ジェイク6

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 オレ達は二階の占いの部屋から一階のリビングに場所を移していた。
 円卓に着いてお茶が並べられたところで話が始まる。
 ちなみに、オレ達の後ろに並んでいた占い目当ての客達には、白い法衣の女が丁重に断って今日のところは帰ってもらったらしい。
 せっかくセイン目当てにここまで来たのに、オレのせいで悪いことをしたよな。
 まずは、改めて簡単な自己紹介からだ。
 エイティ、オレ、ベア、そしてエイティがボビーを紹介したら、今度は相手の番になる。
「改めまして、私はセイン・メイ。占い師をしています。そしてこちらが」
「エルメットと申します。ここで治療師として働かせてもらっています。どうぞお気軽にエルメットとお呼び下さい」
 法衣の女、エルメットがゆっくりと頭を下げた。
 セインと同じく金色の髪は軽くウェーブの掛かった状態で、肩くらいで揃えられている。
 白い肌に淡いブラウンの瞳。
 喋り方や風貌などからおっとりとした印象を受ける女性だ。
 白を基調としたシンプルなデザインの法衣を纏い、首からは銀の十字架をあしらったネックレスを下げている。
 治療師ってくらいだから、冒険者でいうところの僧侶職に当たるんだろう。
 それなら銀の十字架を肌身離さず身に付けているのもうなずける話だ。
 年は二十歳そこそこか、もう少し若いくらいだろう。
 オレよりは上かなって感じだ。
 セインとは特に顔立ちが似ているわけでもないようだ。
 兄妹ってことはなさそうだけど・・・
 そうか。
 エイティが占いの結果に舞い上がっていた時に感じた引っ掛かりの正体がようやく分かったぜ。
 それはこのエルメットの存在だ。
 この屋敷に入ってすぐに、オレ達はエルメットに会っていたんだ。
 その後の占いで、エイティはセインを勝手に「生涯を共にするパートナー」だとか思い込んでしまったらしい。
 けど、それじゃあセインとエルメットの関係は何なんだろうな?
 それこそ夫婦とか恋人同士だったりしたなら、始まったばかりのエイティの恋物語は無残にもここで散ることになるはずだ。
 でも二人の関係なんていきなり聞く訳にもいかねえし・・・
 エイティも同じことを考えていたんだろう、セインとエルメットを交互にチラ見しながら、どことなくソワソワと落ち着かない様子でお茶を飲んでいる。
 そんな雰囲気を察したのか、ベアが口火を切ってくれた。
「見たところ一つ屋根の下で治療と占いの店をやっているようだが、エルメットさんはセイン殿の奥方ですかな?」
「奥方だなんてそんな。訳あってここに置いてもらっていますがセインとは別に。
 それに私は聖職者です。身も心も神に捧げる存在なれば、色恋などに呆けてはいられません」
 エルメットは言葉と共に胸の前で十字を切ると、手を組んで静かに目を閉じた。
 きっと神に祈りの言葉でも捧げているんだろう。
 そんなエルメットの様子に、エイティがホッと胸を撫で下ろしたのをオレは見逃さなかったぜ。
「本題に入ろうぜ。確かベインに会いに行くとか何とか言ってたよな」
 エイティに付き合ってこれ以上無駄な話はしていられないからな、さっさと話を進めてもらいたいもんだ。
「そうでした。ジェイクの育ての親御さんについてでしたね」
 セインがゆっくりと頷いてから話し始めた。

「私はもともとは僧侶でしたが、今はサイオニックと呼ばれる職に就いています」
「へぇ・・・」
 只者じゃあないとは思っていたけど、サイオニックとは驚いた。
 別名「超術師」とも呼ばれるサイオニックは、精神に関する呪文を操るエキスパートだ。
 相手の心を見抜いたり混乱させたりと、オレ達魔法使いとは一風変わった呪文の使い方で敵と戦う。
 ダリアの城塞都市では正式な職業とは認められてはいないのだが、この男はどこで精神に関する呪文を学んだんだろうな?
 実際のところ、オレ自身も直接サイオニックと会うのは初めてだった。
「そうすると、占いなんかも精神の呪文を使って行うのですか?」
「そうですね、時には呪文を使う事もありますが、私には生まれつき未来に起こる出来事を予見する能力があったようです」
「そう言えば、『今日おもしろい客が来る』とか言ってたのも?」
「ええ、朝目が覚めたら何となくそんな予感がしたものでして」
 エイティは興味津々にセインに質問を繰り出しているが、オレが聞きたいのはそんなセインの身の上話なんかじゃない。
「で、そのサイオニックの呪文とベインが何の関係があるんだ?」
「そうですね、それが肝心な話でした。
 人の生死を司る僧侶の呪文と精神に関するサイオニックの呪文。それらを習得した私はとある魔術を編み出したのです」
「もったいぶった言い方は止めてくれ」
 オレの催促に特に慌てるでもなく、セインは言葉を続けた。
「その魔術というのが、人間の精神を一時的に肉体から切り離して、死者の世界へ誘うというものです」
「精神を肉体から切り離す?」
「死者の世界へ誘い込んじゃうんですか?」
 またも素っ頓狂な声を上げるオレとエイティ、こんな光景はここに来てからもう何度目になるんだろうな。
「分かりやすい言葉で言うと、幽体離脱というものですね」
 そんなオレ達の反応を楽しむように、セインはふっと笑顔を浮かべる。
 でもなるほどな、ようやくカラクリが見えてきたぜ。
 オレ達を一時的な幽体離脱状態にして、そのまま死者の世界へ連れて行こうというのだ。
 確かに、死者の世界へ行くことが出来ればベインに会えるかもしれない。
 まあ出来すぎた話だという感じもしないでもないけど・・・
 この男はそれが出来ると言っているんだ。
 さて、どうしたものか・・・
「別に若い女性やウサギなどの小動物を生贄にしたりとかはありませんので、ご安心を」
「!?」
 セインの言葉に一瞬心臓がドクンと鳴った。
 コイツ、実は何もかも分かってて言っているんじゃねえだろうな?
 分かっているのにすっとぼけてオレの反応を見て楽しんでいるとか。
 エイティの足元に控えているボビーにチラっと目をやると、オレと同じようにドギマギしているのが分かる。
 まあ、声を出さなかったから良しとするけどな。
 そもそも精神の呪文を使えば相手の考えていることなんてお見通しのはずだ。
 ならばセインがもうとっくの昔にオレの正体について気付いていたとしても何の不思議もないだろう。
 うーん、このセインという男、オレにはイマイチ信用しきれないんだが・・・
「面白そうじゃないジェイク。是非お願いしましょうよ」
 やっぱりな。
 ただでさえお節介で世話焼きなエイティが、こんな話に乗らないはずがない。
 ましてや一目惚れした相手の言うこととなれば、反対なんかするはずがないよな。
 エイティの意見は分かったから次はベアだ。
 オレがベアの意見を聞こうと視線を向けると
「ワシも頼んでみるべきだと思う。これはジェイクの生い立ちについて知るまたとないチャンスだ」
 なんとベアもこの案に乗るというのだ。
 それだけオレのことを気に掛けてくれているんだろう、その気持ちは正直嬉しくもあった。
 あとはオレの気持ち一つ。
 オレはしばらく迷った末に・・・
「分かった」
 しぶしぶではあるけれど受け入れることにした。
 確かに、ベインにもう一度会って話を聞ければ、オレ自身知らなかったオレの生い立ちについてハッキリするだろう。
 でもそれ以上に、ベインに会ったら言ってやりたい文句の一つや二つ、いや三つ四つ、それ以上。
 とにかく言いたいことは山ほどあるからな。
 それにだ、同じ魔法を扱う術者として、サイオニックの呪文というヤツにも興味が湧いてきた。
 セインの腕前とやら、この目で拝ませてもらうぜ。

 死者の世界へ旅立つための魔術的儀式は、そのままリビングにて行われることになった。
 セインとエルメットの二人が慣れた感じで着々と準備を進めていく。
 こんなことは別に初めてでもないのかも知れないよな。
 カーテンを閉めて円卓の中央に大き目のロウソクを灯す。
 占いの時と言い今と言い、どうやらセインのヤツは暗い部屋が好みらしい。
 東洋のものと思われる香炉が用意されて、お香にも火が入った。
「この香は精神をリラックスさせて、皆さんを一時的な催眠状態に導くためのものです」
 独特な香りに誘われて、やがてまぶたが重くなってゆく。
 セインがオレ達を幽体離脱せさるべく呪文を唱えている。
 その韻律は時に高く、そして時に低く。
 呪文の詠唱以外の音は何一つ聞こえなくなっていく。
 身体に力が入らない。
 もう指一本すら動かせないような気がしてきた。
 次第に意識が薄らいでいく。
「良いですか? 今から三つ数えます。それが終わった時には、皆さんの精神はもう死者の世界へと飛び移っているでしょう。
 行きます。
 ひとつ、ふたつ、みっつ・・・」
 そこでオレの意識は完全に途絶えてしまったんだ・・・

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