ジェイク7
22
「ランバート、あなたやっぱり・・・」
「ワシは信じておったのだがな」
エイティとベアがそれぞれの得物を構えてオレとランバートの間に割って入った。
「最初からそのつもりでオレをここまで連れて来たのか?」
できるだけ心を落ち着けてランバートを問い質す。
しかしランバートはその相貌を崩さない。
不敵な笑みを浮かべたままズイっとオレ達との間合いを詰める。
「ランバート、もしもあなたが本当にジェイクを殺すつもりなら、私は今ここであなたと戦うわ」
「もちろんワシもだ」
ランバートとオレ達との間に一触即発の空気が張り詰めた。
「ランバート、答えろ! お前は本当にオレを殺すつもりなのか?」
「ふっ・・・ハハハ!」
「何がおかしい?」
「勘違いするなジェイク。確かにお前の血が必要だ。しかしそれはほんの一滴で構わん」
「一滴?」
「そうだ。指先をほんの少し切ってもらって血を一滴落としてくれればそれで良い」
「本当に? 本当にそれだけで良いの?」
「くどい」
「それじゃあオレを殺すとかは・・・?」
「最初からそんな気など無かったが」
「なんだよ、それ〜」
肩透かしもいいところだ。
張り詰めていたものが一瞬してに切れて、その場にヘナヘナとしゃがみ込む。
それはエイティとベアも同じだったようで、呆れとも疲れとも付かない顔でその場にへたり込んでしまった。
そんなオレ達を見てランバートはクックと笑い続けている。
どうやらヤツなりの冗談だったらしい。
「もうランバート、いくら冗談でも性質が悪すぎるわ!」
「すまなかったな」
エイティの猛攻撃に素直に詫びるランバートだけど、顔がまだ笑っている。
絶対に後で仕返ししてやる。
ランバートのせいで大回りしたけど、話を戻そう。
「それで、オレの血をどうするんだ?」
「あそこを見てくれ」
ようやく笑いが引いたランバート、一転真面目な顔になってドラゴンの神が眠っている玉座の前を指差した。
「あそこに小さな祭壇があるだろう。祭壇の上に水鏡がある」
「祭壇の上の水鏡・・・」
ドラゴンの神に気を取られていて気付かなかったけど言われてみれば確かに。
玉座の前には大きさ的に人間用と思われる祭壇が設置されている。
近付いて確かめてみる。
祭壇の上辺が丸く繰り抜かれていて、その中には清らかな水が張られてあった。
「不思議。永い間誰もここへ来ていないはずなのに・・・水がこんなに綺麗」
「確かにそうだな」
水鏡の中の水は淀み一つなく澄んでいて、覗き込んでいるオレやエイティの顔がくっきりと映し出されていたんだ。
「ここは聖地だ。穢れたものなど無いのかもしれん」
オレ達の後ろからランバートも水鏡を覗いてくる。
その様子もはっきりと映っている。
「ジェイク、この水鏡の中にお前の血を一滴垂らしてくれ。それでアイツは目覚めるはずだ」
「なるほどな」
ランバートの言葉を聞きながら、この洞窟の入り口のレリーフに手を付いた時のことを思い出していた。
あの時オレの手のひらは、エイティを追っている途中山の斜面で転んだせいで血が滲んでいたはずだ。
その血がドラゴンのレリーフに反応したから、オレ達はこの洞窟に入れたんじゃないだろうか。
洞窟への入り口を開いたのもオレの血なら、ドラゴンを目覚めさせるのもオレの血なのか・・・
目の前にいるエメラルドグリーンに輝くドラゴンは、そんなオレの想いなんか関係ないとばかりに静かに眠り続けている。
この水鏡の中に血を一滴落とすのは簡単だ。
それにオレ自身、このドラゴンが目覚めるのを見てみたいと思う。
でもその前に、オレはどうしてもランバートに確かめたいことがあった。
「なあランバート、そろそろ教えてくれても良いんじゃねえか?」
「何をだ」
「どうしてドラゴンの神の血が欲しいんだ? ここに来るまでずいぶん苦労したよな。それだって昨日や今日の話じゃないんだろ。オレが生まれた時にはもうドラゴンの血を求めていたんだろ」
「それは・・・不老不死のためだと言っただろ」
「200年も生きてまだ不老不死かよ。それこそ魔族ならこの先まだ何百年も生きられるんだろう?」
「それは・・・」
食い下がるオレにランバートも口ごもってしまう。
「ねえランバート、あなた今日何度か血を吐いているわよね。もしかしてそのことと何か関係あるんじゃないの? ひょっとして病気とか・・・」
「そうなのか?」
「ランバートよ、正直に話してくれ。そうすればワシらも気持ち良く協力できるじゃないか」
オレだけじゃなくエイティとベアにも詰め寄られては、さすがのランバートも観念するしかないようだ。
しばらく迷った末に重い口を開いてくれた。
「そうだ。俺の身体は病に蝕まれている」
「やっぱり。それで、何処が悪いの?」
「肺だ。時々呼吸が苦しくなって血を吐くことがある」
「そっか。それで何度か血を吐いてたのね」
ランバートの告白に一番親身になって聞き入っているのはエイティだった。
「それでランバート。その病気は治らないの? まさか命に関わるなんてことは・・・」
「病気は治らないし命にも関わるものだ」
「そんな。でもまさか余命いくらもないとか言わないわよね」
「正確なところは分からんが・・・俺の命は持ってせいぜい五十年といったところだろう」
「五十年?」
「五十年・・・」
「び、微妙なところだな」
ランバートの「余命五十年」の告白に、オレ達三人は思わず顔を見合わせてしまった。
だってそうだろ? 健康なオレだってあと五十年生きるかどうかなんて分からないんだぜ。
それなのに、病気に侵されてあと五十年と言われてもピンと来るものじゃない。
「だから言いたくなかったんだ。いいか、お前たち人間にとっては永い時間かもしれないが、我々魔族にとっては五十年などあっという間だ。人間の感覚で言えば、余命五年といった感じだからな」
必死に言い繕うランバートの様子がおかしくて、オレ達はクスクスと笑ってしまっていた。
「笑うな」
「悪かったわランバート。それで病気を治したくてドラゴンの血が欲しいと。そういう訳なのね」
「まあ、そうだな」
「それじゃあ私も聞きたいことがあるわ。ジェイクのお母さんのことよ」
「エイティ、それはもう・・・」
「ううんジェイク、はっきりさせておきましょう。ねえランバート、あなたはジェイクのお母さんの死と何か関係があるのかしら?」
まるで子供を諭すような優しい目でランバートを見つめるエイティ。
その瞳には責めるようなところは一切見られない。
オレもじっと黙ってランバートの返事を待った。
しばらくして、ランバートが口を開く。
「信じてもらえんかもしれんが・・・俺はジェイクの母親を殺してはいない」
「信じるわ。私は今のランバートなら信じられる。でも、それじゃあどうしてそんな話に?」
「あの日・・・ちょうど十七年前の今日のことだ。俺がこの島を目指して乗っていた船で子供が生まれた。ジェイク、それがお前だな?」
「ああ」
「皆既日食の瞬間に生まれた女の子ならこの洞窟の封印を解くことができるかもしれないと思った俺は、母親のところへ頼みに行ったんだ。『少しの間子供を貸してもらえないか』と」
「それで断られたのね」
「いや違う。俺が母親の部屋へ行った時には、母親は既に胸を押さえながら血を吐いて苦しんでいた。俺と同じ病気だったのではないかと思う。しかし母親は自分のことなど構わずに子供の行く末を案じていたのだ」
「母さん・・・」
「母親は俺に子供を手渡してくれた。『どうかこの子をお願いします』と泣きながらな。そして、息を引き取った」
ランバートの口から語られた、オレの母さんの最後の様子。
病気の上に慣れない船旅、そして出産となればもう体力の限界だったのは容易に想像できる。
「その時世話係りの女が部屋へやって来た。見知らぬ魔族の男と血だらけの母親、そして男の手には赤ん坊。この様子を見れば誰だって男が子供を連れ去るために母親を殺したと思うだろう。
世話係りの女が『人殺し』と叫ぶと船の中は騒然となった。大勢の人間が出て来て俺を捕まえようとした。俺はやむを得ず戦い、そして子供を置いて逃げた」
「なるほど、ベイン殿の話と繋がったな」
「ねえランバート、ちゃんと説明しなかったの?」
「弁解はした。しかしあの混乱の中、魔族の男の言うことなど誰も信じなかった」
「ったくベインのヤツ、早とちりもいいところだぜ」
結局船の上での騒動は、不幸な巡り合わせと勘違いの産物だったんだ。
「それじゃあもう一つ聞かせて。ベインさんの死は・・・」
「ベイン? さっきから名前が出ているがそれは誰だ?」
「オレを育ててくれた魔法使いの男さ。オレが生まれた時一緒に船に乗っていてランバートと戦った。五年くらい前に死んだんだけど・・・」
「五年前、魔法使いの男・・・」
ランバートはそこで言葉を切り、昔を思い出そうと考えを巡らせていた。
「そうか、あの時の魔法使いか」
「知ってるのか?」
「ああ。突然向うから戦いを挑まれた。強い魔法使いだった。本気で戦わなければ負けていた。俺が勝ったのは運が良かったからに過ぎないだろう」
「そうか。それでベインは死んだのか」
「あの魔法使いがジェイクの育ての親とは知らなかった。彼を殺したのは間違いなく俺だ。それは・・・済まなかった」
「いいよ、もう」
頭を下げるランバートに首を振って応える。
「ランバート、話してくれてありがとう。これですっきりしたよ」
「そうね。真実が分かって良かったわ」
「うむ。ワシはジェイク達と別れた時に少しばかり話を聞いていたが、こうしてランバート自ら話してくれて良かったと思うぞ」
「なんだオッサン、知ってたのかよ」
「ああ。だがランバートが自分で話すことに意味があると思って黙っていた」
「そうだな。さて」
話を切って後ろを振り返る。
そこには今も玉座で眠り続けるドラゴンの神がいた。
真実を知った今、オレの心に迷いなんかこれっぽっちも無かった。
「ランバートのためにもコイツに目を覚ましてもらわないとな」