ジェイク6
8
こんな時は何て言葉を掛けてやれば良いんだろうな?
セインとエルメットの話を聞き終えたオレ達だったけど、みんな掛けるべき言葉を見つけられずにただただ重い沈黙がのしかかってきていた。
一方、話終えたことで気が抜けたのか、エルメットはまた涙を流し始めていた。
エルメットに関してはただおとなしいだけの女という印象しかなかったけど、セインに付いて寺院を飛び出したりして、意外と芯の強い人間なのかもしれないな。
「セイン、ううう・・・」
「大丈夫ですよ、エルメット」
セインが泣いているエルメットの肩を抱き、二人で寄り添っている。
今までもこんなふうにして二人で身体を寄せ合って生きてきたんだろう。
お互いがお互いを支え合う関係。
今でこそエイティやベアと一緒にいるようになったけど、オレだってつい三年くらい前までは、一人で生きていけると思っていたんだ。
そう、ベインが死んでから、しばらくの間は・・・
って、すっかり忘れていた。
ベインだよ。
こここにはベインを探しに来たはずなんだ。
でもその前に・・・
「なあセイン、そもそもエルメットに母親と再会させるためにこんな術を編み出したんだよな。まさか墓石を見つけて終わりじゃねえんだろ?」
「無論です」
「死者に会わせるっていうのがどういうことなのか、予行演習じゃねえけど見せてもらえないかな」
「そうですね・・・エルメット、どうしますか?」
それまで泣きながらセインに肩を抱かれていたエルメットがその腕の中から抜け出ると、セインに向かって深々と頭を下げた。
「お願いセイン、お母さんに会わせて」
「分かりました」
頷くセインの顔からは、いつもの微笑が消えていた。
「それではこれより死者の降臨の儀式を始めます。エルメット」
「はい」
「お母さんのことを、強く強く思って下さい」
「はい」
エルメットは胸に掛けていた銀の十字架を握り締め、墓石に向かって「お母さん、お母さん・・・」とつぶやき始めた。
次にセインが墓石に向かって手のひらを差し出す。
「眠れる死者の魂よ、いまここにその姿を・・・」
低い旋律が紡ぎだされる。
やがて
「さあエルメット、お母さんを呼びなさい」
「お母さん、帰って来て!」
エルメットが叫んだその時だった。
目の前の墓石が鈍い光を発したんだ。
そして
『私の眠りを妨げるのは誰だい・・・ああっ、バケモノが、怖い怖い怖い・・・』
髪を振り乱しながら、怒りとも怯えともつかない表情をした女のゴーストが、墓石の前に現れたんだ。
「お母さん私よ。エルメット。分かる?」
『エルメット? エルメット・・・ああ、エルメットなのかい?』
「お母さん、エルメットよ」
『ああ、私の娘エルメット・・・大きくなって』
ゴーストから怒りや怯えの表情が消えた。
そこにいるのは紛れもなく、娘の成長を喜ぶ一人の母親だった。
エルメットと並べて見てみれば確かに、母親のほうは髪は白くなっているけれど、二人の面差しなんかはとてもよく似ていた。
「お母さん、会いたかった」
『エルメット、綺麗になったね。もう立派なレディだわ』
再会を喜ぶ母と娘。
生と死に隔てられ、もう二度と有るはずの無かった親子の会話が、今オレ達の目の前で実現しているんだ。
話したいことはそれこそ山のようにあるだろう。
「二人きりにしてあげましょう」
「そうだな」
自然、エルメット達から距離を取る。
しばらくは親子水入らずでゆっくりと過ごしてもらおうぜ。
エルメットが母親と話している間は邪魔にならないようにその辺りをぶらつく。
ぶらつくったって墓石を見て回るしかすることがねえんだけどな。
セインとも適当に距離が開いた頃合を見計らって、それまでエイティの足元でおとなしくしていたボビーが心配そうな顔で見上げている。
「エイティさん、なんだか元気がないですよ」
「ワシにもそう見えるぞ。下なんぞ向きおって、らしくないな」
ボビーに同意するベア。
二人(?)に共通しているのは、エイティよりも顔の位置が遥かに低いってことだよな。
だから俯いているエイティの表情なんか丸見えなんだろう。
「あの二人が肩寄せ合ってるのを見てショックでも受けたんだろ」
「そんなことないわよジェイク! だいたい、どうして私がショックなんか受けるのかしら」
「ったく、意地なんか張ってんじゃねえぞ」
「そんなんじゃ、ない・・・」
「じゃあ何なんだよ?」
「ん・・・んー、エルメットも苦労したんだなって」
エイティの返事はどうにも歯切れが悪い。
これ以上いじめるのもかわいそうだから、これくらいで許してやるけどな。
そんな時
「セイーン、皆さんも。ちょっとお願いしまーす」
エルメットがオレ達を呼ぶ声がした。
何事かと再びエルメットの元に集まる。
「お母さんが皆さんにお礼を言いたいそうです。特にセインには」
母親との再会を果たして吹っ切れたんだろう、エルメットの目からはもう涙は消えていて、すっきりとした良い表情になっていた。
『セイン様、娘が大変お世話になりました』
「いえ、私は何もしていませんよ。むしろ私のほうが普段からエルメットの世話になっていまして」
『今後もよろしくお願いします』
「こちらこそ」
二人の会話はまるで、娘を嫁に出した母親とその婿殿のようで、見ていておかしくもあった。
『そちらの皆さんも』
「いえ、私達こそ本当に何も」
みんなでペコペコと頭を下げあう。
オレ達とも一通りの挨拶が済んだところで、エルメットの母親が切り出した。
『ところで皆さんはどうやってここまで?』
「どう、と言いますと?」
『やはりカロンの船で来たのですか?』
「カロンをご存知ですか」
『ええ。私もカロンの船に乗ってここまで来たものですから。それで』
エルメットの母親は一度言葉を切り、何か考えながらも話を続けた。
『カロンの娘さんの遺灰が近くにあるはずです。今日だと・・・そう。通路を挟んで向うの部屋に。入り口からすぐ近くの墓石です』
「本当なの、お母さん?」
『ええ、間違いないわ』
「それは助かります。是非遺灰をカロンへ届けてやりたいと思っていましたから」
セインとエルメットが思いもよらない吉報に顔を見合わせる。
「あー、オレも聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
『なんでしょう?』
「ベインてヤツ知らないかな? 魔法使いなんだけど」
『ベインさん、ですか・・・聞いたことはないですね。でも、魔法使い様ならここではなく、殿堂のほうにいらっしゃるかと。
ここは一般の人が眠る場所。徳の高い魔法使い様なら、きっと殿堂にいらっしゃるでしょう』
「そうか。ありがとう」
ベインのヤツが徳の高い魔法使いだとは思えねえけどな、でも貴重な情報が手に入ったことには違いないだろう。
「しかし殿堂ですか。厄介な場所ですね」
「知ってるの? セイン」
「ええ。何度か訪れたことはあります。後程案内しますよ」
セインの口ぶりからすると、殿堂って場所には何か厄介ごとがあるらしい。
でもここまで来たからには行ってみるしかねえよな。
エルメットの母親が『それではそろそろ』と切り出したことで、感動の母娘の再会の場面は幕を閉じた。
エルメットはもう泣いてはいなかった。
笑顔で母親が消えていくのを見送ったんだ。
その姿にちょっとじんとさせられたりしてな。
そしてオレ達は、通路を挟んで反対側の部屋へと移動する。
目的はカロンの娘の遺灰を探すためだ。
「入り口のすぐ近くって言ってたわよね」
「娘の名前くらい聞いておくんだったな」
例によってこちらの部屋にも墓石が無数にならんでいる。
この中から目指す墓石を特定するのはかなり難しいんじゃねえか?
「それでは、こんな呪文はどうですか?」
セインがいつもの笑顔と共に短い呪文を詠唱する。
すると・・・
オレ達のすぐ右隣りにあった墓石が鈍く輝きだしたんだ。
「ディアフィックの呪文です。探しているものに反応して教えてくれる便利な呪文ですよ」
「そんな便利な呪文なら、最初から使ってくれよ」
「それもそうでした」
セインは悪びれたふうもなく、光っている墓石の前に立つ。
墓石には「リー」という名前のみが刻まれていた。
「娘さんの名前かしら?」
「そうですね。遺灰は・・・」
セインが墓石を調べ始める。
「エイティさん」
ボビーがツンツンとエイティの足をつつく。
「ボビー?」
「こっちです」
ボビーに付いて墓の裏に回ると、あったぜ。
墓石の裏側が少し繰り抜かれていて、そこに遺灰が入っていると思われる小さなツボが収めてあったんだ。
「これじゃない、セイン」
遺灰を取り出しセインに差し出すエイティ。
「それです。よく見つけましたね」
「あっ、たまたまですから。アハハ」
まさかウサギに教えてもらったとは言えないよな。
遺灰を見つけたオレ達は部屋を出ると、通路から船着場へと逆戻り。
そこでセインがあの角笛を吹くと、川靄の中から小船を操ったカロンが現れた。
「カロン殿、これを」
「おお、それは・・・ありがとう。ありがとう」
セインから遺灰を受け取ったカロンは何度も頭を下げながら、また川靄の中へ消えて行った。
「カロンは生前、とある理由で娘さんを殺めてしまったそうです。その罪で死者の川の渡し人の仕事を課せられているのだと言ってました。
後悔していたのでしょう、せめて遺灰だけでも自分の手元にと、ずっと願っていたそうですよ」
セインの言葉にみんなじっと押し黙る。
エルメットの母親といいカロンといい、死んでしまった人達にもそれぞれの想いや願いがあるんだと。
改めてそう思ったんだ。