ジェイク7
6
とうとうその言葉を口にしちまった。
今まで頭では分かっていても、どこかで抵抗していた部分はあったと思う。
男として生きてきたオレだけど、やっぱりオレは男じゃない、けれど女にもなりきれない・・・
だけど今オレは自分の意思で、最後の壁を突き崩したんだ。
「そう、オレは女なんだ」
もう一度、オレ自身に言い聞かせるように、その言葉をつぶやいた。
「ジェイク・・・」
「むぅ・・・」
エイティもベアも、複雑な顔でオレを見てくれている。
そりゃあそうだろうよ。
今までだって二人には散々心配かけてきたんだ。
それがこんな形でだもんな、本当にオレはどうしようもないヤツだよ。
「やはりそうか。ジェイク、お前があの女の娘なんだな」
そんなオレ達に対してランバートは、長年探した宝物でも見つけたかのように興奮していた。
そうだ、今は悩んでいる場合じゃないはずだ。
オレの正体を明かした今、もう恐れるものは何もないはずだろ?
オレは気持ちを奮い立たせて、ランバートに向かった。
「なあランバート、オレの母さんを『あの女』呼ばわりするのは止めてくれよ」
「そうか、それは済まなかった。では改めて聞く。ジェイク、お前はジェシカの娘、それで間違いないな?」
「ああ」
「ジェイクが生まれた瞬間、皆既日食が起こったことは?」
「それも知っている。間違いない話だ」
「そうか、そうか・・・皆既日食の瞬間に生まれた娘。しかも母親はこの島の人間・・・」
ランバートは相変わらず興奮したまま、独り言をつぶやいていた。
「今度はこっちが聞かせてもらうわ。ここはどこで、アナタはどうしてここへ来たがったの?」
逆にエイティがランバートを問いただす。
「約束だったな。良いだろう、教えてやる。ここはさっきの神殿の奥に広がるドラゴンの洞窟だ」
「ドラゴンの洞窟だって?」
「ああそうだ。この洞窟の奥深くには、今もドラゴンの神が祀られているはずだ。俺はそのドラゴンの神に用がある」
「ドラゴンの・・・」
「神・・・?」
ランバートの口から語られたその言葉に、思わずエイティと顔を見合わせてしまった。
「それで、ランバートはドラゴンの神に何の用事があるのだ?」
半ば呆けているオレ達を置いて、ベアが聞く。
「決まっているだろう。古来よりドラゴンの血を飲んだ者は、不老不死の肉体を得ることができる」
「ランバート、てめえ200年も生きてるくせに、まだ不老不死とか言うのかよ?」
「長生きしたところでせいぜい100年しか生きられない人間など話にならぬだろうが、たとえ魔族と言えどもその命には限りがある。
しかしドラゴンは悠久の時を生きるという。その生命力、憧れはせぬか?」
「そんなのはこっちから願い下げね」
「エイティ?」
「だってそうでしょ? 大切な人がみんないなくなって誰も知っている人がいない、そんな時代に独り生き残っているなんて、ぞっとするわ」
エイティは汚らわしいものでも見るかのようにランバートを睨んでいる。
そんなエイティに構わず、ベアが話を進める。
「よしランバートの言い分は分かった。問題はこれからどうするか、だ」
「そんなの決まってるでしょ。ここでさよならよ。ジェイクのおかげで洞窟に入れたんだからもう良いでしょ? 私達は帰りましょう」
「そうだな」
エイティの提案にコクンと頷く。
これ以上ランバートに関わるとロクなことは無さそうだし。
しかし、そんなオレとエイティの思惑をランバートは一笑に伏したんだ。
「お前達、どうやって帰るつもりだ?」
「どうやってって、そんなの出口から・・・」
「出口なんてあるのか?」
「ジェイクなら出られるんじゃないの?」
「まさか・・・」
エイティの言葉に顔がサァっと青ざめたような気がした。
慌てて背後を振り返る。
そこはオレ達がすり抜けたドラゴンのレリーフの裏側だ。
オレは祈るような思いでレリーフに両手を付いた。
「・・・」
しかし、ドラゴンの咆哮も聞こえないし、ましてやレリーフが波打つようなことも起こらない。
「おいおい、ウソだろ?」
なおもレリーフの裏側を撫でたり叩いたりしてみたけど、状況はまるで変わらなかった。
どうやらもう一度このレリーフをすり抜けて外へ出るのは無理みたいだな。
「困ったな・・・」
「大丈夫よジェイク。マロールで脱出すれば良いじゃない」
「そうか、マロールなら!」
何も未踏のエリアへ飛び込むわけじゃない、元いた場所へ戻るだけだ。
マロールを使えばこんな壁一枚、有って無いようなものだぜ。
オレは早速マロールを唱えた。
足元から浮遊するお馴染みの感覚に包まれて、次の瞬間には洞窟から脱出・・・
していなかったんだ。
「どうしたの、ジェイク?」
「いや、おかしいな。もう一度試してみようか」
「無駄だ、やめておけ」
ランバートが制止してきた。
「無駄ってどういうことだ?」
「分からんのか、この洞窟内に微妙な結界が張られている。呪文による進入及び脱出は不可能だろう」
「結界だと・・・?」
言われて精神を集中させてみるとなるほどな、転移系の呪文を弾く結界が張られているのが感じられた。
「それじゃあマロールで脱出できないの?」
「どうやらそうらしいな」
来た道は遮断され、呪文でも帰れない。
「となると脱出の方法は・・・」
「他の出口を探すしかないだろう」
「だな」
ベアの提案に頷いて応える。
「でも、他の出口なんてあるのかしら?」
「きっとある。探してみようぜ。そうだ、ランバートなら知ってるんじゃ・・・」
オレはちょっとだけ期待しつつランバートを振り返った。
「出口を知っているくらいなら、とっくの昔にこの洞窟に進入している」
「あー、そりゃそうか」
確かに、出口とはすなわち入り口だ。
もしもランバートがそんな出口を知っているなら、面倒なことをしてドラゴンのレリーフをすり抜ける必要なんて無かったはずだからな。
「でもさ、このままここにいてもしょうがないだろ? だったら探してみようぜ。ひょっとしたら何か見つかるかもしれないだろ」
「確かに、ジェイクの言う通りだ。ここにいてもどうにもならん」
今日はベアと意見が合う、お互いに顔を見合わせて頷きあった。
しかし、ここでも異を唱えたのはエイティだった。
「待って。行動するってランバートも一緒なの?」
「そりゃあ・・・」
「うむ・・・」
オレ達の視線がランバートに集まった。
エイティが強張った表情のままランバートへと向かう。
「ランバート、最後にもうひとつだけ聞かせてもらうわ。ジェイクのお母さんを殺したのは本当にアナタなの?」
「!」
確かにそうだ。
死者の世界でベインに会った時、ベインは『オレの母さんは魔族の男に殺された』と言っていた。
そして、そのベインを殺したのもランバートらしいからな。
果たしてオレは、母親と育ての親を殺した男と行動を共にすることができるのだろうか・・・
「どうなの、ランバート!」
詰め寄るエイティ。
しかしランバートはそんなエイティの質問は無視して話を進めた。
「一緒も何もない。ジェイク、少なくてもお前だけは俺と一緒に来てもらう」
「どういうことだよ?」
「ドラゴンの神に会うためにお前が必要になる場面があるかもしれないからな」
「それって、ジェイクを生贄にするために殺すかもって意味なんじゃないの?」
「かもしれんな」
無表情に答えるランバート。
「ジェイク、アイツはやっぱりジェイクを殺すつもりなのよ。それにお母さんの仇よ。信じちゃダメ」
「エイティ・・・」
さてどうしたもんだろうな。
確かにエイティの言うとおりだ。
ランバートはオレの母さんやベインを殺した仇だろうし、何よりオレ自身の命もどう扱うつもりなのか不安だ。
だけど今は感情的になったらダメだ、落ち着いて冷静に考えるんだ。
もしもだ、ここでランバートと一戦交えてヤツを倒したとして、それから先はどうなる?
このドラゴンの洞窟の中を脱出の方法を探して歩き回らなければならないだろう。
なんたってドラゴンの洞窟ってくらいだからな、神殿で見た像のようなドラゴンがうじゃうじゃ出て来るのは間違いないはずだ。
果たしてランバートと戦って疲弊したオレ達が、このドラゴンの巣窟を突破できるものだろうか。
何しろランバートは『自称』全能者だからな、たとえ勝ったとしてもどれだけ体力や呪文を消費させられるか想像がつかない。
それよりもいっそのことランバートを味方に付けたほうが、しばらくは安全なんじゃないだろうか。
ランバートの能力はこの洞窟で戦い抜くためには大きな戦力になるはずだ。
ヤツとケリを付けるのは、ここから脱出してからでも遅くはないはずだぜ。
「オッサン」
「ウム」
おそらくベアもオレと同じことを考えていたはずだ。
「ランバートよ、今は一時休戦としたはずだが、それはもう少し伸ばしてもらえるか?」
「それはそっちの対応しだいだ」
「すまんな。エイティ、お前さんはどうだ?」
「それは、だってアイツは・・・ねえ、ジェイクは良いの?」
「そうだな、オレは・・・」
目をつぶってじっと考え、最後の決断を下す。
「ランバートと同行しよう。今はここから出ることを一番に考えようぜ。良いだろ、エイティ」
「ジェイクがそう言うなら」
エイティは小さな声でそうつぶやくと、それっきり口を閉ざしてしまった。
「よーし決まりだ。ランバートよ、そういうわけで頼む」
「好きにしろ」
話が終わるとランバートはさっさと歩き出してしまった。
果たしてオレの判断が吉と出るか、それとも凶と出てしまうのか・・・