ジェイク6

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「さて。占いも終わったし、さっさと帰ろうか。エイティ、支払いは自分で頼むぜ」
 まだ夢見心地のエイティを尻目に、オレは部屋から出ようと踵を返した。
「ちょっ、ちょっと待ってジェイク!」
「ん?」
 振り返ってエイティの顔を見る。
 ロウソクの炎が逆光になって大部分が影に覆われたその顔は「行くんじゃないわよっっっ!」と必死で訴えていた。
 まあな、せっかく「素敵な人」と知り合いになれたんだ、このまま帰りたくないって気持ちも分からないでもないけど。
 でもこれ以上巻き込まれるのは勘弁して欲しい。
 あとは一人でやってもらいたいもんだぜ。
 そもそもオレは占いなんてものはあまり好きじゃない。
 何だか自分の心の中まで見透かされているようで、オレのように秘密を持っている人間にとっては気持ちの良いものじゃないのさ。
「えっと、えっと・・・」
 それでもエイティは視線を彷徨わせ、何か必死に考えていた。
 おおかた、この場に居座るための口実でも探しているんだろう。
 やがてエイティの顔がニパッと輝いた。
 どうやら占いのネタを思い付いたらしい。
「そうだ、そうです、そうなんです。私達、この子の生まれ故郷を探してるんです」
 言うやエイティがグイッとオレを引っ張った。
「オイ、エイティ・・・」
 気が付いたら、さっきまでエイティが座っていた椅子に座らされていたんだ。
「ちょっ、オレは占いとかは」
「いいから。セインさん、お願いします」
 エイティに上から身体を押さえられて身動き出来なくなる。
 以前もこんなことあったよな。
 エルフの森の神殿でフレアが星占いをやるとか何とかって時だったよ。
「お名前は?」
「ジェイク」
 セインが聞くのにぶっきらぼうに答える。
「そうですか、ジェイクさん」
「あー、『さん』とかいらないから、単に『ジェイク』って呼んでくれよ」
 何でだろうな、ジェイク「さん」なんて呼ばれると妙に気恥ずかしくなってくるんだよ。
「ではジェイク、少し手を」
 いつの間にやらセインのペースだ。
 少しためらったけど、言われるままにそっと手を差し出した。
 セインがオレの手を取り、手相を指でなぞっている。
 そして
「なるほど、今日はおもしろい客が来そうだという予感がありましたが、どうやら貴方達だったようですね」
「ん?」
 セインの言葉に首をかしげるオレ達、まぬけなツラでお互いの顔を見合っていた。
「生まれ故郷を探しているそうですが、親御さんは?」
「いない。もう死んでると思う」
「死んでると、思う?」
「ああ、物心ついた時にはもう親はいなかったんだ。正直顔も知らねえよ」
「それでは・・・」
「育ての親がいたんだけど、その育ての親も死んじまった」
「そうでしたか。どうもすみませんでしたね」
「ん? 何が」
「先ほど『おもしろい客』なんて言ってしまって」
「そんなの気にしてねえよ」
「そう言ってもらえると助かります。商売柄、嫌な事を言ってしまって相手を怒らせてしまうことも結構あるものですから」
 セインの顔に笑顔が浮んだ。
 エイティなら一発で気絶しちまう程の魅惑の微笑みってやつさ。
「ところで、生まれ故郷に関する手掛かりのようなものは無いのですか?」
「手掛かり? えーと、それは・・・」
 オレが生まれた場所に関する手掛かりなら無いこともない。
 以前フレアに教えてもらったキーワード、「十五年前の七月七日、皆既日食があった場所」だ。
 その情報が確かなら、オレの誕生日は七月七日ということになる。
 エルフの森での事件からもう一年半程経っている。
 今は六月だから、七月七日はもうすぐだ。
 その日が来れば、オレは十七歳になるんだよな。
 しかしオレは、そのキーワードをセインに話すのをためらってしまった。
 何故なら、そのキーワードの裏にはとんでもない秘密が隠されているからなんだ。
『皆既日食の瞬間に生まれた女の子は、魔術的儀式の生贄に最適と云われている』
 本当かどうかまでは分からないけど、オレは見事にその条件を満たしている。
 でも、例え皆既日食の時に生まれたとしても、オレが男だったら?
 そんな生贄とかとは全く関係無く生きていけるだろう。
 オレの育ての親であるベインはそう考えてオレを男として育てたのではないか?
 それがエイティやベアの考えだった。
 直接ベインを知っているオレにはイマイチ納得しかねる話ではあるけどな。
 今、オレの目の前にいる占い師があの時のフレアと同じように、何らかの目的を持ってオレを魔術的な儀式の生贄に使おうと考えないとは限らない。
 だからこれは迂闊に話してはいけない情報なんだ。
「残念だけど手掛かりとかは無いんだ。だからまるで雲を掴むような話なんだよ」
「そうですか、それは困りましたね。私は失せ物探しの占いもこなしてはいますが、さすがに見たこともない生まれ故郷となると難しい・・・」
 セインは額に手を当てて難しそうに考えている。
「オレ自身そんなに真剣に考えているわけでもないしさ、だから無理に探してもらわなくても・・・」
 そう言ってオレが席を立とうとした時だった。
「それでは、その育ての親御さんに直接聞いてみるというのはどうでしょう?」
「はあ?」
 何を言ってるんだ、コイツは?
 育ての親に直接聞く、だって?
 そんなの無理に決まってるじゃねえか、だってベインは・・・
「先ほど、育ての親御さんも死んだとおっしゃいましたよねえ」
「ああ」
「でもその方の名前や顔はちゃんと分かってらっしゃるでしょう」
「そりゃあ、まあ」
「ならば顔も分からないご両親より、ちゃんと面識がある育ての親御さんに聞くのが一番ですね」
「???」
 もう訳が分からない。
 既に死んでしまったベインに話を聞くだと?
 そんなこと出来るはずがねえだろ。
「あのー、セインさん?」
「なんでしょう」
 混乱しているオレに代わってエイティが口を開いた。
 それに対してセインはなんとも涼しい顔のままだ。
「さっきも話が出ましたけど、ジェイクを育ててくれたベインさんはもう既に死んでらっしゃいます。話を聞くなんて無理じゃないかと」
「なるほど、ベインさんとおっしゃるのですね。大丈夫ですよ。たとえその方が死んでいらっしゃっても、こちらから会いに行けば良いのですから」
「ベインに?」
「会いに行く、んですか?」
 すっとんきょうな声を上げるオレとエイティ。
 だって無理もねえだろ?
 死者に会いに行くなんてそんな酔狂な話、誰が信じるんだ。
「もういい。エイティ、出よう」
 オレはガタンと椅子を蹴飛ばして立ち上がった。
「あっ、ちょっとジェイク!」
 エイティが呼び止めるのにも構わず部屋を出ようと扉を開けた、その時。
「きゃっ」
 短い女の悲鳴が響いた。
 そこにいたのはあの白い法衣を着た女の人だったんだ。
「あんたは・・・」
「すいません、話が長引いているようでしたからお茶をと思いまして」
 そう言って詫びる女の手には、トレイに乗せられたティーセットがあった。
「それで、あの・・・」
 女は何か言いたそうにオレの顔色をうかがっている。
「あのー、何かお話でも?」
 オレの後ろからエイティが助け舟を出してくる。
「はい。すいません、お話を聞いてしまったんですけど・・・セインの言っていることは本当なんです」
「詳しく聞かせてもらえますかな?」
 それまでずっと黙っていたベアが重い口を開いた。

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