ジェイク6

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 街の娘三人組の後を追って出たところは、メインストリートから一本奥に入った路地裏通りだった。
 ここまで来るともう人通りもまばらで、さっきまでのお祭り騒ぎが嘘のように感じられる。
 三人が向かう先に同じような年恰好の娘達が十人程、とある屋敷の前に群がっていた。
 どうやらあそこが目的地らしい。
「ここみたいね」
 エイティが人だかりの後ろから興味深そうに屋敷の中を覗き込んでいる。
 屋敷ったって別に豪邸なんてたいそうなものじゃない。
 一見するとごく普通のありふれた家に見えた。
 建物は二階建て、入り口の脇に小さな立て札があった。
 そこにはこう書かれてあったんだ。
『治療承ります。占いに御用の方はお二階へ』
 どうやら治療と占いの店らしい。
 店の前に群がった娘達は、どちらかと言えば占いが目当てなんだろう。
 占いの内容はおおかた恋の相談てところか。
 それにしても、だ・・・
「こうも女だらけってのも落ち着かねえもんだな」
「ウム、ワシもそんな気がしておったところだ」
 女の群れの中に放り込まれると、妙に気恥ずかしくなってくるから不思議だよな。
 オレでもそうなんだからベアなんてなおさらだろう。
「なあオッサン、ここに用があるのはエイティだけなんだからさ」
「ワシらは他で時間を潰してくるとするか」
 ベアと二人、そおっと女の群れから逃げ出そうとしたんだけど・・・
「待ちなさい二人とも」
 エイティにローブの首根っこ部分をむんずと捉まれて引き戻されてしまった。
「んなこと言っても、なあ・・・」
「どうもこの雰囲気は苦手でな」
「パーティは常に団体行動。勝手は許さないわよ」
 オレ達を睨みながら力説するエイティ。
 でもな、勝手な行動でオレ達をここまで引きずって来たのはエイティの方だよな。
「何か言いたそうねジェイク?」
「や、別に」
 もう何を言っても無駄なのは今までの経験から分かっている。
 どうやら女の尻に敷かれているのは、ディルウィッシュだけじゃなくてオレ達もそうらしい。
 屋敷の前に群がっている女達は、ニ〜三人のグループごとに中に入っていく。
 オレ達が順番を待っている間にも二人、三人と後ろに列が伸びていく。
 もちろん全員綺麗に着飾った若い女だから、オレ達みたいな薄汚れた恰好をした冒険者なんてどうしようもなく場違いだ。
 時々
「あの人達ナニ?」
「まさか占いの希望者かしら?」
「ウソでしょう、あんなヒゲのオヤジがぁ?」
 なんて会話まで聞こえて来る。
 オレとベアにとってはなんとも重苦しい雰囲気が続いた。
 そんな中、30分も待たされると
「次の方入って下さいって先生がおっしゃってましたよ」
 オレ達が後を付けて来た娘達が屋敷から出て来たんだ。
「いよいよ私達の番ね」
 エイティが期待に満ち溢れた瞳を輝かせて屋敷の扉に手を掛けた。
 イザっとばかりに扉を開けるエイティ、すると目の前に頭がすっかりハゲ上がったジイサンが一人、ぽつねんと立っていたんだ。
「あっ、えーと・・・」
「確か占いの先生とやらは素敵な人なんじゃなかったか?」
 おそらくエイティもそこに期待していたんだろう。
 昔はきっと素敵な人に違いなかっただろうと思われるジイサンを目にして固まってしまっている。
 しかしジイサンはそんなエイティには目もくれず、悠々と表へ出て行った。
 そこへ
「どうしました?」
 白い法衣を着た女の人が部屋の奥から出て来たんだ。
 法衣の女は不思議そうな顔でオレ達を見てから、思い当たったとばかりにポンと手を叩いた。
「さっきのおじいちゃんは私のお客さんです。腰の具合があまり良くないそうで」
「そうですか。それで・・・こちらで占いをやっていると聞いたのですが」
「ハイ。占いは二階です。そちらの階段からどうぞ」
 法衣の女が廊下の奥にある階段を指して教えてくれた。
「ありがとう。行きましょう」
 エイティが軽く頭を下げて階段に向かうのにオレ達も続いた。

 階段を上がってすぐの部屋に『占いはこちら』の張り紙がしてあった。
「失礼します」
 エイティがゆっくりと部屋の扉を開けて中に入る。
 オレ達も続こうとしたんだけど・・・
「あたっ! エイティ、立ち止まるなよ」
 何故か入り口すぐのところで立ち止まっていたエイティの背中にオレの鼻をぶつけてしまったんだ。
「何やってんだ、ったく」
 エイティの脇をすり抜けて部屋の中へもぐり込む。
 窓には厚い遮光カーテンがしてあるのか、それとも窓そのものが無いのか、部屋の中には外の明かりが一切入り込んでいないように思われた。
 かなり暗い部屋の奥にテーブルがあって、その両サイドに灯るロウソクの灯りだけが辛うじて部屋の中の様子を映し出している。
 ほとんど物が無い質素な部屋。
 テーブルの上にはカードや水晶玉など、占いのためと思われる道具が整然と並んでいた。
 そして。
 そのテーブルの向うに、エイティを硬直させた原因がいたんだ。
 そいつは何て言うかその、一言で言ったら絶世の美男子だ。
 背中まで伸びた金髪に透けるような白い肌、そしてシャープな輪郭。
 涼しげな目元には深いエメラルドグリーンの瞳が宿っている。
 すっと伸びた鼻筋に柔らかく結ばれた口元。
 果たして本当に男なのかと思うほどの整った顔立ち。
 エルフの森で出会ったソロモンもなかなかだったけど、コイツはその遥か上を行っているように思えた。
 紫を基調としたローブを纏い、太り過ぎずやせ過ぎずの理想的な体型。
 テーブルの陰でよく分からないけど、立ち上がればそれなりの身長もありそうだ。
 年齢は二十代の半ばから後半くらいといったところか。
 これだけの男だ、エイティが硬直するのも無理はない。
 良い男を探して迷い込んだ占い屋にその良い男が転がってたんだから、もう占いなんてしてもらう必要は無いんじゃねえか?
「いらっしゃいませ。私は占い師のセイン・メイと申します。どうぞセインと呼んで下さい」
 色男が簡単に自己紹介をする。
 その言葉も期待を裏切らない透き通るような美声だった。
 あの声で愛のささやきなんか聞かせられたら、たいていの女はコロッと落ちちまうだろうな。
 実際。
「は、はい・・・あの、私はエイテリウヌ、ですっ。どうぞエイティと、呼んで下さいますか」
 エイティのヤツ声が裏返ってるぜ。
 どうやら完全に舞い上がってるみたいだな。
「そうですか。占いを希望されるのは貴女で?」
「ハイ」
「それではエイティさん、どうぞこちらへ。付き添いの皆さんもどうぞその辺りに」
 セインがエイティにテーブルの前にある椅子に座るように促した。
 誘われるまま、エイティはおぼつかない足取りで椅子に座る。
「それで、今回はどのようなご用件でしょうか?」
「ハイ、えっと・・・」
 まだ舞い上がったままのエイティ、顔は正面に固定したままキョロキョロと視線を彷徨わせ、必死に言葉を探している。
「恋・・・あっ、いいえ、そうじゃなくて、出逢い、とか・・・」
 いきなり「恋人を見つけたい」じゃさすがに露骨だと踏んだんだろう。
 無難なところで出逢い関係を占ってもらう事にしたらしい。
「分かりました。では早速」
 エイティの依頼を受けた色男の占い師・セイン、まずはカードに手を伸ばす。
 何度か山を積み替えては、何枚かのカードをめくったり戻したり、鮮やかなカード捌きだった。
 次は水晶玉だ。
 ゆっくりと手をかざし、水晶の中に浮かび上がる映像を捉えようとしているように思えた。
 そして最後に
「エイティさん、手を」
 手相を見るためにエイティの手を取った。
 しなやかな指先がエイティの手のひらをなぞっている。
 エイティのヤツ、今頃は手のひらに汗をかきまくっているはずだぜ。
 それをセインに知られたくないものだからなおさら緊張して、顔なんてもう真っ赤になっていた。
「なるほど」
 一通り見終わったのか、セインがおもむろに占いの結果を語り始めた。
 エイティはもちろん、オレ達もじっと固唾を呑んでセインの言葉を待つ。
「もう間も無く、生涯を共にするパートナーと出逢えるでしょう。いえ、ひょっとしたらもう出逢っているかもしれませんよ」
 柔らかく微笑むセイン。
 そしてエイティは・・・
「あ、ありがとうございます!」
 これ以上無いってくらいに最高の結果に目を輝かせていた。
「わー、どうしよ、どうしよう? 生涯を共にするパートナーって。えっ、それってひょっとして・・・」
 手で半分顔を隠しながらもうっとりと瞳を潤ませるエイティ、その視線の先には絶世の美男子がこの世のものとは思えない微笑をたずさえてエイティを見つめていた。
 オイオイ、これはマジか?
 予想外の展開に、オレもベアもただただ静観するだけだった。
 でも一番驚いているのは、当のエイティだろうな。
 ひょっとしたら今頃は頭の中で、教会の鐘の音と共にウェディングマーチが流れているんだろうよ。
 けどさ。
 さっきから何か引っ掛かるような気がしているんだけど・・・
 何だったかなあ?

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