ジェイク7
3
「ジェイクさん起きて。起きてください〜」
「う、うーん・・・」
「ジェイクさん、ベアさんも起きて」
耳元でボビーのわめく声がする。
まだ痺れて重い頭をゆっくりと振って意識を呼び覚ます。
「ジェイクさん!」
「ボビー、無事か?」
「ハイ、ボクは隠れていたから平気です。それよりエイティさんが・・・」
「そうだ、エイティ!」
エイティの名前を聞いて完全に目が覚めた。
周囲に素早く目を走らせても、エイティはもちろんあの魔族の男の姿も消えていた。
「あのヤロウ・・・おいオッサン、起きてくれ!」
「む・・・うーん」
「しっかりしてくれよオッサン」
「ああ、大丈夫だ」
ようやくベアの意識も回復したようだ。
グレートアックスを杖代わりに、重装備のプレートメールをガチャンと鳴らしながらのっそりと起き上がる。
「ボビー、オレ達はどのくらい気を失ってた?」
「よく分からないですけど、そんなに長い時間じゃないですよ」
「そうか。それならまだ近くにいるかもしれないな」
「あっちに行きました。追いかけましょう」
「ボビー、分かるのか?」
「エイティさんの臭いを追います。急がないと雨で臭いが流されちゃう」
「そうか、頼んだぜボビー」
「任せてください」
言うやボビーは文字通り脱兎のごとく走り出した。
「オッサン、行くぞ」
「ああ」
オレとベアもボビーの後を追って雨の中を走った。
アルビシアは小さな火山島だ。
島の住人のほとんどは海岸沿いに住み、主に漁業を営んで暮らしている。
その海岸から島の中心部へ向かうと、そこにはうっそうとしたジャングルが侵入者の行く手を阻むように広がっている。
ジャングルと言っても昔は人の出入りもあったらしい、樹を倒し、大きな岩を取り除いて作られた道のようなものが続いているのが分かる。
まあ道と言っても獣道に毛が生えた程度のものだけどな、それでも全くの未開のジャングルを突き進むのよりは遥かにマシなはずだ。
ボビーはクンクンと自慢の鼻を鳴らしながら、懸命にエイティの臭いを辿っている。
その足取りには一切の迷いが感じられない。
そもそもボビーがエイティの臭いを間違えるはずがないからな、これなら大丈夫だろう。
オレも雨に濡れて重くなったローブを引きずるようにして、必死にボビーの後を追った。
ましてや重装備で身を固めたベアにとっては、ボビーの走りに付いて行くのはかなり大変だろう。
ボビーが熱帯雨林のジャングルを島の中心部へと向かって進む。
そこには、今もわずかながらに噴煙を上げ続ける火山が見える。
もう少しでジャングルが切れるかといった辺りで、何かに気付いた様子のボビーが急に走るのを止めた。
「どうしたボビー?」
「見てください、アレ」
ボビーの視線の先には一本の槍が、樹の枝に引っ掛かるようにして置かれてあったんだ。
「あの槍、エイティの聖なる槍だ」
置かれていたと言うよりは落ちていた槍の下へ走り寄り、手に取って確認する。
間違いない、これはエイティが死者の世界で伝説のバルキリーから譲り受けた聖なる槍だ。
ったく、この槍はエイティにとって一生物のはずなんじゃなかったのか?
それをこんな場所に落としていくなんて。
「だが、これでエイティがこちらに来たのは間違いないだろう。ボビー、よく見つけてくれた」
「ヘヘヘ」
ベアに頭を撫でられて嬉しそうに笑うボビー。
「槍を拾って終わりじゃないぜ。エイティを助けないとな。ボビー、行けるか?」
「ガッテンです」
力強い足取りで、ボビーがエイティの臭いを追って走り出した。
しばらく走るとジャングルが完全に切れて視界が開けた。
周囲の様子はさっきまでの樹海とはうって変わって、ゴツゴツした岩が転がっている。
それと同時に、足元も急に上り坂になってきた。
踏みしめるたびに斜面を滑り落ちる細かい石に足を取られて、とてもじゃないけど走れたもんじゃない。
「あっ!」
小石に足を滑らせて体勢を崩し、思わず斜面に両手を付いてしまった。
鈍い痛みが走った手のひらを見てみると、擦りむいてしまって血が滲んでいる。
「ジェイク、平気か?」
「ああ、かすり傷だ。たいしたことはない。それより急ごう」
今度は足を滑らせないようにさっき拾った聖なる槍を杖にして、一歩一歩慎重に進んでいく。
聖なる槍を杖の代わりに使ったなんてエイティに知られたら怒られそうだけどな、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
ベアにしても状況はたいして変わらないらしく、グレートアックスでズンと地面を突きながら懸命に歩いている。
依然足取りが軽いのはボビーだけだ。
動物だけに山道に慣れているってのもあるんだろうけど、ボビーの場合はエイティを心配する気持ちがハンパじゃないんだろうな。
その気持ちが、ボビーをさらに後押ししているんだろうよ。
かなり斜面を登ったような気もするけど、実際はそうでもないんだろう。
突然、ボビーの耳がピンと立ち上がった。
「ボビー、どうした?」
「近いです。二人とも急いで」
どうやらエイティの声でも聞き付けたのか、ボビーが猛然と走り出した。
「待てボビー」
「急ぐぞ」
オレとベアもこれが最後とばかりに、ボビーの後を追って先を急ぐ。
やがて・・・
ボビーの足がピタリと止まった。
「ここです。ここにエイティさんが」
「これは・・・?」
それは山の斜面を削り取り、そこから突き出るような恰好で建てられている、古代の建造物の跡のような場所だった。
正確に切り出された大理石のブロックを積んで造られたその建物は、古代遺跡として見られる神殿のようなものを連想させる。
しかし現在では打ち捨てられたといった感じで、長年の風雨にさらされてあちらこちらの屋根や壁が崩れ落ちている。
規模としてはそれ程大きなものではないだろう。
そして最も特徴的なのは、建物のいたるところにドラゴンを模した像やレリーフが飾られてあることだった。
人の背丈程もある大理石製の像から小さな額縁に収まるくらいのレリーフまで、それら全てにドラゴンが描かれてある。
一口にドラゴンと言っても色々なタイプがあった。
四つ足のトカゲ型やヘビのように長いもの、そして鳥のような翼を持った翼竜型。
活き活きと今にも動き出しそうなドラゴンの群れ。
「ドラゴンの神殿・・・」
そんな言葉が頭に浮んだ。
思わず時を忘れてそれらのドラゴンの像に見入ってしまいそうになる。
と、その時だった。
「いや、離して、ちょっと離しなさい!」
神殿の奥からエイティの悲鳴のような声が響いてきたんだ。
「エイティ!」
「エイティさん」
「あっちだ」
のんびりとドラゴンの像なんて眺めている場合じゃなかったぜ。
オレ達はエイティの声のしたほうへ一気に駆け込んだ。
そこは神殿の一番奥で、建物の外側はもう山の斜面の内側に突っ込んでいるんじゃないかと思われる場所だった。
もともとは祭儀場みたいな場所だったんじゃないだろうか、ちょっとした広さの空間が拡がっていた。
オレ達の正面、広間の一番奥の壁には、巨大なレリーフが埋め込まれている。
そのレリーフに描かれているのも巨大なドラゴン・・・
そして太陽と、月か?
ちょっと待て、こんな壁画を以前どこかで見たことがあるぞ。
あれはそう、エルフの森でソロモンとフレアに案内してもらった神殿の地下。
あそこにあった壁画にも、神とその周りを回る太陽と月が描かれていたはずだぜ。
あの壁画とこのレリーフとは、何か関係があるんだろうか?
そしてドラゴンが描かれたレリーフの前に、エイティとエイティを連れ去った魔族ヤロウがいたんだ。
良かった、とにかく追い付いたぜ。
「エイティ、無事か?」
「ジェイク、助けて!」
途中のジャングルで聖なる槍を落としたエイティは丸腰だ。
それに対して魔族ヤロウは右手に長剣を携えて、左手でエイティの右腕を押さえ付けていた。
「女、言うことを聞け」
「離して!」
強引にエイティを押さえ付けようとする魔族ヤロウと必死に抵抗するエイティ。
「オッサン、エイティを助け・・・」
「貸せ!」
オレが言い終わるより先に、ベアがオレの手から聖なる槍をもぎ取った。
「エイティ、受け取れ!」
ベアがエイティ目掛けて聖なる槍を投げる。
放たれた聖なる槍は真っ直ぐな光跡を描いてエイティへと飛んで行き・・・
グサリ
寸分違わず、エイティのすぐ脇の壁面に突き刺さった。
「ベア、ありがと」
エイティが空いている左手で壁から聖なる槍を引き抜く。
「ちょっとアナタ、いい加減にしなさい!」
左手一本で聖なる槍をクルクルと回して操ると、逆手に持ったまま魔族ヤロウへと突き立てる。
「クソっ」
たまらず、魔族ヤロウは掴んでいたエイティの腕を離し、ギリギリで聖なる槍をかわして飛びし去った。