ジェイク7

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 オレ達を乗せた船が地底湖の水面を滑るように進んでいる。
 船は予想以上にしっかりしていて、これなら安心して乗っていられそうだ。
 死者の世界の川でカロンの船に乗せてもらった時と違って、湖には水の流れが全くなかった。
 そして船を操る櫂の音すらしない。
 船首に設置された羅針盤にランバートが手をかざすことで進んでいるんだけど、一体どういう原理なんだろうな?
 いやそれを言ったら、そもそも瓶の中に詰められていた模型の船が、水に浮かべた途端に人が乗れるくらいに大きくなったんだからな。
 世の中にはまだまだオレの知らないことがたくさんあるってもんだぜ。
 オレのすぐ前に座っているベアは相変わらずだ。
 グレートアックスを抱えてゴツイ身体を丸めてじっと身を固くしている。
 一刻も早く船から降りられるように祈ってるんだろうぜ。
 そしてオレの後ろをチラッと見てみると。
「何よ、ジェイク?」
「いや、別に」
 こちらも相変わらずだった。
 不機嫌な顔をしたエイティが、ひざに乗せたボビーの背中を撫でていた。
 そのボビーにしても心配そうにエイティを見上げているくらいだ。
 エイティよ、そろそろ割り切ってもらえねえかな?
 地底湖故に視界は灯りの呪文の効果範囲内にしか及ばない。
 ゆっくり景色を楽しむ、なんて雰囲気じゃないよな。
 どうにも重苦しい沈黙を乗せて、船は地底湖を進んでいた。
 そのまましばらくすると
「もうすぐ呪文無効地帯に入るぞ」
 船首にいるランバートが、こちらを振り返りもせずにそう告げた。
「いよいよか」
 自然、オレの身体にグッと力が入った。
 オレ達魔法使いにとって、呪文の使用を封じられることほど嫌なことはない。
 剣士が剣を失くしたのと同じようなものと言えば分かってもらえるだろう。
 そしてここでは呪文が使えなくなるどころか、現在効果を発揮している常駐呪文もその効力を失うんだからな。
 当然のことながら。
「あっ、暗くなったわ」
「ロミルワの効果が切れたんだな」
 今まで視界を確保していたロミルワの呪文が切れたとなっては、周囲は一気に闇に包まれてしまう。
 ダークゾーンとまではいかないけど、見通しは最悪だ。
「ランバート、大丈夫か?」
「任せろ」
「何か灯りになるものは無いのか?」
「必要無い」
 心配になって船を操るランバートに声を掛けても、素っ気無い返事しかない。
「本当に大丈夫なんでしょうね?」
「うーん・・・」
 はなからランバートを信用していないエイティはともかく、オレもだんだん不安になってきた。
 なんと言ってもこの暗闇だ、進む方向を間違えたとかならともかく、何かに衝突でもされたらたまったもんじゃない。
 と言うかランバートのヤツ、ちゃんと目的地が分かってて船を進ませているんだろうな?
 適当に対岸を目指してるだけ、なんて気もしないでもないんだけど・・・
「なあランバート・・・」 
 その辺りのことを聞いてみようと再度ランバートに話しかけようとした、その時だった。
「何かいます。水の中、すぐ近く」
 エイティのひざの上にちょこんと座っているボビーが、長い耳をピンと立て赤い目をランランと輝かせていた。
「何かって魚とか?」
「もっと大きいです。あっ、船の下!」
 ボビーの耳が水中の物体の動きを追ってピクピククネクネと反応する。
 そして。
「船の前、浮かび上がってきました」
「ランバート!」
 ボビーを抱いたままのエイティが船を操るランバートの名前を叫ぶ。
「ちっ!」
 異常を察したランバートが船の針路を大きく右に変える。
 そこへ、船のすぐ左側の水の中から巨大なヘビのような生き物が姿を現したんだ。
 正に間一髪だった。
 もしもランバートが船の針路を転換していなかったら、オレ達の乗った船は今頃湖の真ん中で転覆していたはずだ。
「モートモンスターか!」
 ランバートがバケモノの名前を叫ぶ。
 なるほど、相手はモートモンスターか。
 それは大きな湖や河川などに生息する巨大な水ヘビで、ウォータードラゴンの仲間とも云われているモンスターだ。
 顔の周囲や背中に赤いヒレが生えているのが、単なるヘビというよりもドラゴンの類いを連想させる。
 体長は5メートルとも10メートルとも云われているが、目の前にいるコイツもかなりの長さのようだ。
「オレは船の操縦で手が離せん。お前らで何とかしろ」
 ランバートは必死に船を右に左に走らせて、モートモンスターの追撃をかわしていた。
「なんとかしろったって・・・」
 船が苦手なベアはこの際戦力としては当てにならない。
 それにここはまだ呪文無効地帯のはずだ、オレの呪文は使えない。
「私がやるわ」
 必然、エイティがモートモンスターの相手をすることになる。
 エイティが船の最後尾で立ち上がり、聖なる槍を構える。
 そこへランバートが船を大きく左に振った。
「きゃあ!」
「エイティ!」
 危うく船から落ちそうになったエイティを、オレがすんでのところで抱きついて何とか持ち堪えた。
「ランバート、もっと優しく操縦してよ!」
「フン、早くそいつを倒せば良いだろう」
「分かったわよ、もう・・・見てなさい」
 再度エイティが立ち上がる。
 船の後方から迫り来るモートモンスターがじわじわと距離を詰める。
 そして射程距離に入ったところで一気に水面から跳ね上がると、船の最後尾に立つエイティの頭上から襲い掛かってきた。
「ハッ!」
 しかしエイティはそれを待っていた。
 突き出された聖なる槍はモートモンスターの首根っこを正確に貫いていた。
 そしてエイティが頭上で聖なる槍を捻ると、モートモンスターの首が長い胴体から綺麗に切断されて、そのまま湖に落下する。
 もちろん首を失って生命活動を停止したモートモンスターの胴体も、バッシャーンと派手な水しぶきを上げて湖へと沈んでいったんだ。
「どんなもんよ」
「エイティ、さすが・・・」
「えっ、うそ!」
 バケモノを倒した余韻に浸る間もなかった。
 さっきのヤツの仲間だろう、新たにモートモンスターが四匹、水面から顔を覗かせていた。
 モートモンスターは群れで行動する習性があるらしいからな、仲間を倒したオレ達を黙って見過ごすつもりはないんだろうよ。
「クソっ」
 あいつらに囲まれたら一巻の終わりだ。
 ランバートは懸命に船の針路を右に左にとくねらせる。
 その度に「ぐわあっ」とか「うおおっ」とか、ベアの絶叫が地底湖に木霊する。
 しかし、船自体がたいした速さで進んでいるわけじゃない。
 四匹のモートモンスター相手にそうそう逃げ切れるものでもないだろう。
「わっ、ちょっと」
 一方のエイティも、ランバートが船を大きく揺らすものだから、立ち上がって応戦することもできなくなっていた。
 船上で片ひざ立ちの姿勢のまま必死に聖なる槍を振り回しているけれども、相手だってバカじゃない。
 聖なる槍の間合いの外から、襲い掛かるタイミングをうかがっていた。
「いくらなんでも四匹相手じゃもたないわ! ジェイク、助けて」
「んなこと言ったってなあ」
 呪文が使えないんじゃオレの出番があるはずもない。
 ここはエイティに踏ん張ってもらうしかないだろう。
「ランバート、逃げ切れるか?」
「うるさい。それよりもうすぐ呪文無効地帯を抜けるぞ」
「本当か? よしっ!」
 呪文無効地帯さえ抜けてしまえばオレの呪文で一網打尽にできるはずだ。
 オレは精神を集中させて、その時を待った。
「もう少しだ。よし抜けたぞ」
「ジェイク!」
「ラハリト!」
 ランバートが合図すると一瞬で呪文の詠唱を完成させて、エイティがオレの名前を叫ぶのと同時にラハリトを放った。
 湖面を走る灼熱の炎が四匹のモートモンスターを飲み込んだ。
 呪文によって生み出された炎は水に潜ったくらいで簡単に消えはしない。
 オレの魔力次第でいくらでも持続させることができるんだ。
 モートモンスターは身体こそ長いものの、それほど耐久力があるほうじゃない。
 一匹二匹と動きを停止させ、ついには湖に四匹分の屍がぷかぷかと浮ぶことになった。
「やったわね」
「まっ、こんなもんだろ」
 パチンっ。
 エイティと勝利のハイタッチを交わした。
 モートモンスターを振り切って間も無く、船は対岸に到着した。
 どうやらここが船の旅の終着点らしい。
「やれやれ、何とか着いたな」
「一時はどうなるかと思ったけどね」
 全員が下船すると、船はまた瓶に詰められた模型に戻ってしまった。
 ランバートが素早くビンを回収し、懐にしまう。
 船を乗り捨てるでもなくきちんと回収するとはな、案外几帳面な性格なのかもしれない。
「さっきはすまなかった」
 モートモンスターとの戦いで全く戦力にならなかったベアが、申し訳なさそうに頭をかいているのが何だかおかしい。
「気にするなってオッサン。その分次は頼むぜ」
「そうそう」
「うむ、次は暴れさせてもらうぞ」
 三人にいつもの雰囲気が戻って来た。
 そしてオレ達の視線はランバートへ。
「見事な船捌きだったな」
 ベアがランバートにねぎらいの言葉をかける。
「あのくらいはどうってことはない。それよりもジェイク、なかなかの呪文のキレだな」
「あのくらいどうってことはねえよ」
 ランバートの言葉をそっくりそのまま借りて返事をしてやった。
 そして、ランバートとエイティの視線が交錯する。
 また何かもめるのかと思ったけど・・・
「エイティ、お前もよくやってくれた」
「あら珍しい。アンタでも人を褒めたりするんだ。でもまあ船を用意してくれたり操縦もしてくれたり、それは感謝しているわ」
「知るか。それより行くぞ」
 ランバートはさっさと踵を返して先へと歩き始めた。
「何、あれ? まあ良いわ。私達も行きましょう」
 エイティもランバートの後に続く。
「あの二人、お互いに褒めあってたよな」
「うむ、少しは打ち解け始めたかな」
「さあな」
 ベアと顔を見合わせてクスリと笑った。
「ほらジェイク、ベアも行くわよ」
「ああ、今行く」
 エイティに呼ばれてオレとベアも走り出した。

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