ジェイク7

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 先を行くランバートの背中を見ながら洞窟の中を進む。
 洞窟といっても通路の幅も広いし天井までもかなりの高さがあるからな、別に狭っ苦しい感じなんてしない。
 なるほどドラゴンの洞窟というだけのことはある、これならドラゴンの一匹や二匹出て来たところで余裕で動き回れるだろうよ。
 地下迷宮で感じるような薄ら寒さはなくて逆に暑いくらいなのは、ここが火山の中に自然にできた洞窟だからなんだろうな。
 おかげで雨で濡れたローブもいつの間にか乾いている。
 ランバートの後ろから少し離れてエイティとオレ、エイティの足元にはボビーがいて、最後尾にはベアという陣形。
 チラッとエイティの顔を見上げるとやはり強張った表情のまま、前を歩くランバートの背中を射抜くように見つめている。
 思い余っていきなり後ろから聖なる槍でグサリ、なんてやらねえだろうな?
 でもそれもオレのことを心配してくれてのことだから、そこは分かってやらないとな。
 もちろんオレだってランバートに完全に心を許したわけじゃない。
 ただ、母さんの仇だとかベインと戦って殺したなんて話は、どうにもピンと来ないんだ。
 確かにそれは卑劣な行為に間違いはないけど・・・
 何て言うか、今更? って感じで。
 オレは生まれた時から母親の顔も知らずに育ったし、オレを育ててくれたベインにしてもあんな感じだったから。
 大切な人を亡くして悲しいとか、ランバートが憎いとかの負の感情は、不思議と無かったんだ。
 しかし、この先オレやエイティ達に危害を及ぼすようなら話は別だ。
 もしも今、剣を抜いたランバートがこちらを振り返って襲い掛かってきたなら、オレは全力で戦わせてもらうぜ。
 そう心に決めると不思議と余裕がでてくる。
 改めて洞窟の中を観察してみると、その通路はある場所では緩やかな弧を描き、またある場所では上り下りの傾斜が付いていたりしている。
 またある場所では、人工的に岩を削って造られたちょっとした階段も見られた。
 今でこそ完全に封鎖されていたけれども、その昔は人の出入りもあったんだろう。
 オレ達は無言のまま、洞窟の中を歩き続けた。
 
 そのまましばらく進むと、先頭を歩いていたランバートの足がピタリと止まったんだ。
「どうした?」
「見ろ」
 後ろから話しかけてもランバートはこちらを振り返りもしない、最低限の返事だけして、あとは自分の目で確かめろってことなんだろう。
 それならばとランバートの前へ進み出る。
 突如として目の前に現れた光景に思わず息を飲んだ。
「これは・・・」
 洞窟の通路を抜けたその先は広大な空間が広がっていたんだ。
 そしてその空間の大部分を占めているのは巨大な湖。
 洞窟の中で自然にできた地底湖だ。
「驚いたな」
「素敵、まるで鏡みたいね」
 ランバートの件でそれまで不機嫌だったエイティも、この神秘的な湖を目の当たりにしたら、そんな気分もどこへやらってやつだ。
 それにしてもエイティはうまいことを言う。
 湖には波ひとつなく、水面はまるで綺麗に磨き上げられた鏡の如しだ。
 しかしオレ達の目的は地底湖観光なんかじゃない、いつまでも湖を見て感動している場合じゃないよな。
 湖の外周は切り立った洞窟の壁になっていて、とてもじゃないけど歩いて迂回できる道なんてありそうもない。
 ましてや洞窟の壁に張り付いて移動するなんて無理な話だ。
 ここはどうにかして湖を渡るしかねえだろうな。
「で、これからどうするんだ?」
「何言ってるのよジェイク、リトフェイトで浮遊すれば簡単でしょ?」
「ああ、なるほど」
 何でこんな簡単なことに気付かなかったんだ。
 浮遊の呪文リトフェイトを使えば、たとえ水の上だろうと地雷原だろうと何の問題もなく突破できるじゃねえか。
「それじゃあ早速・・・」
 オレがリトフェイトを唱えようとすると
「待て。呪文は危険だ」
 ランバートに肩をガシっと掴まれた。
「えっ?」
「ちょっと、ジェイクに何をする気?」
 すかさずエイティがオレの肩に掛かったランバートの手を払い除けた。
 オレとランバートの間に割って立つエイティ。
「えーと、エイティ・・・」
 心配してくれるのは嬉しいけど、こんなところで争っている場合じゃないからな、もう少し穏便にお願いしたいところだ。
 そんな雰囲気を察してくれたんだろう、ベアが仲裁に入る。
「まあ待て。落ち着けエイティ。それでランバートよ、何故ジェイクの呪文を止めたのか、理由を説明してくれるか」
「ふん。おいジェイク、何でも良いから湖の真ん中に向かって呪文を放ってみろ」
「えっ、呪文? 何でもいいのか?」
 ランバートが何を言いたいのかイマイチ分からなかったけど、ここは素直に従っておくことにする。
 何でも良いと言われてもまさかいきなりティルトウェィトをぶっ放すわけにもいかないからな、ここはハリトで十分だろ。
「ハリト!」
 簡単な呪文の詠唱を終え、湖の中心に向かってハリトを放つ。
 オレの手を離れた小さな火球が湖の水面を照らしながら真っ直ぐに飛び・・・
 突然蒸発するように消えてしまったんだ。
「あれは・・・呪文無効地帯か」
「その通りだ」
 なるほどな、ランバートの言わんとしたことがようやく分かったぜ。
 この湖にはいたるところに呪文の効果を消去してしまう結界が張られているんだ。
 その影響は攻撃や治療の呪文だけじゃないぜ、常駐呪文にも及ぶはずだ。
 つまり、浮遊の呪文を使ってこの湖を突破しようとすると、途中でその効果が切れて湖にドボン。
 そうなると、泳ぎの苦手なオレやベアなんかは間違いなく溺れちまうだろうな。
「それじゃあどうやってここを渡るの?」
「ワシは泳ぎでなんて渡れんからな」
「オレだって泳いでなんて渡れねえよ。さて困ったな・・・」
 三人で顔を突き合わせて湖を渡る方法を考える。
 しかし、歩いていく道もない、呪文で浮遊するわけにもいかないとなると、他にどんな方法があるっていうんだ?
「どこかに船でもないかな」
 オレがそうつぶやいた時だった。
「ひょっとしたら・・・」
 ランバートが何やら思案顔で懐を探り出したんだ。
 そして取り出したのは、透明な酒瓶の中に船の模型が入っている、いわゆるボトルシップってやつだった。
「船ならここにある」
 それを見たエイティが今度は鼻で笑ったような顔になった。
「あのねえアンタ、それは手先の器用な人が創ったお土産品、ただの飾り物でしょう。そんな模型の船でどうしようっていうのよ?」
「待ったエイティ。少し様子を見よう」
 とにかくランバートは何を考えているのか分からない。
 分からないが、こんな場面で意味もなく模型の船を出すような間抜けなヤツじゃないはずだ。
 まあ、間抜けにもオレとエイティを間違って連れ去った前科はあるんだけどな。
 何が起こるのかとオレ達が黙って見守っていると、ランバートは湖の畔にひざまずき、ボトルシップをそっと湖面に浮かべた。
 ボトルシップが淡く発光した次の瞬間。
「ああ!」
「嘘・・・」
 これは驚いた。
 それまで手のひらサイズの模型の船だったものが、湖に浮かべたとたんに長さ10メートル程の立派な船に変わったんだ。
 船は一応帆船の形はしているけれども、はっきり言って帆の類いは飾りでしかないだろう。
 しかし人間を乗せて湖を渡るくらいなら、十分に使えそうだ。
「ランバート、その船どこで」
「ああ、外の神殿の崩れた瓦礫の下から見つけたものだ。何かないかと調べていた時に拾っておいた。
 おそらく、昔この洞窟を利用していた者達の忘れ物だろう」
「なるほどな。とにかくこれで何とかなりそうだ」
 もしもランバートがボトルシップを拾ってなかったら、オレ達はここで立ち往生していたかもしれない。
 そう思うと、何がどこで役立つか、分からないもんだぜ。
「行くぞ」
 船を用意した責任者だからってわけでもないんだろうげと、まずはランバートが乗り込んで船首の位置に腰を下ろした。
 人がひとり乗っても船は少しも揺れることなく安定している。
 オレ達も少し顔を見合わせてから
「乗ろう」
 意を決して船に乗り込んだ。
 まずはベアから。
 水が苦手故に船の類いも苦手なベアだったが、オレとランバートの間に割り込むべく率先して乗船してくれた。
 次はオレだ。
 オレもベア同様泳ぎはあまり得意じゃないけど、船なら大丈夫。
 そして最後がエイティとボビー。
 ランバートを信用していないエイティは最後まで船に乗るのをためらっていたみたいだけど、オレ達が乗っているのを見て覚悟を決めたらしい。
「大丈夫なんでしょうねえ、コレ・・・」
 エイティは船に乗ってからもまだブツブツと言っていたけどな。
 全員が乗船して定位置に腰を下ろしたのを確認すると
「よし、出してくれ」
 ベアが号令を出した。
 けどさ・・・
「この船、どうやって動かすんだ?」
 確かに船には帆があるけど、こんなものは飾りだ。
 第一、地底湖で風なんか吹くはずもない。
 かと言って、オールのような物も見当たらなかった。
「使えないわねえ、まさか手で漕げ、なんて言わないでしょうね」
 最後尾から船首に向かって、エイティの文句が飛ぶ。
「黙ってろ」
 それに対してランバートはいつものごとく、だ。
 船首部分を何やらゴソゴソと探っている。
「これか」
 ランバートが船首に備え付けられた羅針盤に手をかざすと、船が静かに湖面を移動し始めたんだ。

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