ジェイク6

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18

『これはオマケですぞレベッカ様』
 レベッカの放ったティルトウェィトを自らのコルツで退けたベインがお返しとばかりに唱えたのがバコルツだった。
 オレが唱えた時よりもさらに強固な封呪障壁がレベッカを包む。
 これでしばらくは呪文は使えないはずだ。
『ベイン、きさまよくもワタシに刃向かったわね』
『これも子を思う親心と思うて下され』
『あとで覚えてなさいよ』
 レベッカがゆっくりと下降する。
 呪文を封じられた以上戦う手段は己の肉体しかないはずだ。
 レベッカはオレ達との間合いを慎重に計り、攻撃のタイミングをうかがっていた。
 しかし接近戦に持ち込めばベアやエイティのいるこちらが有利なのは間違いない。
 その辺りはレベッカも十分承知しているんだろうよ。
 それにだ。
 こっちには、対アンデッドモンスターの切り札とも言うべきディスペルを使いこなすエルメットがいる。
 プリンセス・オブ・バンパイアを名乗る高等アンデッドのレベッカを、いきなりディスペルで仕留めるのは難しいだろう。
 だが全く通用しないなんてことはないだろう。
 だからレベッカだって、エルメットの動きにはかなり神経を使わされるはずだ。
 オレだってもう少し集中力が回復すれば、ジルワンの一発や二発は使えるだろうし、セインだってまだ何かネタを持っているはずだ。
 この勝負、そうそう負けはしないだろうぜ。
 しかし、そんなオレの読みなんて関係ないとばかりに、レベッカは余裕の表情を崩さない。
 それどころか、この状況を楽しんでいるようにも見える。
「おとなしく引き下がってくれれば何もしないわ」
『ワタシに手を引けって言うの? バカ言ってんじゃないわよ。人間なんかにここまでコケにされてすごすごと引き下がれるはずないでしょ』
「ならば全力で倒させてもらうわ!」
『それはこっちのセリフよ』
 エイティとレベッカ、女と女の壮絶なにらみ合いから戦いは始まった。

 レベッカがコウモリのような巨大な翼を大きくはためかせて動き出す。
 まずはオレ達の周りをゆっくりと。
 そして、ここだと狙いを定めると一気に距離を詰めてくる。
 レベッカが最初に狙ったのはベアだった。
『むさ苦しいヒゲオヤジには用はないのよ。さっさと消え去りなさい』
「ワシだってお前さんのような小娘なんぞ好かんわ」
 レベッカの赤く伸びた鋭い爪による一撃を掻い潜ったベアがグレートアックスを振り回す。
 しかしレベッカもベアの攻撃をひらりと浮いてかわした。
 背の低いベアには、上空にいるレベッカを攻撃するのは難しい。
 しかし、だ。
「私がいることを忘れないでよね!」
 宙に浮いているレベッカにエイティの聖なる槍が突き上げられる。
 エイティの長身に槍そのものの長さが加われば、レベッカにとっては宙空と言っても決して安全地帯ではなかった。
 大きく弧を描いて聖なる槍による追撃をかわすレベッカ。
 そこへセインの呪文が炸裂した。
「ダルオスト!」
 それは小規模なマダルトといった呪文だった。
 精神に関する呪文を操るサイオニックが、冷気まで繰り出してくるとは驚いた。
 氷の嵐に巻き込まれ、翼の動きが鈍る。
 それはレベッカの移動速度の低下を意味するんだ。
 すかさずエイティが聖なる槍を振るう。
『くっ・・・』
 聖なる槍の先端がレベッカの太ももをかすめた。
「バンパイア、おとなしく眠りに就きなさい」
 エルメットが銀の十字架をレベッカに向けて祈りの言葉を紡ぐ。
 銀の十字架が眩く輝き、放たれた聖なる光がレベッカを照らした。
 オレ達人間でさえ目を開けていられないほどの眩しさだ、アンデッドモンスターのレベッカにとっては致命傷になるはずだぜ。
 エルメットの得意技、ディスペルが決まればオレ達の勝ちだ。
 だがレベッカはコウモリの翼を大きく広げたかと思うと、それで自分の身体を包んで聖なる光によるダメージを最小限に食い止めていた。
 やがて銀の十字架から光が消える。
 それと同時にレベッカも翼を開いて再び姿を現した。
『こしゃくなマネをしてくれるわ』
 エルメットをギンと睨むレベッカ、その瞳には勝利に懸ける女の執念が満ち溢れていた。
「なんてバケモノなの・・・」
 エルメットが歯噛みする。
『小憎たらしい人間どもめ。中でもお前だ、そこの女』
 レベッカが禍々しい赤い爪をエルメットに向けた。
『まずはお前をこっちの世界に引き込んで、ワタシの奴隷として永遠にこき使ってやるわ』
 レベッカがエルメット目掛けて跳び上がった。
 エルメットとの距離を一気に詰めると、そのままエルメットの白い喉元へと赤い爪を伸ばす。
「きゃあ!」
 とっさのことに反応できないエルメット。
 オレも、エイティも、ベアも。
 誰もレベッカの動きを止められなかったその中で。
「エルメット、危ない!」
 一人動き出したのはセインだった。
 セインがエルメットの前に立ちはだかり、大きく両手を広げる。
 ぐさり。
 レベッカの爪がセインの胸元に深々と突き刺さり、セインが纏っていた紫のローブがどす黒く染まっていく。
 セインはピクリとも動かず、そのまま後ろへドスンと倒れてしまった。
『ふん、女は仕留めそこなったけど、男の命は奪えたかしら?』
「ふざけんじゃないわよ!」
 不敵に笑うレベッカをエイティが聖なる槍で追い払う。
「セイン? セイーン!」
 倒れたセインを抱え上げるエルメット。
 素早く傷の状態を確認する。
「まだ息がある。治療するわ」
 セインは虫の息だったけど、即死はまぬがれていたようだ。
 エルメットが究極の治療呪文、マディを唱え始めた。
 柔らかく温かな光が優しくセインを包む。
「うっ、ううう・・・」
「セイン、しっかり」
「エルメット、助かりました・・・」
「良かった」
 一時はピクリとも動かなかったセインだったが、エルメットの治療によって意識は取り戻したようだ。
「セイン、なんてムチャをするの?」
「男は大切なものを護る時には命を張るんでしたよね、ベインさん」
 エルメットの腕の中で、セインがフッと微笑む。
『ああその通りだ。兄ちゃん、気に入ったぜ』
 セインの笑顔につられてベインもガハハと笑った。
「もう、セイン、貴方って人は・・・」
 エルメットの頬を熱い涙が伝う。
 その涙は血でドス黒く染まったセインの胸元へと落ちていった。
 オレ達がセインの無事にホッと胸を撫で下ろしている一方で、レベッカは怒りが収まらない様子だった。
『おのれ小娘、こしゃくなマネを。だいたいワタシは聖職者を名乗って善人面しているヤツが大嫌いなんだよ
 何が癒しの術よ。何が聖なる光だっていうのよ。そんなモノは断じて認めないんだからね』
 レベッカの怒りの鉾先はどうやらエルメット一人に集中しているらしい。
 大きく翼をひるがえすとエルメット目掛けて再び襲い掛かってきた。
「待ちなさい!」
「止まらんか!」
 立ちはだかるエイティとベアをものともせずに振り払って突進するレベッカ。
『今度は護ってくれる王子様はいないよ』
 レベッカがエルメットへ爪を突き出した。
「エルメット、逃げて!」
 エイティが叫ぶがエルメットは逃げようとしない。
「セインを置いて逃げられない。今度は私がセインを護る」
 さっきとは逆に、セインを護るように両手を広げて立ちはだかった。
『いい覚悟だ小娘。死ぬが良い!』
「滅びるのは貴女のほうよレベッカ。私の信仰心はそんな邪悪な爪ごときに屈したりはしないの」
 エルメットはブツンと銀の十字架を鎖から引き千切ると、両手でしっかりと構えてレベッカを迎え撃った。
 レベッカの赤い爪とエルメットの銀の十字架が激突して、眩い光が爆発する。
「不浄なる者よ、消え去りなさい」
『ぐわあぁぁぁ!』
 悲鳴を上げているのはレベッカだった。
 銀の十字架が放つ聖なる光に焼かれちまったのか、レベッカの右腕が燃え尽きてなくなっていた。
 チャンスだ。
 プリンセス・オブ・バンパイア、アンデッドの頂点に君臨するレベッカを仕留めるには今しかない。
 オレの脳裏に突然浮かび上がってきた呪文を唱え始める。
 手のひらに強大な魔力を集中させると、弓を引くように魔力の矢を引き絞った。
『あの呪文は・・・』
「ベイン見ててくれ。これはアンタが残してくれた呪文だ」
 特殊な状況下でなければ使えないこの呪文を使うのはこれで三度目になる。
 初めはエルフの森の事件の時に、鉄壁の防御魔法を誇ったフレアに対して。
 二度目はレマ城の玉座の間でデーモンロードと戦った時に。
 そして三度目はオレを育ててくれた親父の目の前で。
「アブリエル!」
 放たれた魔法の矢が、白い光跡を描いてレベッカへと飛んでいく。
『あ、ああぁ・・・』
 レベッカの赤い瞳が恐怖の色に染まった。
 そして次の瞬間。
 光の矢はレベッカの胸を貫いていたんだ。
 いくら不死の魔物とはいえ、右腕を失い胸を貫かれてしまっては、そう平気でいられるはずがない。
 身体を再生させるにしても、かなりの時間を要するだろう。
『今日のところはワタシの負けだね・・・人間もなかなかやるもんだ』
 レベッカはふっと笑うと、自分の姿をコウモリに変え、大きく蛇行しながら何処かへと飛んで行ってしまった。
「あのコウモリ、飛びかたがおかしかったわね」
「やっぱり右の翼が痛むんじゃねえかな」
 さっきまで戦っていた相手の心配をするなんて、いかにもエイティらしいよな。
 でもまあ、大丈夫だろう。
 なんたってアイツはプリンセス・オブ・バンパイアなんだからな。
 そう簡単にくたばりはしないさ。

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