ジェイク6

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エピローグ1

 レベッカが去った後、オレ達は祭壇の中央で車座になって集まっていた。
 セインの傷はエルメットの治療のおかげで、万全とは言えないまでもかなり回復していた。
 命に別状があるわけでなし、まずは一安心といったところだな。
 人心地ついたところで話を切り出す。
「ベイン、今度こそ全部教えてもらえるんだろうな」
『そうさな・・・』
 ベインはそうつぶやくとよっこらせと立ち上がり、歩き始めた。
「おいベイン、何処へ・・・」
「落ち着け」
 ベインが逃げるんじゃないかと慌てて立ち上がり掛けるオレを、ベアがグイっと引き戻す。
「オッサン・・・」
「まあ見ていろ」
 どうやらベアにはベインの思惑が読めているらしい。
 ベアに言われた通り何が起こるのかと見ていると、ベインは祭壇の端まで行くとそのまま壇を下り切ってしまった。
 そしてまた壇を上り、何食わぬ顔で戻って来ると元の場所に座った。
「ベイン、何やってんだ?」
『確か祭壇から落ちたら負けのルールだったはずだろ』
「あっ・・・」
 そうか、そうだった。
 ベインとの魔法勝負でオレが勝ったら全部教えてくれる約束だった。
 そして勝敗の決め方として、祭壇から落ちたら負けになるんだった。
 あれからオレもベインも一度も祭壇から下りてはいなかった。
 ベインは律儀にもそのルールに従ったんだろうけど・・・
『ヘン。ワシは負けたから仕方なく話すだけだからな』
「意地っ張りが。素直に教えれば良いじゃねえか」
 ベインと二人、顔を突き付けて睨み合う。
「まあまあ二人とも。ジェイクも落ち着いて。ここはベインさんの話を聞きましょう。それではお願いします」
 さすがにここでケンカになったらマズイと思ったんだろう、エイティが話を進めてくれた。
『そうだな、何から話すか・・・』
 ベインはしばらく考えてから、おもむろに話し始めたんだ。

『ジェイクが生まれたのは海の上だってことは言ったよな』
「ああ」
『正確に言うと船の上だ。
 ワシはとある島に遺跡の調査に行く途中だった。その時にお前を身篭っていた母親と偶然同じ船に乗り合わせたんだよ。
 だが身重の身体に船旅は堪えたんだろうなあ、まだ早かったらしいが急に産気づいちまって・・・
 ジェイク、お前が生まれた』
「その時皆既日食が起こったんですね?」
『ああそうだ。船の上は大騒ぎだったぞ。太陽は消えちまうわ子供は生まれるわ、でなぁ』
 ベインは目を細め、昔を懐かしむように何処か遠くを見ていた。
『それで済めば良かったんだが、運の悪いことは重なるもんだ。その船に一人の魔族の男が乗っていたんだ』
「魔族の男?」
『ああ、銀色の髪をした赤い瞳の男だった。そいつが、だな・・・』
 ベインはそこで重々しく言葉を切ると、じっとオレの顔を、いやオレの瞳を見つめている。
 その眼力に圧されたオレは、黙ってベインが続きを話すのを待つしかない。
『お前の母親を殺してお前を連れ去ろうとしたんだ』
「!」
 思わず息を飲んでしまった。
 魔族の男?
 母親を殺した?
 オレを連れ去る?
 一体船の上で何が起こったって言うんだ?
「その魔族の男は知っていたですね。『皆既日食の瞬間に生まれた女の子は魔術的儀式の生贄に最適だ』ということを」
『その通りだ。姉ちゃん鋭いな』
 エイティの推測にベインは満足そうに頷いた。
『ジェイクが生まれた日の夜だったよ。母親を殺した魔族の男は生まれたばかりの赤ん坊、つまりジェイクだな。ジェイクを連れて船から逃げ出そうとした』
「逃げるって船からか?」
『マロールで飛ぶつもりだったんだろうが、いかんせん陸地から遠過ぎた。それで小船を出して逃げるつもりだったらしいが、それに気付いたワシや船乗り達が何とか食い止めた。
 魔族の男とちぃとばかり戦って、それで赤ん坊だったジェイクを取り返したんだ。結局魔族の男には逃げられたがな』
「そうか」
『その翌日、船は目的地の島に着いた。島にはお前を生んだ母親のオヤジ、つまりはお前のジイサンがいた』
「ジェイクのお祖父さん!」
『ああ。母親の亡骸は祖父さんに引き取ってもらったが、赤ん坊はこのまま島に置いておいたら危険だって話になってなあ・・・
 生まれた時に太陽が消えたってだけで島の者は気味悪がったのに、母親まで無残な死に方をしたからなあ。
 災いをもたらす子として島の者が受け入れを拒んだんだよ』
「でもお祖父さんにとってはお孫さんでしょ? どうして・・・」
『分かってやってくれ。ただでさえ酷い死に方で娘さんを亡くしたんだ。島の者が大騒ぎしている赤子を引き取るのは・・・無理だったのさ』
「それでベインが」
『ああ。ワシがお前を引き取った。長居するわけにも行かなかったからな、翌日の船で逃げるように島を出た。
 その後は、魔族の男から逃げるように旅から旅の生活だったな』
「ジェイクを男の子として育てたのは?」
『そうだな、やはりあの男の目を逃れるためってのが一番の理由だろうなあ。アイツは赤ん坊が女だと知っていた。まあ女だから儀式の生贄にするつもりだったんだろうけどな。
 だからジェイクに男の恰好をさせておけば、もしもどこかであの男とすれ違っても逃げ切れるんじゃないかと思ってな』
「ベイン・・・」
 初めてベインの口から聞かされた、オレが男として育てられた理由。
 オレは今まで、ベインがものぐさでどうしようもないヤツだからとか、女の子の育て方なんか分からないからとか、そんな理由だろうと思っていた。
 でもそれはオレの思い込みでしかなかったんだ。
 ベインは魔族の男の目を欺こうとして、オレに男の恰好をさせていたんだ。
「ほら見なさいジェイク。ベインさんはちゃんと君のことを考えてくれていたんじゃないの」
「ああ、そうだな」
 ベインの顔を真っ直ぐに見られなかった。
 それはベインに対する感謝の気持ちからか、それとも至らない考えをしていた自分に対する後悔故か。
『さて、後は何だったかな? おおそうか、ワシが死んだ理由だな。それは・・・』
「待ったベイン。もういい」
『なんだ? 聞きたかったんじゃないのか』
「もういいよ」
 聞かなくても分かる。
 おそらくベインはオレが知らないところでその魔族の男と出遭い、そして戦ったんだ。
 オレを護るために戦って、そして死んだ。
 だからもうそんな話は聞きたくなかった。
「もう少しだけ教えて下さい」
『なんだ姉ちゃん?」
「その島は何処にあるんですか? ジェイクのお母さんの故郷なんですよね」
『あの島か・・・島の名前はアルビシア島だ。ダリアから船を乗り継いで一週間程行ったところだ』
「それじゃあジェイクのお母さんの名前は?」
『ジェシカさんといったな。綺麗な人だったぞ。さて、ワシが教えてやれるのはもうこのくらいだな』
 話は終わったとベインはゆっくりと立ち上がった。
「ベイン、何処へ・・・」
『この姿でいるのは疲れるんだよ。久しぶりに暴れたしな。ワシはしばらく寝る。
 お前らももうそろそろ元の世界へ帰れ。生きている者が死者の世界に長い時間いるのは良くない』
「ベイン、あの・・・」
 何か言わなきゃ、何か・・・
 悪かったとか、ありがとうとか、言わなきゃならないことはまだまだ山のようにあるはずだ。
 でも・・・
 言葉が出て来ない。
『ジェイク、そんな顔をするな。お前はもう十分に強くなった。それに頼もしい仲間もいる』
「そうだな」
『ジェイクよ。最後に言っておくが・・・』
「なんだ?」
『好きに生きろ』
「どういうことだよ。オレは今までも好きなようにしてきたぜ」
『そうだな。今までどおり男として生きるのも良いだろう。だが本来の姿に戻っても構わんのだぞ』
「オレに女の恰好をしろってか?」
『ふっふっふ、女をやってみるのも案外悪くないかもしれないぞ。あのレベッカ様だってな、見かけによらずなかなかカワイイところがあるからなあ。お前だってそう捨てたもんでもないだろうよ」
「ヘン、相変わらずスケベなジジイだぜ」
『まあお前の人生だ、好きなようにしろ』
「ああ、分かってるよ。好きにするさ」
『そうか。なら安心だ』
 それがベインの最後の言葉だった。
 ベインはニパっと笑うと身体が霧のように薄れていき・・・そして消えてしまったんだ。
 ベインが消えた今になって、言いたかったことを思い出した。
「ベイン、アンタは間違いなくオレのオヤジだったよ」
 オレの目からつぅと、ひとしずくの涙が零れ落ちたんだ。

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