ジェイク7
21
ドラゴンゾンビの吐いた猛毒のブレスを吸ってしまったランバートは、エイティによる治療が功を奏して何とか回復したようだ。
普段は戦闘要員として肉弾戦を務めるエイティだけど、最近は治療回復呪文の使い手としてその腕を上げてきている。
「ランバート、大丈夫?」
「ああ。問題ない」
「でもあなたはあの時も血を吐いて・・・」
「平気だと言っているだろう」
エイティに支えられて立っていたランバートだったが、支えられているエイティの手を強引に払い除けてしまったんだ。
ランバートはエイティから逃げるように歩き出すと、部屋の中をあちらこちらと調べて回っている。
その後姿を心配そうにじっと見つめるエイティ。
ランバートはワイバーンと戦った後に開かれたお茶会の時にも、苦しそうに咳き込みながら血を吐いていたからな。
そして猛毒を吸っての二度目の吐血。
いくら魔族とはいえこう何度も血を吐かれたら、世話焼きのエイティじゃなくても心配するさ。
「エイティ、気にするな」
「うむ。アレはアイツなりの照れ隠しだろうからな」
「うん、そうだね・・・」
オレとベアの慰めの言葉にもエイティはどこか浮かない顔だ。
と、その時だ。
「おい、あれを見ろ」
部屋の中を見て回っていたランバートの指先がすっと一点を差していた。
それはオレ達が入ってきたのとは反対側にある扉の上。
扉ったって例によってこれも大きなものだから、自然オレも見上げる恰好になる。
そこにはプレートが掲げられてたんた。
「玉座の間・・・?」
プレートにはそう書かれてあった。
「ついに、ついに辿り着いたぞ。あそこにドラゴンの神がいるんだ」
興奮するランバート。
「本当に? 本当に隣りの部屋にドラゴンの神がいるの?」
「オレに聞かれても・・・」
興奮しているのはランバートだけじゃなかったな。
エイティはゆさゆさとオレの身体を揺すってくるし、オレにしても思わず息を飲み込んでしまっていた。
さっきまでの沈滞ムードがまるで嘘のようだ。
「みんな落ち着こう。とにかく一度深呼吸だ」
ベアの提案でフウと大きく息を吐く。
気持ちを落ち着けたところでゆっくりと仲間の顔を見渡した。
エイティ、ベア、ボビー、そしてランバート。
全員で呼吸を合わせて、うんと頷き合う。
「行こう、ドラゴンの神に会いに」
ベアとランバートが巨大な扉に手を掛けてゆっくりと押す。
扉はギィときしんで開き、オレ達を部屋の中へと招き入れてくれた。
そこはレマ城でデーモンロードと戦った玉座の間と似た雰囲気の部屋だった。
ただしその大きさは桁違いだけどな。
広い室内、吹き抜けになった天井、そして長く伸びた中央通路には赤絨毯が敷かれている。
中央通路の向う、玉座の間の最奥にはこれまた大きな椅子・・・というよりはベッドが設置されていた。
そのベッドに巨大なドラゴンが臥せっているのが見えた。
知らず、オレ達は早足になる。
はやる気持ちを抑えられずに玉座に居るドラゴンの下へと駆けて行ったんだ。
玉座の前に辿り着くと呼吸を整えてからゆっくりと顔を上げた。
そこにいたのはエメラルドグリーンに輝く巨大なドラゴンだった。
鱗の一枚一枚までもがキラキラと光るその姿は、これまで戦ってきたどのドラゴンよりも神々しく感じられた。
「綺麗なドラゴンね」
「ああ」
神秘的な姿にしばし時を忘れて魅入りそうになる。
オレ達が近付いてもドラゴンは玉座に横たわったまま、じっと目を閉じている。
「眠っているのかしらね。起きるのを待つ?」
「うーん・・・」
考えてみれば、そもそもドラゴンの神に用があるのはランバートだけなんだよ。
オレ達はこの洞窟から出られずにここまで来ちまったって感じだしな。
でも・・・
せっかくここまで来たんだから目の前のドラゴンが起き上がる姿ってのも見てみたい気がする。
それに、この洞窟から出る方法も聞かないとだしな。
「無理に起こすのも悪いし、起きるまで待ってみるか」
「そうね」
「無駄だ」
しかし「待つ」という意見はランバートによってピシャリと切り捨てられた。
「待つのが無駄とはどういうことかな?」
それをすかさずベアが問い質す。
「そいつはもう何年も前から眠ったままのはずだ。何年、いや何十年、何百年という気の遠くなるくらいの時間を眠り続けている」
「なんでそんなことが分かるんだよ?」
「それじゃあ聞くが、何故古代の人間達はドラゴンとの交流を絶ったんだ?」
「それは・・・」
とっさに答えられなかった。
確かに、この島では遥か昔、人とドラゴンとが何らかの形で交流していたのは間違いないだろう。
しかし現在ではそんな様子は全くないと言って良い。
この洞窟自体がもう永い間閉鎖されていたのがその証拠だ。
「もしかして、ドラゴンの神が眠ってしまったから、だから人はドラゴンとの交流を絶ってしまったのかしら」
「おそらくそうだろう」
エイティの答えに満足そうに頷くランバート。
「それじゃあ何故ドラゴンの神は眠りに就いたのか、分かるか?」
「眠かったから、じゃねえよな」
「当たり前でしょジェイク。でも・・・どうしてなのかしら?」
オレもエイティも首を傾げるしかない。
遥か昔にドラゴンの神が眠りに就いた理由なんて、今を生きるオレ達に分かるはずもない。
「これはあくまで俺の推測だが」
ランバートはそう前置きして話を続けた。
「ドラゴンの神が眠ってしまったから人が交流を絶ったと言うよりは、人がドラゴンを見捨てたんだ。
遥かな昔、人とドラゴンとは共存できる関係にあった。人にとってのドラゴンとは信仰の対象であり、また恐怖の存在でもあった。
しかしある時、その関係が崩れた。その理由までは分からないがな。
ドラゴンに対する信仰を失った人にとっては、ドラゴンは恐怖でしかない。だからこの洞窟そのものを封じた」
「でも・・・それって変じゃないかしら。人がドラゴンを恐怖に感じているなら、どうしてこの洞窟の入り口になっていた神殿はそのまま残したのかしら?」
「あえて残したんじゃねえかな。ここにドラゴンがいるって証を後世の人に伝えたかった、とか」
「なるほどね」
昔の人間が何を考えていたのかを知る術はない。
でも何となくそんな気がしたんだ。
もしかしたら後世の人間達が再びこの場所を訪れて、ドラゴンとの交流を再開してくれるのを願っていたのかもしれない、ってな。
「ドラゴンが何故眠っているのかは分かった。それでこれからどうするんだ? ランバート、お前さんは確かドラゴンの血を飲むとか言っていたと思うが」
ベアの視線がランバートに突き刺さる。
「ああそうだ。俺の目的はドラゴンの神の血だ。しかし眠っているドラゴンの神から血を抜いたところで意味はない。ドラゴンの神が自らの意思で俺に与えた血でなければな」
なんだか血生臭い話になってきたな。
ドラゴンの神自らの意思で与える血だって?
何処の世界に喜んで自分の血を差し出すヤツがいるってんだ。
「でもよランバート、ドラゴンの神の意向を聞かなきゃならないなら、やっぱり起きてもらわないと話にならないぜ。一体どうやって起こすつもりなんだ?」
「ふん、簡単な話だ。人がドラゴンに対する信仰を失ったから眠ったのならそれを取り戻してやれば良い」
「信仰を取り戻すって・・・ランバートあなたまさか!」
「察しが良いじゃないかエイティ」
ランバートの赤い瞳が冷たい光を放つ。
「信仰には贄が必要だ。古来から生贄は若い娘の血と決まっている。そしてここには・・・」
ランバートが話を切って一呼吸置いた。
その赤い瞳がオレを射抜く。
「洞窟の入り口の封印を解き、太陽と月の水晶を一つにしてここへの道を開いた女がいる。皆既日食の瞬間に生まれた女だ。生贄としてこれ程ふさわしい者もおるまい」
「ランバート、てめえ・・・」
「ジェイクよ、今からお前の血を貰う」
腰から聖剣エクスカリバーをすうっと抜くランバート、その切っ先が真っ直ぐにオレへと向けられたんだ。