「無理はしないでベア」
「任せろ」
 ベアが縄梯子に手を掛けた。
「ちょっと待て。これを持って行け」
 ランバートがロープを取り出してベアに渡した。
「もしも途中で縄梯子が切れたら残された者は上がれなくなる」
「分かった。その時は上からロープを下ろして引き上げるとしよう」
 ランバートから受け取ったロープを肩に掛け、ベアは縄梯子を上り始めた。

 ギシっ、ギシっ。
 縄梯子が嫌な音を立ててきしんでいる。
 オレ達は祈るような気持ちで遥か上方にいるベアを見つめていた。
 一体この縄梯子はどのくらいの高さがあるんだろうな?
 あまり高過ぎるとリトフェイトの効果範囲から外れる恐れがある。
 オレは魔力を集中させ、できるだけリトフェイトの効果範囲が遠くまで及ぶように努めた。
 ギシシっ!
 不意に縄梯子が強くきしむ音が響いた。
「ベア?」
「オッサン!」
 たまらず叫んだエイティとオレの声が洞窟内に反響する。
「大丈夫だ。ようやく上まで着いたぞ」
 ベアがオレ達を見下ろして手を振っているのが見て取れた。
「良かった」
 ホッと胸を撫で下ろすエイティ。
 もちろんオレも同じ気持ちさ。
「ちょっと待っててくれ。今ロープを」
 一瞬ベアの姿が視界から消える。
 しばらくして
「よし、大丈夫だ。ロープの端を近くの岩に括り付けた。ロープを下ろすから身体に巻いて上ってくれ」
 ベアが投げ落としたロープは十分な長さがあった。
 誰から行くのかとお互いに目だけで牽制し合う。
 エイティの鋭い視線がランバートに突き刺さった。
 これは「アンタから行け!」という無言のプレッシャーだ。
 なるほどエイティの言い分も分かるような気がする。
 オレかエイティのどちらが先に上っても、残った者はこの場にランバートと二人きりになってしまう。
 それならランバートを先に行かせてしまったほうが良いという判断なんだろう。
 オレとランバートを二人きりにするのは何かとまずいんだろうし、エイティ自身もランバートとこの場に残る気はさらさらないんだろうよ。
「分かった、俺が行こう」
 エイティの視線の意味を汲み取ったランバートがロープを身体に巻き付ける。
 きつく縛ったのを確認してから縄梯子に手を掛けて上り始めた。
 縄梯子はやっぱりギシギシときしみを上げるものの、上からベアがロープを引き上げてくれているおかげでランバートは快調に上っていく。
 ベアより時間も掛からずランバートが縄梯子を上りきった。
 再び上からロープが投げ落とされる。
「ジェイク、行きなさい。私は最後で良いわ」
「でも」
「良いから。行った行った!」
 エイティがオレの身体に手早くロープを巻き付けキュッと縛る。
「それじゃあ行ってくる」
「うん、上で待ってて」
 エイティに見送られて、オレも縄梯子を上り始めた。

 一段一段、慎重に縄梯子を上る。
 これは思っていたよりもかなりキツイ。
 縄梯子は不安定に揺れるし、手に縄が食い込んでくるのも痛い。
 ローブの裾が絡まって足元もおぼつかないし、何より下を見ると怖い。
 リトフェイトの恩恵と身体に巻き付けたロープを頼りに、必死に縄梯子を上った。
「ジェイク、もう少し」
「頑張れ」
 下からはエイティ、上からはベアの声援が聞こえる。
「クソっ」
 それに応えるように、また一段縄梯子を上った。
 しかし、もう手が痺れてうまく身体を持ち上げられない。
「ゆっくりで良い。慌てるな」
 上からベアがロープを引いて、オレの身体を支えてくれている。
 ここでのんびりしている場合じゃないぜ。
 オレは最後の気力をふりしぼって縄梯子を握る手に力を込めた。
 一段、そしてもう一段上ったところで、不意に上から手を掴まれた。
「えっ?」
 何が起こったか分からないうちに手から一気に引き上げられて、オレの身体は崖の上に運ばれていた。
「よく頑張ったな」
「ランバート・・・」
 最後のところでランバートがオレの手を掴んで引き上げてくれたんだと理解した。
「ジェイクー、大丈夫ー?」
「ああ。何とか上れたよ」
 下から叫んでくるエイティに手を振って応えた。
 さあ、あとはエイティとボビーだ。
 オレの身体からロープをほどいてエイティへと投げてやると、エイティは素早く自分の身体にロープを巻き付けた。
 ボビーを肩に乗せ、エイティが縄梯子に手を掛けた。
 ギシっときしむ縄梯子。
 そしてベアと二人で支えたロープにズシリと重さが掛かった。
 エイティは快調に縄梯子を上ってくる。
 どうやら一番もたもたしていたのはオレのようだった。
 これなら大丈夫だろうと思った矢先だった。
 ギシギシギシ!
 縄梯子が今までにないような音を立てたんだ。
「エイティ!」
「キャー!」
 オレの声とエイティの悲鳴とが同時に木魂する。
 見ると、縄梯子はオレ達がいる崖のすぐ下の部分からブッツリと切れて無くなっていたんだ。
 そして今や、エイティの身体を支えるのは、ベアが支えるロープのみ。
 リトフェイトの効果で全体重がロープに掛かることは無いけれど、もしもこのロープが切れたらエイティは崖下へと落ちてしまう。
「エイティ、大丈夫か?」
「ええ、なんとかね」
「慌てるな、まずはしっかりとロープを掴め。そうだ、ゆっくりで良いぞ」
 ベアの指示でエイティはロープをしっかりと握り締め、岩壁に両足を付いて身体を安定させた。
「引き上げるぞ。アンタも頼む」
「ああ」
 ベアが頼むとランバートも一緒にロープを引き上げてくれた。
 それに合わせてエイティも岩壁を歩くように上ってくる。
「もう少し、もうちょっとだ!」
 懸命に崖をよじ登るエイティ。
 その手が崖の上に覗いたところで、ランバートががっしりと掴んでエイティの身体を一気に引き上げた。
 もちろんボビーも無事だぜ。
「エイティ!」
「あー、死ぬかと思ったわ」
「無事で何よりだった」
「みんな、ありがとう」
 オレ達三人で、とにかく無事に崖を上り切ったことを喜び合う。
 その一方でランバートは、ベアが近くの岩に括り付けたロープを解いて回収してから束ねている最中だった。
 自然、オレ達の視線がランバートに集まった。
「エイティ、ほら」
「ランバートも助けてくれたんだぞ」
 オレとベアでエイティの背中を押してやる。
「うん、そうだよね。分かってる」
 エイティはコクンとひとつ頷くと、おずおずといった感じでランバートへ近付いて行った。
「あの・・・最後引き上げてくれてありがと」
 あくまで目を合わせず、ボソっとランバートにお礼を言うエイティ。
 それに対してランバートはロープを束ねる手を休めない。
「ふっ。俺がつかまっても切れなかった縄梯子が切れるなんてな。少しやせたほうが良いんじゃないか?」
「なっ・・・!」
 苦笑を漏らすランバートの痛烈な一言に絶句するエイティ。
 いや昨日海岸でエイティの水着姿を見たけどさ、見事なナイスバディで全然太ってなんかいなかったよ。
 それでもいつも体重のことを気にするのが女って生き物だろ?
 なのにあんなことを言ったら・・・
「アンタ最っっっっっ低!」
 エイティが顔を真っ赤にして怒るのも無理はない。
 捨て台詞を残してズカズカと歩いていってしまった。
 ちょっと待てエイティ、これから何処に行くのかちゃんと分かってるのかよ?
 にしてもだ。
 少しは打ち解けたかに見えたエイティとランバートだけど、あれじゃあまるでダメだ。
 ったく、困ったもんだぜ。

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