ジェイク7

戻る


 ドラゴンの描かれたレリーフの前で、エイティと魔族ヤロウが3メートル程の距離を置いて対峙している。
 エイティの持つ聖なる槍の先端と、魔族ヤロウが持つ長剣の切っ先とが今にも触れんばかりだ。
「あなた何者? どうして私をここまで連れて来たの? 答えなさい!」
 エイティの怒声が広間の中に響く。
 対する魔族ヤロウは相変わらずの不敵な表情を崩さないまま、長剣をエイティへと向けている。
 両者の間に一触即発の緊張感が漲っている。
 ここはオレ達も加勢するしかねえだろ。
 ベア、オレ、そしてボビーで魔族ヤロウをグルリと囲む。
 グレートアックスを突き出したり、呪文を詠唱する準備に入ったり、鋭い牙を剥き出しにしたりと、それぞれ戦闘態勢を取る。
「さあ、どうするの? おとなしく投降する? それともここで私達と一戦交えるつもりなの?」
 バン! とエイティがドラゴンのレリーフを叩いた。
 すると。
 魔族ヤロウの視線の先が、レリーフに触れているエイティの左手に固定されてしまったんだ。
「まさか・・・何も起こらないのか?」
 魔族ヤロウは明らかに動揺したようで、ドラゴンのレリーフをさすったりエイティの手を見つめたりしている。
「オイ女、もっとしっかりとレリーフに触るんだ」
「この期に及んで何をふざけたことを!」
 魔族ヤロウの態度に怒りの収まらないエイティが、再度レリーフをバンっと叩く。
「そんなバカな・・・あの女の娘なら何とかなるはずなのだが・・・」
 巨大なドラゴンのレリーフを見上げて愕然とする魔族ヤロウ。
 そして
「そうか、人違いだったか」
 フッと息を吐き、諦めたようにそうもらしたんだ。
 何がなんだか訳が分からない。
 エイティを中心にオレとベアの三人が、それぞれ『?』といった表情で顔を見合わせてしまった。
 ただ一点だけ、魔族ヤロウがもらした『あの女の娘』という言葉が気になったんだけどな。
 墓場で会った時の様子から察するに、ヤツはオレの母さんを知っていると見て間違いないだろう。
 もしも『あの女』というのが母さんなら、その『娘』というのは、すなわちオレのことだ。
 となると、やはりヤツの真の狙いはオレだったんじゃないのか。
 しかしオレは見ての通り、男の恰好をしている。
 母さんの命日に当たる今日、母さんの墓に参っていた人間の中で、取りあえず女に見えるのはエイティだけだ。
 だからヤツはオレと間違えてエイティを連れ出した・・・
 オレの頭の中でこんな推理が組み上がった。
 魔族ヤロウの狙いが何かは知らねえけど、これ以上関わらないほうが良いだろう。
「エイティ、どうやら人違いだったらしいからもう良いだろ? さっさと帰ろうぜ」
「そんなジェイク! 私は危うく誘拐されるところだったのよ。一歩間違ってたら殺されていたかもしれない。『人違いでした』で納得できるはずがないでしょう?
 ここはきっちりと、理由を説明してもらうまで帰らないわよ」
 頭に血の上った状態のエイティはオレの思惑になんか気付くはずもなく、荒い鼻息で魔族ヤロウに詰め寄った。
「さあ、説明してもらうわよ。っと、その前にちゃんと名乗りなさい。きちんと名乗った上で謝罪してもらいますからね」
 非は明らかに魔族ヤロウのほうにある。
 さすがに分が悪いと踏んだんだろう、魔族ヤロウは静かに剣を収めた。
「俺の名前はランバートという。さっきも言ったと思うが魔族だ」
 魔族ヤロウの口からようやく名前が聞き出せた。
 そのランバート、背中まで伸びた銀の髪に燃えるような真紅の瞳が印象的な男だ。
 透き通るように白い肌。
 耳がかなり長く、そして先端が尖っているのが魔族の身体的特徴なんだろう。
 がっしりとした身体つきで身長もエイティよりもずっと高い。
 人間の年齢でいうと二十代後半といった感じだけど、魔族は何百年も生きるっていうからな、実際の年齢は想像が付かない。
 身体を覆う黒いマントの下には、金色に煌めく鎧を纏っていた。
 よく見ると腰に差した長剣も柄のところに宝玉が埋め込まれていたりして、かなりの代物と思える。
「さーてランバートさん、どうして私をさらったのか、説明してもらえるんでしょうね?」
 エイティがランバートを問い詰める。
 あえてランバートに「さん」を付けて呼んでいるのは、エイティがまだ怒っている証拠みたいなものだ。
「だから人違いだったと言っている」
「それじゃあ、一体誰と間違えたのかしら?」
「それは・・・」
 ランバートはそこで言葉を切ると、再度ドラゴンのレリーフを見上げた。
「それは?」
 エイティが話の先を促すように聞き返す。
 ランバートは再び視線をエイティに戻すと、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「この神殿の封印を解くことのできる者とだ」

 ランバートの言葉に再びオレの心臓がドクンと跳ね上がった。
 それはオレだけじゃなかったらい。
 ベアはもちろん、さっきまで頭に血が上っていたエイティもどうやら気付いたようだ。
 詳しいことは何も分からない。
 だが、ドラゴンのレリーフに描かれた太陽と月、そして皆既日食の瞬間に生まれたオレ。
 そこに何か関係があるのは間違いないはずだ。
 できればうまいタイミングで話を切り上げて、早くこの場から立ち去りたいものだが・・・
「へーえ、神殿の封印。そんなものがあるんだ?」
 極力冷静を取り繕って、エイティがランバートの相手をする。
「そうだ。この神殿の奥にはドラゴンの神が祀られているはずだ」
「ドラゴンの神?」
 思わずオレがランバートの話に食いついてしまった。
 ランバートの視線が急にオレに向けられてちょっとドギマギする。
 でも大丈夫、ヤツはまだオレの正体について何も気付いていないはずだ。
 必死にそう言い聞かせて、この場はできるだけ不自然にならないように振舞うことにする。
「ここにドラゴンの神がいるのか?」
「ああ。この神殿を見れば分かるだろう。この島にはかつてドラゴンに対する信仰があったようだ」
「そうか、この神殿にあるドラゴンの像なんかはその名残なんだな」
「しかしそれも昔の話だ。現在ではこうして忘れ去られている。そして、ドラゴン達は皆、この神殿の奥深くに眠っているという話だ」
「それで、封印って?」
「このドラゴンのレリーフ、この向こうがドラゴンがいる洞窟に通じているらしいのだが・・・どうにも先へ進めない」
「生憎だけど、私にはそんな封印を解く力はないわね」
 そろそろ話を切り上げようと、エイティが強引に締めにかかった。
「さあ、行きましょうか。この後はジェイクのバースデーパーティをするんだから。こんな所にいつまでもいられないわ」
「エイティ!」
「えっ? ハッ・・・」
 エイティも自分の失言に気付いたらしい。
 バースデー、すなわち誕生日。
 ランバートは知っているはずだ。
 この封印を解くことのできると思われる人間の誕生日が今日であることを・・・
「誰の誕生日だって? 答えろ!」
「そ、それは・・・」
 思わず口ごもるエイティ、そしてその視線がチラっとオレのほうに向けられた。
 バカっ、こんな時にオレを見るなよ。
 ランバートがそれに気付かないはずがない。
「キサマがジェイクか?」
 ゆっくりとオレのほうに迫って来た。
「オレは・・・」
 ゴクリと生唾を飲み込んだ。
 さあ、どうする?
 何とか言いくるめてこの場を逃げるか、それとも戦うべきか。
 ランバートがさらにオレへと迫る。
「ちょっと、ジェイクに何をする気?」
「これ以上の暴挙は見過ごすわけには行かんぞ」
 エイティとベアがランバートの前に立ちはだかる。
「どけ!」
 しかしランバートは二人を強引に払い除けると、今度こそオレの目の前に立ち塞がった。
 もう逃げられない、完全に追い詰められた恰好だ。
 オレはドラゴンのレリーフを背にして、ランバートの顔を見上げた。
「オレ、男だから。関係無いぜ」
 思わず声が裏返ってしまった。
 そして言ってから、それこそ大失言だったと気付いたんだ。
「男だから関係ない、だと? どうしてそんなことを知っている」
 そうなんだよ。
 ランバートは別に『封印を解く者は女』だなんて一言も言ってない。
 でもオレ達は、皆既日食の瞬間に生まれた「女」が魔術的儀式に最適だということを知っている。
 だからうっかり口を滑らせたんだ。
「キサマ、本当に男か?」
 ランバートの右手が伸び、オレの顎をクッと引き上げる。
 赤い瞳に睨まれたオレは完全にすくんでしまってまるで身動きができない、ヘビに睨まれたカエルだ。
 そして。
 ランバートの左手が開かれ、オレの胸へと迫ってきたんだ。
 たとえサラシの上からとは言え、あの手がオレの胸に被せられ、乳房を鷲掴みにされると思うと全身に悪寒が走った。
「やめろ!」
 これが女の本能なのかもしれない。
 オレはとっさに身をよじり、胸を隠すように手で覆った。
 とにかくランバートから逃げたくて後ろを振り返るが、目の前には巨大なドラゴンのレリーフ。
「キサマ、何者だ?」
 ランバートの手がオレを追う。
 ローブの首根っこを掴まれて強引に引き寄せられそうになるとまた、男の暴力に対する恐怖がオレの身体を駆け抜けた。
 オレはとっさに、目の前のレリーフに両手をベタリと付けてしまった。
 すると・・・
 どこか遠くでドラゴンの咆哮が聞こえ、レリーフに描かれたドラゴンの瞳が輝き出したんだ。

続きを読む