ジェイク6

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 カロンの操る船が島の船着場に泊まった。
 船が固定されたのを確認してから、乗った時とは逆の順序で下船する。
「ではこれで。遺灰を見つけたら頼む」
 カロンは例の抑揚のない声でボソリと告げると竿を操り、船を離岸させた。
「帰りは大丈夫なんだろうな?」
「ええ。この場所で角笛を吹けば、また彼が迎えに来てくれます。もっとも、私が術を解いてしまえば元の世界に直接帰れるはずですから」
 セインは相変わらず笑顔を崩さない。
「ところで、カロンが言ってた『遺灰』って何ですか?」
「ええ、彼はとある人物の遺灰を探しているそうです。それを見つけたら渡して欲しいと以前から頼まれてまして」
「以前からって、こちらへは何度も?」
「そうですね。前にも何度か『死んだ人に会いたい』という人を連れて来ています。案外そういう依頼も多いもので」
「そうなんですか。素敵なお仕事ですね」
 セインの言葉にウンウンと頷くエイティ。
 だけどオレには、こんなふうに死者の世界に出入りするのが「素敵な仕事」とは、到底思えないんだけどな。
「それで、これからどうするのかね?」
 船を下りて元気を取り戻したのはベアだ。
「まずはこの島でジェイクの育ての親御さんを探してみましょう。ひょっとしたら見つかるかもしれません」
「ここにベインがいるのか?」
「ひょっとしたら、ですよ。それから・・・」
 セインはそこで言葉を切ると、今までになく神妙な顔付きになった。
「私達は現在肉体と魂を切り離した状態にあります。しかし、もしもこの世界で負傷してしまった場合は、元の世界に残してきた肉体も同じようなダメージを受ける事になるのです」
「それじゃあもしもここで死んじゃったら・・・?」
「残念ながら、肉体のほうも生命活動を止めることに」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
 セインの言葉に声を失うオレ達。
 ここで死んだら、元の世界に残してきた肉体も死ぬだと?
「おいセイン、そんなの聞いてないぜ」
「黙っていたことはお詫びします。しかし貴方がたは冒険者ですよね」
「そうだけど」
「ならば死と隣り合わせなのは日常茶飯事かと。それに、貴方がたの力量なら乗り越えられると踏んだからここまでご案内したのです。
 どうしてもとおっしゃるなら今ここで元の世界に戻ることも可能ですが」
「それは・・・」
 確かにオレ達は冒険者だ。
 冒険者なら常に死と隣り合わせだと言われれば、まったく反論出来ない。
 それに、そこまで言われて逃げ帰るなんてかっこ悪すぎるしな。
「大丈夫よジェイク。いつもと同じでしょ。敵がいたら戦って勝てば良いだけの話よ。そうよねセイン?」
「はい、エイティの言う通りです」
「分かったよ」
 これ以上ゴチャゴチャ言ってても始まらねえしな、ここは素直に聞き入れておくことにする。
 にしてもだ、エイティのやつすっかりセインと打ち解けてきたよな。

 まずは手始めに川べりに沿って島を周ってみることにした。
 この島はどうやら元からあった物に人が手を加えたらしく、川べりや岩肌など、ほとんどの場所が石で固められてあった。
 大きさはちょっと大き目の公園程度だろう、島としては小ぶりなほうだ。
 気になったことと言えば、島の北側にイカダが舫ってあったことかな。
「なあ、このイカダって・・・」
「そうですね、イザという時のための脱出用、とでも考えておいて下さい」
 セインはそれきりイカダについては触れようとしなかった。
 んー、何かありそうだよな。
 イカダ以外にはこれといった発見もなく、次は島の中央部の探索になった。
 船着場からまっすぐ進んだ奥に、岩壁を背にして手前、右、左と、三方を巨大なアーチで区切られた一郭があった。
「厄介なヤツがいそうですね」
 アーチを前にしてセインがポツリともらした。
「厄介なヤツと言うと?」
「ええ、この島の番人のようなものです。ミノス島の悪魔なのでミノデーモンと呼んでいますが」
「ミノデーモン、悪魔なの?」
「少なくとも不死の魔物ではないでしょう。ここは生の世界と死の世界の狭間ですから。いろいろなヤツが紛れ込んでいても不思議はありません」
「悪魔退治なら任せて。このファウストハルバードで一撃だから」
 エイティが愛用のファウストハルバードを握り締めた。
 レマ城で手に入れたこの得物には、悪魔殺しの力が秘められている。
 その威力は魔界の王、デーモンロードと戦った時にも存分に発揮されていた。
「ここは初めてじゃないんだろ。今まではどうしてたんだ?」
 気になったから聞いてみた。
「そうですね、相手に幻覚を見せてから素通りしたり。単にヤツが留守の時をねらったりもしてました」
「幻覚を見せるか。さすがは精神の呪文の使い手だな」
「でも、今日は強行突破でも行けそうですね。皆さん、期待していますよ」
「はい、任せて下さい!」
 セインの笑顔に息巻くエイティ。
 ったく、もう少し肩の力を抜いたほうが良いと思うぜ。

 アーチの中に進入すると確かに、巨大な魔物が一体、奥にある洞窟入り口の前に鎮座していた。
 グレーターデーモンを若干小型化させたと言えば分かりやすいだろう。
 悪魔の特徴である翼が無いのでグレーターとはかなり印象が違うけど、それでも迫力だけは十分だ。
 身体は赤ともオレンジとも付かない色合いで、殺風景だったこの世界の中では異様に目立つ存在だった。
「さあ行きましょう。ジェイクは相手の呪文に備えてね」
「了解」
 簡単な指示を出すとエイティが走り出した。
 それにベアも続いて、二人で左右に散開した。
 オレは悪魔が得意としているだろう呪文攻撃に対する障壁を作る。
 ちょっと前までのオレは、敵を見ると先手必勝とばかりにいきなり攻撃呪文を放っていた。
 しかし強敵と戦うことが多くなった最近では戦い方を変えている。
 高度な呪文無効化能力を持つ悪魔などは、いきなり攻撃呪文を唱えても無効化される確立が高い。
 なので、まずはこちらも敵が放ってくる呪文に対して、障壁を張って守りを固めるんだ。
「コルツ!」
 そこでオレが唱えたのはコルツだった。
 魔法使いの3レベルと、比較的低位に属する呪文ながら、使い方を極めれば非常に強力な対呪文障壁を作ることが出来る。
 呪文障壁の強度は術者の力量次第。
 自分の魔力が相手より上回っていれば、ほとんどの呪文を弾き返すことも可能だ。
 最近ではこの呪文で障壁を作って、相手が放ってくる呪文を弾き返すのが快感になってきたくらいだからオレも意地が悪いよな。
 でもそれってオレの魔力が相手より上回っているって証明だろ?
 魔法使いにとって、これ程の自慢は他に無いだろう。
 ミノデーモンはオレ達の姿を見つけると長くて太い尻尾を振り回しながら咆哮を上げた。
 それと同時に手のひらに魔力を収束させ、炎の塊を投げ付けてきた。
 炎の威力からするとラハリト程度か、魔力によって生み出されたその炎は、真っ直ぐにオレ目掛けて飛んで来る。
 でもな、それはオレの目論見通りの展開だぜ。
 あらかじめ張っておいたコルツによる呪文障壁は、ミノデーモンの放った炎の呪文を完璧に弾き返してしまう。
「ふっ」
 オレの顔にも余裕の笑みが浮んでいるはずさ。
 呪文を無効化され慌てるのはミノデーモンのほうだ、そこへベアとエイティが続け様に攻撃を繰り出す。
「ふん!」
「タァー!」
 ベアが振るうグレートアックスがミノデーモンの右ひざを割って体勢を崩すと、とどめはエイティのファウストハルバードだ。
 悪魔殺しの効果は絶大、ファウストハルバードは深々とミノデーモンの腹部に突き刺さっていた。
 そのまますくい上げるようにファウストハルバードを振り回すと、ミノデーモンの身体がぐるんと宙を舞った。
 次の瞬間。
 ドスンと鈍い音を立てて地面に落ちる悪魔の巨体、しばらくピクピクと痙攣したかと思うとやがてその動きを停止してしまった。
「ふぅ、一丁上がりね」
 エイティの表情に会心の笑みが浮んだ。
「皆さんお見事でした」
「驚きました。まさかあのミノデーモンをあっと言う間に倒してしまうなんて」
 オレの後ろに下がって戦いを見ていたセインとエルメットが感嘆の声を上げている。
「いざと言う時は私達も加勢をと考えていましたが、そんな必要は全く無かったですね。特にエイティさんはカッコ良かったですよ」
「あっ、いえそれ程でも」
 セインに褒められたらエイティもまんざらでもないだろうな。
 幸せ気分のところを悪いけど、先を急ぐとしようぜ。
「さてセイン、邪魔者は片付けたからな。案内を頼むぜ」
「分かりました。こちらです」
 セインがアーチの奥にある洞窟の入り口へと歩を進めた。

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