ジェイク6
17
何処から迷い込んだのかコウモリが一匹、オレ達の頭の上で旋回していた。
『ベイン、ずいぶんにぎやかにやってたみたいね』
声の主はコウモリだった。
何事かと祭壇の下にいたベア達もオレ達の所へと駆け上がって来る。
「どうなっとるんだ?」
「私に聞かれても・・・」
「ベイン、説明しろ」
どうやらコウモリはベインを知っているらしいからな、直接聞くのが手っ取り早いだろう。
『申し訳ありませんなレベッカ様。不祥の弟子が尋ねて来たものですから』
だがベインはオレ達には構わずコウモリと話し始めた。
『良いのよ別に。ただ、ワタシも混ぜてもらえたらもっと楽しいかも』
フフフと笑いながらコウモリが舞い降りてくる。
オレ達の周りを三回ほど回ったところでその姿が変わった。
それは年若い女の姿。
緑の髪に青白い肌、そして赤い瞳が妖しく煌めいている。
肩や足を大胆に露出させた濃紺のスリップドレス一枚で成熟した女の身体を包み、背中にはコウモリのような大きな翼。
一見悪魔かと思ったが、いや・・・
この女はおそらくバンパイアの眷属に違いない。
『こんにちは皆さん。ようこそ死者の殿堂へ。私はこの死者の殿堂の主、プリンセス・オブ・バンパイアのレベッカよ』
なるほど、プリンセス・オブ・バンパイア、バンパイアの姫君か。
何が楽しいのか、レベッカはクスクスと笑い続けている。
敵なのか、それとも味方なのか。
相手の思惑が読めないだけに、オレ達に緊張が走る。
『貴方達はまだ生きている人なのよね。生きている人がこんなところまで来たのは初めてよ。初めてのお客様は手厚く歓迎しなくっちゃ。そうでしょ、ベイン?』
『はっ、その通りかと』
レベッカの前だとあのベインがここまでおとなしくなるなんて。
一体二人の関係は何なんだろうな?
『素敵な殿方もいるじゃないの。そっちのボウヤも良いけど・・・』
レベッカはオレをチラリと見ただけで、そのルビーのような妖しい瞳をセインへと移した。
『そこの人なんかとても素敵よ。もっとも、パパにはちょっとだけ敵わないかもしれないけれど』
レベッカが音もなくすうっと移動しセインの正面に立った。
禍々しい赤い爪が伸びた手をセインの腰に回し、身体を密着させる。
その瞬間、エルメットがハッと息を飲んだのを見逃さなかったぜ。
『どう? 生きていることなんか止めてここでワタシと暮らさない? 貴方ならワタシのステディにピッタリよ。きっとパパも気に入ると思うわ』
クスクスと笑うレベッカだったが、セインは全く動じる風もなくその手を払いのけレベッカの抱擁からすり抜けた。
「お断りします」
『アラ、照れているのかしら? 可愛い人ね』
「生憎私は貴方と暮らすつもりはありませんよ。ましてや今すぐ死ぬつもりもね」
『本気で言っているのかしら?
ワタシを誰だと思っているの! プリンセス・オブ・バンパイアよ。死者の世界の姫なのよ。
この世界でワタシに逆らえる者などいないんだから』
レベッカが再びセインに身体を密着させようとする。
しかし
「待って! セインから離れて」
セインとレベッカの間にエルメットが割り込んだ。
エルメットは銀の十字架をレベッカに向けている。
その手がかすかに震えていた。
『フン、そんな形だけの十字架を怖がるとでも思っているのかしら? ワタシ達が恐れるのは、十字架を持つ者の信仰心よ』
「私の信仰心、試すが良いわ」
エルメットが銀の十字架をグイっとレベッカに突き出す。
レベッカの顔から人を食ったような笑みが消え、苦痛の色が浮び始めた。
「私達だっているんだから」
「ワシもな」
エイティとベアがそれぞれの得物をレベッカへと突き付ける。
レベッカの赤い瞳がエイティの持つ聖なる槍に釘付けになった。
聖なる槍ってくらいだからな、おそらくあの槍はバンパイアにとってはかなりの脅威なんじゃないだろうか。
『なるほど、ブリガード・ウォルタンから奪ったのね』
「違うわ。ブリガード・ダン・ウォルタン様は私にこの槍を託してくださったのよ」
『そんな、まさか・・・』
「そのまさかよ」
エイティが大きく一歩を踏み出すと、レベッカは恐れるように後ろへ下がった。
「今日のところはおとなしく引き下がってもらえないかしら。私達はまだベインさんに話があるの。アンタと遊んでいるヒマはないんだから!」
エイティに一喝されたレベッカだったが、その身体が小刻みに震えている。
『人間風情が聞いたふうな口を聞くんじゃないわよ。
ワタシはプリンセス・オブ・バンパイアよ。ワタシの思い通りにならないことなんて何一つないんだから』
レベッカがコウモリの翼をはためかせ宙に浮き上がる。
『ワタシを怒らせたことを後悔させてやるわ』
怒りに満ちた表情で上空から襲い掛かって来た。
レベッカが緑色の髪を振り乱しながら、頭上から急襲して来た。
「うわっ」
「きゃっ」
オレやエルメットは転がってかわすのが精一杯だ。
さらにレベッカが上空から迫る。
しかし、さすがに肉弾戦に慣れた連中は違う。
ベアがグレートアックスを振り回して宙に浮いた状態のレベッカの体勢を崩したところへ、エイティの聖なる槍が煌めいた。
足を突かれたレベッカが憤怒の表情で再び上空へ舞い上がる。
『おのれ・・・人間風情がこのワタシに刃向かうとは。面倒だ、呪文で一掃してあげるわ』
レベッカの両手に膨大な魔力が集中する。
「やばい、いきなりティルトウェイトを放つつもりだぞ」
「ジェイク、何とかできない?」
「んなこと言ったってなあ・・・」
正直きつかった。
ベインと戦ったときにかなりの魔力や精神力を消耗してしまって、まだ十分に回復しているとは言えなかったからだ。
それに、コルツの呪文障壁を三重に張り巡らせてもベインのティルトウェィトを防ぎきることはできなかった。
おそらくレベッカの呪文の威力はベインよりも上だろう。
となると、オレのレベルではどう足掻いたって護りきれないかもしれない。
しかし、このまま手をこまねいていたらオレ達が黒焦げになるのは間違いない。
どうする・・・
『ワシが何とかしよう』
「ベイン?」
『ジェイク、おめえじゃあレベッカの呪文は防ぎきれねえだろうからな。ここはワシに任せろ』
「ベイン、あんたレベッカの仲間なんじゃないのか?」
『まあそうなんだが、お前らがやられるのを黙って見ているわけにもいかんだろう』
ベインがコルツを唱え、オレ達の周囲に対呪障壁を張り巡らせた。
その障壁は、オレが作ったものよりも遥かに分厚く強固だった。
これがオレとベインの魔力の差なんだろうか。
『ベイン、人間の味方をするとは感心しないわよ』
『レベッカ様、お叱りは後でいくらでも。ただ今回ばかりは可愛い息子とその仲間達の肩を持たせてもらいますぞ』
『後で覚えてなさいよ』
怒りの言葉と共にレベッカがティルトウェィトを放った。
この部屋を揺るがすほどの爆音が鳴り響き、頭上から灼熱の業火が降り注ぐ。
間違いない、ベインが放ったものよりも破壊力は勝っているはずだ。
オレ達を包む呪文障壁が紅蓮の炎に焼かれて紅に染まる。
『ぐぬぬ』
ベインが魔力を上げて障壁の維持に努める。
しかし、ピシピシと障壁の表面にヒビが入り始める。
『うおお』
さらにベインの魔力が上がった。
レベッカの放った炎が打ち砕くか、それともベインの作った障壁が退けるか。
オレ達の生死はその一点にゆだねられているんだ。
「ベイン、どうしてそこまで・・・」
思わずベインの顔に見入ってしまった。
そこには、オレの記憶に残っていた懐かしい顔があった。
敵と戦った時なんかに、オレを護ってくれたオヤジとしての顔が。
『ジェイク覚えておけ。男ってのはな、大切なモノを護る時には命を張るもんだ』
そうだな、アンタはいつもそうだったよ。
酒好き女好きのろくでもないジジイだったけど、イザって時にはそうやってオレを護ってくれていたっけな。
「けっ、カッコ付けてんじゃねえよ」
思わずベインから顔を背け、そんな悪態を付く。
オレも素直じゃねえなと、我ながら呆れるぜ。
『どれ、もう一息だ』
ベインがさらに魔力を込めると障壁が眩く輝いた。
そして。
オレ達を取り囲んでいたティルトウェイトの業火は、水が蒸発するように消滅してしまったんだ。
『ふう、何とか持ち堪えたようだな』
「ベイン・・・」
見上げるとそこには、大きな仕事を成し遂げた男の顔があったんだ。