ジェイク6
エピローグ2
ベインに会って話を聞くという目的は達成した。
これ以上死者の世界に留まるのは好ましい状況ではないだろう。
「セイン、帰ろうや」
「良いのですか? このままここで無くなったジェイクのお母さんを探すこともできますが」
「そうよ、私達は構わないんだから。いいえ、むしろ手伝わせて欲しいの」
セインとエルメットはそう言ってくれたけど、これ以上二人の厚意に甘えるわけにも行かない。
それにオレにも気持ちを整理する時間てヤツが必要だしな。
「良いんだ」
「そうですか、分かりました」
オレの気持ちを察してくれたんだろう、セインがおもむろに立ち上がった。
「それでは術を解きます。目をつぶって下さい。良いですか、ひとつ、ふたつ、みっつ・・・」
セインがゆっくりと数えると急に眠気が差して来た。
意識が薄らいでいくのが自分でもはっきりと感じられ、そして・・・
☆ ☆ ☆
「ジェイク、起きて。ジェイクってば」
誰かに優しく身体を揺すられているのに気が付いた。
「ジェイク」
オレの名を呼ぶ声に、ゆっくりと目を開けて応える。
目の前には、見慣れたエイティの顔があった。
「あれ、エイティ・・・ここは?」
どうやら机に突っ伏して寝ていたらしい。
まだ朦朧とする頭を振って意識を覚醒させると、周りの様子に目をやった。
見覚えのある部屋の中の景色。
「うう、うーん」
「ぴきぴきぃ〜」
オレと同じように机で寝ていたんだろう、今起きたばかりのような寝ぼけまなこのベアとボビーの姿があった。
反対側の席には、エルメットがあくびを噛み殺しながら起き上がったところだった。
「セインの家よ。分かる?」
「ああそうか、セインの家か。って、アレ? オレ、夢でも見てたか?」
寝ていた割には妙に現実感に溢れた夢だったけど・・・
「夢ではありませんよ。見て下さい」
セインが苦笑しながら自分の胸元を指し示す。
「あっ!」
驚いたことに、セインが着ているローブの胸元が血でドス黒く汚れていた。
「私もよ、ホラ」
「私もです」
エイティはブリガード・ウォルタンから授けられた聖なる槍を見せてくれたし、エルメットが首から下げていた銀の十字架は、鎖の部分が引き千切られて全体的に黒く焦げていたんだ。
どれもこれも、オレが眠っている間に体験したことと一致していた。
「それじゃあ、あれは・・・」
「全部本当にあったことです。私達は実際に死者の世界へ行って、ベインさんに会ってお話を伺ってきました」
「そ、そうか。オレ達ベインに会ってきたんだよな」
夢みたいな話でまだ信じられないけれども、どうやら事実だったらしい。
ベインの顔や言葉、それにベインと戦った記憶。
何もかもが本当にあったことなんだ。
そしてベインが教えてくれたオレの生まれた時の話も。
間違いなく本当のことなんだという実感が湧いてきた。
「セイン、それにエルメット、ありがとうな」
「いえいえ」
「そんな、私達は何も」
「二人のおかげさ。今日ここに来てなかったら、もう二度とベインには会えなかったはずだからさ」
二人にはどんなに感謝してもしきれるものじゃないよな。
「それじゃあお世話になりました。えーと、占いの料金とかは・・・」
エイティが自分の懐を探って金の入った袋を取り出す。
「ああ、それなら結構です」
「でも・・・」
「良いんですよ。私どもも貴重な経験をさせてもらいましたしね」
「そうですよ。遠慮しないで、エイティ。その代わり、また遊びに来て下さいね」
「それはもちろん。是非またお伺いさせてもらうわ。今日は本当にありがとう。それじゃあみんな、行こうか」
笑顔で席を立つエイティ。
「それじゃあな、セイン、エルメット」
「世話になった」
オレとベアも席を立つと、三人揃ってセインの家を出た。
ところで、だ。
オレのほうはベインに会うという目的を果たしたけど、今回はもう一つ問題があったはずだ。
確か今回の事件の発端は、エイティの恋人探しのばすだったよな。
それがどうにも気になったから聞いてみることにした。
「おいエイティ、良かったのか?」
「えっ、何が?」
「だって、お前・・・セインに惚れてたんじゃ」
「んー」
エイティは何か考えながらもそれだけ言うと、オレ達を置いてスタスタと歩き出した。
そしてしばらく進んだところで振り返り
「あの二人の間に私が入り込む隙間なんてこれっぽっちも無かったみたい」
右手の親指と人差し指の先で、ごくごくわずかばかりの隙間を作ってみせる。
その小さな隙間からオレ達を眺め、アハハと笑うエイティ。
「でもエルメットは神様に身も心も捧げているって」
「エルメットを神様に縛り付けていた鎖はもう切れたわ」
「神様に縛り付けていた鎖?」
何のことかと首を捻る。
「銀の十字架の鎖よ。エルメットは自分の手で鎖を引き千切ったのよ。それは何のためだったかしら?」
「たしか、レベッカからセインを護るため・・・」
「そう。エルメットは神様よりも自分の気持ちを優先させたの。本人は無意識だったと思うけどね」
「それはそうかもしれないけどさ」
理屈はそうかもしれないけど、イマイチ納得できない。
「ジェイクはまだまだ女心が分かってないわね」
ふふっといたずらっぽく笑うエイティ。
「二人ともマジメで、かなり奥手みたいだから時間はかかると思うけど。でもいつかきっと自分達の本当の気持ちに気付くはずだわ。そんな二人の間に私なんかが割り込んじゃいけないの」
「そういうもんか?」
「そういうものよ」
いや、そこで自信満々に胸を張られても、なあ。
「エイティよ、まるでお前さんが占い師のようだな」
ガハハと笑うベア。
「んー、そうね。占い師って言うよりは恋愛評論家、かしら」
「けっ、人の恋愛語る前に自分のことをちゃんとしろよな」
「言ったなジェイク!」
「ははは。でもさ、結局セインの占い外れたよな」
「そんなことないわよ」
「だって、生涯を共にするパートナーと出逢えるはずだったんだろ? それともこれからの話なのかな」
「いいえ、私はもう出逢っちゃったわ。ほら、これよ」
エイティは頭上に聖なる槍を掲げてみせた。
「この槍は本当に素晴らしいわ。こういうのを一生物って言うのよね。きっと生涯私のパートナーになるはずよ」
「なんだよそれ。ていうかエイティ、お前一生冒険者やるつもりか?」
「そうね。でもその時はジェイクもずーっと付き合ってくれるんでしょ」
「オレも一生冒険者か? まあエイティと一緒ならそれも良いか」
思わず肩をすくめるオレだった。
「もちろんワシもな」
「ハイハイっ、ボクもいますよ」
エイティにベアにボビー。
いつまで続くか分からないけど、もうしばらくはこうやってみんなで冒険者をやるのも悪くなさそうだ。
「さて、そうと決まったら上手いメシでも食いに行こうぜ。今日はエイティの失恋記念日だからな」
「ジェイク、まだ言うか!」
「そうだな。まずは上手い酒だ。エイティの新しい恋でも祈って乾杯と行こうじゃないか」
「ベアまで・・・」
「エイティさんにはボクが付いてますよ。そうそう、ボクはお肉でお願いしますね」
「ハイハイ。分かってるわよボビー。それじゃあ行きますか」
「ああ」
かけがえの無い仲間達と、少し日がかげった街を歩く。
そんな中、オレはベインの話を思い出していた。
『好きなように生きろ』
ベインはそう言っていたよな。
これからのことなんて正直まだ分からない。
でもじっくり考えるさ。
死んでしまった人間の時間はそこで停止してしまったかもしれない。
けどな、オレはまだ生きているんだ。
今生きているオレには、これからだって時間はいくらでもある。
オレの生き方は、オレ自身で探して行けば良いんだよな。
そうだろ? なぁ、ベイン。
ジェイク6・・・END