ジェイク7
10
縄梯子を上って出た先も結局今までと同じような洞窟だった。
幅の広い通路に高い天井、足元はゴツゴツとしていて歩き難く、所々でチョロチョロと水が流れていた。
そんな中、さっきランバートに「少しはやせろ」と言われたエイティが、怒りのままに先頭を切って歩いていく。
「まったくアイツってば信じられない!」
「まあまあエイティ」
「ジェイクだって私の水着姿見たでしょ。私のどこが太ってるっていうのよ?」
「だから気にするなって。縄梯子が切れたのだってたまたまだよ。先にオレ達が上ったから切れかけてたんだよ、きっと」
「そうかもしれないけど・・・でもやっぱり許せないわ。乙女に対してあんな無神経なこと言うなんて」
「やれやれ」
どうにもエイティの怒りは治まりそうになかった。
困ったもんだと後ろを歩くベアに振り返って助けを求めたけど、ベアは肩をすくめて首を横に振るだけ。
どうやらベアもお手上げらしい。
ベアの後ろ、少し距離を置いたところに、エイティを怒らせた張本人が何食わぬ顔で歩いている。
エイティもランバートも仲良くしろとは言わないけど、せめてケンカだけはしないでもらいたいところだ。
しばらくはそんな雰囲気のまま洞窟を進んでいくと、またも通路が開けて広めの空間に出た。
さっきは地底湖だったけど今度は何だろうなと目をこらす。
「皆さん、伏せて下さーい!」
エイティの足元に控えていたボビーが突然叫んだ。
反射的にその場に身体を伏せた、その時だった。
バサン。
「えっ?」
「なんだ!」
どうやらオレ達の頭の上を何かが通り過ぎていったらしい。
低い体勢のまま頭だけ上げて見ると、頭上には翼を持った巨大な生物が滑空していたんだ。
「ワイバーンだ!」
ベアがそのバケモノの名前を叫んだ。
なるほど、ワイバーンか。
それは数あるドラゴンの中でも翼竜として知られている中型のドラゴンだ。
前脚は退化してしまったんだろう、その代わりに翼が大きく発達したその姿は、パッと見た感じは鳥のようだ。
しかし、緑色の鱗に覆われた爬虫類のような胴体や長く伸びた尻尾、それに太くしっかりとした後脚や鋭いカギヅメなどを見ると、なるほど確かにあれはドラゴンだと分かる。
オレも何度か迷宮で戦ったことがあるけど、呪文も使ってこないしブレスも吐かない、ドラゴンにしては戦いやすいほうだろう。
しかしそれは迷宮の中での話だ。
もしもワイバーンが自由に大空を翔るなら、それは人類にとってとてつもない脅威になるはずだ。
太古の昔はこのワイバーンを飼い馴らして乗り物代わりに乗り回していた魔道師もいたらしいけど、さすがに今ではそんなヤツはいないだろう。
そう言えば、洞窟の外の神殿に翼竜を象った像があったけど、あの像もこのワイバーンをモデルにして創られたんだろうよ。
ワイバーンは全部で三体。
空を飛ぶ生物にとっては決して広いとは言えない洞窟内で、グルグルと輪を描くように飛び回っていた。
「どうする? 何か呪文を使おうか?」
何しろ相手は頭の上を飛び回っているからな、武器が届かないようなら呪文で仕留めるのが一番だ。
「いや。ワイバーンごときに呪文を使う必要もないだろう。俺達が一体ずつ片付ければ良い」
ランバートは早くも剣を抜いていた。
「ちょっと、勝手に決めないでよね」
「なんだ? まさかお前、ワイバーンも倒せないのか?」
「そんなことないわよ!」
あー、またエイティはランバートの挑発に乗せられて。
「本当に大丈夫か、エイティ?」
「あんなこと言われたらやるしかないでしょ。ジェイク、手出し不要だからね」
「ああ、分かった」
そう言われたらオレも引き下がるしかない。
だけどエイティよ、ちょっとばかり肩に力が入り過ぎだぜ。
ワイバーンが上空からオレ達目掛けて迫り来る。
「まずは一体だ」
ランバートが両手で構えた長剣が下から上へ、宙空に華麗に弧を描いて舞った。
シャキン・・・ズドーン!
まさに一瞬の出来事。
ランバートの放った剣は綺麗にワイバーンの首を斬り落としていた。
首を失ったワイバーンの身体はそのまま洞窟の壁まで飛んで激突、地面へ落下してしまった。
「なかなかの腕だ。それに剣の斬れ味も鋭いな」
ベアがランバートの手にある剣に見惚れている。
「これか。昔手に入れたものだが悪くない。なんでも聖剣だとかエクスカリバーだとかいう名の剣らしいな」
「聖剣エクスカリバーだと? それは驚きだ」
「それってスゴイのか?」
「スゴイなんてもんじゃないだろう。伝説の剣として語られるくらいの逸品だ」
「へえ」
戦士であるベアはヒューと口笛を吹きながら興奮しているけど、魔法使いのオレには武器の良し悪しはよく分からない。
でもそんなスゴイ剣を持っているということは、ランバートも只者じゃないんだろうな。
「ワシも負けてられんぞ」
今度はベアがグレートアックスを振るう番だ。
ランバートが華麗なら、ベアの攻撃は豪腕と言える。
上空から飛来したワイバーンを十分に引き付けてから、そのどてっ腹にグレートアックスを力任せに叩き込んだ。
腹をかち割られたワイバーンが墜落して地面の上でのた打ち回るのに、続け様にグレートアックスを叩き付ける。
「こいつめ、まだ動くか!」
最後の一撃がワイバーンの頭蓋を砕いて、ワイバーンが完全にその動きを止めた。
「ベア、お前もなかなかやるな」
「お前さんほどじゃないさ」
ランバートとベアが男同士でニヤリと笑い、お互いの武器を合わせてチンっと鳴らした。
ベアはエイティ程ランバートに対して不信感を抱いていないみたいだからな、二人が組めばこれからの戦いでも強力な肉弾戦が期待できるだろう。
ランバートとベアでワイバーン二体を倒して残りは一体になった。
仲間を失って怒ったワイバーンが、グケェと一声鳴いてから急降下してくる。
「今度は私の番よ。ボビー!」
「ガッテンです」
エイティはボビーを聖なる槍の先端に乗せると、ワイバーン目掛けて放り投げた。
まるで撃ち出された大砲の弾のように、ボビーがワイバーンへと真っ直ぐに飛んで行く。
空中で交錯するウサギと翼竜。
そして次の瞬間、ボビーはワイバーンの首筋にガブリと噛り付いていた。
「やったわボビー!」
ボビーに首筋を噛み付かれたワイバーンは、苦し紛れに身体をくねらせながら落下してくる。
そこを地上からエイティが聖なる槍で突き上げようとしたけど・・・
「はっ、ボビー!」
だがその時ワイバーンが身体をグニャリと捻ったもんだから、聖なる槍の鉾先にボビーが入ってしまったんだ。
ボビーの姿を視界に捉えたエイティは間一髪のところで聖なる槍を引き下げた。
おかげでボビーは串刺しをまぬがれた、しかし・・・
上空から落下してきたワイバーンがモロにエイティに覆い被さってきたんだ。
「キャー」
落下の衝撃で小さなボビーの身体は飛ばされたものの、エイティはワイバーンに組み敷かれる恰好になった。
鋭いカギヅメでエイティの身体を押さえ付け、大きな口を開いて牙を剥き出しにするワイバーン。
「エイティ!」
これはマズイと思ったオレはすかさず呪文を唱えようとしたが・・・
「近すぎる」
何しろワイバーンとエイティが一緒にいるものだから、下手な呪文を唱えるとエイティまで巻き添えにしてしまう。
何とかエイティを巻き込まないような呪文をと思考を巡らせていると・・・
「マトカニ!」
オレの後ろでランバートが呪文を唱えていたんだ。
ランバートの呪文を食らったワイバーンの動きが一瞬にして止まる。
そして次の瞬間には、パラパラと塵になって崩れ落ちてしまったんだ。
もちろんエイティは無事だ。
「マトカニとは驚いたな」
それは低レベルのモンスターを瞬時に塵に変えてしまう強力な呪文だ。
ある程度の能力を持つモンスターには全く効かないものの、迷宮の奥深くに出没するモンスターでもこの呪文で対処できるものは数多く存在する。
呪文無効化に影響されないので、非常に頼りになる呪文だ。
古代魔法の時代には、魔法使いも同じような呪文が使えたらしい。
しかし今では魔法体系が整備されて、その呪文はアルケミストの呪文へと移行されたんだ。
その呪文を使ったということは・・・
「ランバート、アルケミストの呪文が使えるのか?」
「最初に言っただろ。呪文を習得する時間などいくらでもあったと」
「なるほど、たいしたもんだな」
オレは呪文を学ぶ者として、素直に感心していた。
そういえばランバートは全ての呪文を習得している、と言っていたしな。
それだけの呪文を習得するには、どのくらいの時間が必要だったんだろう?
オレがこの歳で全ての魔法使いの呪文を習得できたのは、ベインによるスパルタ教育のおかげだ。
でもそれは、魔法使いの呪文のみを突き詰めたからだ、とも言える。
他の系統の呪文もとなれば、どうしても習得の度合いは遅くなってしまうだろう。
現にビショップが魔法使いと僧侶の呪文を全て習得するには、生粋の魔法使いや僧侶よりも遥かに時間が掛かるもんだしな。
でもオレはまだ若い。
何たって今日の誕生日で十七だしな。
これからだってまだまだ呪文を勉強する時間はあるはずだ。
他の系統の呪文を学ぶのも良いだろうし、もっと魔法使いの呪文を極めるのも良いと思う。
なるほど、ベアがランバートの剣技を見て興奮していたのが分かる。
オレだってランバートの呪文を見せられて、どうにも言いようもなくワクワクしているんだからな。