ジェイク7

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20

 二匹の火竜のうちの一匹を倒したら、残るはファイアードラゴンのみだ。
 仲間をやられた怒りからか、ファイアードラゴンは背中に生えた巨大な翼をバタバタとはためかせて、オレ達を威嚇している。
 いや果たして二匹の火竜の間に仲間意識なんてあったんだろうか?
 ひょっとしたら、この部屋の覇権を巡って二匹で争っている最中だったのかもしれないだろ。
 もしもそうならオレ達は図らずもファイアードラゴンの手助けをしたってことになるんだけどな。
 だがしかし、どの道ファイアードラゴンも倒さなければならない相手には違いないだろうよ。
 ファイアードレイクを撃破した勢いそのままに、エイティ達三人はファイアードラゴンへと新たな攻撃を展開させていた。
 相手が一匹となればオレだって余裕ができるから、イザとなればマダルトの一発くらいは放って援護するつもりだ。
 しかし、ドラゴンの神の守護役たるファイアードラゴンも負けてはいない。
 灼熱の炎を撒き散らし、追い討ちでマダルトの嵐を放ってくる。
 炎のブレスや氷の呪文などは、オレとランバートが作ったコルツの呪文障壁で防げるものの、前衛で肉弾戦を挑む連中が勢いを削がれるのは間違いない。
 足が止まったところへ、太く鋭い爪の生えた前脚や長く伸びた尻尾が襲い来る。
「もう! これじゃあ攻撃できないじゃない」
 辛くもそれらの攻撃を避けながらも憤慨するエイティ。
「ええい、面倒だ。こうなったら呪文で始末してやる」
 そんな状況に業を煮やしたのか、聖剣エクスカリバーを振るっていたランバートがオレのいる位置まで下がってきた。
 呪文に集中するために敵との距離を取ったんだ。
 ランバートの意図を汲み取ったエイティとベアがファイアードラゴンの動きを引き付け、オレは呪文障壁の維持に集中し続ける。
 これぞチームワークのなせる業だ。
 ランバートが詠唱している呪文は、オレには馴染みの薄いものだった。
 つまり魔法使いが習得する呪文以外のものってことになる。
 ランバートは全系統の呪文を習得しているって言ってたからな、果たしてファイアードラゴンを仕留めるのにどの呪文を選択するのか・・・
 オレは呪文の詠唱が完成する瞬間をじっと待った。
「ファイアードラゴンよ、お前の命もこれまでだ。バディ!」
 ランバートが放ったのは僧侶系呪文に属する呪文、バディだった。
 負の魔力により敵の心臓を強制的に停止させ即死させてしまうという恐ろしい呪文だ。
 人の命を救う僧侶には似つかわしくない呪文かもしれないが、魔力の流れを逆転させてしまえばこんなことも可能なのだ。
 この呪文は効果範囲がとても狭く、かつ不死の魔物には全く通用しないという特徴もある。
 しかし今回のように相手がドラゴン一匹となれば、そんなことは全く関係ないだろう。
 マダルトやラハリトならば、相手に無効化されなければある程度のダメージを与えることが期待できる。
 しかしバディはたとえ無効化されなくても、相手が呪文に耐え切ってしまえばかすり傷一つ与えられないという特徴もまたあるのだ。
 オレは固唾を飲んで、呪文の成否を見守った。
 そんなオレに対してランバートはというと、赤い瞳をギラリと輝かせながら、自信に満ちた顔つきでじっとファイアードラゴンを睨み付けている。
 果たしてどうなるのかと、オレもエイティもベアも、ファイアードラゴンの様子に注目していた。
 そしてその時は来た。
 ファイアードラゴンが突然ぐおぉぉぉと悲鳴を上げたと思ったら、巨大な身体を大きく仰け反らせて苦しみだしたんだ。
「どうやら効いたようだな」
 ランバートの口元が歪んだ。
 それが意味するものは、勝利だ。
 しばらく苦しんでいたファイアードラゴンだったが、やがてその動きがピタリと止まった。
 目を剥き出し口から大量の泡を吐きながら、その場に崩れ落ちていったんだ。
「やったじゃない、ランバート!」
「うむ、たいしたものだ」
「それ程でもない」
 エイティとベアがランバートの周りに集まって歓喜の輪ができた。
 ランバートは表向き冷静を装っているみてえだけど、内心はまんざらでもないんだろうぜ。
「さあ、ファイアードラゴンも倒したことだし、一気に先へ進みましょう」
 ここへ来て俄然乗ってきたのか、エイティが先陣を切って歩き出した。
 しかし・・・
 異変はその時起こったんだ。
「待てエイティ。ファイアードラゴンの様子がおかしい」
「えっ? どうしたのジェイク」
 不思議そうな顔で振り返るエイティ。
 オレはできるだけ落ち着いて、今しがた気付いたことを口にした。
「死んだはずのドラゴンが・・・動いている」
「ええっ!?」
「なんだと!」
「まさか・・・」
 全員の視線がファイアードラゴンの屍に集まった。

 初めはわずかな動きしかなかった。
 尻尾の先がピクンと跳ねたんだ。
 生物の死骸が痙攣しているだけとも思えた。
 しかしその動きは次第に大きく、確実なものになっていった。
 尻尾をゆっくりと左右に振り、首を上げ始め、そして前脚を踏ん張って起き上がりだしたんだ。
「バディが効かなかったのか?」
 さっきまでの余裕は何処へやら、ランバートは明らかに動揺していた。
「いいや違うなランバート。あれはファイアードラゴンがアンデッド化したものだ。言ってみればドラゴンゾンビだな」
「アンデッド化・・・?」
「そうだ。例えば迷宮の主が異世界からドラゴンを召喚したとするだろ。
 ただドラゴンは貴重な種族だからな。一度倒されてもその死骸をアンデッド化させて再び迷宮の守護に就かせたって話は聞いたことがあるぜ」
「ワシも聞いたことがあるぞ。特にファイアードラゴンはゾンビになりやすいのだそうだ。だからファイアードラゴンを倒した時は、残った屍をできるだけ破壊したほうが良い、とな」
「クソっ・・・なまじ呪文で仕留めたのがまずかったのか」
 オレとベアの説明を聞いて、ランバートは忌々しそうに吐き捨てた。
 そう、ファイアードレイクを倒した時のようにファイアードラゴンも首を斬り落としておけば、アンデッドと化して再び動き出すこともなかったかもしれない。
 しかしランバートは敵の心臓を停止させるバディの呪文で倒してしまった。
 アンデッドモンスターに心臓は必要無い。
 目の前の敵を蹴散らす身体があればそれで十分だ。
「ならば今度はその身体を粉々に打ち砕いてくれるわ!」
 ランバートがエクスカリバーを構えて走り出す。
「ランバート、ムリはするな!」
「うおぉぉぉ!」
 オレが呼び止めるのも聞かずに独りドラゴンゾンビへと立ち向かうランバート。
 しかし、完全に動きを取り戻したドラゴンゾンビが、迫り来るランバートに対してブレスを吐いて迎撃する。
 ファイアードラゴンのものとは違う紫色の霧がランバートを包み込んだ。
「ぐはっ・・・」
 ファイアードラゴンを倒したときに、コルツの呪文障壁は自然と消滅していた。
 もう一度障壁を作り直すにしても、一度切らせた集中を再び高めるまでには若干の時間が必要だ。
 結果、ランバートは呪文障壁に護られることなく、ドラゴンゾンビのブレスの直撃を食らってしまったんだ。
「ゲホっ、ゲホホ・・・」
 紫のブレスを浴びたランバートが、口から血を吐きながら激しく咳き込み始める。
「いけないわ、あのブレスには猛毒の成分が含まれているのよ」
「猛毒だって?」
「ええ。だから早く治療しなきゃ」
 苦しんでいるランバートを助けるべく、エイティが走り出す。
「ワシもじっとしてはおれんぞ」
 一方ベアは、エイティがランバートの治療をする時間を稼ぐためにドラゴンゾンビに立ち向かった。
 ベアの振るう金剛の戦斧がドラゴンゾンビの表皮を、そして肉をもザックリと削り取る。
 しかし、相手は既にアンデッド化しているために痛みに対する感覚を失ってしまっていた。
 ベアがどんなに攻撃しようとも、ドラゴンゾンビには全く通じていないように思える。
 こうなったらオレだって何かしないと。
 今さら護りに回るのは明らかに不利だ、となれば攻撃に出るしかねえだろ。
 ラハリトやマダルトでじわじわやるのも一つの手だが、毒を吸ったランバートとその治療に回ったエイティの離脱で戦力が低下している。
 ここは一発でケリを付けたいところだ。
 オレの脳裏に一つの呪文が浮んだ。
 普段はあまり使わない呪文だけど、今回ばかりは役に立ってくれるはずだぜ。
 護りよりも攻撃のほうが得意なのは言うまでもないからな、精神の集中から呪文の詠唱までは一瞬だ。
「ジルワン!」
 それは不死の魔物を粉々に破壊する呪文だ。
 ランバートが唱えたバディ同様効果範囲が狭く、また相手が耐え切ってしまえば全くダメージを与えられないという特徴がある。
 博打的な呪文ではあるが、それ故に決まった時の効果は絶大なものとなる。
 果たしてジルワンを食らったドラゴンゾンビはどうなったか?
 まず全身にヒビが入り始めた。
 アンデッド化して腐りかけていた表皮がボロボロと崩れ落ちていく。
 次は肉片だ。
 まるで飴が溶けるかのごとく、ポタポタと溶けて零れ落ちていく。
 最後に残った骨もバラバラになり、更には一つ一つの骨片が粉々に砕け散ってしまった。
 ドラゴンゾンビが崩れ落ちたその場所には、溶けた肉塊と粒状に砕けた骨の残骸がうず高く山状に積み上がっていたんだ。
 こうなってしまえば再び動き出すのは不可能ってもんだぜ。

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