ジェイク7

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14

 コツコツと、二人分の足音だけが回廊内に響いていた。
 さっきまでは四人と一匹分の足音だったのに、それが今では半分以下だ。
 ひとつひとつの足音がハッキリ聞こえるようになった分だけ、逆に寂しさも覚えるってところか。
 足音のひとつは言うまでもなくオレ、そしてもうひとつはエイティのものだ。
 もう女二人って言って良いよな? とにかく二人で月の回廊を進んで行った。
 回廊っていうくらいだから、通路には所々人の手が加えられているようだった。
 床面は綺麗に整備されているし、急な坂でも階段状に削られていて歩きやすくなっている。
 始めのうちはそれこそ恐る恐るだったけど、次第に慣れてくると自然歩みにも余裕が出てくる。
 そうなると、それまで重く閉ざされていた口も軽くなるってもんさ。
「あっちは大丈夫かしらね?」
「きっと平気さ。なんたってオッサンとランバートのコンビだぜ」
「それもそうね」
 ふふっと笑うエイティ。
「でもさっきは驚いたな」
「驚いたって、何が?」
「どっちの回廊に誰が入るかって話をしていた時よ。だってジェイク、あなた自分から『月の回廊へ行くのはオレとエイティだ』って言い出したのよ」
「それがどうかしたのか?」
 いまいちエイティの言いたいことが分からない。
 月の回廊へは女だけしか入れないんだから、オレとエイティなのは当然のはずだ。
「以前のジェイクなら、そう私達が初めて出会った頃のジェイクなら『オレは男だ』とか何とか言ってグズったはずよ。でもさっきは違ったわよね」
「あっ・・・」
 言われて初めて気が付いた。
 確かにエイティの言う通りだ。
 ちょっと前までのオレなら、自分の正体に触れるような行動、特に自分が男じゃないって認めるようなことは絶対にしなかったはずなんだ。
 でもさっきは何の抵抗もなく月の回廊へ進むことを選んだ。
 他に選択肢が無かったからだ、なんて言い訳は通用しないよな。
「ねえジェイク、君はもう自分が女の子だってちゃんと分かっている。そしてそのことをしっかりと受け止めているんだと思うな。違う?」
「違・・・わないと思う」
 もうお手上げだ、これ以上は抵抗のしようがない。
 オレは間違いなく女で、それを頭で分かっていて、気持ちの整理までついているとなったら認めざるを得ない。
 生まれてからこれまで男として生きてきたオレだけど、もうそれも終わりなのかな。
 これからは素直に、ありのままのオレで生きていけるんじゃないか。
 そう思ったら少し気持ちが軽くなった。
 けどな・・・
「だけどエイティ、いきなり女っぽくしろなんて言われてもムリだからな。自分のことを『ワタシ』と言えとかカワイイ服を着ろとか、そんなのはゴメンだぜ」
「はいはい分かってる。私だって『ジェイクちゃん』なんてとてもじゃないけど呼べないわ」
「うわー、それだけは勘弁してくれー」
 なんだか泣きたくなってきた。
 そんなオレに対してエイティはケラケラと笑い続けていたんだ。
 その後もエイティとあれこれと話をしながら回廊を進んで行った。
 その道中、エイティはランバートから貰ったビスケットをうまそうにパクついている。
 あんなにランバートのことを毛嫌いしていたはずなのに、今はそんな素振りも見せずに平気でランバートお手製のビスケットを食べてるんだからな。
 女ってのは本当に分からねえ生き物だぜ。
 まあ、オレも女なんだから人のことは言えないんだけどな。
 
 ここまでは特に変わったこともなかったけど、不意にエイティが何かに気付いたらしい。
「ねえジェイク、あれ何かしら?」
「何かあったか?」
 エイティが目線だけで促す先には、回廊の壁に『きをつけろ』というメッセージが刻まれていたんだ。
「『きをつけろ』って何にだろうな?」
「さあね。でもここは警告に従っておいたほうが賢明でしょうね」
 エイティと顔を見合わせてうんと頷き合う。
 もうおしゃべりの時間は終わりだ。
 そもそも今はエイティとオレの二人しかいないんだからな、何かあっても二人で対処しなければならない。
 気を引き締めて深呼吸、精神を高めいつでも呪文を唱えられるように集中する。
 エイティも聖なる槍を握る手にグッと力が入ったようだ。
 慎重に回廊を進む。
 やがて通路が大きく左に湾曲したその先だった。
「!」
 目の前にいたのは巨大なトカゲの姿の生き物だった。
「コモドドラゴンよ!」
 エイティが巨大トカゲの名前を叫ぶ。
 コモドドラゴン、それは各地の孤島などでも姿が見られる生物だ。
 肉食ではあるが身体の大きさ割りにおとなしい生物と云われている。
 しかし、迷宮の中に出没するコモドドラゴンは一般のそれとは訳が違う。
 闇の力に当てられたのか凶暴になり、高熱のブレスまで吐いてくる。
 ひょっとしたら、姿が似ているだけで種そのものが違うのかもしれない。
 コモドドラゴンは全部で六匹、どうやらここは連中の住処らしい。
 それに対してオレ達は二人だけ、エイティが一人で全部倒すのは無理だろう。
 となればここはオレの出番だ、ワイバーンの時の分も暴れさせてもらうぜ。
「生き残りは頼む」
「了解」
 それだけで相棒との意思の疎通を図る。
 精神の集中から呪文の詠唱までは一瞬だ。
「マダルト!」
 いくらドラゴンの名を冠しているとはいえ相手はしょせん爬虫類、寒さに弱いのはお約束ってヤツさ。
 マダルトの冷気に包まれたコモドドラゴン達は苦しそうにのた打ち回りながらも、やがてその動きを停止していく。
 しかし他の仲間の影にいて呪文の直撃をまぬがれた一匹がオレ達目掛けて襲い掛かってきやがった。
 コモドドラゴンが大きく口を開け息を吸い込む仕草を見せる。
 あれはブレスを吐く前兆だ。
 オレは呪文を放ったばかりですぐには対応できないでいた。
 しかし慌てる必要なんて何処にもない。
 何故なら
「させないわよ!」
 コモドドラゴンがブレスを吐くより早くエイティが飛び出していたんだ。
 聖なる槍が煌めき、まずはコモドドラゴンの額を貫いた。
 さらにエイティはコモドドラゴンの背後へ回り背中側から心臓を一突き、これで決まりだ。
「やったな、エイティ」
「うん、ジェイクのおかげね」
「たいしたことじゃねえよ」
 二人でパンと勝利のハイタッチを交わす。
「ったく、『きをつけろ』なんてあるから何が出て来るのかと思ったぜ」
「そうよね。この程度のモンスターならたいしたことなかった、か・・・な?」
 ガサ・・・ガサガサガサ。
「なんだ、今の音は」
「まだ何かいるのかしら?」
 回廊の奥の闇から何かが蠢くような音が聞こえてくる。
「どうしようジェイク」
「どうするって、行くしかねえだろ」
 暗がりに目を凝らしながら、ゆっくりと足を踏み出した、その時だった。
「きゃあ!」
「うわっ!」
 闇を切り裂いてコモドドラゴンの大群がオレ達へと押し寄せてきたんだ。
 その様子はまさにワラワラという言葉がピッタリだ。
 二十、いや三十匹以上いるかと思われるコモドドラゴンを目の前にして、オレもエイティもどう対処したものやら固まってしまった。
「ジェイク、早く呪文、呪文使って!」
「エイティ、押すな」
 エイティがオレの身体をグイと前へと突き出してくる。
 そりゃあな、これだけの数を相手にするなら呪文で攻撃するのが必然だけど、それにしても数が多すぎだ。
 マダルトを一回や二回放ったところで敵を全滅させられるとも思えない。
 ならば最大の攻撃力と効果範囲を誇るティルトウェイトか。
 しかし、この洞窟に入った直後に、同じレベルに属しているマロールで無駄に呪文を消費しちまっている。
 この先まだ何があるか分からないからな、今ここでティルトウェイトを使っても良いものかどうか・・・
 って、そんなことを考えて迷っていたのがマズかった。
 あっと言う間にオレ達を取り囲むコモドドラゴンの大群。
 こいつらは肉食らしいからな、もちろんオレ達を今晩のご馳走にするつもりなんだろうよ。
「しっ、あっちへ行って!」
 エイティが懸命に聖なる槍を振り回すも、コモドドラゴンは動じない。
 さすがのエイティもこれだけの数を一度に相手するのは不可能だ。
「仕方ねえ、正面に向かってラダルトを放って、できた隙間を強行突破だ」
「何でもいいから早く!」
 もうこれ以上はエイティが持ちそうもない。
 オレはマダルトよりも強力なラダルトを放つべく精神の集中を高め呪文の詠唱に入った。
「ラダ・・・」
 グオオオオオォォォォーーーーン
「な、なんなの?」
 正にオレがラダルトを放とうとした瞬間だよ、回廊のさらに奥から何かの咆哮かな、とにかくすごい音が響いてきたんだ。
 そしてその音が響くや否や、オレ達を取り囲んでいたコモドドラゴン達が、それこそクモの子を散らすように一斉に逃げ出したんだ。
 おかげでコモドドラゴンは一匹残らずいなくなった。
 しかし。
「嫌な予感がするわね」
「そうだな。コモドドラゴンが逃げ出すようなやばいヤツでもいるんじゃねえか」
「ちょっと、変なこと言わないでよ」
 エイティがオレの腕にガシッと掴まってくる。
 おいおいエイティ、オレ達は女同士だしオレのほうが年下だぜ。
 それに、普通ならバルキリーのエイティのほうが前に立つもんなんじゃねえか?
 まあ細かいことはともかく、動き難いのだけは勘弁してほしいもんだ。
「とにかく行ってみよう」
「そうね」
 エイティと二人身を寄せ合って回廊の奥へと進んだ。
 さて、何が出て来るか・・・な?

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