ジェイク7

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19

 光の水晶で照らされて新しく現れた扉を抜けるとそこは別世界だった。
 今までは天然の洞窟に若干人の手が加えられたという感じだったけど、ここはまるで白亜の宮殿だ。
 薄暗かった洞窟とは一変して、白く輝く壁や天井が眩しく映る。
 扉を開けてすぐのところにはまず上への階段があった。
 もちろんこの階段も豪華な造りになっていて、段差は程よく登りやすい高さで手すりにはきめ細かい装飾彫りがなされていた。
 苦労して上ったあの縄梯子とはえらい違いだよな。
 こんな場所に来るとかえって緊張してしまうのはどうしてなんだろうな?
 洞窟を抜けドラゴンと戦ってきたオレ達は埃まみれ煤まみれなものだから、白く輝く階段や手すりなんかに汚れを付けやしないかと、どうでもいいような心配をしたりしていた。
 階段を上りきると通路が真っ直ぐに伸びていた。
 これも今までの洞窟とは全く違うよな。
 洞窟内は微妙に通路がうねっていたのに対して、ここは直線で形成された世界だ。
 ただし一般の神殿と全く異質なのは、やはりその大きさだろう。
 幅広く取られた通路や高く見上げる天井などは、ここの住人が普通の人間とは別の存在だと教えてくれる。
 人間よりも遥かに巨大な生物、そうドラゴンだ。
 ティエンルンが言っていたよな、ここはドラゴンの聖地だと。
 さっきの階段が人間用に造られていたことと合わせて考えると、この場所では遥か昔、人とドラゴンとが何らかの形で交流していたんじゃないだろうか?
 だから洞窟の外に建てられていた神殿には、ドラゴンを模した石像がたくさん並べられていたんだ。
 人とドラゴンが交流した場所、それが聖地。
 まさに聖地の名に恥じないような神秘的な建造物の中を、オレ達はゆっくりと進んで行ったんだ。
 通路のところどころには脇道のようなものが伸びていたりしたけれど、先頭を歩くランバートはそれらを全て無視していった。
「用があるのはドラゴンの神だけだ。神というくらいだからこの神殿の中央にいるのは間違いないだろう」
 なるほど、確かにランバートの言う通りだよな。
 ドラゴンの神にしてこの神殿の主に会いたいなら、下手に脇道を探すよりもどうどうと中央に伸びた通路を進んだほうが会える可能性は高いだろう。
 それでダメなら改めて他の道を探せば良いだけの話だ。
 中央通路をひたすら真っ直ぐ進んだ先の突き当たりでようやく扉にぶつかった。
 扉ったって普通のそれじゃないのはもう言うまでもないだろう。
 この神殿の天井まで届くくらいの高さのその扉は石造りで、左右の扉それぞれの表面にはドラゴンのレリーフが彫られてあった。
「地下迷宮なら扉を開ければモンスターが出てくるものよね」
「おそらくここにもいるんじゃねえかな」
 扉に耳を付け、向こう側の様子を探ってみる。
 しかし扉が妙に分厚いのか、何かいるような気配は感じられなかった。
「何もいないのかしら?」
「うーん、どうだろうな・・・」
 エイティと二人で首を傾げる。
「ふん。そんなくだらないことをする必要はない。扉を開ければ分かるんだからな」
「くだらないって・・・ランバートあのねえ、敵がいるのかどうかは重要な問題でしょ? それを確かめるのが何でくだらないのよ」
「敵がいようがいまいがどうせこの扉を開けて先へ進むんだからな。何かいても戦って倒す。それだけだ」
 ランバートはそこでエイティとの話を切り上げると、オレ達をグルリと見回した。
 その視線に応えて、うんと頷く。
 精神の集中を高め、いつでも呪文を放てるように備えておく。
 エイティも気持ちを切り替えて聖なる槍を身構える。
「いいな? それじゃあ行くぞ」
 ランバートとベアが二人掛りで大きくて重い扉をゆっくりと押した。
 なんとか人が通れるだけの隙間が開いたその瞬間、部屋の中から吐き出された高温の空気がオレ達を包み込んだんだ。

「あれは・・・」
 オレは思わず息を飲んでいた。
 目の前には二匹の巨大なドラゴン。
「ファイアードラゴンと・・・ファイアードレイクか!」
 さすがのランバートもこれには驚きを隠せないようだ。
 ファイアードラゴンとファイアードレイクは、その名が示す通りに共に炎にまつわるドラゴンだ。
 高熱のブレスは未熟な冒険者を一瞬で消し炭にしてしまうと云うから恐ろしい。
 加えてファイアードラゴンのほうは、高レベルの呪文まで繰り出してくるから始末に終えない。
 一匹でも厄介なドラゴンが二匹とはな。
 ドラゴンが撒き散らす炎に焼かれて熱くなっているこの部屋の中にいても、みんな顔が真っ青になってるぜ。
 しかしいつまでも呆けてなんかいられない、そうだろ?
「いいか、ヤツらはドラゴンの神を護るガーディアンだ。ここを突破すればドラゴンの神はすぐそこにいるはずだ!」
 ランバートの檄が飛ぶ。
 二匹の火竜はオレ達の行く手を阻むガーディアン、いわば守護竜に他ならない。
 しかし、行く手を阻むモノがいるならば、たとえそれがどんなヤツでも倒さなければならない。
「よしっ、行くぞエイティ!」
「了解!」
 ファイアードラゴンとファイアードレイクの脅威ともいえる迫力に気圧されていたベアやエイティが一斉に動き出した。
 こうなったらオレも覚悟を決めてやるしかねえだろ。
「ジェイク、俺と一緒にコルツを唱えろ」
「分かった」
 まずは火竜どもが吐く炎のブレスや高レベルの呪文を抑えないことには話にならない。
 敵の呪文に対する障壁を作り出すコルツは、術者の力量や呪文を駆使する者の人数などでその効果が大きく変化する。
 低レベルよりも高レベルの術者、そして一人よりも二人。
 オレ一人のコルツじゃ心許ないかもしれないけど、ランバートも一緒なら何とか凌げるはずだぜ。
 二人で同時にコルツを唱えて二重の呪文障壁を作る。
「俺は行く。ここは頼んだぞ」
「任せてくれ」
 オレはしばらく後方に控えて障壁の維持に努める。
 そしてランバートは聖剣エクスカリバーを鞘から抜いて、ドラゴンどもが待ち受ける前線へと飛び出して行った。
 その前線では、ファイアードラゴンに対してベアが、そしてファイアードレイクに対してはエイティがそれぞれの得物を振るって戦っていた。
 しかし、巨大なドラゴン相手に小さな人間が一人で戦うのは、あまりにも荷が重過ぎる。
「一匹に集中攻撃を掛けるんだ! まずはドレイクを狙え」
 ランバートが走りながらファイアードラゴンへマダルトを放つ。
 何か他の行動をしながらの呪文の詠唱は、それ程精神を集中できるものじゃないはずなんだ。
 しかしその目的はあくまで牽制なので、集中力を欠いた呪文でも十分ファイアードラゴンの足止めとして機能していた。
 銀の髪を振り乱しながらファイアードレイクへと斬りかかるランバート。
 弧を煌めかせて放たれたエクスカリバーが、ファイアードレイクの右の前脚に傷を負わせる。
「ランバートやるじゃない。ならば私も」
 勢いに乗ったエイティ達は、ファイアードレイクに対して一気に攻勢に出た。
 聖なる槍が火竜の脇腹を突き刺し、金剛の戦斧が後ろ脚に叩き込まれた。
 ファイアードレイクは翼を持たないトカゲ型のドラゴンだ。
 太くて長く伸びた尻尾を振り回しながら、群がる人間達を払い除けようと暴れまわる。
 しかしエイティ達は冷静にファイアードレイクの反撃をかわしていった。
 一度下がって距離を取り、再び攻撃するチャンスをうかがう。
 その時、ふいにファイアードレイクが大きく口を開いた。
 周囲の空気を一気に吸い込んだと思ったら、次の瞬間には紅蓮に煌めく灼熱の炎が吐き出される。
 まるで稲妻のように走り抜けた紅蓮の炎がコルツの呪文障壁に激突する。
 その威力はマハリトやラハリトどころの騒ぎじゃない、下手をするとティルトウェイト並の熱量があるはずだぜ。
「こんのおぉ」
 ここはオレの踏ん張りどころだ。
 ランバートと共に作った呪文障壁が崩壊しないよう、魔力を上げてその維持に全力を尽くす。
 巨大な身体を持つドラゴンの肺活量は想像を絶するものがある。
 ファイアードレイクの息が切れるのが先か、それともオレの魔力が尽きて障壁が破られるのが先か。
 ドラゴンの体力と人間の魔力の勝負になったが、その結果はオレの勝ちだった。
 呪文障壁に降り注いでいた灼熱の炎は全て弾き返され、やがて途切れてしまったんだ。
 ブレスを吐き尽くしたファイアードレイクが再び攻撃態勢を取るまでには若干の時間が必要だった。
 しかしそのわずかな隙を逃さずに、エイティ達の攻撃が炸裂していた。
 エイティがドレイクの喉を突き破り、ベアが顔面を叩き割り、そしてランバートが首を斬り落としていたんだ。
 人間の胴体ほどもあるファイアードレイクの大きな首が、ドスンと白亜の宮殿の床に落ちた。
 首を失ったドレイクの身体がそのままの姿勢を維持できるはずがない。
 ゆっくりとした動きでその場に崩れ落ちていったんだ。

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