ジェイク6

戻る


 洞窟へ入るとすぐに下りの階段があって、それを下りきると人一人が余裕で通れるほどの通路が奥へ真っ直ぐに伸びていた。
「明るくします」
 すかさずエルメットがロミルワを唱えて視界を確保する。
 セインが先導するのに続いて通路を進むオレ達。
 どこかで御香が焚かれているのか、通路には独特の香りが漂っていた。
 地下迷宮特有のカビと血が混ざったような、あの嫌な臭いがしないだけマシなほうだろう。
 やがて。
 通路の左右に扉が一枚ずつ見られた。
「ここは亡者の塚と呼ばれる場所です。いわば死者達の眠りの地ですね。よろしいですか?」
 オレ達の顔を順に見つめるセイン。
 扉を開けても良いかどうかの確認だ。
 もちろん問題なんかあるはずもない。
 オレ達の無言の肯定を汲み取ると、セインがゆっくりと通路左側の扉を開けた。

「これは・・・」
「うむ・・・」
「ちょっとスゲエな・・・」
 目の前に広がった光景に息を飲む。
 そこにあるのは
 墓、墓、墓、墓、墓・・・
 墓、墓、墓、墓、墓・・・
 墓、墓、墓、墓、墓・・・
 墓、墓、墓、墓、墓・・・
 墓、墓、墓、墓、墓・・・
 縦横に整然と並んだ墓石が、それこそ無数かとも思えるほど。
 とにかく目の前一面に墓石がズラッと並んでいたんだ。
 あまりの光景に目が眩みそうになる。
 視線を近くに戻し、目の前にあった墓石に刻まれた文字を読んでみる。
「んーと、『泣き笑いのハーポ 皆に微笑みを与え、自らは酒に死す』だってさ」
「その人の人生が刻まれているのね」
 無数に並んだ墓石に刻まれた、無数の人間達の生き様。
 世の中にはこれ程の人生があったのかと、感慨深い思いがした。
「世界中の人のお墓があるのかしら?」
「さすがにそれは大げさですよ」
 オレ達が驚くような光景でも、セインにとっては見慣れたものなのかもしれない。
 いつもの笑顔を崩すことなく、淡々と説明を続ける。
「ここにどのくらいの墓石が並んでいるのかは私にも分かりません。それに、今ジェイクが見ている墓石ですけどね、以前来た時にはクライドという人の名前が刻まれていたんですよ」
「どういうことなのかしら?」
「何しろここは死者の世界ですから、我々の住む世界とは根本的に物理的法則からして異なっているのかもしれません。
 墓石が移動しているのか、それともランダムに入れ替わるのか・・・」
「ふうん、そういうものなのね」
 果たして分かっているのかは怪しいけど、セインの言葉にいちいち頷くエイティだった。
「なあセイン、ベインに会わせるって話だったはずだが・・・まさかこの墓石の中からベインのヤツを探せ、とか言うんじゃねえだろうな」
「残念ですがジェイク、その通りなんです」
 苦笑しながら答えるセイン。
「オイオイ、嘘だろう? これだけの墓が並んでるんだぜ。その中から探し出すなんて」
「ですがジェイク、先ほどもお話したようにここは我々の世界の常識が通用しない場所でもあります。ジェイク自身が強くベインさんのことを想えば、自ずと出会えると私は思いますよ」
「そんなもんか?」
「ええ、そんなものです」
 相変わらずの爽やかな笑顔で答えるセイン、だがその爽やかさがかえって嘘くさいんだよな。

 取り合えずだ、一つずつ墓石を見て回るしかねえだろ。
 むやみに歩いても墓石の中で迷子になりかねないからな、壁にそって移動する。
「これはマンディーって人の墓だな」
「こっちはドン・ジュアンさんね」
 ビリー、バルダ、マロー・・・
 ダメだ。
 こんな調子で探してたって、ベインの墓なんて見つかりそうもない。
 おまけに。
「どうか彼に安らかな眠りをお与え下さい」
 エルメットがイチイチ墓の前で祈りを捧げるもんだから、ちっとも進みやしない。
 僧侶にとっては必須とも言える信仰心の高さも、こんな時には困ったもんだな。
 それにだ。
 たとえベインの墓が見つかったところでそれが何だってんだ?
 確かセインは「ベインに会わせる」とか言ってたはずだ。
 まさか墓の中からからベインが甦ってくるなんてことは・・・
 オレがそんなことを考えている時だった。
「これはアイラさんのお墓ね」
「アイラ?」
 エイティの言葉にエルメットが弾かれたように走り出した。
「まさか、まさか・・・」
 食い入るように墓石に目を走らせるエルメット。
 そして。
 その瞳から大粒の涙がポタリと零れ落ちた。
「お母さん・・・」
 お母さん、確かにエルメットはそう言ったはずだ。
「それって、まさか・・・」
「エルメットのお母さんなの?」
 墓石に刻まれた文字を慈しむように指で撫でながら、エルメットは無言でコクンと頷いた。
「ここへは何度か来たことがあったけど、初めて見つけました。お母さんのお墓。やっと見つけた、お母さん・・・」
「確かエルメット嬢は訳有ってセイン殿と一緒に暮らしていると言ってましたな。良かったら話してはもらえないかな」
 ベアの声が、無数の墓が並ぶこの場所に低く、そして優しく響いた。
「そうですね、お話しましょう。エルメット、良いですね?」
「セイン、私が話すわ」
 涙を拭きながら墓石から向き直ったエルメットの口から、自らの過去が語られ始める。

「私のお母さんは女手一つで私を育ててくれました。朝から晩まで働き通しで。
 でも、もう十年も前になります。山へ木の実を採取に行った時に亡くなってしまいました。クマか何かの獣に襲われたんじゃないかと云われましたが、結局はよく分からないままでした。ひょっとしたら、魔物にでも襲われたのかもしれません。
 親を亡くした私は、街の寺院へ引き取られることになりました。そこで見習いの僧侶として修行を始めたのです。怪我をした人を一人でも多く助けられたらと思って、治療の呪文の勉強に取り組みました。
 でも、お母さんを亡くした悲しさと慣れない寺院の生活とで、私はすっかり元気を失くしてしまいました。そんな私を励ましてくれたのがセインだったんです」
 エルメットはそこで言葉を切ると潤んだ瞳のままセインの顔を見上げた。
「続きは私から話しましょう」
 エルメットの話を引き継ぎセインが語り出す。
「放っておけなかったんでしょうねえ、落ち込んでいたエルメットを見かけては少しずつ言葉を掛けていました。初めは固い表情をしていたエルメットでしたが、次第に打ち解けてきて、やがて笑顔を見せてくれるようになりました。
 少しずつではありましたが、自分と、亡くなった母親のことも話してくれるようになりました。
 その時私はエルメットと約束をしました。
『いつかお母さんに会わせてあげましょう』と。
 その後私は、死者との交流についての研究を始めたのです」
 セインの言葉が途切れる。
 オレもエイティもベアも、誰も一言も発することなくセインの次の言葉を待った。
「しかし私の研究は寺院内では認められませんでした。それどころか『忌むべきことだ』として、私の寺院での立場が苦しくなったのです。私は寺院を離れる決意をしました。
 その時、エルメットも私に付いて寺院を出ると言い出したのです。
 しかし私は反対しました。
 エルメットは才能ある、将来有望な僧侶として寺院の上層部でも期待されていたのです。このまま寺院に残って僧侶としての修行を続けて欲しい、と」
「でも、私はセインに付いて行きたかったんです。セインがいなかったら、厳しい修行に耐えられずにとっくの昔に寺院から逃げ出していたはずです。今の私があるのはセインのおかげ。セインが寺院を追い出されるというのに、私だけがのうのうと寺院に残るだなんて、私には考えられませんでした」
「話し合った末、私とエルメットは一緒に寺院を出ることにしました。エルメットが寺院にいたのは結局三年ほどでしたね。
 その後の暮らしは決して楽ではありませんでしたが、やがて裏通りに小さな家を構え、治療院として開業したのです。
 治療院が軌道に乗ってエルメットが治療師として一人前になったら、私はかねてからの研究を再開しました。死者との交流に関する研究です。そのためには僧侶呪文だけでは不十分でした。精神の呪文を身に付けるべくサイオニックになったのもその頃です。
 そして、エルメットは治療師として、私は占い師として細々とではありますが暮らしてきたのです。私とエルメットの話は、まあこんなところですね」
 セインが昔話を締めくくった。

続きを読む