ジェイク7
25
ダイヤモンドドレイクと化したランバートとオレとの戦いが始まる。
これは二人にとって運命の戦いなのかもしれない。
オレが生まれた時に同じ船に乗り合わせ、母さんの死を見取り、そしてオレの育ての親であるベインを殺したというランバート。
別にランバートを親の仇だなんて思っているわけじゃない。
だがな、誰だって宿命の相手とでも呼ぶようなヤツがいるもんだ。
オレにとってランバートはまさに宿命の相手なんだろうよ。
それにしても、ランバートを敵に回すのはかなり厄介だ。
元々ランバートは剣にも呪文にも精通した戦いのエキスパートだ。
そこへドラゴンの血が混じりダイヤモンドドレイクとなった。
呪文無効化能力に加えてブレスまで吐く最強の戦士と言って良いだろう。
オレ一人で倒せるとも思わないし、その必要もない。
ブラックドラゴンと戦った時のように、オレが戦って時間を稼いでいる間にエイティが傷を治療して戦線に復帰するはずだ。
それまでは何としても粘らないとだよな。
まずは戦いの第一手、唱える呪文は
「コルツ!」
呪文障壁を作り出す呪文、コルツを唱えるのが定石だ。
魔法使いが守備力を上げたところでたかが知れているし、そもそもハナから接近戦なんて挑むつもりもない。
ここはできるだけ距離を取って呪文戦に持ち込むしかねえだろう。
護りを固めたならあとは攻撃だ。
エイティ達はランバートを傷付けないように手を出さなかったけど、正気を失っている今のランバートにいくら呼び掛けたところで効果があるとも思えない。
ヤツの目を醒ましてやるには、少しぐらい痛い目に遭わせてやらないとだよな。
「ラハリト、マダルト!」
炎と氷の呪文を連弾で放つ。
ル'ケブレスに体力と魔力を回復してもらったから、当分は呪文が尽きる心配はない。
むしろランバートの呪文無効化に対抗するためには、こちらも数を打つしか手がないだろう。
案の定、初弾のラハリトは無効化されてしまったけれど、マダルトが炸裂した。
氷の嵐に身体を削られたランバートの足が止まる。
そこへすかさず追い討ちだ。
「ラダルト!」
マダルトの上位呪文ラダルトを放つ。
果たしてドラゴン族が寒さに弱いのかは分からないけど、炎の呪文よりは冷気のほうがダメージを与えられそうだ。
ラダルトの猛烈な吹雪の中でもがくランバートの姿が見える。
これで行けるかと思ったけど、そうは甘くない。
ランバートは吹雪も溶かさんばかりの灼熱のブレスを吐いて反撃してきた。
「このぉ!」
呪文障壁に魔力を集中させてブレスに備える。
もしも直撃を食らったら間違いなくその瞬間に焦げ死んでしまうだろうっていう熱量が襲い掛かる。
しかしコルツによる呪文障壁は、灼熱の炎を完全に退けてくれた。
「これは・・・このローブのおかげか?」
ル'ケブレスが与えてくれた巫女のローブは、纏う者の精神を安定させて魔力を増幅させる効果があるという。
コルツの呪文障壁は術者の魔力がその強度にモロに影響する。
巫女のローブを着て魔力が増強されたからこそ、ランバートの吐いた灼熱のブレスを難無く退けられたのだ。
そして、巫女のローブの恩恵は護りだけじゃなかった。
「マダルト、ラハリト、ラダルト!」
精神の安定から来る集中力の高さが、高レベルの呪文の連弾を可能にする。
冷気から炎、そしてまた冷気。
温度差を利用して確実にランバートの体力をすり減らしていくんだ。
ダイヤモンドドレイクと化したランバートは必死にエクスカリバーを振り回し、背中に生えた巨大な翼をはためかせて冷気や炎を振り払おうと暴れ回る。
その間にもじわりじわりとオレとの距離を詰めに掛かる。
何しろ相手は脆弱な魔法使いだ、エクスカリバーの一振りで簡単に始末できるという思惑だろう。
ならばこちらもそれに対応しておく。
「モーリス!」
これは相手の視界を暗闇に陥れ、行動を大幅に制限する呪文だ。
視界が利かなくなる故に、こちらの攻撃に対する反応を鈍らせる効果もある。
攻撃に対する備えが鈍るということは、即守備力の低下に繋がるんだ。
動きが落ちたランバートに対して追い討ちのラダルトを放つ。
しかし・・・
幾度となく猛烈な吹雪にさらされながらもランバートは崩れない。
「ヤツの体力は底無しか・・・」
こうなってくると攻めているはずのこちらが逆に追い込まれてくる。
いくらル'ケブレスが魔力を回復してくれたとはいえ、それにも限界がある。
魔力が尽きれば魔法使いはただの人、パーティの中のお荷物でしかない。
オレは少しずつ焦り始めていた。
焦りは精神の安定を欠き、魔力の低下を意味する。
そしてそこに隙が生まれる。
その隙を突いて、ランバートが反撃のマダルトを放ってきた。
コルツの呪文障壁の維持に意識を集中させるも間に合わない、マダルトの冷気が障壁を破壊していく。
「ヤバイ、このままだと障壁が持たない・・・」
焦れば焦るほど意識の集中は低下する。
魔力による支えを失った呪文障壁が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
当然、オレをマダルトの冷気が襲った。
「うわあ!」
直撃じゃないのがせめてもの救いだった。
それに何より、巫女のローブが大幅に呪文を軽減してくれたらしい。
マダルトを食らってなお、オレは立ち続けることができた。
しかし、これ以上の長期戦はこっちが不利だ。
ダイヤモンドドレイクと化したランバートを倒すにはあの呪文を使うしかないかもしれない。
そう、ベインが見つけ出した呪文、アブリエルだ。
エルフの神殿で戦ったフレアが作った鉄壁の魔法防御を打ち破り、魔界の王デーモンロードをも仕留めた魔力の矢。
あれならランバートを倒せるはずだ。
しかし・・・
特殊な状況でなければあの呪文は使えない。
今のオレの脳裏からはアブリエルに関する知識が封印されているのか、呪文の詠唱もできなかった。
「使えないってことは、他に手があるってことか・・・」
焦る頭で必死に考えを巡らせる。
「何か手はないか? 何か・・・」
アブリエルが使えないとなると、最大の攻撃力を誇る呪文はティルトウェイトだ。
だが、ちょっと待て。
今はランバートを殺すために戦っているわけじゃない。
ヤツを元の姿に戻すのが最終的な目的なんだ。
ティルトウェイトを使うのはマズイんじゃないか・・・
こうして迷っている間にもジリジリと間合いを詰められる。
もうオレとランバートとの距離はほとんど残されてはいなかった。
ここで背中を見せて逃げるわけにもいかない。
オレは一歩、また一歩とゆっくりと後退し続けたのだが・・・
「しまった、壁か?」
いつの間にか壁際へと追い詰められてしまっていた。
ランバートはオレを壁へと追い込むように計算しながら迫っていたんだ。
逃げ場を失ったオレを赤く光るドラゴンの瞳が捉えた。
もうランバートは目の前だ。
いくら何でも呪文を放つには近過ぎる。
ランバートがエクスカリバーを振り上げる。
巫女のローブを着て守備力が上がったとは言え、あの一撃に耐えられるはずがない。
恐怖でじっと目を閉じた・・・
「ランバート、ダメよ!」
「うがあぁぁぁぁぁ」
エイティの声とランバートの悲鳴が交錯する。
何が起こったのかとそっと目を開けてみると、ランバートの背後にエイティが立っていた。
そしてランバートの胸、鎧越しに聖なる槍の先端が覗いている。
「エイティ・・・」
「ゴメンなさいランバート」
涙ながらにランバートに謝るエイティだった。
ランバートの胸からは、ル'ケブレスと同じ琥珀色の血が流れている。
「琥珀色の・・・ドラゴンの血。血が濃すぎるからドラゴンに・・・そうか!」
閃いた。
ドラゴンの濃い血を受け入れるために身体をドラゴンに転じたならば、その血を薄めてやれば元に戻るかもしれない。
「その方法は・・・」
オレは周囲に視線を走らせた。
すると、祭壇の上辺がうっすらとした光を放っていたんだ。
「あそこか」
オレは祭壇へ走ると水鏡の中へ手を突っ込んだ。
そう、ル'ケブレスが目覚めた時の騒ぎでここに置き忘れていたんだよ。
水鏡の中から光の水晶を取り出しランバートへと向ける。
「光の水晶よ、その光でダイヤモンドドレイクと化したランバートの血を清めよ」
オレがそう念じると、光の水晶が眩いばかりに輝いた。
「ああ、ランバートの血が・・・」
「赤くなっていく」
浄化の光に照らされたランバート、胸から流れる血の色がドラゴンの琥珀色から人間の赤へと変わった。
そしてそれと同時にランバートの姿も元に戻り始めた。
角や翼、全身を覆っていた鱗が消え、ドラゴンの顔から元の人間の顔に戻った。
赤い瞳や銀色の髪も元通りだ。
「あ、あああ・・・」
「ランバート、生きてるわよね?」
エイティはランバートの身体から慌てて聖なる槍を引き抜くと、胸に抱き寄せてすかさずマディを唱えて治療に掛かった。
「大丈夫、もう大丈夫よ」
「うっうう・・・エイティ・・・」
「ランバート!」
エイティの胸の中でランバートが静かに目を閉じた。